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「しっかりしろ、おい!」
ぼんやりとした視界の真ん中に、大きな熊がいた。いや、熊のような男だ。
「ジェッティーン!」
僕の名前を読んでいる、でかい男、見覚えがある。
「ジェッ君、しゃんとしてっ」
僕のあだ名を呼んでいる、きんきんとした声。今度ははっきりと聞き覚えがある。
「あの……」
そして今度も、声ははっきりとしていた。
「余裕ないんだ、寝ぼけてる暇ないぞ」
「大変なんだからーっ」
そう、彼らは仲間だ。そして僕はジェッティーン。MCSRの下っ端。
「おはようございます」
「何すっとぼけたこと言ってやがる」
頭の中がすっきりとしてくるにつれ、鼓動が早くなるのがわかった。あの混沌とした状況は、どうなってしまったのだろうか。
「レディットは?」
「無事だよ。……まあ、問題がないわけじゃない」
「いまどこに?」
「救護車の中で眠らせてある。しばらくは動かせない」
シュディルは節目がちに話す。レディットの身に起こったのは、そんなに軽いことではないのだろう。
「……クーカは?」
「会ったのか」
「ええ」
「見付かっていない。そもそも死者だからな。消えてしまったかもしれない」
「そうですか」
僕は身を起こし、周囲を見回した。崩壊したビルや、めくれ上がった道路、横転した車両。大災害が起こった後のようになっている。いや、実際に起こったのだろう。
「いったい何が……」
「わからん。が、まるで地下が湧き上がったみたいだった」
立ち上がり、自分の体を見た。驚くほどに傷がない。それどころか、衣類に汚れさえ見られない。
「ωに会ったのか」
「はい。キーンにも」
「そうか……。これは、やつらの仕業か」
「おそらく、これ自体はωの力です。ただ、キーンはそれを望んでいた」
「キーンが? そもそも何者なんだ、ヤツは。お前は、本山のどこまで見てきた」
「キーンは……子供の格好をしていました。でも、本当はもっと、老いぼれています。彼は、取り憑かれていました。ωという悪魔に、そそのかされた。本山は、神を夢見るばかりに、地上に出ざるを得なくなったのでしょう」
「……レディット。お前、変わったな」
目をそらしたかったが、やめた。
「うん、ジェッ君ちょっと大人っぽくなったよ」
「そうですか」
ばかばかしかった。僕はこいつらの何倍も生きているし、こいつらには本山のことなんか何も分かるはずがないのだ。ましてや、僕のことなど。
「決着をつけます」
「え、おい、ジェッティーン……」
「ジェッ君、どこ行くの!」
「あいつと決着をつけなきゃいけない」
二人を置き去りにして、僕は歩き始めた。目的地はないが、不思議とどちらに向かえばいいのかは分かる気がした。僕の雰囲気がそうさせたのか、誰も追ってはこなかった。追ってきても、できることなどないのだ。
「どこに行く、ジェッティーン」
ただ、僕の行く手を阻む者がいた。青白い顔、足元もおぼつかない少女だ。
「レディット、大丈夫なんですか」
「関係ない。私は任務を全うする」
手にはしっかりと銃剣が握られている。そして、目だけはしっかりと見開かれ、ぎらぎらと光っていた。
「敵は、大きいですよ」
「偉そうな口を叩くな。お前は私の部下だろう。私に従え」
「では、レディットはどこに行くつもりなんですか」
「全てぶっ潰すよ。私から未来を奪った分だけ、叩きのめす」
「レディット……」
「わかるか、ジェッティーン。成長してしまうことへの恐怖が。大人になってしまったら、私は終わりなんだ」
まったく瞬きはなかった。僕を直視している瞳は、ずっと遠くのものを見ている気がした。
捕らえられていた間、レディットは成長抑制の薬を飲むことができなかったのだろう。他の人にとってはたった数日でも、彼女にとっては着実に死へと近づくカウントダウンなのだ。
「一つ、許してください」
「なんだ」
「僕は、本気を出すかもしれません」
「勝手にすればいい。というか、今まで本気でなかったことが許しがたい」
「すみません」
「行くぞ」
二人は、何の打ち合わせもなく同じ方向を向いていた。その先には、狂おしいほどのイデアが渦巻いている。奴等はそこにいる。
背中が熱い。そして、それが心地よい。
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