第19話 我に策あり

「ふむ。士気のない味方をその気にさせるのは難しい」


「だろうな」


「しかし、その気はなくても、機――機会ならばこちらで作ることができる」


「なるほど。つまり、本隊側が動きたくなるような、好機をこちらで用意してやると、そういうことが言いたいわけだな、ヨシヲ?」


 その通りだ、と、青い男は腕を組んで頷いた。


 思ってもみない格好ではずんだ軍議に、ビクターの顔が愉悦に歪む。

 冒険者をあきらめた彼ではあった。

 かつて自らの拠り所としていた軍略を捨てて、キャラバンの隊長という戦とは少し距離を置いた仕事についていた彼だった。


 しかし、その心はやはり、戦を求めていたのかもしれない。

 そしてヨシヲのように共に語ることのできる仲間を、求めていたのかもしれない。


「具体的な策はあるのか?」


 自信満々に言ったヨシヲにビクターが尋ねる。

 しかし、それを考えるのはお前の役目だろう、と、梯子を外すように、ヨシヲは言い放った。ずるり、と、椅子の上からビクターが腰を滑らせる。

 椅子の背もたれで頭を打った彼は、眩暈を覚えながらまた深く椅子に腰掛けた。


「結局、肝心なところは他人任せなのかよ」


「違うぞ。俺はお前を信頼して、あえて、任せたのだ」


「へいへい。口では何とでも言えるわな」


 なんだかなと思いながらも、ビクターはロメールから渡された『ガラン周辺の地図』を、卓上に広げてみた。先ほど訪れていた軍議の場でも、ロメールたちが囲んでみていたモノと同じである。


 海沿い。凸状に海側にせり出ている部分に造られたガランの街。

 ほぼほぼその城壁は、海に突出している部分の付け根を、横断するようにして渡っている。緩やかに湾曲してこそいるが、前方の平野に対して警戒していれば、ほぼほぼ敵に後れを取ることはないだろう。


 地図上で気になる場所といえば――西側の森である。

 なかなかに深いそこは、兵を隠しておくにはもってこいの場所。


 ここから、反乱軍が突如現れてガランを強襲する――というようなことがあれば、また少し状況が変わってくるだろう。城壁に立てこもっているという、圧倒的な優位さこそ揺るがないが、それでも、そうなった場合の損害は大きくないはずだ。


 となれば。

 この場所を誰が抑えているのか、というのが、大きな意味を持ってくる。


 ビクターが、そっとその西の森を指さして、ヨシヲに問うた。


「ここをどう思う?」


「兵を潜ませるにはうってつけの場所だろう」


「どちらが戦うにしても、か?」


「あぁ」


 逆に言ってしまえば、この地の利を抑えるために、反乱軍たちは行動を起こすだろうと考えられる。ここに付け入る隙があるということだ。


「先んじて、俺たちがこの森を抑えておいて、敵が森に侵入したところを逆に――」


「斥候ごときを倒したところで戦況は変わらない。むしろ、森にこちらが居ることを気取られて、逆に火を放たれるのが関の山だろう」


「ならどうしろって言うんだ。みすみす、相手に取らせる場所でもないだろ」


 ふふっ、と、ヨシヲが怪しく笑う。

 どうやら策を考えるのは、ビクターだなどと自分で言っておいた矢先、彼は何かを思いついたらしい。


「ビクターよ。お前の目の前に居る男は誰だ?」


「誰だって――自分のことを英雄か何かと勘違いしている、大馬鹿野郎だろう?」


「だから違うと言っているだろう!! 俺は正真正銘、本物の大英雄――えぇい、まどろっこしい話をしていても埒があかない!!」


「しだしたのはお前じゃないかよ」


 つまりだ、と、ヨシヲ。

 彼は先ほどこの街を預かっている将軍、ホランドにそうして見せたように、自分の掌に青い雷光を走らせて微笑んでみせた。


「ここに居るのは、稀代の雷魔法使い、ブルー・ディスティニー・ヨシヲ」


「おう、それで?」


「雷魔法の中には、人の脳髄に電気信号を流して、強制的にコントロールするというモノがある――」


「――お前、それはまさか!!」


 そのまさかさ。

 そう言ってヨシヲは笑うと、我に策ありとばかりにその手を握りしめた。手の中を走っていた青い光が、ばちりばちりと音を立てて飛散する。


 なかなか絵になる中二病な光景であった。


◇ ◇ ◇ ◇


 一方、こちらは先王の弟が率いる反乱軍。その片割れの部隊である。

 彼らは今、一向に降伏する気配のないカレスを後にして、ガランへと向かう道中にあった。


 その軍を率いているのは、先王の弟が第一子――ベルベッドである。

 武人というには肥え太った醜い身体。貴人というにはあまりに醜悪に歪んだ、豚のような顔。おおよそ、RPGの悪役――それも噛ませ犬――にふさわしい、容貌をした男である。


 彼は父より預けられた一団を率いて、ゆるりゆるりとガランへと南進していた。

 その歩みが遅いのには理由がある。


「はっはっは、いいぞいいぞ!! もっとやれ!! 親父の目がないのだ、派手にやれ、ふははっ!!」


 陣中だというのに、美女たちを自分の傍へと侍らせ、道化師たちに余興をさせる。

 進軍よりも、乱痴気騒ぎを楽しんでいるという感じだ。


 この怠惰が原因で、反乱軍の移動は当初の予定より大幅に遅れていた。

 もちろんそれを、カレスに残った反乱軍の本隊――先王の弟が知る由もない。


 自分の息子の暗愚さを、目の当たりにすればきっと絶望するだろう。


 ふと、丸裸にされた黒髪の村娘が彼の前へと差し出された。

 道化師に促されるままに、彼は自分の背丈の二倍はあるだろう鞭を与えられると、それを大きく振りかぶった。


 黒髪の村娘の前髪を散らして、鞭が地面を叩き上げる。

 チッと、舌打ちして、ベルベッドはもう一度鞭をふるった。


 今度はその黒い皮の先が、日に焼けた村娘の肩を打ちつけた。赤いミミズ腫れが彼女の体に出来上がるのを見て、暗愚の王子は愉悦の表情を浮かべた。


「ふはははっ!! いいぞいいぞ、戦はいいぞ!! ガランを落とせば、また金が手に入る!! 遊び道具もな!! ふははっ、今から楽しみだ!!」

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