第13話 もう一つの過去の結末


「   で、結局あの映画って女が二股かけてたって話なんでしょ。」

 映画を観終わったあと、お互いの感想を言いあうためにまたさっきのコーヒーショップに戻ってきた。芹菜は笑顔でさっき見た映画の内容について笹木さんと論じ合っていた。

「ねえ、まことさん聞いてる?」

「あ、ああ、聞いてるよ。」

「でね、アタシとしては器用に二股かけるならそれもアリかって思うわけよ。有馬君はどう思う?」

「ど、どう思うって…… そういえば最上さんって、恋人はいるの?」

「うーん、それがいないんだよね!」

「そ、そうなんだ。最上さん、美人なんだから周りがほっとかないでしょ。」

「そう、じゃあ、有馬君もほっとかない?」

「な、なにを言ってるんだよ。」横目で笹木さんの方に目をやる。案の定、睨んでいた。

「有馬君。アタシの彼氏になってくれればいいじゃん。」

「あのなあ、俺にはちゃんと恋人がいるんだよ。」今度は俺の方から笹木さんの方に目をやり、こちらから合図を送ってみた。笹木さんは頬を赤く染めてしまった。

「ちぇ! 妬けちまうぜ。アタシとしては別に二股でもいいんだけどな。うん、そうしよう。

 火、木、土がアタシの恋人で、月、水、金の生ごみの日がサキの恋人! うん、これで決まり!」

「ちょ、ちょっと勝手に決めないでよね。それになんでウチが生ごみの日なのよ!」

「あ、おこったーーー。 ねえ、有馬君。こんなハーレムな提案どうかな?」

    正直。悪くない。   が、さすがにそんなことは許されないだろう。

「俺は紗輝のことが好きだからそれで充分だ。」

 そう言った。そう言わざるを得なかったのも事実だが、それはまんざら嘘でもなかった。

 芹菜を失ってからの二年間。いつも俺のそばで励まし続けてくれていた笹木さん。いくら感謝してもしきれないくらいだろう。そして今、こうして恋人同士だという現状を突きつけられてようやく気付いた。俺はいつの間にか笹木さんのことを好きになっていた。

 もちろん芹菜のことだって好きだ。だが、彼女がこうして生きていてくれているだけで十分すぎるほどに幸福だ。もう、これ以上に望むことなんて何もない。俺は望み続けていた幸福を手に入れることができたのだ。

 その日は日が暮れるまで三人で騒いだ。そしてそれぞれ解散した。

アパートに帰り、ノートパソコンを開き、そこにあの書きかけていた小説の続きを考えた。


そこには一つの矛盾が存在していた。一年という時間を巻き戻している状態の現在、当然パ

ソコンの中には書きかけどころか、あの小説の存在すらない   はずだった。しかしパソコンの中にはあの、結末が書かれていない原稿がそのまま残されていた。ひょっとするとパソコンのデータも一緒にタイムリープしてしまったのかもしれない。理解に悩む出来事ではあるが、いまさら何が起きてもおかしいとは思わない。

書きかけの小説のフォルダを開き、考えを巡らせた。どうしても書けなかった物語の続きが今なら思い描けた。 

それは俺と芹菜との物語、それだけじゃない。そこに紗輝を加えた。それで物語が完成した。芹菜を失う悲しみだけでは綴れなかった物語は今、再び現れた芹菜と、それに支え続けてくれた紗輝とで完成した。

書きあがった小説をプリントアウトして茶封筒に入れた。一度は失いかけた小説家になるという夢を、今一度やり直すことのできたこの世界でもう一度挑戦してもいいと思えた。

某出版社の新人賞の宛先を記入して封を閉じた。そして心穏やかに眠りに落ちた。


 次の朝。目が覚め、まず最初にとった行動はカレンダーを確認した。2015.8.20。間違いなく昨日の明日に目が覚めたのだ。これこそが夢なんかではなく、現実の世界なんだと確認した。

リビングに移動し、コーヒーを淹れる。それを飲みながら窓の淵に置いてある、小さなまん丸のサボテンを眺めた。笹木さんが自分の部屋で、ずっと育てていたものを自分の替わりにとこの部屋に持ってきたのだということを昨日のうちに確認できた。それが間違いなく笹木さんと恋人同士で、芹菜が生きている世界の証明になる。

窓から差し込む白い朝日に幸福を感じる…… 笹木さんに会いたい。俺はそう思った。芹菜を失ってからの今まで、ずっと隣で俺のことを励まし続けてくれた笹木さん。きっと、今この世界にいる笹木さんにはそんな記憶などはないのだろう。だが、たしかに俺の記憶の中には存在しているし、おかげで今の俺があると言える。だから…… だからこそこの世界の笹木さんに対して俺はその恩に報いなければならない。いや、そういうと奢りがある。俺は笹木さんとこれから先も一緒にいたい。ただ、それだけのことなのだ。

その時スマホに着信があった。

芹菜からだった……

《あ…… 有馬君…… だよね。》

「ああ、最上さん。どうしたの、こんな朝から。」

《あ…… その…… やっぱり…… 聞いてないんだね……》

「聞いていない? なんのことかな?」

《あのね…… いい? 今からとんでもないこと言うからね…… ちょ、ちょっと覚悟して聞いてね……》

    覚悟。その言葉に対して息の詰まるような思いがした。カレンダーの日付、まるで呪われたかのような2015.8.20 の日付を再び見つめた。

《今朝早くにね…… サキの、サキの遺体が発見されたって……》

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