パラドックス 有馬真 15歳
第16話 矛盾(パラドックス) 有馬真 15歳
矛盾(パラドクス) 有馬真言 15歳
「どうしたの? まーちゃん。なんかいいことでもあった?」
放課後のコンピ研の部室で友人の八嶋とふたりきりの時、八嶋はいつもと変わらずパソコンを開いて何やらやっている。相変わらずの機械オンチにもかかわらず、ただ人数合わせのために入部した僕は部室の隅で読書をしていた…… が、どうにもさっきからいっこうに読書ははかどらない。同じページを開いたまま一向に進まない。
頭の中には昨日、偶然知り合いになれた隣の高校に通う美少女のことで頭がいっぱいだった。笹木さんという子で、一見ビッチっぽい雰囲気を持っているが、実はすごく根が真面目で純粋な子だった。彼女のことを思いだしながらニヤニヤしている僕の姿に、八嶋は気づいたのだろう。
もとより隠すつもりもない。どちらかといえば誰かに自慢してやりたくてならなかったくらいだ。
「なあ、八嶋……」
「なに? まーちゃん。」
「良いか、聞けよ。そして驚けよ。あの子…… ほら、いつも駅のホームの向かいにいた、あのすごくカワイイ二人組いただろ。
実は昨日、あの片方の子と知り合いになったんだよ。」
「え! それ、ほんとうなの? なんであんな子たちと知り合いになるきっかけがあったのさ?」
「うん、まあ、運命ってやつなのかな。二人は巡り会うべくして巡り会ったっていうか。まあ、今から考えてみればあの夢も予知夢ってことなのかもしれないな……」
「ずるいな、まーちゃんは。そうか、じゃあ、あの日焼けした子と知り合いになったんだね。」
「いや…… 知りあいになったっていうのはもう一人の色白の方の子なんだけどね。」
「なんだよ、それじゃあ、予知夢でも何でもないじゃないか。」
「いや、わかんないよ。これがきっかけであの日焼けした子と仲良くなって予知夢通りに恋人同士になるかもしれない。そうじゃなくたって、あの色白の子、笹木さんっていうんだけど、実は見た目と違ってすごく清純そうな子で、そりゃあ、誰だって好きになるに決まってるさ。」
「つまりは好きになったと?」
「……」
「ま、勘弁しておこうか。でもさ、それってすごいことだよね。」
「すごいことさ。なんたってあんな美人なんだし……」
「そう言う事じゃなくって……」
「? じゃなくって?」
「まーちゃんは予知夢を見たってことでしょ。繰り返し何度も。」
「ま、まあ、そうなる…… のかな?」
「自分でそう言ったんじゃないか。ともかく予知夢ってさ、ある意味タイムリープしたって事でしょ。まーちゃんは夢の中で未来に行って、しかも帰って来たんでしょ。」
「うーん、そう言われればそうなのかもしれないけれど、やっぱりなんだか違う気がするな。未来というよりは……」
「並行移動。」
突然会話に割り込んできたその声の主は古池先輩だった。
一体いつからここにいたんだろう? 古池先輩は平行移動はともかく、瞬間移動くらいはできるのだろうと思う。
「並行移動ってどういうこと?」
八嶋は古池先輩に尋ねた。彼は古池先輩がそこにいることに気付いていたのか、まるで驚いている様子はない。
「つまり有馬君は未来へタイムリープしたというよりは平行移動をしたのではないかと私は思うのだよ。
この世界のさらに外側にはもう一つ。いや、三つ四つと無限に広がる並行世界がある。それら並行世界はこちらとの時間軸に多少のズレがあり、まるで未来や過去に移動したように感じているだけで、あくまでもそれはこの世界の未来や過去ではなく、並行世界の未来や過去なのだという考え方だよ。つまり、その世界で有馬君が八嶋君を殺したとして、死ぬのはあくまでその世界の八嶋君であり、この世界の八嶋君が死ぬわけではない。」
いつものことだが、突然に持論を語りだす古池先輩の言葉にはついていけなくなることがあり、僕は慌てて解説を求める。
「先輩、いきなり並行世界なんて言われてもイマイチついていけないんですが、そもそも並行世界ってどこにあるんですか? 宇宙の外とかいうとずいぶん遠い場所のような気がするし、それこそどうやって行き来するのかがわからないんですが。」
「どうやって行き来するかわからない? あたりまえじゃないか、そんなことが解ったらきっとノーベル賞ぐらいじゃ済まないよ。それにね。並行世界があるのは宇宙の外とは言っても、次元が違うという意味のもので別に遠くにあるわけじゃない。実際あるのはすぐ隣。二次元の世界では座標がⅹとyでしか表せない。したがって平面世界の存在が、そのすぐ真上のzの座標に何かがあってもそれを認知することができないことと同じように三次元+αの世界で生きている我々がもう一つ上の次元の座標を認知することは難しい。だが、並行世界が存在するということは陽電子の発見により確実といってよいものとなり…………」
―――迂闊に説明を求めた自分が愚かだった。説明の説明がほしいところだ。まるでこんなやりとりを過去にも経験したような気がする…… いや、たしかに経験しているな。いささか同じような説明を何度も受けているような気がするが、それがはっきりと言えないのは先輩の話をうまく理解できないでいつも話半分で聞き流しているからなんだろう。まあ、いいさ。こんな話何度聞かされたところで僕には理解できそうにないし、できたところで人生の役に立つなんて到底思えない。ここはいつもの通り、話半分で聞き流すことにしよう。
「………………………………わかったかな?」
「は、はい。」
もちろんわかってない。だが、それ以上の説明を聞きたくない僕にとって、そういうほかなかった。八嶋は意味を理解しているのか、あるいはわからないことを容認したうえなのかはわからないがそのまま会話を続けていた。
「それじゃあ、占い師って、まーちゃんみたいに未来の時間が流れている世界に平行移動してきた人が言ってるってこと?」
「八嶋君。言っておくが占い師なんてそのほとんどがまるでインチキでただの詐欺商売だということを言っておくがね…… まあ、何というか、霊視……そう呼ばれるものが並行世界を覗いた結論であるということは、あってもおかしくはないのかもしれない。
ただね、八嶋君。以前にも言ったことがあると思うが、この世にはアカシックレコードというものがある。仏教で言うなら梵だ。それはいくつもある並行世界においての道しるべであり、おおよそに定められた運命と言ってもいい。
それぞれの並行世界は独立した世界で、他の世界と全てが同じとは限らない。有馬君が見た素敵な人と恋人同士になったという夢が並行世界の現実だったとして、何もこの世界で同じことが起こるとは限らない。その程度の差異は発生してしかるべきだろう。しかしそのこと自体がアカシックレコードに大きな影響を与えることだとしたなら、かならずどういった形でかは知れないが出会うことにはなるだろう。まあ、そんなことがわざわざアカシックレコードに定められた運命だとは考えにくいがね。」
「えっと…… それってつまりは占い師が並行世界の未来を覗くことができたとしても、それがこの世界においての未来とは限らないってこと?」
「そうだね。無論、世界には大まかながらもあらすじがあるから、似たようなことが起きる確率は高いと言って差し支えないだろうが…… まあ、当たるも八卦、当たらぬも八卦ということだろうな。」
「……あ、でも 。」
八嶋が何かを思いついたように呟いた。
「まーちゃんが並行世界を移動したとして…… おそらくまーちゃんは別世界のまーちゃんの体に乗り移った。ということになるんだろうけど、その場合、元々その世界のまーちゃんはどこに行ったんだろう?」
「んー、どうだろう。たとえば移動している間、空っぽになっているであろうこの世界の僕の中に入ってるんじゃないかな…… もしくは意識が完全になくなっているとか? まあ、そんなこと考えたところでわかるわけないよな。」
それから後もあの二人は楽しそうに会話を続けた。僕ははなしについていけなくなり、聞いているふりだけをして頭の中で別のことを考えていた。
まあ、それはつまり笹木さんのこととか、その友達の日焼けした子のこととか……
まあ、要するに僕のやりよう次第ではそのどちらとも仲良くなれるチャンスはあるということなのだろう…… などと安直な考えでまだ見えきらぬ未来への期待に胸躍らせた。
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