パラライズ 有馬真 21歳

第4話 麻痺(パラライズ)  有馬真言 21歳


麻痺(パラライズ)   有馬 真言  21歳


 彼女がこの世を去ってから、もう一年が過ぎようとしていた。

 彼女、最上芹菜(さがみせりな)はまるで太陽のような人だった。高校の時、同じクラスの女子生徒が紹介してくれた友人。なにかと波長の合う芹菜とはしばらくの友人期間を経て恋人同士となった。陽に焼けたような健康的な肌色の彼女は少し小柄で、猫だか狐だかのように吊り上った眼は笑うたびに二本の湾曲した線になりいつも俺の心を癒してくれた。

料理が得意で将来はプロの料理人になるのが夢だと話していた彼女は高校の在学中にパリの料理学校に留学し、二人は遠距離恋愛となった。

 二年の後、俺が大学一年の夏に彼女は帰国した。帰国した彼女は地元の有名レストランに就職し、俺達は一緒に暮らすようになった。

 だが、幸せな生活はそう長くは続かなかった。急に体を壊した彼女はそのままこの世を去った。   すい臓がんだった。すい臓がんは発見が困難で、頑張り屋だった彼女はちょっとした体調不良など気にもせずに過ごし、気が付いた時にはもう、手遅れだった。

 決して彼女のことは忘れたくはない。……でも、乗り越えなくてはならなかった。

 

 彼女がこの世を去ってから、俺は生きる希望も目標も失って大学を中退し、作家になるという夢もあきらめてしまった。

 毎日を廃人のように過ごしていた俺をいつも診まわって支えてくれたのは芹菜を俺に紹介してくれたクラスメイトで芹菜の親友だった笹木紗輝(ささきさき)だった。

 笹木さんの支えもあってどうにか立ち直り、仕事を始めるようになった。地方都市の一角にそびえる高いビルの最上階にあるレストランで調理見習いでの仕事の口を見つけた。料理人だった芹菜と通じての知り合いもあり、彼女と同じ仕事である料理の世界を選んだことはまだ、彼女に対する未練か…… あるいはそのレストランの場所がこの街で最も高い位置にあり、いうなればそれが彼女の居場所である天国という場所に最も近い所だったからなのかもしれない。

 仕事は朝早くから深夜にまで及んだ。毎日がへとへとになるまで働いて、一人で住むアパートに帰ると倒れるように眠りに落ちる毎日だった。結果、彼女との思い出に浸る暇さえもなく、少しずつ、少しずつ…… 芹菜は風化されていくようだった。

 それでも、このまま風化させてしまってはいけないのだとも考えていた。通過儀礼として俺が選んだのは彼女との思い出を形にすることだった。元々作家を目指していた俺はそれを一つの物語として創作することにした。

    きっと、この物語を完成させれば、その時彼女のことを本当に乗り越えられるのではないかと考えていた。

 深夜まで仕事をして家に帰り、疲れた体でノートパソコンの前に座り、毎日明け方近くまで作業をしていた。そのままパソコンの前で寝落ちすることも多々あった。

 そんな時には決まってあの夢を見た。

 それは仕方のない、必然なことだ。彼女のことを考えながら眠りに落ちていたのだから……


 もう、何度目だろう、この夢を見るのは…… 繰り返し見る同じ夢の繰り返しでいつしかそれが初めから夢であることを認識するようになっていた。認識してなお、その夢から覚めないようにと意識しながら続きの解りきった夢を見続けていた。

 いや、むしろ、その夢の出来事は過去にあった事実であって、むしろ追体験していたという方が適切なのかもしれない。



 今から三年前、彼女が留学から帰ってきて一緒に住み始める初めの日の夢だった。

 年頃の女子にしては多いとは言えないくらいの引っ越しの荷物と観葉植物のサボテンの植木鉢を持って俺のアパートへとやってきた。

サボテンは帰国してから立ち寄った喫茶店でもらったのだと言っていた。

小さな植木鉢に成長しきって今にもあふれんばかりの成長を遂げたサボテンはいくつも小さな棘があり、狭い部屋に置くには危険な印象さえ受けた。

「うーん、サボテンってばツンデレちゃんだからね! ホントは愛してほしいくせにささやかな棘で身を覆ちゃってるんだね! まあ、アタシはそんな棘ごと抱きしめてあげちゃうタイプなんだけどね!」

 と、相変わらずな天真爛漫な笑顔で目を線になるまで細めていた。


「ねえ、マコト。サボテンの花言葉って知ってる?」


「サボテンの花言葉? そういえば昔、なんとなくどこかで聞いたことがあるような…… でも、思い出せないな。そもそもサボテンの花ってどんな花が咲くのかも知らないな。咲く、ってことだけは聞いたことがあるんだけど。」

「マコトって結構物知りなくせにそんなことも知らないの? 結構可愛い花が咲くんだよ! って、実はアタシも実物は見たことないんだけどね!」

 

―――こんな元気な彼女が一年後にこの世を去らなくてはならないなんていったい誰が想像できただろう。運命の女神はあまりにも唐突で、あまりにも残酷すぎる。


「あのね! マコト! サボテンの花言葉は〝永遠の愛〟なんだよ! アタシ達、これからずっと幸せだね!」

 と言いながら俺に抱きついてくる。

 気が付くと摺り寄せてきた芹菜と俺のほほの間を熱い液体がつたい落ちた。



    これからずっと幸せ。



 芹菜の言葉とその未来とを知る俺の心がその相違を受け入れられなくて俺の目頭からあふれ出して止まらなくなっていた。

    どうして、彼女を失わなくてはならないのか。

    どうして彼女でなくてはならないのか。

 こんな残酷な運命を創る神が許せなかった。

「ん? どうしたの? マコト。……泣いてるの? 

 ……なんか、悲しいことでもあった?」

「ううん、そんなことないよ。うれし泣きだよ。これから俺達、ずっと幸せなんだろう?」

「そう、ずっと幸せ!」

 芹菜はもう一度しがみついてきた。


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