第12話 望んでいた過去

「まことさん…… どうしたの。」

「い…… いや、なんでもない。」自分の声が鼻声になっていることで、いつの間にか自分が涙を流していることに気が付いた。「……同窓会、楽しみだなと思って……」

「あ…… うん、そうだね。同窓会、行くんだよね。」


    結局、俺は同窓会にはいかなかったんだ。あの頃はまだ芹菜を失ってから日が経ってなく、とても同窓会なんて行く気にはなれなかった。同じ高校のアイドル的な存在だった最上芹菜がこの世を去ったことくらいはもう、みんな知っている事だろうし、そんななかでみんなにあれこれ聞かれたりするのを考えるだけで、自分はとても正気を保っていられそうになかった。

「とりあえず…… 行く予定かな。」俺はそう答えた。今はそう答えておくのが無難だと思われた。この時点で芹菜はまだ生きているはずだ。おそらく病院のベットの上で命の最後のともしびを燃やし尽くそうとしているに違いない。

「あ、ねえねえ、じゃあ、同窓会の後、ウチらと合流できる?」

「合流できる? 合流するも何も同じクラスだったんだ。ずっと一緒にいるんだろう?」

「まことさん、まだ寝ぼけている? ウチの高校は芸文館でまことさんは隣の東西大寺でしょ。」

「え……」

 もう一度はがきに目を通すとたしかに《東西大寺高校 同窓会》と書かれてある。その瞬間はっきりと思いだしたのはさっき見た夢の話だ。気が付くと俺は東西大寺高校の制服を着ていると気づいたところで目が覚めた…… まだ、さっきの夢の続きに立っているのか……

 もう一度、自分のほほを強くぶってみた。

「ちょ、ちょっといったい何してんのよ。」笹木さんが目を丸くして驚いていた。

 俺のほほは血潮が勢いよくめぐり、ヒリヒリとしていた。

 痛む自分のほほを撫でながら一つの結論にたどり着く。それはあまりにも荒唐無稽な考えではあるがやはりそう考えるのが一番納得がいく。

やっぱりこれは夢なんかじゃない。


「ねえ、笹木さん。ちゃんと確認したいんだけど……」

「な、なによ…… 急に改まっちゃって。」

「俺と笹木さんの関係っていったいなんなんだ?」

「な、なによ。どういう意味で言ってるの? 事の次第によっては怒るわよ。ウチは…… ウチとしては恋人同士だと…… ずっとそう思ってきたんだけど……」

 恥ずかしがるような、そして気まずそうな顔を膨らませて頬を赤く染めた笹木さんはそっぽを向いた。

 間違いない。

 自分はタイムリープしているんだ。これは夢なんかではなく過去を改ざんしてしまったために起こった間違った未来だ。


    ある日、俺は夢の中で中学生の笹木さんに運命で再開すると未来を予言した。そして芹菜と違う高校への進学を決意した。


    ある日、俺は夢の中で芹菜と傘を共にしない方法を選んだ。


 その結果、俺は笹木さんと恋人同士になる未来を造ってしまったのだろう。そう考えるとそれなりに筋も通る…… ような気がする。

「……そうだ。そうなんだよな。うん、俺は笹木さんの恋人なんだ。」

「……もう、なによ。それにちゃんと理解したならいつまでウチのこと〝笹木さん〟なんて他人行儀な言い方してんのよ。いつも通り〝紗輝〟と呼んでくれたらいいじゃない。

「……ああ、そうだな…… 紗輝……」

「……うん、それでいい。……ふふ、なんだろう。こんなに幸せな自分が何だかまるで嘘のよう。ずっとこうしてきたはずなのになんだかそれがとても間違っているような気がする。

これからもこの幸せが続くと信じているのに、手放したくない。もう少しこのままでいたいと思ってる……」

白いほほを赤らめる笹木さんはうつろな目で遠くを見るように、そう言った。

 

 今は、とりあえず今はこの状況に従うしかないのだと思った。その時に笹木さんのスマホが鳴った。「あ、セリナからだ。」といって手に取った。

 その瞬間に俺の心臓が止まりそうになったことは言うまでもない。時間的なことを考えてもその電話の内容が俺には予想ができた。それは芹菜の母親からの連絡で『様態が急変した』というものだという記憶がある。俺は覚悟を決めて力強く目を閉じた。

 部屋に響く笹木さんの声。

「えー、今日はまことさんとデートしようと思ってたのに…… いいわよ。そこまで言うんなら…… うん、じゃあ、相談してみる。……うん。じゃあ、あとで……」

 そう言って電話を切った。

 想像していたような内容とはまるで違った様子だった。

「ねえ、まことさん。あのね、セリナ、知ってるでしょ。」

「あ、ああ、う、うん……」

「なんか今日、急に仕事、休みになったって、だから一緒に遊ぼうっていうんだけど……」

「え?」

「だからさ、今日は二人で、って思っていたんだけど、セリナも呼んで三人でもいいかな……って、嫌だったら断るけど……」

「せ、芹菜は病気で…… 入院しているんじゃ……ないのか?」

「……なにそれ? アイツが病気になんてなるわけないじゃない。〝健康〟を絵で表そうとするならアイツの似顔絵を描くのが一番わかりやすいくらい…… っていうか、まことさん。なんでそんなにセリナと親しげなわけ? ひょっとしてウチに内緒で二人で会ってたりする?」

「そ、そんなわけないだろ。」

「ふーん、あやしい。もし、セリナと浮気なんてしてたらウチ、許さないからね。」

「い、いや、ホントに何でもないんだ。それより、早く、せ……最上さんに連絡してあげた方がいんじゃないかな……」

 笹木さんが芹菜にメールを打ち、その日は三人で遊ぼうということになった。言うまでもなく俺は芹菜と再び会えることがうれしくてたまらなかった。

 窓から外をながめようとした時、窓の淵に小さなサボテンがあることに気が付いた。

 それは芹菜が俺の部屋に持ってきた立派なサボテンではなく、とても小さな鉢植えいっぱいに広がった小さな小さなまん丸いサボテンで、当然のことながら花なんて咲いてはいなかった。


俺と笹木さんは駅前のショッピングモールのコーヒーショップで芹菜と待ち合わせをした。

待ち合わせに少し遅刻して芹菜が到着した。

まぎれもなく、正真正銘。生きている芹菜で間違いなかった。夢なんかじゃない。

まるで狐のように目を線になるまで細めながら、俺の記憶のいつだってそうだったような笑顔で登場した。

「やあ、有馬君。久しぶり。なんか今日はゴメンね。邪魔しちゃったかな?」

「いや、そんなことないよ。気にしなくていいから。」

    むしろ、君に逢いたかったんだ。などとは到底言えない。今の俺は笹木さんの恋人なのだから。

芹菜は到着早々蜂蜜入りのミルクコーヒーにチョコクロワッサンを二つ食べた。相変わらずの食欲だった。まるで俺の知っている世界で彼女が明日、命を失うなんてことはとても考えられないような光景だ。

「   ねえ。で、これから何するの?」

「セリナ。アンタが呼び出したんだからアンタが考えなさいよ。」

「え、いいの? うん、じゃあね。映画観たいな。」

「なんの映画?」

「うーん。」芹菜は俺の方を横目で眺め「有馬君。なんか観たいのってある?」

「あ、えっと   。」コーヒーショップのガラス戸の向こうの方に目をやった。大手シネコンが入っているショッピングモール内での上映中の映画のポスターがそこに並んである。まっさきに目についた映画がその中のひとつのラブストーリーの映画だった。内容自体はあまりよくは知らない。ただ   最後の入院をする前に芹菜が見に行きたいと言っていた映画だった。

『退院したら見に行こう。早く退院しないと上映期間終わっちゃうから。』そう言いながら早く元気になれと激を飛ばしていたのを覚えている。当然あの映画は観ていない。その後、DVDも出たが、とても観る気になんてなれなかった。でも、今は違う。あの時の約束の通り、一緒に観に来ることができた。

 そんなことを考えている俺の視線に芹菜は気が付いたのか、

「なんだ、有馬君、あれが観たいんだね! 気が合うね! 実は今、アタシもあれがいいかなーって思ってたところなんだよ!」

「もう、セリナ、そんなこと言ってアンタが勝手に決めているだけでしょ。」

「ちぇ。ばれちまったか!」

「いや、俺も…… あれが観たいかも。」

「え、そうなの? まことさん、なんか意外ね。」


 かくして、俺達は映画を観終わり、そしてまた予定もないのでだらだらと同じコーヒーショップへと戻ってきた。芹菜は再びチョコクロワッサンを二つ食べた。

「なんでセリナはそんなに食べて太らないのよ。」笹木さんの不満に対し、「アタシはいくら食べても太らない体質だからね!」と、薄べったい胸を張りながら自慢していた。

 病院のベットの上で日に日に痩せて行った芹菜。すい臓を壊してしまった彼女はいくら食べても太ることはできなくなっていた芹菜。もう、あれはすべてなかったことになっている。


   それでいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る