第31話 それは一つの物語の完結で……
なかには昔使っていた黒縁のの眼鏡が入っていた。コンタクトレンズを一つなくしていたところだ。これはこれで今のウチにとって予想外な宝物だった。レンズを汚れた服でしっかりと拭いてそのままかけてみた。あたりまえのことかもしれないが自分の顔に違和感なくすっぽりと収まった。レンズの度もあっていてよく見える。良好な視界でもう一度箱を覗くと、箱の中にはもうひとつ、ちいさな紙切れが入っているのが見えた。それをつまみ出して開いてみた。
『未来の私、よく見えますか? 目の前にいる人があなたにとって最高の宝物です』
視線を上げるとそこにはにっこりと笑うセリナの姿があった。そう、これが今のウチにとっての最高の宝物なのだ。この手紙を書いた時はもしかするとまことさんのことを思って書いたのかもしれない。でもまことさんのいなくなった今、ウチにとって唯一無二の、最高の宝物であると断言できる。あの妄想の世界で一瞬でもまことさんの替わりにセリナがいなくなればいいと考えてしまったことが恨めしい。
「……みつけた…… 最高のたからもの……」
涙をこぼしながらセリナを見つめた。今日は泣かないと決めたが、この涙はいくら流したっていいはずだ。
セリナは何も言わずウチの方に向かってうん、うんと黙ってうなずいていた。
しばらくしてようやく涙が落ち着いた時、セリナはウチの肩に手を置いて言った。
「もうひとつあるよ、たからもの。」
もう一つの小さな箱を持ち上げ、ウチの方に差し出した。言うまでもなくそれはまことさんが用意したたからものだ。その中身を本人に無断で中を見ることははばかられるが、もう、本人に確認することもできない。ウチは自分の手のひらの上に置かれた箱に向けている視線をそっとセリナの方へ向けた。
こくりとセリナがうなずいた。セリナの共犯の意思を受け取ったウチは箱を開いた。
そこにはさらにベロア生地に包まれた箱が入っている。ウチはその箱を開いた。
そこに刻まれた〝S〟の文字を見ながらセリナは言った。
「これ、きっとサキのイニシャルの〝S〟だよね。ひょっとしてさ。有馬君はこれを掘り出して、それをサキに渡すためにここに来たんじゃないかな。それで足を滑らせて……
ソレ、サキが持ってたらいいと思うよ。それが有馬君からの最後のおくりもの……」
「……うん。」
ウチは両手でそれを握りしめて胸の前で抱え込み、また泣いた。今日は泣かないって約束はもう、完全にダメみたい。
よくよく考えてみればセリナはまるで何もかも知っているみたいだった。まるで箱の中身がなんであるのかさえも…… ひょっとして一人で掘り起こしたことがあるのかもしれないとも思ったが、やはりそんなことはありえない。土は固くて何年も掘り起こされた形跡なんてなかった。セリナが日本に帰ってきてからまだ一年しかたっていないからそれはない。
ふと見ればウチの服は山道を登ってきてボロボロなのに、それに対してセリナは同じく葬儀の帰りの喪服姿で黒いローファーにもかかわらず、まるでもって汗や汚れの一つないように見える。こんなに平然と、どうやってあの山道を登ってきたのかしれない。まるで一瞬にしてどこかからここまで飛んできたような感じだ。そしてウチのことを救った……
それもあるかもしれない。今のウチはたいていの荒唐無稽な話だって信じることができる。
そう、それからあれのこと……
まことさんの部屋にあった書かれることのなかった小説のプロット……
ウチはまことさんの替わりにそのプロットで、まことさんのかわりに小説書いてみようと思う。
まことさんの魂を鎮めるため、そしてウチ自らがこの悲しみを乗り越えるためにも必要なことのように思えるから……
それともう一つ。
あの時ウチはまことさんはウチと同じように並行世界を旅したことがあるんじゃないかと考えた。だからマコトさんがあの小説のプロットが書けたのだと……
でも、もうひとつ、その理屈を埋める考え方がある。
それはまことさんが考えた小説の世界。並行世界に旅する物語の世界に自分が飛び込んでしまったという考え方だ。
実際に飛び込んだのか、ただ、いつしか自分が盗み読みでもして、その夢を見ていただけなのか、そんなことは今更わからない。
果たして並行世界なんてものが実際にあるのかないのかはわからない。ただひとつ、はっきりしているのは、
〝ウチが今、生きている世界はこの世界で、これからもこの世界で生きていかなければならないということ〟
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