第20話 暗黒大陸からの傭兵
「これはいったい何の騒ぎですかな!! 殿下!!」
鞭により全身を腫れあがらせた村娘。
そんな彼女を救ったのは、精悍な声を発する長髪の青年騎士であった。
薄紅色をした鎧を着た彼は、すぐさま村娘と暗愚の王子の間に立つと、毅然とした表情で睨みつける。よほど、彼は高位の騎士なのだろう。
王子もその狼藉を止めると、しばしの間だが黙り込んだ。
もう大丈夫だ、と、村娘の手を取って起き上がらせた青年騎士。
村娘は、彼に寄りかかるようにして立ち上がると、申し訳なさそうに頭を下げた。そして、先ほどまで自分を痛めつけていたベルベッドから、その身体を隠すように騎士の背中へと回り込んだ。
あえて、騎士もそんな彼女を前に出すようなことはしない。
どころか彼は、恐れ多くも自分が仕える主君相手に、憎悪に満ちたまなざしを向けたのだった。
これにはその場に居た道化師、商売女たちも声を潜める。
「ベルベッドさま、いくら何でもお戯れが過ぎるのではありませんか」
「なに? 貴様、この俺さまに指図するつもりか? この南の国の新たなる王――その息子にして、未来の王であるこの俺に?」
「指図ではありません、これは忠言です。真に南の国の王たらんとするならば、民に対してこのような非道――してよいものではありません。どうか民心をお考えくださいませ。どうして残虐なる王に、民は従いましょうや!!」
「むむむっ、貴様!!」
騎士と王子の丁丁発止が続く。かに思えたその時だ。
のっそりと、王子の陣幕に入って来る、大きな影があった――。
それは大の男の二倍はあるかという身長。
屈んでなお、王子たちが居る本営の天蓋に頭がつくかというような長身をした、異様な兵であった。体はフルプレートメイルに覆われていて見えないが、どうにも人間離れした容姿をしていることに間違いはない。
その者の登場に、思わず、そこまでのやり取りをすっかりと忘れて、騎士も王子も黙り込んでしまった。
顔もまた、フルフェイスの兜によって覆われていて、その表情は窺い知れない。
しかし――。
「――ォオォオオオオ!!」
場の者たちを震え上がらせるような雄たけびを発したそいつに、一瞬にして場の緊張感はまた違ったものに塗り替えられてしまった。
すぐに、ベルベッドがその巨躯の兵の前へと歩み出る。
しかしながらその態度は、先ほどまでの尊大さとは程遠い、卑屈なものだった。
「おぉ、助っ人殿。いかがなされたか。何か問題でも」
「――ォオ!! オォオォオ!!」
巨躯の兵はどうやら、暗黒大陸からやってきた傭兵らしい。
しかも、この傭兵に対して、暗愚の王子も、そして少女を背中に匿っている騎士さえも、なんの抵抗もできない立場にあるらしかった。
彼はひとしきり叫んだあと、手にしていた書簡を王子へと渡す。
訳も分からぬままそれを受け取ったベルベッド。
そうすると、巨躯の兵は途端に黙って、天蓋に頭を擦りつけながら、王子たちの居る陣幕の中からその姿を消したのだった。
得体の知れない暗黒大陸の傭兵。
それが去ってくれたことに、明らかに安堵の声が辺りに満ちた。
その一方で――。
「……これは、とんでもない好機が訪れたぞ」
「いかがなされたのですか、殿下?」
「……見よ」
先ほどまでの丁丁発止を忘れたように、ベルベッドは騎士に書簡を渡す。
そこには――これから彼らが向かおうとしているガランの都に、カレスの精神的な支えである太守の娘、セリスが入ったという情報が書かれていた。
なんと、と、騎士がその書簡を見て腕を振るわせる。
「ふふっ。セリスを捕まえたとなれば、強固に抵抗を続けるカレスの連中も、流石に落胆して反抗する気力を失うだろう。となれば、ガラン陥落の功績は、この革命戦争における戦功第一となるに違いない」
「……虚報ということはないのですか? セリスは西の王国に援軍を求めて渡り、それを追って密偵部隊が動いているという話だったではありませんか」
「暗黒大陸の魔女の印が信じられぬのか。彼女が言ったことで間違っていたことなど、過去に一度もなかっただろう」
だからこそ、ここまで戦線を広げることができたのではないか。
そう言って、ベルベッドは騎士から巻物を取り上げた。
「くくくっ、そうと分かれば、悠長に進軍している場合ではないな――おい、伝令を回せ。夜を通して進軍するぞ、ゆるりとガランに到着するつもりだったが、こんなお宝が待っていると聞いて悠長なことは言っていられない」
「殿下」
「カレスの兵たちの士気を下げるに、セリスの生死は問わぬだろうが……」
痛めつけ甲斐がありそうだとばかりに、舌を舐めずるベルベッド。
再び手にしている鞭を振るって地面をたたき上げれば、敷き詰められた絨毯を引裂いて土煙が立ち上った。
狂気に満ちた笑い声をあげる反乱軍の王子。
はたして、そんな彼に追従するように、道化師たちが踊りだし、商売女たちが饗宴の続きをし始めた。
夜通しの進軍を下命された騎士、そして、彼に庇われている少女だけが、まるで何か取り残されたような表情でその様子を見ている。
暗君、と、誰かがつぶやいた。
だがその呟きは、道化師たちが奏でる笛の音によりさえぎられて、暗愚の王子の耳には決して入らなかった。
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