あの時出来なかった冒険①

 夕食後の家族で過ごすまったりとした時間が大好きだ。

 アリアはグレイスが派手に破ってしまったスカートをなんとか修復出来ないか悪戦苦闘している。

 アリアを苦労させる原因を作ったグレイスはご機嫌な様子で僕の隣に座っている。


「おとうさん! わたしのパンチをつかまえてごらんなさい!」


 椅子からぴょんと飛び降りたグレイスがシュッシュと拳をこちらに突き出してきた。


「分かった」


 笑顔で頷くと、グレイスが「ゆうしゃさま! しょうぶよ!」と気合を入れた。可愛い。

 小さいけれど中々素早い拳をわざとギリギリのところで逃す。

 たまに一瞬掴んでやると、グレイスが「きゃー! つかまるー!」と騒ぐ。

 可愛い……何回言っても足りない、可愛い!

 可愛いという言葉では足りないから、僕が思う『可愛い』を満たせる新たな言葉を開発欲しいくらい可愛い!

 頬がでろでろに緩む。


「……騒々しい」

「あ、ごめんね。エミール」


 テーブルを挟んで向かいに座り、図鑑を見ていたエミールがぽつりと呟いた。

 エミールが見ているのは火竜のことが書いてあるページ。

 何度も読み返しているみたいだが、いつも真剣に見ているから邪魔しちゃ悪い。

「終わりにしよう」とグレイスに顔を向けたのだが……いない。あれ?


「おにいちゃんもやりたかったのね! じゃあ、おにいちゃんはおとうさんからほんをとりかえしてください! はい! おとうさん!」


 いつの間にかエミールの前に行っていたグレイスが、エミールから図鑑を奪った。

 テーブルの上をサーッと滑らせて図鑑を僕の元へと送ってきたので慌てて掴んだ。

 アリアの「図鑑を乱暴に扱うんじゃないの!」というお叱りに思わず「はい!」と返事をすると、「あんたじゃないわよ……」と呆れられた。

 条件反射なんだから仕方が無いじゃないか、と心の中で言い訳をしていると、エミールが立ち上がって大きな声を出した。


「グレイス! 邪魔するなよ! お父さん、かえして!」


 アリアに似ている覇気を感じて、エミールにも「はい!」と返事をしそうになったが、エミールに抱きついて抑えようとしているグレースに止められた。


「おとうさんだめ! おにいちゃんにとられちゃまけだよ! おとうさんがんばれ~!」

「え? ええ!?」


 エミールに返してあげたいけど、グレイスが応援してくれるし……!?

 アリアに目を向けて助けを求めたけど、思いっきり無視された!

 そんな無慈悲な!

 はあ……自分で判断しろ、ということか。

 嫌がることはしてはいけない……でもグレイスは、遊びたいと言い出せないエミールを誘ってあげた、と思っているわけで……両方の気持ちを大事にする良い方法は……うーん。


「えーっと、グレイス? エミールが嫌がっているから図鑑は返すね? エミール、図鑑を見終わったら一緒に遊ぼう?」


 エミールに図鑑を差し出しながらグレイスの頭を撫でる。


「「……」」


 アリアッー!!

 両方不満げな顔しているのですが!!

 僕はどうしたらよかったのですかー!?

 ハッ! って鼻で笑ってないで、何が正解だったのか教えてくれよ!


 頭を抱えたたくなったその時、我が家の玄関の扉がドンドンと鳴った。

 誰か来たようだ。

 もうどの家も夕飯を食べ終わっているような時間なのに誰だ? と思っていると、村に帰って来てから良く耳にする声が聞こえてきた。


「おーい、勇者様~! 親友が遊びに来てやったぞ!」

「ルークに親友はいません!」


 ジャックか、と思うと同時にアリアが僕の心を非常に切なくさせる言葉を吐いた。

 向こうが親友って言ってくれているんだから否定しないで欲しい!

 アリアは無視をするつもりのようだがご近所迷惑になるので扉を開けると、酔っているのか顔の赤いジャックが現れた。


「よお! ルーク! ちょっと付き合え! アリア、旦那借りるぞ」

「貸しません。自分の巣に帰れ」

「おい、人のことを動物みたいに言うな!」

「調子に乗らないで。動物の方が賢いわよ」

「なんだと!」


 あーまた始まった。

 ジャックとアリアは仲が悪い、ということはないのだと思うが、会えば必ず口喧嘩になる。

 ジャックは子供の頃に抱いたアリアに対する反抗心が消えていないのかな。

 僕が旅に出ていていなかった間もこんな感じだったのだろうか。


「ジャックが関わると碌なことがないのよ。ルークに馬鹿を移さないで頂戴。移されやすいんだから」


 そうれはどういう意味だ!

 心当たりはない。

 子供の頃はジャックと連んで叱られるようなことをしたし、破れている服がかっこいいとジャックが言い出した時に真似をして母さんに叱られたことはあったけど……。

 そういえばその時、アリアに「みすぼらしいからやめなさい」と言われて物凄く腹が立ったんだよなあ。

 当時は歴戦の猛者のようでかっこいいと本気で思っていたけれど、今考えれば確かにみすぼらしかった。

 歴戦の猛者よりスケルトンの方が近い。

 聖剣なんかがみたらボロクソに言われそうだ。


「おい、ルーク! お前の嫁、なんとかならないのかよ!」


『なんとか』とは?

 どういうことを求められているのか分からないが、ジャックの希望が叶うことはないと思う。

 ……という意味を込めた笑顔を向けておいた。


「そんなキラッキラの笑顔見せられてもおれは誤魔化されないぞ! ったく、勇者様がなさけないぞ! ほら、『旦那様が出掛けるから笑顔でお見送りしろ!』ってビシッと言ってやれ!」

「ええ? ジャックは自分の奥さんにそんなこと言っているのか? 引くなあ」

「私、ジャックの嫁じゃなくて良かったわ。さようなら」

「おじさんかえるの? ばいばーい!」

「……風でページがめくれるから、早く扉を閉めて欲しいな」

「似た者一家め、ちくしょう!」


 うわあああん! と全く心に響かない泣き真似を始めるジャック。

 本当に何をしに来たんだ、この酔っ払いは。


「アリア、いいのか? ルークに言うぞ?」

「……何よ」

「?」


 泣き真似を止めたジャックが急にニヤニヤしはじめた。

 なんだ?


「偉そうにしてるけど、ルークがいない間お前はめそめそ……」

「もう一回出稼ぎに行って来い!! そして帰ってくるな!!」

「うわ!?」


 アリアが手元にあった端布を入れたカゴをジャックに投げつけた。

 綺麗にジャックの頭に当たったカゴは端布をまき散らして落ちた。

 僕はワタワタしてしまったがグレイスは「おもしろーい!」と騒ぎ、端布を拾い始めた。

 新たな遊びだと思っているな?

 エミールは図鑑に集中していてもう無言だ。


「ルーク! 行くならさっさと行って、さっさと帰って来なさいよ!」

「え!? はいっ!」


 僕も端布を拾おうと思っていたが、ジャックと一緒に追い出されてしまった。


「ったく、素直に『心配だから早く帰って来てね』って言えないかねえ」


 僕が家の扉をしめると、ジャックが頭を掻きながら呟いた。

 ははっと笑いながら、「僕の耳にはそういう風に聞こえたよ」と返すと、呆れたような視線を向けられた。


「まあ、いいや。おれの家に行くぞ」

「ああ」


 夜の村をジャックと並んで歩く。

 空は真っ暗だが、まだどこの家も灯りがついているから道は分かる。

 魔法で明るくすることは出来るが、暫くはこの暗さを楽しもう。

 子供の頃多くの時間を一緒に過ごしたジャックだが、夜に会うことはあまりなかったから妙に新鮮だ。

 陽が落ちたため気温は下がり、少し肌寒く感じるが気持ちが良い。

 ジャックの酔いを覚ますにも丁度良いだろう。


「アリアめ。あいつはほんとに変わらないよな。……お前はすっかり取り込まれちまったが」

「取り込まれたってなんだよ」

「そのまんまの意味だ。お前はおれの味方だったのにさ、今やアリアの手先だよ」

「手先って言うな」


 歩きながらの話題はやっぱりアリアのことだ。

 というか、ジャックのアリアに対する愚痴が止まらない。

 でもジャックもアリアのことが嫌いというわけでは無く、幼馴染みで仲が良いからこそ出てくる愚痴だ。

 その証拠に表情はずっと楽しそうだ。


「あ! なあ、あの門見ると思い出さないか?」


 そう言ってジャックが指差したのは村の出入り口。

 あの門と言えば……。


「オーク?」


 蘇ってきたのはまだ両親が健在だった頃の思い出。

 ジャックと二人、子供だけで行ってはいけないと言われている場所への冒険計画。

 笑いながら視線を向けると、ジャックが「はあ」と溜息をついた。


「アリアに邪魔されたよなあ。あの時は絶対ぶっ飛ばしてやるって思ったよ! お前だってそうだっただろ?」

「あの時はね。暫く反抗して無視したりしたよ」

「おれも。一生口きかねえ! って思ったな。……まあ、親になってみたらさ、ああいうしっかりした子がいてくれたら助かるなって思うけど、子供の時はそのしっかりしてることが無性にムカついたんだよなあ。おれ、アリアが大嫌いだったよ」


 大嫌いだなんて言っているが、しっかり過去形になっているあたりがジャックと友達でよかったなと思う。


「お前はいつの間にか……。あー…………悪い」


 いつから僕はアリアに夢中になったのか考えて、両親のことを思い出したのだろう。

 もう話題に出ても取り乱すことはないのに、気を使わせて悪い。


「アリアは父さんと母さんを亡くして一人をなった僕を支えてくれたからね」


 自分から話題にして、大丈夫だということを匂わせるとジャックは理解したようで頷いた。


「ジャックも助けてくれたよね」


 ジャックは塞ぎ込んで無視する僕を何度も遊ぼうと誘いに来てくれた。

 周りの大人は「こんな時に遊びに誘うなんて」と諌めていたけど、ジャックなりに励まそうとしてくれていたことは分かっていたし、今思えば他の人とは違って明るく接してくれていたジャックに救われていた。


「……おれはなんもしてないよ。つーかお前、おれのことはほぼ無視だったからな!」

「ごめんごめん」

「許さん! あ」


 ふざけながら僕を殴ってきたジャックは再び門に目を止めると、良いこと思いついた! と目を輝かせた。


「なあ、あの時出来なかった冒険しようぜ!」

「は?」


 これからジャックの家に行ってお酒に付き合わされるんじゃなかったっけ?


「冒険って……何をするんだ?」

「だからあの時立てた計画を今から実行するんだよ」

「今から? 夜、森の外へ出たら危ないだろう」

「勇者様が何言ってんだよ! よっしゃ! わくわくしてきたー! 行っくぞ-!」


 両腕を天に突き上げて叫ぶと、ジャックは門へ向けて駆け出した。


 はあ……これだから酔っ払いは。

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