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「レッちゃーん、ジェッくーん!」

 職場に帰ってくるなり、緊張感のない声に呼び止められた。まあ、よくあることなのだ。

「どうした、騒がしい」

「それがね、今回はなんかいろいろと許可が下りたから、どんどん武器使用していいんですぅ」

「どうせ超過経費は自腹なんだ。使わないに越したことはないだろう」

「そんなー、あたしが一生懸命メンテしてるんだし、使ってあげてくださいよー」

 言いながら上下ピンクの制服に身を包んだ彼女は、両手のピストルで乱射するしぐさをして見せた。

「メレルさん、必要なときはすぐにお願いしますから。ね?」

「もー、本当によ?じゃねー」

 メレルは手を振りながら去っていった。実に慌しい人だ。

「まったく、いつの世も戦争好きがいるんだな」

「まあ、彼女の場合武器好きですね」

「変わらんさ。メレルがいつもどんな御伽噺に目を輝かしているか、知っているか。唯物論体制の戦隊が宗教に憑りつかれたやつらに召還されたモンスターたちを核兵器でぶっ飛ばす話だ。あの女は、大統領になったら真っ先のボタンを押しちまうような女なんだよ」

「まあ、それならいくらか安心じゃないですか。すくなくとも、最終大戦みたいに泥沼化することはないですよ」

「たしかに」

 MCSRには多くの人間が勤務しているが、どの人間も何かしらの特殊能力を有している。メレルの場合、唯物論体制下では武器所有が禁じられているにも関わらず、MCSRに入った時点でほとんどのえものを扱うことができた。知識量だけならば半端でないマニアがいるものだが、メレルは初めて見る武器ですら十年来愛用しているかのように使いこなすことができた。

 唯物論体制下では、こういう人間は表立っては生きていけない。武器ですら「信仰」することは悪だし、そのような人間が「信仰するもの達」とつながることも阻止しなければならない。多くの者はいつの間にか行方不明扱いになるが、幸運な者はMCSRに引き取られることになる。

「おうおう、どうだった」

 聞き慣れた、野太い声。こちらに向かって手を振っているのは、熊に服を着せたような中年男性。われらが上司、シュディルだった。

「予想通りだ。被害者のガキは健全な異常者のようだ」

「まあ、そんなところだろう」

 シュディルは大げさに何度も頷く。土産物の張子の熊そっくりだ。

「それにしては武器の許可が早かったようだな。上の連中は何か掴んでるんじゃないか」

「さあ、俺は知らないね。なんにしろ大きな事件だってことだろう。がきんちょに翼が生えたんだ、妙な人造人間とやりあう準備はしといて損はないってことだろ」

「つまり、キメラとか出てきても驚くなってことだな。楽しみなことだ」

 シュディルに手招きされて、僕らは会議室に入った。この部屋は完全防音、三重ロック、ドラゴンがきても大丈夫と噂の特別な部屋である。

「で、実際のところどうだった?」

 上司の顔が上司らしくなった。この人は一日に二時間だけ仕事の顔になる。

「景色がよかった」

「なるほど」

「あと、足腰が鍛えられるだろうな」

「ん?」

「足腰は、だ。腕や背中ではなく」

「なるほど」   

 目の前に、シュディルによって一枚の写真が置かれた。解剖された、少年が写っている。こんなものは見慣れているのだが、やはり腕の代わりに翼があることには違和感がある。

「筋肉や神経のつながり方も、自然なものだったそうだ。解剖医の話だと、『新種の人間としか思えない』ということだ」

「それならわれわれの仕事ではないわけだ。生物学者に回すか」

「生体のサンプルでないのをさぞ悔しがるだろうよ」

 基本的に、二人の話に割り込む必要はない。僕はレディットの補佐ということになっているが、今のところただの見習いだ。二人の作法をできるだけ早く盗むのが僕の仕事だった、はずだが。

「ジェッティーン、お前はどう思う」

 シュディルは、突然僕の方に目を向けた。

「え?」

「これは誰の仕業だろうな。一つには地下宗教集団の挑発ってことも考えられる。けど、もっと大きな相手ってことも大いにあるな」

「もっと大きな相手……」

「まあ、本当のところ、ほぼ確定だ。上はどいつもぴりぴりしてる。まあしかし、レディットなら何とかしてくれるとも信じている」

「私にできなければ、誰もできんだろうからな」

 大体のことは予想が付くが、僕にはまだそこまでの覚悟はできていなかった。唯物論体制において、このことを公然と口にすることははばかられるので、心の中で呟くしかない。……ついに、人外の者と出会うことになるのか……

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