5
気が付くと、そこは独房だった。現状の把握に努める。クーカと名乗る警官に負けた僕は、そのあと連れ去られたのだろう。今居る部屋は四方を壁で囲まれていて、窓などは一つも無い。どこかに扉があるのだろうが、それすらわからない作りになっている。うっすらとした灯りは、今の僕の位置から右上のランプ一つ。その下には便器だけのトイレ。セキュリティとは裏腹に中身はひどく時代遅れな様相。
何とか抜け出したいが、外の様子がわからなければどうしようもない。空間は、視覚で把握しないことには操作できない。実力で動かせないものは能力でも動かせないのだから、壁を壊すなんてことは到底無理だ。どうやら、おとなしく監禁されているしかないらしい。
両足には包帯が巻かれている。クーカが施したのか、それとも警察組織が協力しているのか。MCSRと警察は元々仲がよくないが、このように表立ってアクションをおこされることは稀だ。なにしろMCSRは政府じきじきに特権を与えている組織であり、ある意味警察以上に警察権を行使できる集団なのだ。喧嘩をすればわれわれが勝つ、それがMCSR側の認識である。
今回のことはクーカの単独行動に思える。彼はMCSRに必要以上の恨みを持っているよう見えた。まあ、そんな人間は山ほど居るのだろうが、実行に移す例は少ない。返り討ちに遭うに決まっているからだ。
「おとなしくしているようだなぁ」
どこからかクーカの声が聞こえてきた。出所がわからないということは、何箇所かにスピーカーでも設置してあるのだろうか。
「ここから出る条件は一つだ。事件について知っていることを全て喋ってもらう」
きっとマイクもあるのだろうが、僕は黙っていた。何かを喋ってはいけないときは、何も喋らないのが一番いい。
「ジェッティーン君、すでに君が私に発砲した旨は正式に伝えてある。無論信実を以って反論するのは自由だが、そのときは全ての真実を公にする必要があるだろうねぇ」
得意げな声は少し腹立たしい。確かにこちらは証言しにくい類の攻撃をした。しかし、そんなことは黙っていればいいことだ。だいたい僕の能力でしか付けられない傷はなかったはずだ。しかしもしかしたら、映像記録を残しているのかもしれない。やはり隙を見てクーカを抹消しなければならない。
《さあて、ジェッティーン、この状況は何なんだろうねえ》
突然、通信がつながった。奥歯に埋め込んでいたので見付からなかったようだ。
《どうやら変なところにとじこめられているみたいだけど。今聞こえた内容からして、これから拷問でもされるんじゃないか。なんなら痛い目にあっておくか》
《……》
声が出せないので、歯で信号を打つ。《NO》
《今から場所を解析させる。まあ、あんまり期待せずに待っといてくれ》
レディットとの通信が切れた。もう、待つしかない。
数秒後、遠くで炸裂音。スピーカーから「なにっ」と驚いたときの声。
思ったよりも少し早かった。
それから約三分。
部屋の片隅が、四角い光で区切られる。扉が開いたのだ。
「お、まだ生きてたか」
表れたのは、本当にミスマッチな女神。上下紺のスーツ、手には血の付いた銃剣、それを持つ身長120cmほどの少女。
「おそかったですね」
「言ってろ。主犯っぽいのは縛っといた。なかなか歯ごたえのあるやつだったが、まあ、一分かからなかった」
首を傾げるレディット。本当に物足りないという感じだった。この人はいつもこうだ。
両足に気合を入れ、立ち上がった。外に出てみると、そこは病院のような白い廊下だった。どこもきれいで、異様に新しく見える。何かに使っている気配はないが、人の手は入っている。小さな牢屋の扉が続いた先には、普通の大きな扉が並んでいる。
「ここだ」
そのうちの一つの部屋。レディットに招かれて、入っていく。
「……」
椅子に縛り付けられているクーカ。見事に両足を撃ち抜かれている。そして、僕らを――レディットを見た瞬間から、震え始めている。
「まあ、大事な新人君なんで、助けざるを得なかったんだよ。本来なら自業自得で餓死でもしてもらいたいんだが、『財産』なんで回収しに来た」
クーカの目は、レディットの銃剣へと向けられたままだった。すでに完全に制圧されている。
「さあて。これからは質問の時間だ。答えるかどうかは自由。まあ、まだこいつの切れ味を試していないしな」
「悪魔が!」
叫ぶと同時に、椅子が少し浮いたように見えた。元気はあるらしい。
「今の発言は宗教的とみなされるが。私も忙しいので、一回くらいなら見逃してもいいぞ」
「……貴様、何なんだ一体! え、何なんだ!」
クーカは駄々っ子のようにわめき散らす。それを目前にして、少女の姿をした女は母親を演じるつもりはない。
「あんたは知っているはずじゃないか。レディットだよ。MCSRのレディット・ティウス」
「マクサールのくずめ! 魔術師め! 俺は貴様らを絶対……ぐぁっ!」
レディットの銃剣の先が、クーカの右肩を貫いた。あまり切れ味はよくないのだろう、肉がつぶされる感触が見ていてもわかった。レディットは、しゃがみこんだ。
「二回目からは見逃せないな。これで矯正所送りは確実だ。……ああ、すまない。それ以前にあんたはMCSRに楯突いたのだから、死刑だった」
下げるクーカの小さな目は、完全にレディットを見上げていた。一方のレディットは、クーカの姿を見てすらいない。その視線は、直接心を見透かしているのだ。
「だが、私達も馬鹿ではない。警察に貸しを作っておく方がいいこともある。取引に応じるならば、生命の保証はしてもいい」
「……どうせ俺は殺されるだろう。マクサールに敵対しただけじゃない、両親がA級信仰犯だ。いずれ、俺は神を信仰するようになる。殺しておけ」
レディットは銃剣を引き抜き、クーカの顔につばを吐き捨てた。
「信仰するなら本気でしろ。生きようとしない人間に信仰されたところで神はよろこばんだろう」
「……」
「なあ、ジェッティーン」
「え、はい、そうですねえ」
どこまで本気かわからない言葉。しかし普段から、死にたい人間に対してレディットは特に冷たい。自らが、生き延びるために多大の努力をしなければならない存在だから。
「まあ、いい。貴様は誰かではなく、私を信仰せねばならないだろうからな」
レディットは本気だ。クーカは、様々な意味でレディットに捕らえられてしまったようだ。
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