第25話 選択
翌日が通夜、その翌日が葬儀となった。警察は検死の結果事故と断定した。でも、なぜまことさんがその日、そんなところにいたのか原因がわからなかった。
葬儀はしめやかに執り行われた。誰もまことさんの死を予期していたものなど無く、参列者の誰もがその突然の死に戸惑いと悲しみを隠せないでいた。
ウチは不思議と涙が出なかった。むしろまことさんが死んでしまったという状況に理解が追い付いてはいかなかった。二日前のあの日、まことさんが亡くなった日に体験したあの不思議な世界。セリナの一周忌が執り行われていたあの世界の方がよほど現実味を感じるのだ。
果たしてそれは自分自身心のどこかでそちらの世界の方を望んでいたということなのかもしれない。自分自身その考えに嫌気がさすが、では、まことさんがいなくなってしまったこちらの世界の方が望ましいのかと言われるとやはりそれもあり得ない。
夕方頃には葬儀が終わり、参列者のほとんどは遺族に悔みの言葉と励ましの言葉を掛けながらひとり、またひとりと祭事場を後にした。いつしか夕暮れの黄金色に染まる祭壇にはわずかな人影しか残っていなかった。こうしていつかこの人たちの中からまことさんという存在が次第に薄らいでしまうのだろうと考えた。それは望ましいことでもあり、許せないことでもある。
ウチはいつまでもその場所、もはやまことさんの遺体すらなく、小さな小さな骨壺の入った包みしかないその場所を離れたくないと思っていたウチのところに、まことさんの母親がやってきた。いつもは笑顔を絶やさない陽気な母親であったはずが目の周りは落ち窪んですっかり弱り切っている様子だった。それにもかかわらず、彼女は姿勢をなるべくただし、なるべく笑顔を取り繕いながら言った。
「紗輝さん。あなたはまだお若いのだから、早く真言のことはお忘れなさい。あなたの人生はまだまだ続くのだから、死人に足を引っ張られちゃならないわ。自分の人生を歩まなきゃだめよ。」
ウチはその言葉には返事をしなかった。忘れたくなどはない。まことさんのいない人生など考えられないし、そんな人生を生きていたいとも思いはしなかった。
そんなウチの背中にそっと掌があてがわれた。それはちいさな手だったがとても暖かな手だった。
「 さあ、たちあがって、」
言葉には出ていなかったが、その掌、セリナの温かい手がそう言っているのが聞こえた。
ウチは立ち上がり、まことさんの母親に深々とお辞儀をした。言葉は何も発しなかった。発することができなかった。おそらく発しようとすればそれは今までずっとこらえ続けていたはずの涙が零れ落ちることが解っていた。
頭をあげた時、まことさんの母親はにっこりとほほ笑んだ。ウチも負けじと微笑んでみた。あまりうまくはできなかったと思う。
セリナに連れられて祭事場を出ようとした時、ウチはすっかり荷物を忘れてきていることに気が付いた。セリナは自分が取りに行ってくるから、ウチに少しここで待っていてほしいと言い、祭事場の方へ戻っていった。
ウチが祭事場の入り口でひとりで待ちながらあたりを見回した時、祭事場の入り口の影に不審な人影を見かけた。黒いポロシャツに、なぜかその上に研究者が着るような白衣を羽織っている。髪の毛はぼさぼさ、無精ひげだらけで上唇のめくれ上がった、どこか嫌悪感を抱いてしまいそうな顔立ちだった。
年のころは自分たちと同じくらい。もしかするとまことさんの友人なのかもしれないが、当然その男は葬儀には参列していなかった。参列していたなら明らかにおかしな服装で覚えていないはずがない。たとえその時に喪服を着ていたとしてもやはり一度見たら忘れられないような嫌悪感を抱くその顔を覚えていないはずはない。
それでも、もしかしたら何らかの理由で葬儀には参列しなかったものの、まことさんに最後の別れをしに来たのかもしれないと、その男の方に歩み寄って声を掛けることにした。
ウチがその男のすぐ近くにまで近寄っても、こちらの方に振り向く様子はなかった。やはり関係のない人だったのかとは思ったが、ここまで近づいてなに声を掛けずに引き返すというのもおかしかった。
「あの もしかして、まことさんのお知り合いのかたですか?」
男は振り向くどころか、微動だにせず言った。
「知りあい? そういうことになるのかな。 この世界では。」
まるで魂のこもっていない、それは死人のように冷たく、四角形に角ばったような声色で答えた。
男は確かに〝この世界では〟と言った。その言葉が心の底に突き刺さる。まるで世界がここ意外にいくつも存在していることを知っているような口ぶりだ。
「あなたは一体誰なんですか?」
「いったい誰? いい質問だ。だが、私は私であって、それ以上でもそれ以下でもない。」
「ひょっとしてあなたは何かを知っている?」
「なにかを知っている? いい質問だ。たしかに知っている。
君があの世界を否定したことによって有馬真言がこの世界で死んでしまっている世界がここに存在していることも知っているし、君が望んだせいで、あの世界で最上芹菜が死んでしまったことも知っている。」
「……な、何を言って……」
「世界は君の創造にゆだねられている。君が望めば世界への扉は開かれる。だがそれは誰かの犠牲が必要だ。未来は残酷に運命が決定されている。どの世界を選んでもいい。だがそれは誰かが死ななければならない未来だ。
有馬真言か……
最上芹菜か……
それとも……。」
それだけ言い終わると男は、やはりこちらを振り返ることなくそのまま歩き出した。
待って…… 言葉にしようとしたものの声は出なかった。恐怖に震えて足ががくがくと震えていた。果たして自分が何に恐怖しているのかが、自分自身にはわからなかった。
聞きたいことがまだまだあるのに足が震えて動かなかった。
遠ざかっていく男のの背中を見つめながら自分が望む本当の未来が見えた気がした。足の震えがぴたりとやみ、自分の足が動くことを確信した。
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