「レッちゃーん、ジェッくーん、こっちこっちー」

 メレルののんきな声は相変わらずだ。隣ではシュディルが苦笑している。

 僕らは今、港にいる。トウキョウはもはや人が住める状態ではなく、MCSRトウキョウの面々はとりあえず本部預かりということになった。トウキョウにはフィルヒを代表とする復興委員が残ったが、どこまで元の状態に戻せるものか。まあ、僕たちにとってはどうでもいいことだ。

 この先、世界がどうなっていくのかはまったく予想できない。調停者のいないことがどう影響するのか。そもそも神なき世界が成立するのか。神なき今、天使とはなんなのか。気にはなるものの、僕らにできることは現状を受け入れていくことしかないのだ。

「行こうか、ジェット」

「はい」

 今は流されて生きるしかない。なるようになれ、だ。

「もう、翼は見られないのか」

「どうでしょうね。わからないことだらけですよ」

 二人は笑っている。そうしなければ黙ってしまうから、そうしていた。レディットの手が痺れだしていることも、僕は気付いている。

 口には出せないが、それは受け入れるべきことだったのだと思う。逆らわずに受け入れることで、彼女だけの何かが得られる気がする。

「答えは神のみぞ知る、か」

「聞かれたら、捕まりますよ」

 笑いながら生きていけばいい。それだけを考えていけたら、少しは幸せだろう。

 桟橋から覗いた海の色は紫。どこまでも、どこまでも。

「今なら分かりますよ、空を飛びたい気持ち」

「飛んだばかりじゃないか」

「自由に、飛んでみたいですね。どこまでも、いつまでも。ま、ないものねだりってやつですよ」

「案外、いつか飛べるんじゃないか。……いつか。……そのときは、また、私も、だぞ。上司命令だ」

「そうですね。約束しますよ」

 そうは言うものの、背中がまったくむずむずしない。まるで天使であった過去が嘘だったかのように。多分、二度と翼は現れない。だからこそ、飛びたいなんて思うのだろう。どこからか、願いをかなえに来る天使がやってきたら、などと考えてみた。

 大きく手を広げて、桟橋を走った。後ろから、くすくすと笑う、かわいい女性の声が聞こえてきた。僕も、くすくすと笑った。世界も、笑っているんじゃないかって、そう思った。

 いつまで、笑えるだろうか。不安を覆い隠すために、さらに笑った。

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LeditTious-レディティウス- 清水らくは @shimizurakuha

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