第35話 そして新しい物語の始まりでもある
健康的に日焼けしたような肌の、ネコ目で顎のとがった小柄な子…… 駅の向かいのホームから眺めていて、いいな。と思っていた子だ。超ドストライク! しかも、この子といつも一緒にいる笹木さんという子と先日知り合いになった。
これって運命? 何か声を掛けたいと思ったが、やはりこれといってかけるべき言葉もなく、気まずそうに彼女から目を反らした……
「ねえ、君!」
目を反らした僕のことを呼び止めるように彼女は叫んだ。
「君、傘がなくて困ってるんじゃないの?」
横目でちらりと彼女の方をうかがうように振り向く。
「え…… ああ、まあ、そんなところ。」
「はい、コレ。」
彼女は自分の持っている傘を差しだしてきた。コバルトブルーのきれいな傘だ。
「いや、でもそんなことしたら君が困るんじゃない?」
「なに言ってんの? これはもともとアンタの傘でしょ!」
たしかにその傘に見覚えはある…… 買ったばかりだったのに、いつのまにかどこかに無くしてしまっていたヤツだ。
「……どうして君がこれを?」
「……それ。本気で言ってる?」
「……え、えっと……」
「アンタがこの間、アタシに貸してくれたんでしょ! 名前も言わずに立ち去って…… 探すのに苦労したんだからッ!
アンタはアタシのこと前から知ってる風だったけど、どこかであったことがあるのカナァ?」
「えっと…… たしか笹木さんの友達……」
「……ふーんそうなんだ。サキの知り合いだったんだ。もしかして恋人だったりする?」
「い、いやいやいや、そんなんじゃないよ……」
「……ふーん。そうなの。まあ、とにかくこれ、ありがとう。あの時は助かったよ。」
彼女は改めて僕の傘を差しだしてきた。
「うん。」
それだけ言って、仕方なしに傘を受け取った。
「それじゃ!」
彼女は振り返って立ち去ろうとした。
「まって!」
彼女は立ち止まり、ゆっくりと振りかえった。
「君は…… 君はどうするの? 傘持ってないんじゃないの?」
「アタシ? 気にしないで! どうせ今から行っても遅刻確定だし、雨が止むまでサボタージュするつもり! そんなことよりも君、急がないと遅刻しちゃうよ。」
「サ…… サボ? なんていった? サボたん? サボテン?」
「サ・ボ・ター・ジュよ、サボタージュ。フランス語で休憩する事よ。ほら、サボるの語源!」
「……あ、ああ、なるほど。でも……そういう事なら、どうせ今から行っても遅刻だし……」
「……そっか…… じゃあ、一緒にサボタージュでもしちゃう?」
「ああ、それもいいかもしれない……」
「じゃあ、きまりだね。アタシ、この近くにサボタージュにぴったりの喫茶店があるの知ってんだ!」
「……この近くに喫茶店なんてあったっけ?」
「うん、北口出てちょっと行ったところ。」
「それって……」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。それよりどうやってそこまで行くんだ? まだ、雨だってしっかり降ってるし、傘も一つしかないんだけど……」
「決まってんじゃん。そんなのラブラブパラソルに決まってんじゃん!」
ラブラブパラソル…… ああ、なるほど相合傘のことか。いや、それじゃ〝相合い傘〟じゃなくて〝愛々傘〟だろ。そもそもパラソルは日傘だし、雨傘ならアンブレラじゃ……
なんて、まあ、そんなことはどうでもいい。
僕はその日、彼女とその喫茶店でサボタージュすることにした。
笹木さんのこともあるし、僕の身にこれから起こるであろう運命がどんなものであるのかを想像してみたが、やはりそれは解らない。ただ、おそらくはきっと素晴らしい運命が待ち受けているのだろう……
きっと初めから、そうなることに決まっていたような気がする……
消えない夏の平行線 水鏡月 聖 @mikazuki-hiziri
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