第21話 救国の乙女

「……無理です」


「無理でもやるのだ、セリス」


「それがお前がこの軍の中で、最もやらなければいけないことだ。なに、心配することはない。俺たちが全てお膳立てはしてやる」


「しかし……救国の乙女を名乗るなど、私には荷が重い」


 そう言って視線を伏せたセリス。

 カレスを救うため、そして、亡き父の仇を取るためにと、ここまで奮闘してきた彼女が見せる、初めての弱気な表情であった。


 一晩明けて、ガランの義勇軍駐留所。

 ヨシヲたちの下命を受けて、兵士たちが槍などを使って調練をしている中での出来事であった。


 ヨシヲとビクターは、人間の兵たちに混じって調練しようとしていたセリスを捕まえると、大切な話があると彼女を呼び止め、人目のないところに連れ出したのだ。

 カレスの太守の娘と調練ができるということに喜んでいた兵たちの士気は、見る間に落ちたが、今はそれを気にしている場合ではない。

 重要なのは――差し迫る反乱軍との戦いに、勝利するための布石、そして、しょうりした後の準備である。


 そしてそれが、ヨシヲとビクターがセリスに求めた、救国の乙女を名乗るということであった。


「どうしてそのようなものを名乗らなくてはいけないないのですか? 別に、戦うだけであれば、そのような肩書など不要に私は思います」


「まず、士気が違う。大義の下に戦うのだという意識を仲間に持たせることで、明らかに動きが違ってくる」


「次に、この戦いが終わった後のことだ――セリス、お前は、この戦で勝利した後、いったいどうするつもりだ?」


「それは――」


 反乱軍憎し、で、ここまで来たセリスだ。そして、ヨシヲとビクターに比べると、まだまだ乙女――十分に若く、そしてそれ故に思慮が浅い。

 目先の戦に勝つことだけを考えていた彼女には、当然、その次というものを考える余力などありはしなかった。


 それをフォローするように、ビクターが話を続ける。


「お前はカレスを助けたくて、西の王国くんだりまで出向いたのだろう」


「それはそうです。けれど、仲間になってくれたのは、ビクターさんと、ちょっと頭がどうかしている青二才」


「おい、セリス、おい!! 誰のおかげで今こうして、義勇軍を任されていると思っているんだ!!」


 ヨシヲが当然のようにキレた。


 まぁ、仕方がないだろう。

 軍を任されたのは事実として、そのやり方に問題がなかったかと言われれば――問題しかなかった。爺さん相手の回春――いや、電気マッサージを見せつけられて、再び評価が下がらない訳がない。


 汚いものを見るような眼を、当然のようにセリスはヨシヲに向けていた。


「くそっ、俺がいったい何をしたっていうんだ!!」


「もうちょっとあれだな、女性にもソフトな形でその能力を使えていたら、お前も尊敬されるんだろうけどな」


「いつもそうだ、どこだってそうだ。俺が何をしたって、どんなにそのピンチを救ってみせても、女性はなんのかんのと理由をつけて俺を避けていく――どうしてなんだよ。俺はただ、雷魔法を使っているだけなのに」


「うん、それが分からないから、お前はアホなんだよ」


 なにおう、と、食って掛かるヨシヲ。

 そんな彼を一旦無視して、ビクターは再びセリスに向き直った。


「しかし今、お前はガランの街周辺の義勇から立ち上がった兵たちを、偶然にもこうして指揮下に置いた訳だ」


「……はい」


「このガラン攻防戦が終われば、彼らは当面の危機が去ったと知り、各々の村へと帰っていくことになるだろう。それくらいはお前、言わなくっても分かるよな?」


「そのために集まった人達ですから」


「しかし――彼らがお前について行きたい、カレスの解放に力を貸したいと、そう自分から言い出したならどうなる」


「それは!!」


 彼女が願っても手に入れることができなかった、援軍を手に入れたことになる。

 今、彼女が考えなければならないことは、目前に差し迫っている戦いに勝利することであり、そして、同時に次の戦いを見越した手を打つことであった。


 その手とは、人心の掌握。

 義勇兵たちの象徴として自身を据えて、反乱軍との戦いに巻き込むということ。


「……けれどそれは、余りに身勝手な行動ではないでしょうか?」


 しかし、そんなビクターの策を、セリスは暗い顔で拒否してみせた。

 あまりに身勝手とは、確かにその通りだ。自分の都合のために、他者を利用する行為は、決して潔い行いと言うことはできないだろう。


 だが、同時に、背に腹は代えられない。


 この辺りについては、ビクターも、そしてヨシヲも、相当に腹が据わっている。

 清濁を併せのんできた冒険者なのである。それでなくっても、三十年も生きていれば綺麗ごとだけで世の中が回らないことを嫌というほど思い知っている。


「セリス……これは、お前に与えられた唯一のチャンスだ。この戦いにおいて、最初で最後の大きなな」


「……そうなのかもしれません」


「救国の乙女を名乗れセリス。英雄として、この南国の地に名を馳せろ。そうすれば、彼らはついてくる。そして、お前の名声を聞きつけて、反乱軍に対して異を唱える者たちが、次々に集まって来るだろう」


 多少、甘い見通しの話ではあった。

 そんなことで、本当に兵が集まるのか。それは、やって見ないと分からない。


 けれども今、確実に仲間にすることのできる、義勇軍の兵たちをまとめるためにも、そして、カレス解放のためにも、しなくてはならないことは明白だった。


 ビクターの視線に、セリスがたじろぐ。

 まだ、決心のつかない彼女は、ビクターから視線を逸らした。


「やはり、私には無理です。そのような重い役目は」

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