1 悪魔
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がんがんやかましいラジカセからの音楽は、30年程前に流行っていたものだろうか。どちらにしろ今では、音楽で稼ごうなんて酔狂はなかなかいないし、新しいヒット曲なんてのは想像もつかない。
午後二時から六時は強制節電の時間なので、子供達は嫌々外で遊んでいる。電気スタンドからも人がいなくなり、車も滅多に通らない。乾物屋の看板の前で、旧型のロボットが固まっている。アイ・ウィンドウも暗くなっているから、フリーズではなく電池切れだ。わざとそうしているのか、メンテナンスを忘れたのか。事故の元だから市街地なら警官が即撤去するところだが、ここら辺じゃそんな面倒なことを好む奴はいない。
「まったくこのシンジュクというのは、くそ汚い町だな」
あれほど死体には冷静なレディットの眉間に、何本も皺が刻まれている。大都市ミトシティの大富豪の家で育った彼女には、下町の風情を感じる感性などはないらしい。
「しょうがないですよ、破棄以後ほとんどの住民が捕まるか逃げるかしてしまったんですから。資源もない、名産もない、土地に対する愛情もない、ないない尽くしの町ですよ」
「悲しいところだ」
誰かの蹴ったボールが当たり、ロボットは倒れてしまった。鈍い音が響き渡ったが、どこか故障したかもしれない。しかし子供達はボールを拾うと、何事もなかったかのように遊びを続ける。
「でも、僕は好きですよ、こういうところ」
僕は破棄以後の貧しい町に育ったので、こういうにおいのする場所は心地よく感じる。もはや地上には何の祝福もないのだから、未だに繁栄している場所はあまりにも人間くさいのだ。僕はそのような人間くささが苦手だった。だから今、唯一神(ゼット)のにおいを直接嗅げるこの職業に就いているのだろう。
さらに奥に進むと、子供たちの声も聞こえなくなる。高く作り過ぎたビルが、そのまま放置された地区、通称コンクリート・セコイア。もはやビジネスに使う必要はないし、居住するには不都合になり、老朽化してただの壁になってしまったオヒィス街の名残。売れるものは全て盗まれ、逆に売れないものが捨てられていく。誰かが皮肉で「日本版王家の墓」と呼んでいた。ちなみにその後「王家」という言葉も宗教判定を受けて使用禁止となったので、現在は専らコンクリート・セコイアと呼ばれている。
その中でも特に背の高い、クイーザー・ツリーと呼ばれていたビルの前で立ち止まった。かつては多くの成功した企業が入っていたが、彼らは危機が迫るとさっさと逃げ出してしまった。そして逃げ延びた者はほとんど居ない。彼らは新興宗教のかもにもなっていたので、多くの者が捕まった後処刑された。
入口にあった自動回転式の扉は撤去されている。電気がないと動かないからだ。中に入るとすぐに目に付く十期のエレベーターも今は稼動しない。
「おい、ジェッティーン。場所は27階だったよな」
「はい」
「どうやって行くんだ」
「もちろん、階段で」
梅干を早食いしたような渋い顔をしたレディットだったが、特に何も言わず階段へと向かった。見た目は子供だが、仕事に関しては大人なのである。
「しかしなんだって27階なんかに構えてるんだ」
10階まで来たところで、一回休憩。腰掛けて水筒のコーヒーを飲む。
「気軽に来て欲しくないんでしょうね」
階段には手すりも窓枠もない。風にも雨にも穿たれ放題、路地裏の方がましといった感じだ。金属の類は戦時中は奉仕として全部持っていかれ、戦後は勝手に売っぱらうために盗まれてしまった。
「それにしてもよ、こんなところにしなくてもよ、なあ」
再び登り始め、さらに二回休憩をして、ようやく27階にたどり着いた。特に何の表示もないし、他の階と同じ汚い廊下だ。ただ、このフロアの扉には、鍵穴が残っている。人がいる証拠だ。
奥まで進み、両開きの大きな扉の前で止まる。ぱっと見はわからないが、注視すると鍵穴のすぐ下に小型のマイクが設置してある。どこかにカメラもあることだろう。
「ここなんだな」
「多分」
扉をノックするが反応がない。まあ、そうだろうとは思った。
「どうするんだ」
「まあ、こういうときはあれですよ。壊せばいいんです」
僕はポケットから小型の爆弾を取り出した。局地的に非常に強力な爆発を起こすことができる、今ではMCSRでなければ手に入らない貴重なものである。
「そんなもの持ち歩いてたのか。物騒な奴だな」
「昨日大量に手に入れたらしくて、試用してくれって頼まれたんですよ」
「じゃあ、効果はまだわからないのか」
「一応、安全なはずなんですけどね」
爆弾を投げようと手首にスナップを聞かせたところで、扉が開いた。そしてこめかみに血管を浮かせた、不機嫌そうなおっさんが現れた。
「あんたたち、何のつもりだ!」
「だってノックしても反応ないから、誰もいないのかと。あいにくピッキングの能力はないし、これは壊すしかないでしょ。もう、いるなら早く出てきてくれれば……」
「ふざけるな!誰に聞いてきたが知らんが、ここはお前らみたいな奴が来るところじゃない!」
「へー、そうですか。けど、こっちは許可貰ってきてるんですよ。MCSRから」
おっさんの顔から音を立てて血の気が引いていった。まあ、ありがちな反応だ。
「MCSRのジェッティーンと言います」
「同じくレディットだ。ちなみにこいつの上司だ」
おっさんは少女を見下ろして、青白い顔のまま首をかしげた。これもまあよくあること。
「聞かれる前に言ってやるが、26歳だ。修士も持ってる」
レディットの言葉に合わせ、二人同時に手帳を突き出した。いつもの作業だ。
「安心してください。あなたたちは容疑者ではありません。とある事情の参考人に指定されました」
「まあ、一時間も話を聞かせてくれればいいんだ」
「……わかったよ」
MCSRの名前は絶対だ。唯物論体制にとって、最も権力を与えられている機関と言ってもいい。最も、その理由までを正確に知っている者は少ないが。
僕とレディットは、形式上快く中に受け入れられた。
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