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 おそらく、三日目の朝ぐらいなのだと思う。突然鍵が開けられ、あの緑色の男が姿を現した。

「出ろ」

 僕も特に抵抗はしなかった。力関係がわかっているということもあったが、余裕を見せ付けたいという気持ちの方が大きかった。だが、それを見透かしたかのように男はニヤニヤしている。

「お前はなかなか運がいい。闘技会を見られるんだからな」

「闘技会?」

「戦士を育成するための大会だよ。あらゆる地域の格闘技が切磋琢磨することにより、来るべき決戦の日に圧倒的な力を発揮することが出来る」

「いいのか、そんなにべらべらとしゃべって」

「まあ、いいだろう。何せ今日の大会は、君が殺されるまで続くんだから」

「な……」

 殺意を感じない、などと思っていた自分が馬鹿だった。確かに本山は僕の利用価値を見出したのだろうが、まさかそれがただ殺される役目だとは。僕らが対峙した者たちの戦闘の性質から考えれば、本山が何らかの組織的な実行部隊の育成をしていることは推察できた。それが闘技会とどれだけ関係するのかはわからないが、どう考えてもまともなものとは思えない。

「教祖様は君の潜在能力に期待していらっしゃる。万が一生き残ればお褒めの言葉がもらえるかもしれないね」

「それは是非いただきたいものだ」

 いちいち腹が立ったが、収穫もあった。ここは本山にとって中心的な場所で、特別な施設があり、代表者も現れる可能性がある。

 あちこちを曲がったり上り下りした後、目前に鉄でできた大きな黒い門が現れた。巨大な白い閂によって閉められている。いかにも厳重に管理されている出入り口といった感じだった。

「特等席だ」

 長く太い閂が引き抜かれ、扉が開かれた。青い絨毯が敷かれ、大きなテーブルとソファーが置かれている向こう側には、巨大で透き通ったガラス窓が張られている。

 促されるままにソファーに座り、外を見る。六角形のリングを目にしたとたん、頭の中がくらくらとした。数え切れない客席に、白いドーム型の屋根、全てが僕のことを狂わせてしまいそうだった。

「ここが闘技場だ。モニターもあるよ」

 緑の男が得意げにいろいろ説明しているが、僕の耳からは言葉が入ってこなかった。悪夢だった。悪夢が今、僕の前に具現化しているのだ。

 だが、時間の経過と共に理性の働きも戻ってくる。ここは地下なのだ。僕が知るはるかかなたのあそこであるはずがない。たまたま似ているだけだろうし、そこで行われることもまったく同じであるはずがない。

「さて、そろそろFクラスが始まるね」

 客の姿はほとんど見えないが、二人の男が左右のゲートから歩み出てくる。一人は腕や頭に縄を巻いている、ムエタイの戦士だった。もう一人は褌のような下着だけを身に着けた、やたらに肩幅の広い筋肉隆々の戦士だ。

「彼らはほぼ実戦の経験がない。だから、まだ武器を持てない」

 その言葉に、再びくらっとなる。現代、まともな文明社会で武器を持った闘技会など考えられない。いまここでは、流血のイデアがにおいを渦巻かせている。

 試合は合図もなく始まり、あっけなく終わった。ムエタイ選手があっさりと蹴り倒したのだ。実力差があるのも原因だが、実戦というものがまるでわかっていないことがつまらない試合を生みだしている。確かに客に見せるものではない。

「こんなものなのか」

「本山は様々な文化をそのままの形で残すことをよしとしている。だから、まずはそれぞれのお披露目という意味合いもあってね」

 その後もいろいろな格好の、いろいろな格闘技の男たちが出てきた。平等をうたい文句にしているものの、女子供はいなかった。唯物論体制の厳格さに比べて、本山のやり方はどこか上っ面という感じだ。それも無理はない。宗教破棄の宣言により追われる身となった人々は、信じる神もばらばらの中とにかく団結するしかなかったのだ。彼らが協力を続けるために必要だったのは、何より寛容さだっただろう。一つの神を創り上げるなど、人々には出来ない。それが出来れば、戦争はなかった。

「で、僕を殺すというのは彼らなのか」

「まさか。可能性のない戦いはさせないよ」

 Eクラスになると、武器を持った男たちが出てきた。しかしどれも、刃にカバーがされている。

「殺し合うんじゃないのか」

「まさか。初級者が殺し合ったら、熟練者がほとんど出来ないじゃないか」

 彼の言うことももっともだった。このクラスの人間は、殺し合うだけの技術もなければ、殺さないだけの技術もない。彼らが本気で戦えば、無駄に血が流れることは目に見えている。

「お遊戯だな」

「最初から強い人間はいないよ。君がどうだったかは別としてね」

 今すぐその衣服を引き裂いてやりたかったが、勝算があるわけではないのでぐっとこらえた。しかし彼の、彼らの目的が僕を闘わせることだとしたら、なぜそんな危険なことをさせるのだろうか。

 彼らはおそらく気付いているのだ。だとしても、その結末にも耐えられる自信があるというのか。

 Dクラスになると、少々中身もまともになってきた。相変わらずカバーは外れていないが、それでも鋭い打ち込みで悶絶する姿が見られた。まだまだ一般の格闘家レベルだが、それでもそこいらの警察官よりはよっぽど強いだろう。

 C、Bになると、少しは目を見張る場面も出始めた。軍隊で特訓してはこうはならないだろう、という特殊な奴も多い。そしてなにより、イデアを操ることも一般化してきている。どうやら闘技場の中は断霊が利いていないらしい。

 客も増えたのか、歓声が聞こえてくる。

「いよいよだ。こっちに来な」

 緑の男は、新しい扉を開けて僕を手招きした。そこは、広々とした窓のない部屋。そして壁には、数え切れないほどの、様々な武器が掛けられていた。どれもよく磨かれており、まばゆい光の反射をもたらしている。

「ここにあるのは、どれを使ってもいいよ。もし生きて戻ってきたら、次の闘いには武器を変えてもいい」

 拒否権はないのだ。それに、武器を見たら戦闘意欲が湧きあがってきた。

 くまなく探してみたが、銃はなかった。剣、斧、槍、そして弓矢。まるで遠い昔の遺物のような武器たち。目を閉じて、ゆっくりと感じてみる。どの武器が、僕を呼んでいるのか。応えれば、自ずと信頼関係は開けてくる。

「これでいい」

 最も強く僕を呼んでいたのは、金色の柄を持つバトルアックスだった。手にしてみると、ずっしりとした重量感が体の芯まで響いてくるようだった。

「また、体に似合わないものを選んだね」

「大丈夫だ、持てる」

 さらに奥の扉が開かれると、その先は長い階段だった。らせん状になっていて、どこまで続いているのかはわからないが、おそらく闘技場に出るためのものだろう。

「いいのか。殺されるかもしれないんだよ」

「大丈夫だ。殺せる」

 緑の男は、頭を小さく振った後、あごを突き出した。行け、ということだろう。

「特別ゲストなんだ。最初に殺されないでね」

「仲間が負けることを願うのか。なるほど寄せ集めだ」

 小さな舌打ちの音を、聞き逃すことはなかった。こいつ自身はいつだって僕を殺したいに違いない。そして僕も、今一番殺したいのは、この男だ。

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