消えない夏の平行線

水鏡月 聖

パラノイア 有馬真 15歳

第1話 妄執病(パラノイア)  

有馬真(ありままこと) 15歳


「……たしか、このあたりのはずなんだよな……」

 立ち止まって…… 呟いた。

 東西大寺駅の北口を出て西に向かい、いつもの通りの通学路。

 田舎の町の通学路は見渡す限りの田んぼばかりが広がっていて高いビルなどは一つもない。一番大きく見えるのははるか西に見える我が校、東西大寺高校で、その向こうには住宅街があるばかり。さらにその向こうには名もなき(あるかもしれないが興味もない)山並み。五月の晴れた朝には雲一つなく山の向こうはどこまでも透き通った青が広がるだけだった。

 

 高校生活が始まり一カ月以上が経ち、毎日のようにこの通学路を通るたびに決まって既視感。

 いや、既視感というよりもっと何かこう、はっきりしたものだ。

 僕はこの道をたしかに知っている。そしてちょうどこのあたり……

 このあたりに古い喫茶店があって、僕はその店の常連なのだ。

 しかし、現実。この場所には何もない。ただ、田んぼが広がり植えつけられたばかりの稲の海が一面に広がり、暑くなりはじめた初夏の朝を吹き抜ける風が緑の海原をそよぐ。

 

 いつのころからあの夢を見始めたのかははっきりと覚えていない。

 ただ、僕は夢の中の行きつけの喫茶店でいつもコーヒーを飲んでいる。いつだって客はいない。いたとしても数人。そのほとんどはいつもの通りなじんだ顔ばかりだ。

 木の扉を開くと挽きたてのコーヒー豆の香りが漂い、右側にカウンター席が五席、左側には四人掛けのボックス席が二つあるだけの小さな店でいつもピアノジャズが小さな音量で流れている店だ。

 あまりにもはっきりとと覚えすぎていてとても夢だとは割り切れない。

 むしろその店がそこにないことの方が不自然に思われる。

 ……いったいあれはなんなのだろう……


「   ちゃん。ねえ、まーちゃんってば……」すぐ横で中学時代からの友人で、同じ高校に通う八嶋が怪訝そうな目で僕を覗き込んでいる。「もう、まーちゃん。またひとりでぶつぶつ言ってる…… いつもこのあたりで立ち止まってはひとりでぶつぶつ言ってるんだから……

 急がないと学校遅刻しちゃうよ。」

「ん? ああ、ごめん……」

 後ろ髪をひかれながらも八嶋に引っ張られるように学校に向かった。


 期待に胸を膨らませて始まった高校生活もいざ、始まってみると特に何一つとして面白いことなんてない。まず、第一の問題として志望校に落ちたというのが原因だったわけだが、それにしてもなんで滑り止めにこんな学校を選んでしまったのか……

 たしかに自宅からはそんなに遠くないし中学時代から数少ない友達の八嶋も進学を決めていた高校ではあったが、考えてみれば僕にとってなに一つの魅力だってない。大体が共学なんて名ばかりで生徒のほとんどが男子ばかり。せめて東西大寺駅を挟んで南側にある芸文館高校に通っていたなら…… あそこの学校はこちらとは対極で生徒の過半数が女子生徒だ。それに比較的に可愛い子が多いという評判だ。

 しかしながら、何を血迷ったか僕は滑り止め受験にこっちの高校を選んでしまった。たとえ行くつもりのなかった学校だとはいえ、ちゃんと考えて行動するべきだった。

 いまさら言ってもどうしようもない。それが僕の運命だったのだろう。運命ならばどうあがいたところで変えられない…… あきらめて三年をやり過ごすしかない……


 何も考えずに一日の授業をこなし、放課後…… 僕は友人の八嶋に引っ張られて部室へと向かった。コンピューター研究部…… 別にやりたかったわけじゃあない。大体僕は最近にしてはかなり珍しいくらいのアナログ人間。パソコンもスマホも無くたっていい。文庫本一冊あれば満足するようなアナログ人間…… 『部員が足りなくて廃部になりそうだから』という理由で八嶋に連れられて形だけの部員となり、パソコンに囲まれた部屋の端っこで文庫本を開いて時間をつぶす毎日…… 僕の青春なんてこんなものだ。

 その日も部室には僕と八嶋しかいなかった。そもそも部員は僕たち二人と三年生の先輩の古池さんがいるくらいだ。まだ、その日は古池さんは部室に来ていない。まあ、どうせ来たところで全員男だ。女子と言えば八嶋の開いたパソコンの中でパヤパヤ騒ぐ二次元女子くらい……

 ……どうにかこの運命を変えられないものだろうか……


「あ    そういえばまーちゃん。」

思い出したように八嶋が切り出した。読書に疲れてきた僕も本を閉じて横に置いた。

「昨日ね、2ちゃんでおもしろいの見つけた。」

「なに?」

「あのね。未来からタイムリープしてきたって人の話……」

 出たよ…… まったく。八嶋はこの手の話が大好きで、中学の時には本気でタイムマシーンが作れないかを考えていたくらいだ。

「ジョン・タイター?」とっさに頭に浮かんだのはそんな名前だった。

「ずいぶん古い話持ち出してきたね。」

「古いけど、有名だろ。」

 

―――ジョン・タイターは1999年にネット上に現れた〝自称タイムトラベラー〟なかなかセンスのいいタイムトラベル理論と物理学知識とひっさげて現れ、未来を予言した。当時としてはかなり話題になって本も飛ぶように売れたらしいが、いかんせん僕らが生まれて間もないころの話だ。結局、予想していたような未来は訪れず、次第に噂は沈静化していったらしい。


「僕が思うにはさ、ジョン・タイターって、結局のところ、親父なんじゃないかな?」

「オヤジ? どういうこと? まーちゃん。」

「うん、ジョン・タイターって未来からやってきたって騒ぎになった後の話。本を書いて、その本の印税を弁護士を通して一人の人間に託したんだ。その託した相手っていうのが当時まだ赤ちゃんだったジョン・タイターという名の人物で、その子の35年後の姿が自分だから、この世界の自分、すなわち赤ちゃんのジョン・タイターが受け取るべきだっていうことになったらしいんだ。つまり……」

「つまり?」

「ジョン・タイターの正体は赤ちゃんジョン・タイターの父親で、もれなく印税が自分の手元に入るように生まれたばかりの息子の名前を語ったって寸法さ。だいたいさ、〝ジョン・タイター〟って誰が聞いてもいかにも偽名じゃないか。どう考えても元ネタは『あしながおじさん』の中に出てくるジャーヴィスさんの偽名、『ジョン・スミス』だろう?」

「……なるほどね。それはあり得る話だね、年齢的にもちょうど合うし。でもね、ぼくが言いたかったのはジョン・タイターの話じゃないんだけど……」

「あ、そうなのか?」

「うん、ぼく、まだ何も言ってないのにまーちゃん勝手にしゃべりだすからもう、止められなくなって……」

「あ、なんか、ごめん。」

「い、いや、いいんだけどね。それで、ぼくが昨日見つけた話ってのが   」


 八嶋の話をまとめるとおおよそこういったことになる。

 

 今回ネット上に現れた男というのが、本人いわく未来からタイムリープしてきたというのだ。

 その自称タイムトラベラーの話によると、いつものように布団に入り夢を見た。夢の中でだけよく訪れる場所というのがある。その日もいつものように夢の中でよく訪れる場所にいた。夢の中の自分は子供で、今から二十年も前の姿だったという。

 男は幼馴染たちと公園で野球をしながら『ああ、なつかしいなあ』などと考えていたらしい。そしてできることならこの夢が覚めなければいいのにと思っていたらしい。なんでも大人になってしまっていた男は社会での生活にうまくなじめず、引きこもった生活をしていたらしい。

 男が公園で幼馴染たちとの遊びを終えると、そのまま家に帰ったという。今はもう、他界してしまったという若い両親とともに食卓を囲んで幸せな家族生活を思い出したという。

 そしてそのまま眠り、朝起きた。……まだ子供のままだったという……

 男はそのまま子供として過ごし、かれこれ八年たって、今は十七になったらしい。


 で。『そんな私はどうしたらよいでしょうか』とのことらしい。

    知るか、中二病が! と、いいたいところである。

 それに対する書き込みはおおよそが未来から来たんなら、未来のことおしえて。と言ったことがほとんどで、それらの質問に対しても男は、元いた世界と今の世界には若干の相違があり、今から話すことが本当に未来に起きることとは限らないという事を繰り返し語っていた。


「ねえ、まーちゃん。どう思う?」

「どう思うって…… そりゃあ、目立ちたくて適当なこと書いてるだけだろう。」

「もう…… まーちゃんは夢がないなあ。」

「八嶋が夢を見すぎなんだよ。あり得る話じゃないな。そもそもが過去にタイムリープしてしまって、未来を変えちゃったら変えられる前の世界はどこに行っちゃうんだよ。

 例えばだよ。僕が過去に戻って、過去の僕を殺したとしよう。そしたら未来に僕は存在しないから当然、過去に戻って自分を殺すこともできなくなるんだ。

 じゃあ、僕を殺した犯人は一体誰なんだよ。」

「あ……」

「だろ?」

「完全犯罪成立じゃん!」

「いや、いやいやいやいや、そういう事じゃないんだって! だからね   」


「だから並行世界があるんじゃないのか?」と   

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