7
《我が子よ。我には勝てぬ》
「あなたも、先代の神にそう言われたはずだ」
キーンの背後で、緑の男が舞った。恐ろしく長い剣を持ったフェリトが、呪文をつぶやきながら神に斬りかかっていった。
「ジェット、もしあいつが死んだらどうなるんだろう」
「僕には分かりません。神のみぞ知る、ですね」
フェリトの剣から自虐性のイデアが溢れ出る。内向きにすべてを傷つけ、それで喜びを得る人間性の一面を全面に押し出す。フェリトの顔が苦痛に歪む。過ぎた自虐はただ苦しいだけだ。何をもくろんでいるのか。
《それは、われが生み出せし言霊。我に向けても無駄なこと》
「へっへっへ。その我ってのは、どのくらい前の我なのかねっ」
フェリトの剣は、神の体へと突き刺さっていった。それはまるで、神のほうからそれを受け入れているかのようだった。だが、髑髏の奥から漏れるのは、まだまだ余裕のある吐息だった。
《我に時の隔たりなど無効よ》
剣は、飲み込まれるままに姿を消していった。フェリトの体が硬直し、そのまま落下していった。
「あの呪文は人間の身にはさすがにきつすぎるよ? 賭けだったね」
「まだ結果は出てないですよ」
確かに剣は消え、フェリトは落ちた。しかし言霊は、神に依存するがゆえに、簡単に消えはしないのだ。
「フェリトよ、この機会、感謝する」
白い光が弱まっていた。神の力が、暫時そがれたのだ。クーカの体が、きりもみ状に回転しながら突っ込んでいった。
《驕るな!》
胸倉をつかまれるような怒号だった。呼応するかのように、白い光、緑の光、そして紫の光がまぶしくきらめいた。
「ここからだね? そう、ここからだ」
神の右手が、キーンの頭部をわしづかみにしていた。だが、キーンの顔(といっても機械だが)には余裕の表情が見て取れる。
そして、ルイティーンがレディットの肩をつかんでいた。
「今こそ、願いをかなえるときだよ」
「なんだと」
「大人になるんだ、LeditTious」
ルイティーンの手から、巨大なイデアが流れ出ていった。そして、レディットの全身に流れ込んでいく。レディットの中の「想い」が触発され、今まで思いとどめていたものがむずむずと動いているのが分かった。
「……それに触れるな」
「でも、心は欲しているよ?」
「それをしてしまったら、私は終わりなんだ!」
「知らないよ? 僕は、叶えたいんだ」
レディットの小さな体が、悲鳴を上げているのが分かった。僕はルイティーンに殴りかかった。けれども、拳は空しく空を切った。ルイティーンはレディットを抱きかかえ、大きく跳び退っていた。
「ジェッティーン。少し待っていて?」
ルイティーンの腕の中で、紫の光に包まれた少女がうなっている。まるでさなぎから蝶になるとき、なかなか殻を破れないでいるかのように。
「……ジェット……」
いつもより少し低い、もだえる声。しがみつく、よりどころのような銃剣が次第に小さくなっていく。いや……わずかだが、レディットが大きくなったのだ。か細かった手足は少し肉をつけて丸みを帯び、奔放に飛び跳ねていた髪はしっとりと艶を帯びて頬から首に張り付いている。
「レディット……。ルイティーン、なんてことを!」
「これは彼女の望みだよ? さあ、行くんだ」
地面へと戻されたレディットは、三歳ぐらい歳をとったように見えた。瞳に涙をため、肩を震わせていた。その姿は、前よりも幼く、それでいて色っぽかった。
「馬鹿やろう。馬鹿やろう」
握り締められる拳。かみ締められる唇。そして彼女は銃剣を投げ出し、駆け出し、僕に抱きついた。
「レディット……大丈夫ですか」
「大丈夫なわけがない……。何が起こるか……。私は……。ジェット、私は女でありたい。けれど、女にはなれないんだ」
彼女の病気は、女性が女性になっていくに従いその侵食力を強くしていく。その恐怖と戦いながらレディットは生きてきた。にもかかわらず、彼女は女になることも望まずにはいられなかったのだ。今僕に必死にしがみついているのは、もう、少女ではない。二六年間生きてきて、たった今女性を手に入れた異端者。
「レディット。生きましょう」
「けれど、ジェット、私は……」
「ルイティーンが何をしようとしているのか、分かりました。悔しいですが、それに乗っかるしかないです」
「どうすれば……?」
「自由に、なるんです」
振り返ると、神とキーンのにらみ合いが続いていた。この世にはありえないほど、均等した静止。だが、キーンには勝ち目がない。あの体を選んでしまったことは、致命的なミスだったのだ。
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