第18話 指折り数えよ懸念事項

 さて。

 義勇軍を任されると共に、彼らの野営地のただ中に小屋を与えられたヨシヲたち。


 なんといっても船旅の疲れがある。

 それでなくても女性であるセリスだ。

 小屋に入るなりぷつりと緊張の糸が切れたように、彼女は肩を落とすと、そのままふらりふらりとベッドの方へと移動した。


 木で出来た台の上に、シートを敷いただけの簡素なものだ。

 きっと角ばっていて冷たくて、とても寝心地のよいものではないだろう。

 しかし、それでもセリスはそこに吸い寄せられるように倒れこみ――そのまま顔を突っ伏して動かなくなってしまった。


 今日はいろいろなことがあって疲れたのだろう。

 ヨシヲたちも、あえて彼女に何も声をかけることはしなかった。


 すぐに静かな寝息が聞こえだす。その脇で、旅の荷物を整理したビクターとヨシヲは、テーブルを囲んで今後についての方針を話始めた。


「お前のおかげで、なんとか軍の中に入り込むことはできたな」


「いや、ビクター、お前の知人が軍の中に居たことも大きい。どちらの功績ということはないだろう」


「……見た目によらず謙虚なこと言うんだ、お前って」


 どういう意味だ、と、テーブルの上に肘を置いて眉をしかめるヨシヲ。

 てっきり、自信家の彼のことだから、恩に着せるようなことをいいだすのではないかと、ビクターは思っていたのだ。


 だが、意外にも彼はまともなこと――お互いの力の賜物であるなんて言い出した。

 それに素直に驚いただけのことである。


 まぁ、普段のヨシヲの素行を考えれば、仕方のないことだろう。


「俺は確かに自分の実力については、これでも自信を持っているつもりだ」


「持ちすぎな気もするけどな」


「うるさい!! だが、それ以上に周りの能力についても正しく把握した上で、発言はするようにと心がけている」


「ほうほう」


「縁故というのは、ことこういう時勢において何よりモノを言う。あの場に居る全員の将を敵に回して交渉していれば、ほぼ、このような展開は望めなかっただろう」


「かもしれないな」


「故に、これは、俺だけの手柄ではない。俺とお前――そして眠っているセリスの手柄だ」


 なんだかむず痒いという感じにビクターは鼻頭を擦った。

 一方、ヨシヲの方も、自分で言っておきながら、気恥ずかしそうに頭を掻いた。


 お互い、どうにも不器用である。

 そんな男たちの沈黙の間を終わらせたのはビクターの咳払いであった。


「それよりも、今後のことだ」


「そうだな」


「ヨシヲ。この戦をどう見る?」


「どうとは?」


 勝てるか勝てないか、だ、と、わざわざ言葉にしなくても分からないでもない。そんなことを言わせるなとばかりに、ビクターはヨシヲを睨みつけた。

 冗談だ、と、前置いてヨシヲがふむと顎に手を這わせる。


「まず間違いなく勝つ」


「理由は」


「俺がこちらに居るから――と言いたいところだが、聞けばまだカサルの都も陥落することができていないようだ。そんな奴らが、軍隊を二つに裂いて当たったところで、街を落とせると思うか?」


「思わない」


 ビクターも、それはヨシヲと変わらない意見であった。

 反乱軍は数こそ多いが、攻め手にかける。ただの地方都市であるカサルが、まだ陥落せずに粘っているという事実を聞いたときに、それは理解していた。


 おそらく、まともに攻城戦を指揮できるような兵が居ないのだ。

 野戦での戦いとなれば話しは別だが、軍事拠点に籠っている兵を相手に戦うだけの器量と経験を持ち合わせていないというところだろう。


 ゆえに、籠っていれさえすれば、こちらが負けることはない。

 しかし勝つこともない。


「その上で、懸念材料が三つある」


 ビクターが三本の指を立てた。

 まず、その一本目を彼は折る。


「一つ、どのようにして勝つか、だ。敵側が包囲の手を緩める、あるいは撤退するような、それくらいの勝ち方をしてみせたいところだが」


「ふむ、確かにそれは重要だな。無駄に包囲戦を長引かせるのは得策ではない」


「だろう」


 お互いの意見の一致を確認して、ビクターは次の指を折った。


「二つ、どのようにして守勢を維持しようとしているこちらの軍を焚きつけるかだ」


「やはりお前もそう見たか、ビクター」


「打って出る気概は――少なくとも城壁の修理をしている時点でない。籠城戦により、敵が兵站を断たれて退くのを待つ心づもりだろう」


 それを、どうにかしてその気にさせて、攻勢に回らせなければならない。

 ビクター達に任された義勇軍だけではとてもではないが、反乱軍を混乱させることはできても、潰走まで追い込むことはできない。


 反乱軍を完膚なきまでに叩きのめし、戦線を退かせるためには――ホランドをその気にさせて、ガランの本隊が動く必要がある。


 これもまたお互いの意見が一致した。


 意外と、ヨシヲが話の分かる奴であるということに、ビクターが少しばかり戸惑いの表情を見せた。ふふ、と、そんな彼の姿を笑って、ヨシヲが続ける。


「ならば、最後の一つの懸念事項について、当ててやろうか」


「……面白い」


「ずばり、反乱軍側の傭兵――暗黒大陸からの助っ人の存在だろう」


 その通りだ、と、ばかりにビクターがため息を吐き出した。

 こんな中二病男に、自分の考えを見抜かれたのがショックだったのか。それとも、自分の軍略を理解してくれることに対する安堵からか。

 なんにしても、ここに来て何故だかビクターは、腹の底からおかしそうに笑ったのだった。


 何がおかしいと、ヨシヲ。しかし、彼もまた目の前の隻眼のキャラバン隊長に、不敵な笑顔を向けるのだった。

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