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「なるほど。これだけ功績を挙げていればそろそろと思ったわけだ。だが、まだ力不足だったな」

 端末で警察の内部データを参照しながら、レディットが呟く。

「しかし事件の件がここまで漏れていたとは。管理体制を再考しないといけないなあ」

「まあ、それは担当者に任せましょう」

 現在、クーカは秘密審議会にかけるために本部に移送されているところだ。表沙汰にすれば警察との関係が悪化しかねないので、どのような裏取引をするかが問題となっている。

「クーカのおかげで予想外の情報も手に入ったわけだ。しかし、奴の本名がどこにもないのはどういうことだろう」

「何か、異様に手厚く保護されていますね。手腕以外の何かが評価の対象になっているのでしょうか」

 僕らは今、集中情報室にいる。普段はあまり入らないのだが、僕の方が外回りできないのでここを任された。足の怪我は、優秀で狂った医師のおかげで驚異的に回復している。だが、どれだけ肉体が整っても、イデアがそれに追いつかないのだ。銃のような完全な異物によって破壊された箇所は、急激に「僕のイデア」が撤退していく。自己防衛のために、「僕のイデア」は「傷ついたもののイデア」を遠ざけようとするのだ。肉体の回復は医学の発展より速度が上がったが、イデアの流入は操作できない。むしろ急速すぎる回復に対しイデアはより慎重になる。出来上がったばかりの回復箇所は「僕のイデア」にとっては異質なものだ。日常生活レベルでは他の箇所の助けによって支障なく過ごせるが、再び戦闘になった場合、回復箇所は非常に重たい足枷となるだろう。

 まあどちらにしろ、警官たった一人に負け、捕らえられてしまったのは失態だ。表向きは始末書一枚だが、実際のペナルティとしてしばらく現場には出られないだろう。レディッとまで巻き添えにしてしまったのは本当に申し訳ない。

「レッちゃーん、ジェッくーん」

 聞き慣れたお気楽な呼び声が。

「どうだったー、新しいのー」

 こちらは情報とにらめっこしているというのに、メレルは全くお構い無しだ。MCSRには自由な人が多い。

「視界が遮られるんですよ。なんとかなりませんか」

「ジェッティーン、お前、使って負けたのか」

「ええ、まあ……」

「まだまだだなあ」

 嘲るような目で見られて、なんだか恥ずかしい。

「うーん、あれはそういう素材だからねー、難しいなー。まあ、検討はしとくねー」

 その時だった。僕とメレルは、同時にレディットの方を見た。言い知れぬ緊張感を発散し始めたのだ。デスクトップに目を移す。そこには「本山」の文字があった。

「レディット、それは……」

「天使事件のカテゴリーの中に、なぜか本山の記事が混ざっている。どういうことなんだ」

 天使事件とは、言うまでもなく今回の翼の生えた子供の遺体が発見された事件についてである。そして本山とは、現在確認されている限り、世界で唯一の宗教集団のことである。

「直接の関係は書かれていないが……」

「警察は何か本山からの情報をつかんでいるんでしょうね。もしくは本山と取引をしているか」

「なんか物騒だよねー」

 唯物論体制が徹底的に宗教弾圧をしたにもかかわらず、本山は生き残っている。言葉通り「地下活動」をしており、表になかなか姿を現さない、というのも理由の一つだが、それだけではないと誰もが感じている。本山を束ねるのはアフリカのシャーマンと噂の教祖キーンだ。終戦時にまだ子供だったことから、その力を悟られずに生き延びたと考えられている。世界中の宗教家達が、最後の拠り所として彼を祭り上げた。それが宗教集団本山なのである。

 MCSRも幾度となく本山と接触する機会があった。だが、本山に攻撃を加えたいというデータは一切残っていない。僕のような新人が触れられないだけなのか、本当にそのような事実がなかったのか。本山の名が出ると、途端に全てが煙に巻かれてしまう気がする。

「思った以上に厄介な事件だ。上の連中も何を隠しているかわかったもんじゃない」

 心なしか、レディットの顔は楽しそうだ。そして、メレルの顔は明らかにうれしそうだ。MCSRの人間は、大体大きな事件が好きなのである。

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