第28話 暗黒大陸の巨兵

 ヨシヲの【ゴット・コンドル】は、反乱軍の右翼から中央へと、ほぼ一直線に突っ切る形で戦場をかき乱した。

 雷魔法限定で魔法技能レベル8(当代一)のヨシヲが、必殺と力を込めて言うだけはあって、その動きを止めることができるものは居なかった。


 すべてを吹き飛ばし。

 理性さえも吹き飛ばし。

 進撃していくヨシヲ。


 ようやく本陣の陣幕が見えるかと思う所まで進んだその時、彼は立ち止まり、全身に帯びていた雷を辺りに発散させるように放った。


 はぁ、という声と共に、ヨシヲを中心にして同心円状に吹き飛ぶ兵たち。

 おおよそヨシヲを中心として、半径20メートルほどの間合いから、兵たちの姿が無くなった。


「さぁ、ボスキャラよ!! 死合う舞台は整ったぞ!! 神妙にその姿を現せ!! 一騎打ちと行こうじゃないか!!」


 大言壮語。

 きっぱりとそう言い切って、ヨシヲが辺りを見回す。


 要はラスボス――さきほど怒声を上げた相手を挑発して、彼はその場に引きずり出そうと目論んでいた訳だ。


 見るも無残に吹っ飛んだ兵士たちを前にして、ヨシヲの前に歩み出てくる雑兵は居ない。騎士さえも、関わり合いになりたくないとばかりに、遠巻きにその姿を眺めているばかりだ。この状況で出てくるのならば、ラスボスしか居ないだろう。


 最後の無駄に派手な雷放出も、ヨシヲの策の一つである。

 こういう所に抜け目がないのが実に不思議な話だ。ヨシヲの癖に。


「さぁ、どうした!! あんな雄叫びを上げておいて、今さら怖気づいたのか――」


 そんな見えすいた挑発をくりかえしていたその時。

 ヨシヲの身体を覆うような巨大な影が、突如としてその開かれた戦場に現れた。


 薄暮に揺らめく戦場のただ中に現れたのは――自分の身長の三倍はあるだろうかという巨大な大鎧。


「オォオォオオオオンン!!!!」


 その咆哮は間違いなく、ヨシヲが先ほど【ゴッド・コンドル】を展開するより前に聞いたものと同じだった。即座に、この大鎧の相手こそがボスであることを、ヨシヲは悟った。


 流石のヨシヲも、このような規格外のバケモノが出てくるとは思っていなかった。

 いつだって余裕を失わなかったその顔から初めて笑顔が消える。


 そんなヨシヲの反応なぞおかまいなしという感じに、もう一度、大鎧の巨兵は叫ぶ。そして、背中に担いでいたものをおもむろに握りしめると、ヨシヲに向かって振り下ろしてきた。


 まさしく、それは金槌。

 しかしながら、その巨大な背中に背負われていたものである。


 柄は長く、家の大黒柱かという長さ。

 頭部は彼がこれまで見て来た、どんなすり石臼よりも大きいものだった。


 動作が遅かったため、なんとか避けれたが――魔法技能レベル以外は、一般人とそう変わらないヨシヲである。それを回避できたのはまぐれと言ってよかった。


「くっ、なんという強敵感!! しかし、そうでなくてはな!! 青い運命もまた、一方的なチート展開は望んでいないはず!! 山と谷があってこその、ディスティニー!! さぁ、俺の宿命を見せて――ひゃぁっ!!」


 すぐさま、巨兵から第二、第三の攻撃が繰り出される。

 たまらず女みたいな声を上げてヨシヲはその場を飛び退いた。


 これまた、なんとか紙一重というところでかわすことができたが――心臓にいい状況ではない。


「グォオオオオアアアアアァアアア!!!!」


「ちっ、話の通じない相手という訳か。もう少し、こちらの事情を察して、俺のディスティニーに合わせてくれると助かるのだがな――まぁいい!! そちらがその気ならば、こちらも最初から全開でいかせてもらうのみだ!!」


 喰らって震えろ、と、ヨシヲが腕に稲光を走らせる。

 再び、大降りの一撃が振り下ろされた――そのタイミングを狙って彼は、巨人の股の下へと滑り込む。

 そして、その金属鎧で守られている股間に向かって、青い光の柱を発射した。


「俺を侮ったのっが運の尽きよ【電マ】最大出力だ!!」


 空気が弾ける音と共に、股間に吸い寄せられる雷光。

 どんなに体が大きくとも、また、どんなに力が強くとも、股間だけは人類共通の弱点である。それを震えさせるヨシヲの【電マ】は、まさしく不可避の必殺技――そのはずであった。


 しかし。


「――オォォン?」


「……なんだその反応は!?」


 まるでどこへ行ったんだ、という感じの、間が抜けた声が上からしてヨシヲは目を瞬かせた。そう、それは、数日ぶり――ビクターにそれを書けた時ぶりの感覚。


「……まさかこいつ!? 俺の【電マ】が効いていないというのか!?」


 まさかもなにも、まさしくそうであった。

 老若男女を問わず、多くの人を絶頂させて、倒してきたヨシヲの【電マ】。

 しかしどうやらこのラスボスはラスボスらしく、そんな必殺技が効かない、特殊な相手らしかった。


 今の今まで【電マ】一つで、ここまでのし上がって来た感のあるヨシヲである。

 これには彼の顔が途端にブルー・ディスティニーに染まる。


 山と谷がなければなんとやら。ピンチもまた必要だとほざいた矢先にこれである。死亡フラグをあっさりと立てたヨシヲは、どうしていいかわからず、しばし、茫然とその稲光が吸い込まれていった、巨兵の股間を凝視していた。


 やがて、巨兵が股の間にヨシヲの姿を見つける。


「グゥ、グルァアアアアアアッ!!!!」


 雄叫びと共に、自分の股に向かってハンマーを振りぬいた巨兵。茫然自失していたために、挙動が少し遅れてしまった。

 ヨシヲは、その足元を達磨落としのごとく、打ち抜かれる形で吹き飛ばされることになった。


「――くそっ!? このピンチもまた、青い運命だというのか!!」


 割と絶対絶命の状況なのに、そんなことを言う辺り、まだ、余力が残っているのかもしれない。体勢を整えながら、再び巨人へと向かうヨシヲ。

 振り返った巨人と視線が合う。しばし、静かな睨み合いが続いた。


 ゆっくりと、ヨシヲは足の感覚を確かめる。

 先ほどの一撃。足に直撃こそしなかったが、地面が砕けたことにより、振動によるダメージを受けている。


 この状況で巨兵のハンマーを交わし続けることは難しい。

 また、使い慣れた【電マ】が通じないとなれば、ほぼほぼ、普通の雷魔法では太刀打ちできないと考えていい。


 それなりの詠唱時間を要する、強力な雷魔法ならば勝機はあるかもしれない。

 だが、それを唱えさせてくれる隙を、この巨兵が与えてくれるとも思えない。


 まさしく、絶対絶命。


「俺のディスティニー、まさか、ここまでということはあるまいな」


 弱気の虫に思わず生唾を飲んだその時だ。


「ヨシヲッ!! 無事かぁっ!!」


 遠くから頼もしい援軍の声が聞こえたのは。

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