第29話 私の想い


 カウンター席内側のスツールに腰かけた状態で私は目を覚ました。

 まったく。変な夢を見てしまったものだが、やけにリアリティーのある夢だった。

それにしても、いくら客が来ないからと言って、こんなところでうたた寝をしてしまうなんてなんて気の緩んだことだろうと思いながら腰を上げた。暇ならヒマで片づけなければならない仕事だってある。いつまでもかつての恋人のことが忘れられない自分がこんな夢を見させてしまっているのだろう。いい加減割り切らなくてはいけない。たとえ消化試合であってもそれ自体は続くのだ。途中で投げ出すわけにはいかない。


 しぶしぶながらに入り口前のレジ台の方へ歩いたところで違和感を感じる。そういえばレジ台の上においていたサボテンがない。

……そうするとやはりさっきの出来事は夢ではなかったのだろうか……

いや、違うな。初めからサボテンなんてなかったはずだ。私は夢の中の世界と現実の世界との区別がうまくできなくなってしまっているだけで、初めからサボテンなんてここにおいてなどいなかった…… たぶんそうだと思う。


それにしてもあのサボテン…… あの夢に出てきたサボテンはまるであの時のサボテンそのものじゃないか。今の今まであの時の出来事をすっかり忘れていた。忘れるべき些細な出来事でもないはずなのに、すっぽりと記憶の中から抜け落ちていた。

抜け落ちていたというよりはむしろ、あの出来事の思い出自体がついさっき完成した。あるいは、あとづけであの時の記憶を今しがた〝あったことにした〟という感じだ。

「いうなればそれは〝未定調和〟……」

 私はその言葉を口に出してみた。そして窓の外を眺めながら今、出来上がったばかりの遠い思い出に想いを馳せた。



   それは遠い昔の話。高校二年生の夏の日の出来事。あれはたしか芹菜がフランス留学を決めて、三人で会うのはこれが最後だということで集まった日のことだった。

夏休みも後半の出来事で、芹菜は九月からフランスの料理学校に通うことになっていた。

突然芹菜からの電話が鳴り、今夜、三人で会おうということになった。なんでも彼女が言うには〝タイムカプセル〟を埋めたいのだそうだ。

「アタシが日本に帰ってきて、三人がすっかり大人になった時掘り起こそう。」

 確か芹菜はそんなことを言っていた。

 芹菜は「〝掘り起こす時の事を考えて未来の自分へ大事な宝物〟を埋めよう。」と言っていた。

 そして三人で近所の山に登ったのを覚えている。たしか神道山という山で江戸時代にできた新興宗教の本山になっている山だった。

 その山頂に開けた場所があり、その隅の方に埋めようということになった。

 それぞれが自分の埋めるものを秘密にして持ち寄るはずだったのだが、芹菜の持ってきた宝物というのが大きなハート形のサボテンの鉢植えだった。

「それのどこが宝物なんだ」という二人の言葉に対し、「これはみんなの愛が詰まった真の宝物なんだ。」とわけのわからないことを言い張った。「それにこれを埋めていれば何年たってもタイムカプセルを埋めた場所の目印になる。」と言っていた。

 三人はサボテンを植え替えるための穴を掘り、その穴にサボテンと残り二人の〝タイムカプセル〟とを埋めた。

 今になって思えばあの時の芹菜はまるで何かを知っているようで、その言葉は意味深めいていたし、彼女にしてみればその日はやけに大人びていたような気がする。

 そもそも、私はあの時、一体何を埋めたのだったろうか? 

 また、いつか芹菜と掘り起こしに行ってもいいが、あのタイムカプセルを埋めたひとり、笹木紗輝はもうこの世にはいない。それに、大人になったら掘り返そうという約束だったが、私はそれを掘り返すにはいささか大人になりすぎているような気もする。


 私はノートパソコンを開き、ワードを立ち上げた。もう、あれから何年ぶりだったかしれない。

 私には私なりの方法で〝彼〟を救ってやれることに気が付いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る