5

 どこまでも思い出させる造りの通路を通り、花道への扉をくぐる。驚くほどに、静かだった。ここにいるのは、日陰の者達なのだ。無邪気に騒ぐことはない。じっと、獲物を待っているのだろう。

 だが僕は、相手の事情など知ったことではない。ここにいる人間が全て消えたところで問題はない。むしろ、それが円滑に実現することを望む。

 光が濃くなる。闘いの場が近い。息を吐く。吸う。

 そして、ゲートをくぐると同時に、僕は跳んだ。

 思ったとおり、全く断霊は利いていなかった。ここまで散々試合を見せてもらえたので、闘技場の空間座標はきっちりと頭に入っている。一気に反対側まで、空間に乗って移動する。

 広々とした、何者も邪魔しない空間。観客には、突如とんでもないところに現れたように映っているだろう。敵はまだ気づいていない。両腕に力を込める。そんなに振り下ろす必要はなかった。重力に身を任せ、落下していくだけでいい。

 一秒もたたない後に、弓矢を手にしたまま敵は倒れた。マスクごと頭蓋骨はぼろぼろに砕かれてしまったようだ。

 つばを飲む音が重奏になって聞こえてくる。彼らは今、何を思っているだろうか。

 とにもかくにも、第一戦は何の苦労もなく勝つことが出来たのである。



「ルール無用だね」

「開始の合図はないだろ。戦いの場に入った瞬間から殺し合いは始まっている」

 部屋に戻ってきたとたん、緑の男は次の武器を選ぶようにと指示してきた。休憩する暇はないらしい。

「けれども、君は博打みたいな勝負をするんだね。相手も何かしてくるかもしれないのにさ」

「相手の能力がわからないのは戦場の常だ。革命を起こすつもりならそれぐらい考えておけ」

 そっとバトルアックスを元の位置に戻す。今度の呼び声は、別のところから聞こえてくる。

「しかし、次の相手は君のことを見ていたんだよ。同じ手は通用しない」

「相手のことがわかるだけで適応できれば、チャンピオンは誰も防衛できないだろう。負けるやつには、理由がある」

 呼んでいるのは、ひときわ光り輝く柄。そして、鈍く光る刃。最高級のロングスピアが、僕を呼んでいる。

「せいぜい頑張れ」

「そうするよ」



 完全に空気が変わっている。

 ゆっくりと、中央に向かい歩みを進める。反対側からは、細身の緑のポロシャツの男。右手には棍棒、左手には丸い盾。

 にたにたと笑う薄気味悪さ。だが、どこにも緩んだ感じがしない。あれは演技だ、と直感が進言してくれる。

「飛べよ!」

 甲高い叫び声。安い挑発。そして、その言葉が墓穴となる。

 僕は、素直に走り、跳んだ。そして、ロングスピアを握る腕にぐっと力を込める。棍棒が盾にぶつけられる。振動のイデアが増幅され、周囲に超音波が発生する。まともに聞いてしまえば、体の自由が奪われることだろう。確かにこれならば、僕が瞬間移動したとしても対処できるだろう。

 だが、これでは僕を封じ込めることは出来ない。自分の進むべき道の空間を、外側の空間と交換しながら進めばいい。僕の能力の本質を見抜いていたならば、音ほど飛ばされやすいものもないと気づくことが出来ただろうに。

 邪魔するものは何もない。ロングスピアを真正面に突き出す。刃先がのめりこむ感触。もう少し鈍いほうが好きなのだが、手入れが行き届きすぎていたらしい。立ったまま絶命する男。音速で去っていく、攻撃。

 帰り道に背中で受けるもの。心地いい。

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