第30話 俺に構わず早く言え

「どうしてなんだビクター!! なぜお前には、俺の必殺の【電マ】が効かなかったんだ!! そこに答えがあるような――なぜかそんな気がするんだ!!」


「いや、それは、その――いろいろと説明しがたい事情がありまして」


「隠し事はなしだろう!! 俺たちは仲間じゃないか!!」


「そうなんだけれども、やはり仲間と言っても、立ち入ってはいけないプライベートな問題というのが、なきにしもあらずというような、ないような」


 予想外。ビクターに電マが通じなかった事実に、ヨシヲが食いついてくる。

 バカと天才はなんとやらだが、アホはどうにも違うらしい。あきらかにビクターが察していただきたいという顔をしているのに、ヨシヲはしつこくその理由を尋ねた。


 これこそがこの巨兵に攻撃が通じなかった答えなのだとばかりに。


「お前の身体に隠された秘密があるのだろう。それが、きっと――奴に俺の【電マ】が効かない理由に違いないんだ」


「いや、身体に隠された秘密というか、頭に隠された秘密というか」


「いったいどんな事情を抱えているんだ!! たとえお前がどんな男だったとしても、俺は絶対にひいたりはなんかはしないさ!! だから、安心してその秘密を教えるんだ!!」


「……そう言って、どん引きした目を向けて来た人間を、俺は何人も見て来たから」


 あぁ、ロリコン。

 哀れかなロリコン。


 あどけない少女にしか興味を持てない、業の深い病を抱えた人々。

 社会にすれ男を知り、女を自覚した者たちを汚らわしさを感じる敏感な男たち。

 自分と同年代の女性に対して、興味を持つことができないという、欲情することができないという、重く苦しいい病を抱えた男たち。


 ロリコンの人たちのためにあえて言っておこう。

 彼らは誰しも、好き好んでロリ道――冥府魔道に堕ちた訳ではないのだ。同年代の女性たちに相手にされなかった、あるいは大人の女性によりひどい目に合った、女性中心の職場の中で大人の女の怖さを身に染みて感じた――理由はそれぞれだ。


 彼らは決して、社会的な不適合者ではない。

 やむを得ない事情により社会に歪められてしまった、哀れな被害者なのだ。


 とまぁ、そんなロリコン談義はさておいて。


 やんややんやと話し込む、ヨシヲとビクターに向かって、体勢を立て直した巨兵のハンマーが振り下ろされる。紙一重、それをかわしたビクターとヨシヲ。再び、巨兵との攻防が始まろうとしていた。


 ここで戸惑っている場合ではない――。


「はやく、言うんだ、ビクター!! 手遅れになるぞ!!」


「いやだから、きっと関係ないって!!」


「ヴルァァアァアァアァアアアアア!!!!」


 巨兵の雄叫びが再び朝焼けの空に響く。ビクターの攻撃により、明らかに殺意の上がったその眼が、フルフェイスマスクの下からヨシヲとビクターを射抜いていた。


 魔法技能はともかく、剣はからっきしのヨシヲである。

 ここはやはり、ビクターが矢面に立って敵の攻撃を受けるしかない――。


 すぐさまシミターを構えなおし、肩に刃の峰を構える。


「こっちだ巨人よ!!」


 ビクターはヨシヲから距離を取った。

 そして、彼に目線で――大規模魔法で巨人を倒せと、視線を送ろうとした。


 しかし――。


「何をしているんだ!! ビクター!! まだ話は終わっていないぞ!!」


「なんでついてきてるんだよ!!」


 ビクターの背中にぴったりと、くっついてヨシヲが移動していた。

 せっかく二手に分かれ自分が囮になることで、魔法の使えるヨシヲを巨人の攻撃から守ろうとしていたというのに――。


 まるでコントのようなその行動に、ビクターは割と本気で怒声を浴びせた。

 そしてそれが逆にヨシヲの導火線に火をつけることになる。


「なんだとはなんだ!! この絶望的な状況を打開する、たった一つのヒント――それがお前に俺の【電マ】が効かなかった!! その事実じゃないか!!」


「だからそれは!!」


「はやく教えるんだ!! さぁ!! 手遅れになる前に!!」


「教えたら俺が手遅れになるんだよ!!」


 どういう意味だ、と、ヨシヲの脚が止まる。

 ようやくビクターの想定通りに、二手に分かれることができた。


 やはり、肉薄されその命を狙われそうになっただけあり、ビクターの方に対して執着心を顕にする巨兵。振り上げられた石臼のようなハンマーの影は、ビクターの頭に影を落としていた。


 巨兵の叫び声と共に、それが振り下ろされる。

 跳躍してそれを避けたビクター。大降りになり、隙のできたその足元に向かって今度は駆ける。


 まずはその巨体の動きを封じる必要がある。

 足回り――フルプレートメイルの隙間を狙って、彼が持っているシミターの灰色をした刃の先端が光る。


 指と足裏の付け根部分にわずかであるが隙間があった。

 そこに無理やりシミターを滑り込ませる――。

 そう思って刃を突き出す。


 しかし。


「ヴァアァアァアアアアッ!!!!」


「――っ、こいつ!!」


 その狙っていた足先が、急にビクターに向かって蹴り上げられた。

 予想外の巨兵の反撃。そして対応のできない間合いである。


 剣先の狙いは逸れて、ビクターの体勢も大きく崩れた。

 しかし巨兵の足先は彼の腹を捉えている。

 万事休すか――そう思った時。


「【電磁投射砲ぶっとびビリビリ作戦】!!」


 またしても、いつの間にかビクターに近づいていたヨシヲが、西の王国の港で使った魔法を彼の背中に向かって再び放っていた。

 今度はその時よりも威力は抑えめ、敵の攻撃軌道からビクターを逸らすために使っただけである。ビクターが気絶することはなかったが、突然、後ろから強力に押し出されたその感覚に、彼はぐぁと悶絶して声をあげた。


 だが、なによりも――。


「ヨシヲ!!」


 ビクターを弾き飛ばした代わりに、ヨシヲの身体に向かって巨兵の足が降りぬかれる。顔面を捉えたかに思えたその時、ひょいと、ヨシヲはそこでスライディングをしてみせて、幸運にも、その攻撃を避けて見せた。


 ほっと、一息をついたのも束の間――足元に倒れているヨシヲに向かって巨兵が、その空振に終わった右足を振り下ろそうとする。


「駄目だ、ヨシヲ――!! はやくそこから離れるんだ!!」


「侮るなビクター!! 俺がこの程度の展開、考えずにいると思うのか!!」


 振り下ろされる巨人の右足に向かってヨシヲは手をかざす。


「――久しぶりに使うぜ!! 応用雷魔法【雷と風の牙俺に構わず早くいけ】ぇっ!!」


【魔法 雷と風の牙俺に構わず早くいけ: 上から降って来る巨大な何かを、支えてくれる電子の魔人を呼び出す魔法。二人居るので、その門番力は二倍であり、ここぞというトキ――たとえば生き別れになった詩の病に侵された兄貴を監獄から救出するなど――とかに大活躍してくれる。ちなみに、左がアドン、右がサムソン】


 巨人の右足が、二人のマッスルによって支えられる。

 なんとかそれにより、肉塊に化すのを免れたヨシヲであった――だが。


「さぁ、俺に構わず、早く言うんだ!! ビクターお前の秘密を!!」


「そんな状況でもブレないって、お前、本当にすごいな!?」


 足の裏から出るよりも早く、ヨシヲはビクターに【電マ】の効かない理由を訪ねるのだった。


 もう、これは、観念するしかない。

 ビクターの口から、何かが抜ける音がした。

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