第29話 効かない攻撃

 馬に乗って駆けてくるのは、別働部隊を率いていたビクターだ。

 居るはずのない仲間の姿にヨシヲの足はまた止まった。


「バカ野郎!! 何をぼさっとしてやがるんだ!!」


 馬上のビクターが腰のベルトに手を回す。

 ベルトに備え付けられたホルダーの中にしまわれているそれは手斧。留め具を外してそれを取り出すと――今まさにヨシヲに向かってハンマーを振り下ろそうとしていた巨兵に向かって投げつけた。


 それは小さな一撃。

 フルプレートの隙間を突くような、器用な攻撃などでは決してなかった。

 しかし、には、十分な役割を果たしていた。


「オァアアアアアンン!!!!」


 悲鳴のような雄たけびを上げて巨兵がビクターの方を振り向いた。

 ヨシヲのことなどどうでもいいという感じに、向かってくるビクターに合わせてハンマーを構える巨兵。下から振り上げるように――まるでゴルフのショットのように――それは弧を描いて巨兵に向かってくるビクターの馬へとぶつかった。


 その一撃で肉塊へと化して、空に飛び散る軍馬。

 鐙が砕けで骨と混ざり、鞍が割れて血に染まる。

 しかしその鞍上に、すでにビクターの姿はなかった。


 ハンマーが馬を穿つその瞬間に、彼は鞍を蹴って大きくその場に跳躍すると、巨人の身体へと飛び移っていたのだ。


「オラッ!! お前の相手はこっちだ!!」


「ウルゥアアアアァアアア!!!!」


 ヨシヲにはない絶妙のバランス感覚を見せて、ビクターは巨兵のフルプレートメイルで包まれた腕を駆けあがっていく。


 振り払おうと、巨兵はその手をじたばたと振る。

 だが、その振動をどうするものぞと、ビクターはしっかりと足をその節目節目にかけて、着実に首元へと歩み寄っていく。


 やがて肩へと馬乗りになったビクターが、腰のシミターを抜く。

 狙うは、視界を確保するために用意されている兜のスリット。そこに向かってシミターを突き刺そうとした時。


「アァァアガァアアアアア!!!!」


 巨兵はその場に跳躍すると、自ら地面に転がり込み、無理やりに肩のビクターを身体から引き剥がそうとした。ここまで、体勢を維持してきたビクターだが、肩にまたいだ形になったのが、仇となる――。

 あと一歩という所ではあったが体勢を立て直すこともできず、チッと、舌打ちと共にそこから離れると、地面に着地した。


「くそっ、せっかくの好機だってのに――参るぜまったく!!」


「ビクター!! お前、どうしてこんな所に!!」


 すぐにヨシヲがビクターの後ろへと駆け付ける。

 思わぬ援軍の登場である。たった一人でボスと相対するつもりだったヨシヲは、その心強い仲間の増援に息を弾ませずにはいられなかった。


 そんな彼に、何を浮かれてやがるんだと、ビクターが苦い笑いを向ける。


「敵がいつまでたっても撤退する素振りを見せない。こりゃ何かあるかと思ってな」


「ボスの存在だろう。あぁ、俺もそれは感じていた――そして、これがおそらくそいつだろう」


「理解が早くて助かるぜヨシヲの癖に」


「ブルー・ディスティニー・ヨシヲ、だ!!」


 ははっ、と、肩を揺らしてビクターが笑う。

 こんなクライマックス――ここ一番の見せ場という時でも、自分の名前を間違えられたことを怒るヨシヲのことを、素直にビクターは可笑しく思ったのだ。


 いよいよこいつは本物だな、と。


「――おうそれな、いつもの感じ」


「いつもの感じではない!! いい加減覚えろ、ビクター!!」


「でだ。要するに、問題は目の前の巨兵をぶっ倒さない限りには、敵側の士気は折れないってことだ。ヨシヲやれるか?」


「やれる――つもりだったのだが、一つ問題が発生した」


 なに、と、ビクターが顔をしかめる。

 ここまで【電マ】で大軍の中を駆け抜けて来たヨシヲだ。ほぼほぼ一人で、反乱軍を押し返し、かき乱し、混乱させてきたと言っても過言ではない。

 その雷魔法の威力についてビクターはよくよく信頼していた。


 そして、この巨人も、彼の得意の雷魔法できっと倒すことができるだろう――そうだとばかりに思っていたのだ。


 そしてヨシヲもまた、それを確信していた。


 しかし実際にはそうではなかった。

 彼は渾身の得意技【電マ】の最大出力を、巨兵に向かって放った。だが、その一撃が巨兵の動きを止めることはなかった。

 いつものように敵を一撃で失神させることはなかった。


「俺の【電マ】が通じない。ビクター、あいつを相手にするには、ちとばかり大規模な魔法詠唱が必要になりそうだ」


「……マジかよ」


 いや、それよりも、と、ビクターが思考を切り替える。

 この辺りは一流の戦士であると同時に、バルトロメオの門下で高度な教育を受けて来た男である。状況に流されるだけではなくちゃんと受け止めて、分析整理することについては、ヨシヲにはない長所であった。


 まず、引っかかりを覚えたことは一つ。


「どうして、お前の【電マ】が効かないんだ。出力不足ってことはないのか?」


「渾身の一撃を加えた――あれで痺れぬ男も女も居ないはずだ!!」


「じゃぁ、中に入っているのがオカマ、もしくはオナベということはないのか!?」


「その可能性は否定できないが――けど付いていたら強制的に悶絶するはずだ!!」


「ではインポテンツということは」


「俺の【電マ】の回春効果はお前も見ただろう。あり得ない、絶対に元気にさせてみせる自信がある!!」


 クライマックスにするような会話ではない。

 やれ、敵がセクシャルマイノリティではないのか、なんてことを言い出す小説が、はたしてこの世にどれだけあるだろうか。インポではないかなんて言い出す小説が、はたしてこのカクヨムにどれだけあるだろうか。


 外伝と言っても、流石はバカエロ小説。

 流石だなどエルフさん、さすがだ。


『いや、私関係ないでしょ!?』


 遠くで、女エルフが弁明の言葉を発するのが聞こえた気がする。

 それはさておき。


「相手に性欲がないということか――いったいどうやって」


 無精ひげの生い茂る顎先を撫でながら試案を巡らせるビクター。

 その顔を眺めていたヨシヲが、はっと、何かに気が付いた顔をした。


「――!! そういえば、ビクター!! お前にも俺の電マは効かなかった!! それはいったいどうしてなんだ!!」


 それが答えではないのか、と、ヨシヲが少し食い気味にビクターの顔を見た。

 しかし、ビクターはその顔をこわばらせるだけだった。


 言える訳がない。答えられる訳がない。


 自分が筋に金の入ったモノホンのロリコン野郎だなんて、そんなこと――このクライマックスの局面で、声に出して言えるものではない。

 それでなくても言えたものではない。


 異世界でも、ロリコンに対する風当たりは冷たいのだ。

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