第22話 青い運命がついている
ビクターは迷っていた。
もし、カレスを反乱軍の手から解放するのであれば、そのための手勢は大いに越したことはない。そして、それを手っ取り早く集めるには、戦への勝利と、名声だ。
セリスを救国の乙女という英雄に祭り上げて、その名の下に、正規軍ではない民兵たちを集結させる。それは悪い策ではないだろう。
彼女はやんごとない血筋――カレスの太守バーザンの遺児であり、反乱軍に対しての御旗になりうる人材だ。
また、彼女の帰還を信じて、多くの兵たちが未だにカレスに立てこもり、抵抗を続けているという事実もある。
だがしかし、彼女がそれを拒んでいるのなら、それを強要する訳にはいかない。
英雄という立場には覚悟が必要だ。
その背中に、多くの人たちの希望を背負って立たなければならない。
ともすると、自分と一回り違うかもしれない、若い乙女に、その苛烈な運命を背負わせるのは忍びない。ビクターは、冷徹な策を彼女に献上しておきながらも、それを彼女が拒否するのであれば、やむなしと考えていた。
「……分かった、セリス。お前ができないというのなら、仕方ない」
「ビクターさん」
「とりあえず、今回は俺とヨシヲの二人で、なんとかして反乱軍を追い返す。俺たちに着いて来たいという奴らも少しくらいはいるだろう。それを引き連れてカレスへと戻ろうじゃないか」
とはいえ、そんなカリスマ性が、ビクターにもそしてヨシヲにもあるようには思えない。いや、二人とも確かに、何かの長というものを経験している者たちだった。だが、今回ばかりは事情が異なっている。
異国の地、動乱のただ中で、ただ、その強さと智謀だけで、人を従えるというのは難しいことだ。規律を叩き込まれた軍人ならまだしも民兵たちならなおのこと。
難しい話になった。
そう、一人でビクターが納得しかけた時だ。
「セリス、お前、いったい何を怖がっているんだ」
まるでこれまでの話の流れを、一切聞いていなかったように、ヨシヲの怒声がその場に響いた。
これには、セリスもビクターも、思わず驚いて彼の方を見た。
怒った声色に対して、その表所は穏やかだ。
眉間には皺ひとつとして寄っていない。
ヨシヲのその問いかけに、セリスは暫し声を詰まらせ――やがて、絞り出すようにその答えを告げた。
「私が巻き込んだせいで、人が死んでしまうのが怖いのです」
「それは、西の王国から兵を借りれたとしても同じことだろう」
「そうかもしれません。けれども、彼らは、この王国を救うために、力を貸してくれた人たちです。私と共に戦うために立ち上がってくれた人たちではありません」
自分が、彼らの御旗となる。
先導者となるまでは由としよう。
しかし、その先――自分のためにその命を投げ出すような事態にまで、自分の心は耐えられない。
それは乙女の、嘘偽りのない素直な心情の告白であった。
そうだろう、と、ビクターもまた、彼女の言葉に納得する。
だがしかしヨシヲだけが、彼女の言葉に頷かなかった。
「どうしてお前のために、人が死ぬ――と、そういうことを考える」
「……戦争なんですよ!! 人が死ぬんです!! 父も……あの父だって、死んでしまったのです!! そんなの当たり前じゃないですか!!」
「そんなもの、やって見なければ分からないだろう」
「分かります!! 戦とはそういうものです!!」
夢物語を言わないでください、と、セリス。
最後に、ブルーパンツさんと、ヨシヲをディスることを忘れない辺りが、こういうシリアスシーンでもぶれていない。
それは世間知らずのお嬢様の言葉にしては、多くの真実を含んでいた。
戦になれば人は死ぬのだ。それは仕方のないことなのだ。
しかし――。
忘れていないだろうか。
この目の前に立っている男が、どういう男だったのか。
「片腹痛いわ!!」
そう笑い飛ばしたのはヨシヲ。
彼はビクター、そしてセリスの前で腕を組むと、はっはっはと天に向かって大きく笑って見せたのだった。
いったい、どうしてしまったのだろうか。
ビクターとセリスが顔を見合わせる前でヨシヲは真剣な表情を彼らに向ける。
「俺を誰だと思っている」
「えっと、電撃回春マッサージ師のブルーパンツさん?」
「だから違うと言っているだろう!! 電気マッサージはなんというか、モノの流れというものだ!!」
「じゃぁ、女王のパンツを被って狂喜乱舞した変質者!!」
「ちがーう!! それも情報が随分と歪んで伝わっている!!」
何が歪んでいるんだ、真実だろう、と、ビクターが呆れた顔をする。
しかし、彼はふとその時、白百合女王国の動乱の顛末について思い出した。
レジスタンスの副隊長こそ死亡したが、白百合女王国の騎士にも、そして、革命軍ホモホモヘブンにも一人の死傷者は出なかった。
彼らは、謎の攻撃によって、すべて行動不能にされており、動乱が終わってから直ちに回復した。それ故に――白百合女王国は、動乱があったにもかかわらず、速やかな体制の立てなおしを図ることができた、と。
その白百合女王国の革命に――ヨシヲは関わっている。
そして、そんな非致死性の魔法をヨシヲが使うことを、ビクターも、そしてセリスも散々に見せつけられてきている。
ふふっ、と、ヨシヲは笑った。
「パンツを被った罪で追われているといったな。では、どうして俺がパンツを奪取しようと思ったか、それについてお前たちは理由を知っているのか」
「知らん」
「趣味じゃないんですか」
「違うわい!! 俺は――女王のスケベパンツを世に晒すことで、彼女の権威を失墜させ、無血による女王国の革命を目指した――」
女王国の無血革命。
その言葉を聞いた瞬間に、この男が言わんとしていることが、ビクターにも、ヨシヲにも分かった気がした。そして、彼の動乱がどうして、少ない死傷者により集結したのか――その意味も。
「俺がその場に居る限り、俺の目の前では誰も死なせない!! それが青き運命に導かれし者――勇者の宿命だからだ!!」
「……ヨシヲさん」
「お前のために死ぬ人々が怖いと言ったな、セリス!! そんな者はいない!! なぜなら、この軍には俺がいるからだ!!」
流石に三十も手前になって中二病を患っているだけはある。
しかし、ヨシヲの大言壮語に、セリスの心は震えた。それが、実に大人げない言葉だと、分かっていても震えるのを抑えられなかった。
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