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 ここ数日、仕事場の雰囲気が異様だ。原因はわかっているものの、どうにも釈然としない。

 それまで漠然と「翼事件」と呼ばれていたものは、正式に「プロジェクト・ωオメガ」と名づけられた。ωは、容疑者に付けられた仮の名前だ。トウキョウでは、三回目の特別プロジェクト発動。

 僕らは無断外出したということで、しばらく本当に外回りができなくなってしまった。だが、それも今回に限っては幸いだったかもしれない。

 あの日以来、レディットは塞ぎ込んでいる。何を感じているのかはわからない。本調子ではなかったし、敗北したわけではない。しかしMCSRのエリートとして任務を全うしてきた彼女にとって、相手を補足できなかったこと自体が屈辱なのかもしれない。

 相手が本山絡みということになると、急に情報の扱いも慎重になる。MCSRは比較的独自の捜査権を認められているのだが、本山に関しては勝手に潜入することが許されそうにない。関係者ひとり事情聴取するのにも、政府に許可を取らなければならない。僕のような新人でなくとも、皆本山についてはあまり何も知ることができていない。いらいらが募る。

「まあ、あれだ。迷宮入りってことはないだろ」

 シュディルはのんきを装っている。誰もがそうだ。僕らにとっては、事件解決だけが生きる術なのだから。政府の何やらなどとは無関係でいたい。

「こっちは顔までわかってるんだしな」

 上司も責任を取って外回りができずにいる。ストレスが溜まっているだろうが、どこかで余裕もあるようだ。僕とレディットだけが直接会っていることが、いつか強みになると感じているのだ。

 書類に目を通すが、情報が頭に入ってこない。気が付くと、ωと対戦した場合のシュミレーションをしている。

 ωの能力は、おそらくイデアの潜在的な力を急速に発現させるものだ。レディットのような操作的な力に比べて融通は利かないはずだが、彼はうまく使いこなしていた。イデアに対する嗅覚が鋭いのだろう。僕のできる範囲内でωと戦うには、この前のように何かで出し抜かないといけない。あちらが気付く前に、爆発的な力を何処かで解放させる、何か。相手も今度は空気中の一つ一つのイデアに注意してくるだろうから、同じような攻撃は利かないだろう。ましてや小手先だけのクラウアーテイリアの類も無駄だろう。何せ子供の願望を翼として具現化させる力を持つのだ、お手軽な道具など役に立つまい。

「ジェッティーン、何をボーっとしている」

 いつの間にかレディットが隣に来ていた。調べ物をしていたはずだか。

「書類を読むふりですよ」

「なんだ、らしくない。真面目さが評価されていたと思ったのだが」

 レディットの口調には、どこか前向きなものが感じられる。他方で顔つきは険しいままだった。

「真面目に塞ぎこんでたんですよ。レディットこそ、どうしたんですか」

「クーカの正体がわかった。そのことに関して、私達が担当することになった」

「え、担当? どういうことです」

「クーカは亡霊だった。さあ、行くぞ」

 わけがわからない。それでも、外出できそうな気配に、僕は温かい息を吐き出した。

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