第27話 ゴット・コンドル

 反乱軍の兵士たちが士気を乱して逃げ出さない。

 その誤算がなんであるか――ようやくその咆哮を聞いてビクターは理解した。


 暗黒大陸から呼び寄せた傭兵が、反乱軍には居るという。

 そして、彼らの手を借りることにより、反乱軍はここまで破竹の勢いで、南の国を切り取り、勢力を拡大することができてきた。

 つまり――。


「それくらいに連中は暗黒大陸の傭兵を信頼している」


 おそらく、先ほど咆哮を上げたのがその正体であろう。

 オークかはたまたライカンスロープか、あるいはオーガか、何かはわからない。だが、その存在が後ろ盾としてある限りには、反乱軍が乱れることはない。


「――誤算だ。いや、それくらいのこと、計算の上に入れておくべきだった。どうして考えなかったんだビクター」


 何にしても、暗黒大陸の傭兵という精神的支柱がある中で、このまま戦いを続けたとしても、反乱軍を退かせることは難しいだろう。

 やるのであればまず、その精神的な支柱を折らなければならない。


「一旦退却か? いや、今を除いて好機はない――そして、やれるとしたら」


 自分とヨシヲしかいないだろう。


 決断すれば彼の行動は早かった。

 早速、自分の代わりに部隊をまとめるものを選出すると、セリスの部隊と合流するように指示を出した。

 そうして、ビクターは腰のシミターを抜刀すると、ぼんやりとしている敵の騎士へと忍び寄る。気づいたときには鎧の継ぎ目を抜く形で、ビクターの得物が騎士の身体を貫いていた。


 ごぷ、と、血を吐いて倒れる騎士。

 その姿にうろたえるばかりの彼の麾下の歩兵たち。間抜けな彼らを一顧だにせず、ビクターは馬の手綱を握ると、そのままヨシヲたちの部隊に向かって駆け始めた。


「ヨシヲよ、どうやらもうひと踏ん張りしなくちゃならないみたいだぜ――」


◇ ◇ ◇ ◇


 右に【電マ】。

 左に【電マ】。

 正面の気取った騎士様に【電マ】。

 性欲強そうでちょっとかけるのを躊躇するような、オークに向かっても【電マ】。


 【電マ】【電マ】ここは【電マ】地獄。


 皆、一様にして股間を抑えて前のめりに倒れていく。そこはかとなく、栗の花の匂いが立ち昇り、むせかえるような空間と化したそこを、ヨシヲは何の躊躇もなく踏み越えていく。


「ふははっ!! どうだ、雷魔法は最強なのだ!! 雷魔法こそ勇者の魔法!! そしてそれを使う俺こそは――この世界を救う勇者!! チーレムの体現者!!」


 無双状態に完全に酔っぱらっているヨシヲ。

 こんな無茶苦茶なことを口走りながら、無双するアホが居るだろうか。


 正直、彼が率いている麾下の兵たちも少しだけ退いていた。

 まぁそれはさておいて。


「――しかし、倒せども倒せども、一向に退く気配がないな。おかしい、そろそろ損害から臆病風に吹かれて、逃げ出す兵が居てもいいだろうに」


 チート系WEB小説史上、もっとも最悪な絵面による無双をかましながらも、意外と冷静に物事を分析していたヨシヲ。魔法を放ちつつ、この状況の原因について、彼もまた考えているようだった。


 と、その時、遠くに大きな怒声が聞こえた。

 それはビクターが聞いたのと同じ、オークともライカンスロープとも、そしてオーガともわからない、暗黒大陸の傭兵の雄叫びであった。


「この雄叫び――どうやら敵には大きめのボスが居るみたいだな」


 ビクターほどの的確な判断ではないが、そのボスを倒さない事には、この戦いに決着はつかないだろう。そう判断したヨシヲ。

 すぐさま、彼は雄叫びの響いて来た方角を確認した。


 今、自分たちが戦っている、右翼の最奥――本陣の手前からそれは聞こえて来た。

 おそらくではあるが、この反乱軍を率いている将兵の手の届く辺りに、この声の持ち主――つまりボスは居るに違いない。


「――仕方ない。ボスを倒すのは勇者の務めだからな!!」


 ブルー・ディスティニー・ヨシヲ、参る。

 そう叫んだかと思うと、彼はここに来て初めて【電マ】以外の構えを見せた。


 両手を後ろに大きく広げて、前のめりの体勢を取ったヨシヲ。

 すぅ、と、深く息を吸い込むと、その後ろに回した手を、その声が聞こえた方向に突き出して叫んだ。


「喰らえ!! これが必殺のォ――【ゴット・コンドル】!!」


【魔法 ゴット・コンドル: かの昔、雷撃魔法をレベル10まで極めし伝説の男が居た。彼が駆ければ、その身に帯びた雷により【電マ】を使うまでもなく周りの者が失神していく。鷹のごとく戦場を疾走するその様子をして、まさしく、神のごとき鷹と呼ばれた彼。その姿にあやかり――全身に雷を帯びて戦場を疾駆するというこの技を、ゴット・コンドルと雷魔法使いたちは呼んでいる、とかいないとかとうたか】


 ヨシヲが一歩を踏み出せば、まるで巨像が一歩踏み出したかのように、その前に立っていた反乱軍の兵が吹き飛んだ。その歩みに合わせて、次々に、兵たちが空へと飛んでいく。

 もちろんそのなんだ――いろんな液体と一緒に。


 さながらチート無双に相応しい強力な必殺技だが、なかなか絵面は最悪である。


「俺はボスを倒しに行く、お前たちはビクター達と合流して、他に当たれ!!」


 率いていた兵たちに命令して、どんどんと敵軍のただ中に突っ込んでいくヨシヲ。


 まぁ、あの男なら、殺されても死なないだろう。

 妙な納得をするとヨシヲが率いていた部隊は、おとなしく命令に従ってそこから後退したのだった。


 正直な話。あまりその場に居たくなかった、というのが、彼らの気持ちだ。

 死屍累々というのもあるが、血とそれの匂いでむせ返るような場所だ。


 察していただきたい。


「待っていろよボス!! お前を倒し、見事にこのブルー・ディスティニーの、ハッピーエンドを飾ってやろうじゃないか!!」


 栗の花の匂いと共に、人の海が左右に割れていく。

 その中を駆けに駆けてヨシヲは雄叫びの聞こえた敵陣中央へと向かったのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「そうだ、まだ、こちらには暗黒大陸の傭兵が居る。あいつらは知らないんだ、奴のおそろしさを――」


「殿下!! しかしあたら兵を失することは!!」


「うるさい!! 黙れ!! アイツが居れば、俺たちが負けることはないんだ――」


 オォンと、その時、ベルベッドの横で野太い雄叫びが上がった。

 張り巡らされた陣幕の向こうからのっそりと、その体をもたげたのは、フルプレートメイルの巨兵。


 その姿を見て、ベルベッドが脂汗を滲ませた顔を、愉悦に引きつらせた。


「そうだ!! そうだ!! 我が軍には暗黒大陸の傭兵が――魔人がついているのだ!!」

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