第23話
――革新と殲滅の勇者
勇者史にそう残されている勇者がいる。
記録されているどの勇者よりも早く、多く魔物を殲滅し、世界をほぼ無傷で守り抜いた。
神獣の竜を従えた勇者は、後にも先にも彼以外にはいない。
彼は魔王討伐だけではなく、魔法による生活の改善をもたらし、世界の生活水準を上げた。
聖剣エルメンガルトが最も愛し、語り継いだ勇者とも言われている。
ハイデ村の建物とは全く違う丈夫で綺麗な煉瓦の民家、綺麗に舗装された街道、ツギハギのない鮮やかな色の服を纏う人々、人の声が止むことは無い活気に溢れた商店。
街の中心部を陣取る白亜の城。
初めて見る王都は、田舎者の僕には煌びやかで眩しい。
だが……。
「アリアに会いたい」
王都に入った時に僕が零した言葉はこれだった。
詰め込まれたように立ち並ぶ建物やひしめき合う人々に圧倒されはしたが、こんなに騒がしいのに、こんなに人がいるのにアリアはいないんだと思うと村に駆け戻りたくなった。
ジュードと聖女は僕が王都を見て驚くのを期待していたようだが、期待に添うことは出来なかった。
エルが前回目覚めたときより発展していると嬉しそうに騒いでいたから、それで納得して欲しい。
僕には周りに気を遣う余裕は一切無かった。
アリアと離れたことで王都を目指す道中は気を落としていた僕だったが、王都の城に着いた頃には苛々していた。
何故なら移動だけで十日もかかったからだ。
一日だって無駄にしたくないのに!
別に故意に遅くされたわけではない。
あの辺境の村から王都に来るまでには必要な時間だったということは分かっている。
むしろ十日で着いた、さすがは良い馬車だと賞賛しなければいけないくらいだと思う。
だが、魔王討伐に進展のない十日を過ごしたと思うと心底腹立たしかった。
仕方ないではすませたくない。
着いたら着いたで、よく分からない儀式や偉い人に挨拶とか、必要性を感じないことばかりで更に苛々が募る日々が始まった。
王家や偉い人の顔や名前を覚えても、魔王は倒せませんが!
鬱憤が溜まった僕は一回暴れた。
暴れたと言っても人に怪我をさせるわけにはいかないので、王都の外の森で発散したのだが、結構な範囲の森林破壊をしてしまった。
冷静になってから申し訳なくなったけど、これをきっかけに偉い人達が僕の話も聞いてくれるようになったので結果的にはよかったと思う。
……脅したわけじゃないよ?
礼儀やしきたり、付き合いも大事だと思うが、出稼ぎ勇者の僕にとって最も大事なのは稼ぎを持って早く愛する妻の元に帰ることだ。
パーティとか本当にどうでもいい。
魔王を倒してからでいいんじゃないか?
倒してからでも僕は出ないけど。
ジュードは偉い人たちは何かと理由をつけてパーティをしたがると言っていたけど、それに僕が付き合う義理はない。
暴れてからは聖女に聖剣が必要なこと以外はやらないと抗議してわがままを通した。
どうでもいいことから逃げた僕は、最速で魔王討伐を終わらせるための計画を立てた。
魔王討伐をする上でまず僕がなんとかしなければいけないと思ったことがあった。
それは移動手段だ。
予定では主に馬車を使うと言っていた。
いやいや……冗談じゃない。
王都に来るだけに十日もかかったのは本っ当に無駄だった!
これからそんなことが山ほどあるのかと思うとまた暴れたくなる。
移動時間を短縮するための方法はどうしても必要だ。
すぐに思い浮かんだのは母さんが僕を助けるために使った人を転移させる魔法だ。
あれをなんとか実用性のあるものにしたいと思ったのだが……。
王都に来て僕が一番驚いたこと。
村とは比べ物にならない都会の景色より、見たことのない豪華な食事より唖然としたこと――。
それは自分が思っていたよりも馬鹿だったということだ。
僕は自分はまだ学のある方だと思っていた。
両親が読み書きを教えてくれたし、生活に必要な計算は出来たし、世界の地理についても把握していた。
それは村の中では一目置かれるようなことだったのだが……王都では当たり前だった。
転移の魔法を改良するために王都の偉い学者や魔法使いの先生達と話したことにより、この事実が発覚したのだがこれには凹んだ。
というより、ちょっと自分は勉強が出来る風な空気を出して話していたことが恥ずかしかった……。
魔法については基礎なら知っていたのだが、応用するのは頭で考えるより感覚でやっていた。
王都では名前のついた有名な魔法を「知らない」と言うと唖然とされてしまった。
母さんの本に載っていた魔法なら分かるのだが、あれはどうも一般的な本ではなかったようだ。
幸い名前のついた魔法は知らなくても、似たようなことは感覚で出来た。
「さすが勇者だ!」と褒めてくれたけど、それは魔法使いの人達だけで学者陣の目は生暖かったことを僕は忘れない。
知らなかったんだから仕方ないじゃないか!
戦ったら負けないからな!
なんとか気持ちを立て直したが、頭で頑張ることは早々に諦めた。
魔法は使えるけど、編み出すことには向いてないだろう。
僕は学者になりたいわけじゃない。
僕が望んだことを賢い人達に考えて貰うことにした。
まずは『転移』について。
母さんは子供の僕とアリアを転移させることに成功したが、膨大な魔力の篭った聖女の証を使っても山の上部から麓という短い距離で精いっぱいだった。
だから魔王討伐の旅の間頻繁に行うなんてことは到底無理だ。
「でも、可能にしてください」
僕には出来ないけどあなた達なら出来る! と割と無責任な応援をしたのだが、何故か優秀な方々はとてつもなくやる気になってくれた。
もちろんすぐに出来るとは思ってはいないが、魔王討伐に少なくても十年なんて言われているから多少の月日がかかってもいい。
「魔力の消費が少ない魔法に改良できないか検討して欲しい」
「それはもちろん。言われなくとも」
「それと聖女の証より膨大な魔力を蓄積出来るアイテムは作れないかな? あ、いっそ魔力を溜めたり出来る魔法って作れないかな」
「魔力を魔法で溜める? 意味が分からんが」
「体に魔力が有り余っている状態って勿体ないなと思って。アイテムがなくても魔力を溜めることが出来たら、上限とか気にせずに溜め込めるのになあ。どこかに流し込める空間とかあったらいいのに」
「勇者さんよぉ、流石にそれは不可能で……ん? 流し込める空間……あ。ああっ!」
「?」
僕のいい話し相手だった目つきの悪い魔法使いは何かを閃いたようで、その日から研究所に篭もるようになった。
結局僕が王都を旅立つ頃になっても出て来なかったので、とりあえず僕が道中魔物を倒したりして稼いだお金は彼の研究費用に使って貰うように手配しておいた。
結構な金額になるはずだと言われたので、『出来たらいいな、こんな魔法』というものを書き並べて一緒に託しておいた。
多分魔法馬鹿な彼なら喜々として研究に励んでくれるだろう。
あと、王都を旅立つ前に今までの勇者について調べた。
勇者の研究をしているという人を呼んで貰い、今までどんな魔物がどの場所にどの時期に現れたのか纏めて貰った。
残っていた記録が正しいのか分からないし、過去と同じことが起こるかどうかも分からないが、過去の傾向を知っておくのは悪いことではないはずだ。
残っている記録を見ると、魔物の現れ方には共通点が多いことが分かった。
月日が流れるにつれて魔物も強力になっていく傾向があり、特定の場所に強力な魔物が現れることが多かった。
これらの情報を元に旅の順路を決めた。
聖女には向かって欲しい国の順番は決まっている、みたいなことを言われたけど無視をした。
そんなことをしているから短くても十年かかるのだ!
僕は半分の五年で終わらせるつもりでいる。
効率的な順路を優れた移動手段で巡れば可能だと思っている。
転移の魔法、一年後ぐらいには出来ていたらいいなあと祈りつつ、嫌々出発パレードというものをやらされた後、僕は王都を旅立った。
移動手段は転移が無いので仕方なく馬だ。
聖女が馬車じゃないと長い旅路が辛くなると言ったが、馬車よりは馬の方が速い。
だから聖女の意見は却下だ。
聖女が馬に乗れないと言い出した時には、本気で置いて行こうかと思ったが、聖獣が聖女を乗せて走ってくれることになりなんとか出発出来た。
というか、聖獣の方が馬の何倍も早いので、全員乗せて欲しいと頼んだのだが断られた。
聖獣は旅の過程も修行だという。
魔王討伐まで近道をし過ぎても危ないと叱られたので、残念だが協力して貰うことは諦めた。
旅の仲間は、聖女の他はジュードだけだ。
なんだかぞろぞろとついて来ようとしていたが、あんなもの却下だ。
大人数で動くと遅い。
僕にとって『遅い』は魔王に匹敵する敵だ。
三人で行くと言ったら勇者一向に身内を入れたい連中が騒いだ為出発が遅くなったので、また外で暴れてこようとすると、行く先々で準備しておく人材を使ってくれるなら三人で行っても構わないと許可をしてくれた。
今度は森で暴れるのでは無く、偉い方々の広いお庭を借りようかと呟いていたのだが、これも脅しではなかったんだよ?
全て三人で倒すなんて無理だろうし、現地での協力は求めるつもりだったから丁度良い結果になって良かった。
日頃の行いがいいと女神様は味方してくれるようだ。
王都に来てからエルに「可愛げがなくなった」と言われるようになった。
失礼だな、前よりもニコニコと笑顔を貼り付けて勇者らしくしているのに。
ジュードは笑顔で掌握する姿が団長と被ると懐かしそうにしていた。
僕、父さんに似てきたらしいよ!
でも、その頃から一部の騎士団上層部の人達が目を合わせてくれなくなった。
父さんと衝突することがあった人達らしいが、妙に怯えられている気がする……。
父さん、あの人達に何をしたのだろう。
王都を出るとすぐに、最初の強敵が現れる可能性が高い町を目指した。
現れる時期は凡そ一年後。
目的の町を拠点にし、周辺地域の魔物を倒しながら修行することにした。
残念ながら僕は大した学を持っていなかったことが判明したわけだが、戦うことに関しては自信があった。
王都でも修行をつけて貰ったが、剣も魔法も僕より上の人はいなかった。
ちなみに剣の修行をつけてくれたのは、実は現在の騎士団長だったジュードなのだが、聖剣を使わなくても勝つことが出来た。
村にいた頃には見たことが無かった魔物も沢山倒した。
僕に土が付くことはなかった。
魔王討伐に何の支障もないように思えたが……僕はそれが怖かった。
僕は今まで負けたことがない。
父さんや母さんには敵わなかったが、危機を感じたことなんてなかった。
だから一回ピンチになってみようと思い、古くから封鎖されていた魔物の巣に聖剣を持たず手ぶらで入ってみた。
結果、死にかけた。
これは本当に駄目だと意識が途切れそうになったところで聖剣を呼び、なんとか生き延びることが出来たが、死ぬところだったと聖女とジュードに挟まれて一晩叱られた。
エルにもお前は吃驚馬鹿だと散々罵られた。
良い経験にはなったので後悔はしていないが、絶対に止められると思い皆に黙って行ったのは悪かった。ごめんなさい。
僕も一年経たずでアンデッドになって帰る、なんてことにはなりたくないので反省をした。
でも、こういう体験は定期的にしておくべきだと思うので、魔物の巣を見つけたらまた一人で行こうと思う。
一気に纏まった数の魔物を減らすことも出来るし、一石二鳥だ。
今度からはちゃんと皆に相談してからにするし、聖剣も最初から持って行こう。
無謀な愚行だったが、自分の弱いところは発見することが出来た。
どうやら僕は自分が思っていたよりもスタミナがなかったらしい。
今まで弱い敵が続くことがあったが、強い敵ばかりに囲まれ、それが長時間続くということがなかったのだ。
魔力切れというのも、母さんに魔力を取られた時以外で初めて味わった。
あれは駄目だ、体力が無くなる以上に動けないし意識が飛ぶ。
修行は体力とスタミナ作りに重点を置くことにした。
移動に馬を止めて自分で走ってみたら、馬よりも早く着いた。
聖獣は僕より早いから、馬に乗ったジュードが一番遅いことになる。
ジュードも走ってみたのだが、馬より遅く……。
僕は先に行くから、ジュードはゆっくり来なよと言うと、大人なのに吃驚するくらい拗ねていた。
どうせオレは足手纏いだ、みたいなことを言い出すから面倒くさかった。
旅立って半年が過ぎた頃――。
拠点にした町の周辺を駆け回り、魔物を見つけては殲滅を繰り返していたら、近場に魔物が出なくなった。
強敵が出ると思われる時期までまだ半年ある。
何もせず半年待つわけには行かないので、拠点から離れた魔物の多いという地域に足を進めていたら、最初の強敵が五ヶ月早く第一の拠点の町に現れてしまった。
事前に強い魔物が現れる可能性は伝えていたから用意は出来ていたようで被害は大きくならなかったが、出遅れて申し訳なかった。
感謝はされたが思っていた通りにはならず、苦い思いを抱えたまま第二の強敵の出現予想地域へと旅立った
第二の目的地に着いたところで王都から報告があった。
転移魔法は進んでいないが声を運ぶ魔法を開発したそうだ。
というか、その報告を届いた声で聞いた。
青い光で出来た鳥があの目つきの悪い魔法使いの声では話し始めたときは思わず叩き斬りそうなったが、それが声の魔法だった。
あの魔法使いが珍しく興奮した声で詳細を言っていたが……内容が難しくて何を言っているかさっぱり分からなかった。
言っていた通りに試してみたが出来なかった。
でもこれでアリアに僕の声を届けることが出来るようになるから、使えるように練習を続けたい。
良い魔法を作ってくれたな。
移動に役に立たないけど。
僕が稼いだお金は遠慮せずに使っているらしい。
研究したくても資金不足で出来なかった学者や魔法使いが集結しているそうなのだが、その殆どを研究所で受け入れているという。
あいつ、お金を残す気ないな。
アリアに持って帰る『稼ぎ』は魔王を倒したら王様がくれるらしいから、今稼いだ分は全部使ってくれてもいいけどさ。
早く帰るための投資だと思うとやすいものだ。
僕と話をしていた魔法使いが別れ際に何か閃いていたが、あれは魔力を消費するのではなく流して巡回させるという方法を思いついたらしい。
それを応用して町の水路を浄化し続けるとか、城や医療機関の室温を一定の温度に保つことが出来るようになったそうだ。
他にも継続的に魔力供給を行えることで便利になることが沢山あるようで、研究所は大いに賑わっているらしい。
小さな村の方では井戸の水を浄化し続けているそうなのだが、これにより流行病が減ったとか。
ハイデ村でも井戸水で腹を壊すことがあったから、これはいい魔法を作ってくれたなと思う。
巡回させる魔力も無限に巡り続けることは出来ず、劣化してしまうから定期的に補充しなければいけないらしいが、今は劣化させない研究もしているそうで、光の青い鳥から聞こえる声はとても楽しそうだった。
それは何よりだが転移の方もよろしくお願いします。
旅を続けて一年を過ぎると、頻繁に宿で休んでいる僕の元へ女性が訪ねてくるようになった。
勇者と関係を築きたい連中に差し向けられているらしい。
町でアリアのような赤い髪の女性を見かけるとつい目をとめてしまうことがあったのだが、それが僕の女性の好みとして出回ってしまったようで、赤い髪のスタイルが良い女性が訪ねてくることが多かった。
もちろん口もきかず追い返した。
というか、アリアを思い出させるようなことをしないで欲しい。
寂しさを紛らわすように魔物を片っ端から倒して回った。
声を届ける魔法はまだ使えない。
派手にぶっ放す魔法なら得意なのだが……繊細な魔法って難しい。
最近習得することを諦めつつある。
二年目で現れることが多いと史実に残っていた強敵が現れたのは、一年と二十日程度過ぎた頃だった。
今回は前回の失敗を踏まえ、いつ現れてもいいように気をつけていたので被害は殆ど出さずに済んだ。
約半分のペースか?
だとしたら本当に五年で終わることが出来るかもしれない!
意気揚々と次の目的地を目指した。
第三の敵が現れる地域の拠点に着いた頃になると、宿屋に押しかけてくる赤い髪の女性は減ったが、今度は僕と聖女が恋人同士だという噂が流れるようになっていた。
前は勇者に憧れている、なんて言っていた聖女だが、今はそんなことより聖女としての使命に燃えている。
行く先々で人々を癒やし、感謝をして貰うことでとてもやりがいを感じているようだった。
だから僕と聖女にそんな関係があるはずは無いのだが……。
赤い髪の女性を「勇者様のお役に立つ!」と張り切っている聖女に追い返して貰っていたら、聖女が僕に浮気させないために追い返しているとかそんな話になっているそうだ。
しょうもないなあと思ったが、この話がアリアの耳に入るかもしれないという可能性に気づき、青ざめた。
今すぐ村に戻って説明したかったが、一度帰ったらもう二度と出てこない自信がある。
涙を呑んで帰りたい衝動を抑え、声を届ける魔法の練習をした。
少しだけ進歩したが、やっぱり出来ない。
また泣きそうになったが、途中で普通に手紙を書けばいいじゃないということに気がついた。
何故今まで気がつかなかった。
慌てて元気だということと、聖女との噂が耳に入るかもしれないがそれは間違いで、僕の心にはアリアしかいない、会いたいということを書いた。
今いる町で人気だという青い石を使った髪飾りを同封し、手紙を出した。
ハイデ村に届くまでは何十日もかかるだろう。
無事に届いて欲しい。
帰ったらあの髪飾りをつけているアリアを見たい。
順調に強敵を倒し続け、三年が過ぎた頃、漸く転移の魔法が出来たと連絡が来た。
……でも、使えるのは、ハイデ村や王都があったあの国の中だけ。
今は違う大陸の遠い国いる。
全く役に立たない。
この大陸に来るため、海を渡るのに三十日かかった。
これからまた戻らなければいけないのだが、また三十日かかるのか……。
それだけアリアに会える日が遅くなったと思ったら泣けてきた。
船で帰るしかないので港に向かうと、突如シーサーペントが現れて暴れ始めた。
希少の荒い海の魔物ですぐに始末しようとしたのだが、暴れるというより苦しそうに藻掻いていることに気がついた。
どうやら呪われているようだ。
構わず倒してしまえばいいかと思ったがシーサーペントの目が綺麗な緑色だったためアリアを思い出し、なんだか可哀想になってしまった。
亜種なのか毛色の違うシーサーペントだし、殺してしまうのが妙に勿体なかった。
僕には解けない呪いだったので、聖女に頼んで解呪をして貰った。
聖女は始末するべきだと言ったが、危害を加えてくるようだったらその場で始末するからと説得し、呪いを解いて貰うとシーサーペントはすぐに元気になった。
呪いが解けたし、深い海に帰って行くのかと思いきや……何故か僕に懐いた。
大人しく一カ所に留まると水面から頭を出し、僕のことをジーっと視線で追い続けていた。
可愛いっ……!
転移のことでやさぐれていた僕の心は激しく癒やされた。
アリアと同じ色の瞳で見つめられたら、なんでも言うことをきいてやりたくなった。
離れたくなかったが今は旅の途中だ。
泣く泣く別れ、海を渡るために船に乗ろうとしたら大きな口に挟まれ……海に引き摺り込まれた。
やっぱりただの魔物だったのかと、裏切られたような気持ちになったのだがそれは違った。
背中に乗せて、僕を運んでくれるつもりらしい。
凄い、絶対船より速い!
嫌がる聖女とジュードを無理矢理シーサーペントの背中に乗せ、目的地へ出発した。
シーサーペントは水面を飛ぶように泳いでいく。
時折海の魔物が現れたが、構わず吹っ飛ばして進んだ。
船を一瞬で追い抜くスピードと、飛んでくる波飛沫が気持ちよくて最高だった。
聖女はずっと叫んでいたが、僕とジュードは大興奮だった。
そして何より素晴らしかったのは、一日で戻ることが出来たことだ。
あの目つきの悪い魔法使いより役に立ってくれた。
凄いシーサーペントだと思っていたら、聖獣がこいつは幼い海竜だと言った。
竜種はリザードのようなドラゴンタイプの魔物というわけではなく、聖獣に近い神獣という存在らしい。
聖獣は女神に仕えているが、神獣は神に従わないそうだ。
そんな神獣は僕に恩義を感じてくれたのかなついてくれた。
海路はこれからもこの海竜が運んでくれるという。
それならば陸路も……!
シーサーペント……ではなく海竜は陸には上がれないそうなので、陸にいる竜の場所を聖獣に聞いた。
神獣は誰の指図も受けないから、陸まで欲張るなと聖獣には窘められたが、ダメ元でも試してみたいと粘ると火竜の教えてくれた。
火竜は深い森の奥の火山に住んでいた。
一対一の勝負に勝ったら足になってくれるという。
聖剣は使って良いと許可をくれたが、聖女とジュードには森の外にある村で待っていて貰うことにした。
火竜を倒すのに三十日かかった。
今まで殆ど傷のなかった鎧はボロボロで、切らずに伸ばして一纏めにしていた髪も炎でちりちりになったけど、なんとか火竜に認めて貰った。
その間聖女たちは周辺の村を癒やして回っていたそうだが、自分達のいい休養になったとほくほくしていた。
僕のペースに合わせて、二人には無理をさせてしまっていたから丁度良かったが……ちょっと身体がふっくらとした聖女を見るとモヤモヤしてしまった。
僕はこの三十日で大分やつれました。
火竜という最高の移動手段を手に入れた頃、何故か聖女と僕が結婚していることになっていた。
そんな馬鹿な!
思わず火竜に村の近くまで飛んで行って貰ったが……そのまま引き返してきた。
我慢だ、途中で戻ってもアリアにも叱られるだろう。
あとで違うという手紙だけは出す、絶対に!
声の魔法はもう諦めた。
そのまま火竜には、魔物がたくさんいるところに連れて行って貰った。
とにかく倒した。
火竜と戦ったことでまた強くなったと実感出来ていたし、この勢いで魔王を倒してしまうぞ! と思っていたら……本当に魔王の気配がするようになっていた。
この時点で僕が予定していた五年の月日が流れていた。
そして治まっていたのに、また部屋に女の人が尋ねてくるようになった。
相変わらず赤い髪の女性が多かったが、違う髪色の女性も来るようになった。
スタイルが良い女性が多かったが、中性的な人や年上、年下、あるいは複数人など、手法を変えて僕の様子を見ているようだった。
本っ当に鬱陶しかった。
あと少しで終わることが出来ると気が経っていた僕は我慢しきれず部屋に来た女性に「女はいらない!」と怒鳴り、宿の外まで放り出した。
全く、他のことで協力して欲しい。
それからは僕の部屋は静かになり、扉をノックされることがなくなった。
理解してくれたのかと安心し始めた頃に、一人の少年が尋ねてきた。
ロイを成長させたような赤い髪の少年は驚くほど綺麗な顔をしていて、身体の線も細かったが勇者に憧れているという。
強くなりたいと熱く語る姿を見ていると、本当にロイが尋ねてきてくれたように思えて嬉しくなり、部屋に招き入れた。
暫くは僕の旅の話を嬉しそうに聞いていた少年だったが、段々様子が変わってきた。
勇者に憧れているという話から何故か僕のことが好きだという話に変わり……そして何故か脱ぎ始めた。
僕は漸くそこで、この少年がここにやって来た本当に意味を悟った。
いやいやいや……何を勘違いしているんだ。
……違う。そうじゃない。
確かに女はいらないと言ったが、そうじゃない!
アリア以外の女性は、ということだ。
もちろん男もいらない!
少年と脱いだ服を宿から放り出し、頭を抱えると呟いた。
「早くアリアのところに帰りたい……」
この件から僕は軽く人間不信になった。
勇者に憧れる無垢な少年の正体もショックだったし、一部始終を見ていた聖剣はことあることに笑いのネタにするし、ジュードや聖女にも揶揄される。
もう誰も信じないからな!
心を閉ざした僕の魔物を倒す勢いは更に大幅に上がった。
史実に残る最後の強敵を倒すと、はっきりと魔王の存在を感じられるようになっていた。
魔王が出てくる場所だけは予測出来ていなかった。
毎度出てくる場所が違い、規則性もなかった。
エルも大きな声で「分からん!」と言うし、勘に頼るしかなかった。
魔王の気配を探り、東西南北を移動する。
ああ、本当に火竜に協力して貰えるようになっていてよかった。
僕の完全なる味方は竜達だけだ。
辿り着いたのは砂嵐が吹き荒れる砂漠の中に埋もれるように残っていた遺跡だった。
火竜がいたからあまり苦労することもなく来られたが、自分達の足では辿り着くだけで力尽きていたかもしれない。
僕達は先行し、応援があとを追ってきてくれているのだが期待出来そうにない。
遺跡は砂の山の谷間にあり、いつ完全に埋もれてしまっても不思議ではないような心細い場所だった。
石造りの神殿のようだが、人影どころか何もない。
だが魔王の気配は確かにある。
「ルーク様、僅かですが結界の気配があります」
「結界? ここを守っているのか?」
「恐らく。解いてみましょうか?」
「砂がなだれ込んで来たりしないかな」
「それは……何が起こるかは分かりません」
生き埋めになるわけにはいかないが、他にめぼしいものもない。
いつまでも何しないままここにいるわけにはいかないので、聖女に結界を解いて貰うことにした。
何かあったときの為に万全の準備をしたのだが……。
「ここはどこだ?」
聖女が解除を行った瞬間、視界の大分部を閉めていた砂が消えた。
神殿はさっき砂の中にあったものと同じだが、周りには僅かだが緑が生まれた。
だが遠くを見れば砂嵐と砂山が見える。
まだ砂漠の中であることは間違いないようだが……どういうことだ?
「恐らくさっきいた場所と位置は変わっていない。この周辺の砂山は、神殿の発見を妨害するための幻覚だったのだろう」
ジュードの言葉になるほどと頷いた。
この辺りだけ緑があり小さな泉がある。
すっかり変わってしまった周囲の中にある、さっきと変わらない神殿に目を向けた。
「あれ?」
神殿に変化はないと思ったのだが、床に地下へと進む階段が出来ていた。
「……ここを進めってことか」
奥からは魔王の気配が漂ってきている。
今までよりはっきりと、肌に直接伝わるような邪気にいよいよかと気が引き締まった。
一方で「あと少しで帰ることが出来る!」という喜びが沸き上がる。
駄目だ、気を抜かないように気をつけなければ。
砂漠のど真ん中にあるというのに遺跡の中は空気が湿っていてひんやりとしていた。
牢屋に続くような暗く長い通路が真っ直ぐ続いているが、前方には魔物の気配はない。
最後の魔王戦ともなると強敵が立て続けに現れ、死闘を繰り返すものだとばかり思っていたが案外静かだ。
エルが言うには僕が凄い勢いで魔物を倒し回っていたので、本来は魔王の側にいるはずの魔物も外に出てきてしまったそうだ。
そして既に僕が倒してしまっているので、ここはすっからかんになっているらしい。
史実にない強敵の魔物がたまにいるなあと思ったら、あれは魔王の側近だったのか。
殆ど何もしないまま、最奥に辿り着いた。
地下とは思えない広い空間の壁一面に絵が描かれている。
古い壁画だ。
まるで教会の中にいるようだ。
何も無い広い場所に、ポツンと立っている人影があった。
僕よりも背丈の小さい聖女に近い人影だが、気配は確かに魔王だ。
「え……アリア?」
二つに分けて結った赤い髪に新緑の若葉のような瞳――魔王はアリアの姿をしていた
「な、なんで?」
僕は静かに泣いた。
久しぶりにアリアの姿を見ただけで自然と涙が出た。
「ルーク様! あれは魔王です!」
「分かってるよ!」
分かってるけど、視界にアリアの姿が映るだけで泣けてくるんだから仕方ないじゃないか!
「ははっ! 確かにお前が最も恐れる存在だ」
「え?」
不安そうな聖女とジュードとは違い、エルは楽しそうに笑っている。
「魔王は恐怖の象徴でもある。魔王は対峙する者が恐怖を抱く姿をとる。禍々しい魔物や屈強な肉体の大男が多かったが……か弱き小娘は初めてだな」
それは……僕がアリアが怖いって思っているから、魔王はアリアの姿になったってことか?
「アリアには絶対言わないでくれよ!」
確かに色んな意味で怖いことは確かだけど、僕の一番怖いことはアリアを失うことだ。
単純に怖いということではないんだ!
遠いハイデ村にいるアリアに向けて心の中で叫んでおいた。
ああ、魔王がアリアの姿をしていたとバレたら凄く怖いな。
「おい、勇者。これで我とは仕事納めだ。しっかりやれよ」
「ああ」
エルの言葉に頷き、聖剣の柄を握り直した瞬間、黒い炎のようなゆらめきが魔王の身体を包んだ。
――来る。
悟った瞬間には、アリアが邪悪な笑みを浮かべてこちらに向かってきていた。
「わあああ! あれ……凄い怖いんだけど!!」
「しっかりせい!」
物理的な攻撃より視覚での攻撃力の方が断然高い。
聖獣に聖女とジュードは任せ、僕は魔王に専念する。
魔王は緑色の瞳を不自然に光らせながら僕を真っ直ぐ僕を見据え、駆けてくる。
両手から交互に放たれる黒い風の刃は一発でも当たると死ぬだろう。
下がって回避をしながら、避けきれないものは聖剣で弾く。
「ぐっ……ご丁寧に、あの風の刃は腐敗の呪いまでかかっておるようだ。我もあれを弾き返し続けることは難しいぞ。お前も生身で当たれば、死ぬ上にアンデッド化間違いないなしだ」
「うわあ……でも都合がいいかも?」
死んだらアンデッドになって帰って来いと言われているから丁度良いか。
まあ、死ぬつもりはないけど。
この魔王を倒したら終わりだ。
生きて魔王じゃないアリアの元に帰るんだ!
……本当に、聖剣とも仕事納めだ。
「エル、最初は折って悪かった」
魔王の執拗な攻撃を避けつつ、得体の知れない黒い棒だったエルを真っ二つに折ってしまった時のことを思い出した。
「今では良い笑い話だ。後生に語り継いでやろう」
「やめてくれよ」
聖剣を折った勇者、なんてことを歴史に残されたら困る。
エルと軽口を交わしながら戦うのはいつものことだ。
油断してしまうこともあるし、煩い聖剣は黙っていろと喧嘩をすることもあったけれど、肩の力が抜けるので本当は助かっている。
今も固くなりそうな動きを和らげてくれている。
「なんか思ってた魔王と違うけど、思ってた以上に戦いにくい!」
攻撃を避けながら反撃するため、間合いを詰めようとするが踏み込めない。
当たったら終わりのこの状況を切り崩すのが難しい。
それなのにスカートが捲れそうになったら気になってしまう自分に腹が立つ。
「ああ、もう!」
光の盾を突き出すように出現させ、魔王を身体ごと弾き出すと同時に自分は後退し、間合いを広げた。
後方に吹っ飛ばされた魔王は、顔を歪ませ、咆哮を上げた。
……アリアの顔でそれはやめて欲しいなあ。
そんなアリアは見たくない。
早く決着をつけなければと聖剣を握り治したところで、魔王を包んでいた炎のような揺らめきが四方に散った。
それは床に着地すると黒い人型の影になった。
「面倒臭いな」
影の全てに敵意が見える。
殲滅対象が増えてしまった。
「あっちは任せろ」
聖獣と聖女を守っていたジュードが影に向かった。
あちらにも腐敗の呪いはあるようだが、ジュードは怯まずに影を斬り消していた。
さすが父さんの後輩騎士団長、任せても大丈夫そうだ。
聖女と聖獣も影の始末に乗り出した。
「お前は我と共にあれに集中しろ」
「そうさせて貰う」
影が順調に減らされているからか、魔王には怒りが見えた。
アリアが激怒しているみたいだから怖いって!
でも早く本物に会いたいという活力になった。
魔王が黒い刃を放ち、僕がそれをかわす。
隙を見て踏み込んだ僕が、浄化と光魔法を纏わせた聖剣を魔王に叩きつけ、切り崩す。
魔王を完全に倒すには、聖剣で魔王の核――心臓を貫かなければならない。
偽物だと分かっていてもアリアの胸に剣を突き刺すなんてしたくない。
僅かな迷いが隙を生み、魔王に反撃の猶予を与えてしまう。
そしてまた魔王の黒い刃の攻撃が始まる。
僕と魔王の応酬は延々続き――。
「僕はもう帰るんだ!!!!」
聖剣がもはやアリアの姿ではなくなった、かろうじて人型をとる黒い魔物の中心を貫いた時には、遺跡に辿り着いてか丸一日経っていた。
「……体力をつけておいて良かった」
拡散し、光となって散っていく魔王を見ながら僕は倒れた。
ああ、やっと動かなくてよくなった。
背中に感じる石の床の冷たさが気持ちいい。
常に黒い風の刃を避け続けながらの戦闘は辛かった。
刃が掠った時には本当にアンデッドになるかと思った。
呪いをすぐに解いて回復してくれる聖女がいてくれてよかった。
ジュードが影を始末してくれなかったら魔王に集中出来なくて殺られていただろうし、二人がいてくれてよかった。
聖獣にも助けられたし、ボロボロになってしまった聖剣にも感謝しなければ。
「……エル、大丈夫?」
「あまり大丈夫ではないな」
もう折らないように気をつけていたのに、剣先が欠けるように折れてしまった。
「お前に真っ二つにされた時よりはマシだ」
「そっか。……ごめん、今直せないや」
折れたときは名前を呼んだだけで戻ったが、今は僕の力が残っていないから無理だった。
「あー……やっとアリアに会える……」
僕を覗き込む聖女とジュードの顔をぼんやり眺めながら、僕の意識は途絶えた。
「……?」
目が覚めると、女神が描かれた綺麗な天井と薄い布が何重にも重なった鬱陶しそうな天蓋が見えた。
無駄に豪華なこの景色は城の中だとすぐに分かった。
魔王を倒してから気を失った僕は眠り続けていたらしく、聖獣と火竜によって城に連れて来られたらしい。
十日間眠っていたそうだが、身体が重いなんてことはなくすっきりしていた。
そういえばエルを直してやっていなかったはずだが、どうなっただろう。
魔王を倒したから聖剣はもう眠ったのだろうか。
「エル」
「なんだ?」
呼んでみたら、寝ている僕の横で人の姿のエルが横たわっていた。
「……」
「ほら、随分前に添い寝してやると約束してやっていたが、まだだっただろう?」
「永遠にいらなかったよ」
人の姿には触れられないが、あっちへ行けと振り払いながらベッドを下りた。
寝起きから気持ちが滅入ることはしないで欲しい。
さて……僕は魔王を倒した……倒したよ……倒しました!!
「帰る!!!!」
「まあ、待て」
すぐに火竜を呼ぼうとしたら、部屋に誰かが入って来た。
旅をしていたときよりも身綺麗にしているジュードだった。
「出稼ぎなんだろう? 稼ぎを貰っていかなくていいのか?」
「ああ、そうか! ……一旦帰ってから来たら駄目か?」
結局六年かかった。
十年よりは短くて済んだが、僕の中の予定より一年も多い。
僕の我慢はもう限界だった。
「すぐに終わる。今から謁見するから着がえてくれ」
「本当だな!? 今日中の終わらなければ絶対に暴れるからな!」
「お前がこれ以上堪えられないというのは分かっているさ。……オレはな」
ジュードが分かっていてもなあ。
嫌な予感は止まらないが、僕が帰ろうと思えば勝手に帰ることも出来るはずだ。
ひとまずは大人しく従うことにした。
ジュードの後を追い、入った謁見の間。
聖女も先に来ていたようで、相変わらずお腹の出た服を着ていた。
旅立った頃より成長した聖女は、色気が出てきたと自分で言っていたが、それは間違っていないようで謁見の間にいる男は聖女を盗み見ることに必死になっていた。
中には聖女の好きそうな美形の騎士もいるから聖女にも春が来ればいいなと思う。
そしてまだ少し残っているという僕と聖女に関する噂が消えればいいな。
ここ何度か来たが、視界に入るもの全てが高級で煌びやかな空間に目がチカチカする。
田舎者には落ち着かない空間だ。
ジュードの真似をして片膝をついて跪く僕の先には偉そうに椅子に座っている家族がいる。
この国で一番偉い家族だ。
一番大きな椅子に座っている王が何やら「勇者よお疲れ様」といった内容の話をしているが長い。
お金だけください。
早く帰りたい。
まだ寝ぼけているのか、欠伸をしそうになったのだが「褒美」と聞こえたので顔を上げた。
どれくらいくれるのかな、アリアが喜ぶくらい欲しい。
でもあまり多くありすぎると大きすぎるレッドヴェルスを獲ってきた時のようにきっと怒られる。
家が一軒建てられるくらいは貰ってもいいのかなあ、なんて思っていると、偉い家族席の両端に座っていた子供達が立ち上がった。
どちらも十代後半だろう。
こんな子達いたかな? と思ったが、そういえば旅立つ前にロイくらいの子供はいたなと思い出した。
ということは、ロイもこの子達くらいには大きくなっているのだ。
ああ、やっぱり早く帰りたい!
で、いくらくれるんですか?
金額が聞こえるのを待っていた僕に、おかしな言葉が聞こえた。
「私の二人の子供のどちらかと結婚しろ」と、そう聞こえた気がしましたが。
「……」
聖女とジュードに無言で視線を送ったが、逸らされてしまった。
「ぶっ、あははは!!」
腰に下げていた聖剣が爆笑し始めた。
その理由は察している。
報酬の話がお金じゃなかったことに笑っているのではない。
二人の子供が、姫と王子だったからだ。
王様よ、王子が選択肢にあるのはおかしくないですか?
「勇者よ! お前が唯一部屋に入れた者のことを思い出すな! ふははっ!」
あの無駄に綺麗な赤い髪の少年のことか。
最近やっと忘れつつあったのに……!
聖女とジュードの肩も震えている。
エルが言うように、僕の部屋に尋ねてきた者で招き入れたのはあの少年だけなので、追い出しはしたが勇者は男なら部屋に入れる、みたいな噂もあったらしい。
それが王様の耳にも入ったのだと思うが……。
というか、王子も「自分は選択肢に入れないでください」と言わなければいけないところなんじゃないのか?
黙っていてはいけない。
顔が赤いけど、それはいいのか悪いのかどっちなんだ。
姫の方はキラキラとした目でこちらを見てくるけど、あなたもいりません。
「結婚相手なら既にいます。村に妻を残しておりますので、僕は帰らなければいけません。早く報酬をください。金銭で」
無駄な時間を使いたくないので、王様相手だが率直に要求した。
本当に早くお金ください。
「……」
謁見の間にいる全員が無言なのはどうしてですか。
発言権のない人が喋らないのは当たり前だが、喋るべき人は黙らずに喋って欲しい。
「……僕、暴れるって言ったよね?」
「!!」
僕が呟きをぶつけた相手はジュードだが、王様や王様の近くにいる偉い人達の表情が強張った。
早くしてください。
結局、報酬はいいから帰ると謁見の間から出て行く僕に焦った王が、報奨金をくれると約束してくれたが、受け取りや詳細は後日となった。
だったらこの時間はなんだったのだと暴れたくなったが、漸く一度帰ってもいいと許可を貰ったのですぐに帰る姿勢に入った。
まあ、許可なんてくれなくても帰ったんだけどね!
火竜に乗って帰ろうとしたのだが、国内なので転移を使わせて貰えることになった。
終わってから初めて使うとはどういうことかと、迎えに来たあの魔法使いに掴みかかったがへらへらと笑って流された。
彼が務めていた魔法研究所は大きくなっていた。
以前は城の中の一部だったのだが、独立した大きな建物に変わっていた。
そして一研究員だった彼は代表になっていた。
「勇者さまさまだ」
そう言って笑う彼の目つきは相変わらず鋭かった。
魔法の開発が進むに連れて、僕の稼いだお金だけではなく、国も支援してくれるようになったらしい。
でもここまで成長したのは勇者の支援があったからだということで、僕を称えるための銅像が置かれていた。
なんだこれ、凄く嫌なんだけど。
抗議すると嫌がるだろうなと思ってやった、と笑った。
いつか気づかぬ間に銅像なんて粉々にしておいてやる。
「……はあ」
魔法使いが転移の準備を始めるとドキドキしてきた。
六年が経ち、僕は十七歳から二十三歳になった。
アリアは一つ年上だ。
二十代のアリアに初めて会う。
僕のことを好きでいてくれるだろうか。
僕と同じ気持ちでいてくれるだろうか。
……というか、この転移の魔法が失敗して村に着かなかったら、僕は本気で城で暴れます。
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