最終話
「おお」
半信半疑だった転移の魔法は成功したようで、瞬きをしている間に待ち焦がれていた風景が現れた。
視界いっぱいの緑の中に馴染むように存在している古びた塀。
ハイデ村を魔物から守れているのか疑問なくらい頼りないが、昔から大事にされてきた塀だ。
どうやら村の外、塀の外周の前に出たようだ。
古びた塀は子供の僕達には要塞の壁に見えたが、今見ると凭れ掛かっただけで倒れそうだし、こんなに低かったかな? と思う。
懐かしいが、思ったほどではなかった。
死ぬほど長いように思えた六年だが、ここまで戻って来られた今では短く感じているのかもしれない。
塀に沿うように歩き、村の中に入るための入り口を目指す。
オークはもういい歳だから流石に門番をしていないだろう。
「ん? あれ?」
「……え? もしや、勇者様!?」
門に辿り着いた僕を待っていたのはオークではなかったことは正解なのだが、予想外の人達がいた。
僕の顔見知りではないし、村の住民でもない。
彼らは国の兵士だった。
僕を見ると背筋をビシッと正し、敬礼をしてきた。
適当に頭を下げて「お気遣い無く」と通り過ぎたのだが、どうして僕が勇者だと……ああ、そうか。
王に謁見するために着せられていた「いかにも勇者」な格好のままだった。
わざわざまた着がえに戻るのは面倒だからこのまま帰るがちょっと恥ずかしい。
知り合いに会いたいような会いたくないような……少しそわそわしながら村の中を進んだ。
「はっ! 騒がしいと思ったら、帰って来やがったか」
「うん?」
険のある声が背後から飛んできた。
振り返るとそこには、先ほどの兵士達と似たような格好の男が立っていた。
彼らより若いが、良い装備をつけているから上の立場の者だろう。
どこかで見たことがあるような?
「お前、まさか俺を忘れたんじゃないだろうな!?」
そう言って顔を顰める男の歯は一本抜けていた。
「あ、トラヴィスだ!」
「今どこを見て思い出した! ……って聖剣はどうした?」
「聖女に預けてきた」
僕が生きている間は眠らないと言っていたが、聖剣にも色々予定はあるらしい。
何かあったら呼べばすぐに手元に来るし、煩いのがいなくてアリアとの再会を邪魔されないからちょうどいい。
「ルークさん! お戻りになったのですね! 魔王を倒してくださり、ありがとうございました! 流石です!」
「……?」
トラヴィスの後ろから若い女の人が駆け寄って来てお礼を言ってくれたのだが……誰だ?
長い茶色の髪で、顔にはそばかすがあるけど、それが素朴で可愛らしく見える。
「えっとー……?」
「あ」
誰なのか分かっていないと察したその人は、前髪を引っ張って目を隠した。
ああ、この風貌は!
「きのこちゃん!」
「ふふ、その呼ばれ方も久しぶりです」
ズボンにローブ姿の少年のようだったきのこちゃんは、今はスカートがよく似合う素敵な女性になっていた。
「きのこじゃなくなったね」
「ルークさんがきのこきのこと呼ぶからですよ。あのままではいけないと思いまして」
「ご、ごめん」
「いえ、変わるきっかけを頂けて有り難かったです! ルークさんは、その……更に勇者様らしく素敵になりましたね!」
「そうかな?」
「はい、前より逞しくなられたような……」
確かに体つきはここを出たときよりガッシリとしたものになった。
ここを出た頃はまだ成長途中だったから背も伸びたし、毎日戦っていると自然と身体も鍛えられた。
「おい! 下らない話をいつまでしているんだ!」
会話の弾む僕達の間にトラヴィスが割って入ってきた。
なんだ、きのこちゃんが僕を褒めるからヤキモチか?
二人の関係がどうなったのか聞きたいが、聞かなくてもトラヴィスが今はきのこちゃんを女性として認識していることは分かる。
「二人はずっとこの村に残っていたのか?」
「いえ、長い間王都にいました。トラヴィス様は騎士団で部隊長になったのですが、この村の警備を任されて最近戻って来たんです」
「この村に警備?」
「ええ。ここはあなたの、勇者様の大切な場所ですから。勇者様のご移動に不便が無いよう、転移の魔法を使える者も常駐することになっています」
「へえ……」
守ってくれるのはいいが監視されているようで嫌だな。
転移の魔法は僕もこれから覚えるつもりだし、仕えなくても火竜がいるから移動には困らないんだけどなあ。
それにしてもトラヴィスが騎士団に入ったことも知らなかったけど……部隊長か。
「トラヴィス、頑張っているんだね」
「勇者をしているお前に言われても嫌味なだけだ」
言葉では不愉快そうだが、顔はどこか誇らしげだ。
きのこちゃんもトラヴィスに温かい視線を送っている。
ちゃんと胸を張れるくらい頑張ったということなのだろう。
なんだか僕も嬉しくなった。
トラヴィスの後ろにはきのこちゃん以外に、部下らしき兵士が立っていた。
彼は僕を見て目を輝かせると、トラヴィスに興奮した様子で話し掛けていた。
「隊長、勇者様とお知り合いなんですね!」
「ああ。こいつに勝ったことがあるぞ」
「!」
ちょっと待ってくれ、それは僕が下手な芝居をして負けた時のことを言っているのか?
なんという奴だ……折角忘れていたのに!
眠っていた記憶を呼び覚まさないでくれ!
「ル、ルークさん。おうちにはまだ戻っていないのでしょう? 早く行ってあげてください」
「……そうする」
僕の様子を見て、察したきのこちゃんがさり気なく家の方へと誘導してくれた。
トラヴィスは僕を倒した武勇伝を部下に嬉しそうに話している。
「ここは退屈だからな。お前には手合わせして貰うぞ! 今度は手加減するなよ!」
去って行く僕に気がついたトラヴィスが背後で叫んだ。
振り返ると向けられたことのない笑顔でこちらを見ていたので驚いたが、笑顔を返して了承した。
トラヴィスは色々と成長したみたいだけれど僕だって負けていない。
トラヴィスとの手合わせなんて二度としたく無かったけど、今はとても楽しみだ。
村の中は相変わらず長閑だ。
いつも樽の上に座っていたおじいさんがいないから心配になったが、家の中から元気な声が聞こえたから安心した。
中から見る塀の上では、相変わらず猫が日向ぼっこをしていた。
アリアに会いたい気持ちで足は速くなりつつも村の様子を楽しんでいると、また見慣れていた光景に遭遇した。
「こんにちは」
見知った奥様方が井戸端会議をしていたのだ。
集まっている面子が以前と同じなことに「相変わらずだな」と笑いながら通り過ぎようとしたのだが、僕を見てカッと目を見開いた奥様方に腕を掴まれた。
「ゆ、ゆーく様!」
「ゆーく?」
奥様の一人が酷く焦りながら謎の名称を叫んだ。
もしかして勇者と僕の名前が交じりましたか?
「まあ! 本当に帰って来たんだね! すっかり見違えて!」
「握手! 握手しておくれ!」
「わ、私も!」
「はあ……」
そこから何故か握手会が始まってしまった。
騒ぎを聞きつけた他の村の住民達も集まってきて揉みくちゃにされてしまった。
旅立つ前も囲まれたことはあったが、あの時よりも酷かった。
鎧は触られ過ぎてなんだかベタベタするし、マントはよれよれ、髪は引っ張られ……毛を抜かれたような気がするのだが気のせいか?
延々と話し掛けられて切りが無かったので、隙を見て逃げるようにその場を去った。
人目の少ないところを通り、家を目指す。
「わあっ」
目立つ格好をしているのにコソコソと不審者のように進んでいた僕の前に、民家の脇からヌーッと大きな影が現れた。
「何だ? ……って牛か」
牛を放していることはない王都では起きない村らしい驚きだ。
ここは僕が毎朝牛の世話をしていた牛舎から近い。
誰か牛の健康の為に牛舎に入れたままにせず、自由にさせているのかもしれない。
あの牛舎も懐かしいから、一旦家に帰ってから見に来ようかと思っていると、牛の後ろから元気な声が飛んできた。
「おい! ルークか!?」
「おじいさん!」
声の主はリッチが襲撃して来た時、僕が閉じ込めてしまったあのおじいさんだった。
元気そうであの頃と全く変わらない。
着ている服まで変わらないが、服の方がボロボロになっていて笑ってしまった。
この牛はおじいさんの牛だったのか。
昔飼っていたタロウとは違うようだが若くて良い牛だ。
「立派な牛だね」
「お前が守ってくれたタロウの仔じゃ! お前の名前を貰ってルークにしたんじゃ!」
「そ、そうなんだ……」
それはあまり嬉しくないような……。
雌のようなので慣習に倣ってハナコでよかったんじゃないかな。
まだ牛を散歩させるというおじいさんと別れ、再び家を目指して歩き始めた。
「あ、ああああ!!!! ルークか!!!?」
おじいさんと別れてすぐ、遠くから僕の名を叫ぶ馬鹿でかい声に呼び止められた。
……またか。
村の人達との再会は嬉しいが、とりあえずアリアの顔を見させてくれ!
「また今度にしてくれ!」と叫びそうになったのだが、駆け寄ってきた人物を見て思わず顔が綻んだ。
「ジャックじゃないか! 帰っていたのか!」
それは久しぶりに見る親友……いや、悪友だった。
「おう! お前が旅立った翌年にな。帰って来たらお前が勇者になったって聞いてびっくりしたよ!」
そう言っていつものように肩を組んでくるのが懐かしい。
ジャックは僕が旅立つ前に出稼ぎに出ていたから、余計に久しぶりだと感じる。
ジャックは王都で働いていたそうで、勇者の話は時折耳に入っていたそうだ。
「勇者は『ルーク』という名前でど田舎から出てきたってのは聞いていたんだがな、まさかお前とはな! っていうか、お前そんな顔してたっけ」
「そうだよ」
「顔隠すようになってからだから見たのは十年以上前だな。……頼むからおれの嫁には近づくなよ?」
「どういうことだよ」
僕が友人の奥さんに手を出すと思っているのか?
ジロリと睨み、組まれた肩を乱暴に外すと「勇者様の馬鹿力で肩が折れた~」とふざけだした。
ジャックは相変わらずだなあ。
「話したいことは山ほどあるんだけどさ。早く帰ってやれよ! ふはは」
「?」
「お前、聞いてないんだろ?」
「何を?」
「いやいや。それは……な? 吃驚するぞ~」
まだふざけているのかニヤニヤしているジャックに背中を押され、追い出されたように別れた。
言われなくても帰るけど……何だったんだ?
「ルークだあああ!!!!」
家まであと少し、というところで前方から叫び声が近寄ってきた。
考え事をしていて俯いていた顔を上げると、駆けてきた十代後半に見える赤い髪の少年が正面で立ち止まった。
肩で息をしながら満面の笑みを見せてくれるその少年には見覚えがあった。
「ロイ?」
「そうだよ!」
並ぶと僕の胸くらいまでしかなかった身長が鼻のあたりまで伸びていて、目線が近くなっていた。
アリアや父親のクレイさんより高くなっただろう。
「ル、ルーク、おかえりなさい!」
「ただいま。……ってどうした?」
「え?」
ロイの声は明るいが表情は固いし直立不動だ。
「なんで緊張してるんだ?」
「い、いやあ、勇者様だなと思って……」
「それは旅立つ前にも言っていただろう?」
「そうだけど、前よりもっと格好良くなったよ! 覇気が凄くってさ。なんだか気軽に話し掛けちゃいけない気がして緊張するんだ……」
ロイは照れくさそうに頭を掻いているが、僕はそんなことを言われると寂しい。
「弟に緊張されると悲しいな」
「え? あ、そうだよな。おれってルークの弟だよな! ってやめろよ!」
頭をガシガシ撫でると、昔のように手を払われたので嬉しくなった。
ロイはちょっと生意気なぐらいが可愛い。
「ロイ!」
「ん? あ、レナ!」
ロイが顔を向けた先には僕が見たことのない女の子がいた。
ロイと同年代だと思うが、垢抜けていて王都にいそうな可愛らしい少女だ。
少女はこちらにやってくると、ロイに向けてにっこりと微笑んだ。
笑顔を向けられたロイの顔がゆるゆるに緩んでいる。
へえ……。
「ロイ、彼女?」
「ち、違う! 兵士さんの子供で、王都から家族でこっちに来ていて……暫くいるって言うから」
弟の彼女だなんて是非紹介して貰わなければと思って聞いたのだが、責めているわけではないのにロイはごにょごにょと言い訳のように呟いている。
思い切り照れているな。
「? こんにちは」
「……っ」
女の子から視線を感じたので、王都で身につけた勇者仕様の笑顔で挨拶をしたら思い切り顔を逸らされた。
顔が真っ赤だし、この子もロイと同じように照れ屋のようだ。
「ああああルーク! 駄目だぞ! 早く行けよ! まだ帰ってないんだろ!」
「ああ。向かっているところだ」
「今なら皆家にいると思うから!」
僕はお邪魔だったようだ。
またもや追い出されるように早く行けと言われた。
馬に蹴られる前に退散しよう。
初々しいカップルに別れを告げ、再び歩き出した。
ロイと別れるとすぐに、見たくてたまらなかった景色の一部が見え始めた。
一歩また一歩と足を進めるにつれて、見たい景色は広がっていく。
父さんと母さんが僕に残してくれた家だ。
旅立つ前からボロかったからどんな状態になっているか心配だったが、あまり変化はないようで安心した。
畑の前にさしかかったところで、ドサリと大きな音がした。
そちらに顔を向けると地面の上に芋が大量に散乱していた。
今のは芋が入っていたカゴを落とした音だったようだ。
「ルークかい!?」
「おお、派手な奴がいると思ったら!」
カゴを落としたのはシェイラさんだった。
その隣にはクワを持っているクレイさんがいる。
畑仕事をしていた二人が、手に着いた土を叩きながら駆け寄ってきてくれた。
そのまま両手を広げたシェイラさんに捕まり、抱きしめられた。
「無事で良かったよ……よく帰って来たね。おかえり、ルーク」
「……ただいま」
村に帰ってきてから何度か「おかえり」と言って貰えたが、シェイラさんに言われると涙が込み上げてきた。
『母さん』だからかな。
「大活躍だったじゃないか! お前は大したもんだ!」
クレイさんが豪快な笑顔を見せながら、肩をバンバンと叩いてくれた。
「早く行ってやれ。あいつらも待っ……いてっ」
「あんた!」
クレイさんの言葉を遮るように、シェイラさんが蹴りを入れている。
「あいつら?」
「ほら、早く顔見せてやんな」
「はい」
シェイラさんに背中を押されて歩き出す。
僕を見送るクレイさんの顔が、何か言いたげにニヤついていたのが気になったが、もう目前となった我が家へと足を進めた。
「……帰って来たよ」
扉の前に立ち止まり、家を見上げながら呟いた。
遠くから見ていると変わらないと思ったが、近くで見るとやっぱり前よりボロくなっている。
木が朽ちているところが広がっているし、色も更にくすんでいる。
城で早くお金を貰って家を建てなければ。
受け渡しに時間がかかるようなら自分で作る!
火竜に手伝って貰えば遠くからでも良い木を運んで来られる。
新しい家のことを考えていると、早くそれをアリアに話したくなった。
『アリアの気持ちは変わっていないだろうか』とか、『待ってくれていなかったらどうしよう』とか、良くないことも頭に浮かんで緊張するが、思い切って扉を開けた。
「……」
扉を開けた瞬間に「ただいま!」と叫ぼうとしたのだが声が出なかった。
無言で扉を開き、家の中に足を一歩踏み入れ、大好きな赤を探した。
それはすぐに見つかった。
母さんの定位置でもあったいつもの場所に、台所にアリアは立っていた。
食器を洗っているようで、背中を見せているアリアの前ではカチャカチャと音が鳴っている。
家に入った僕に気づかないのかアリアの手は止まらず、こちらを見ることもない。
「……」
声を掛ければいいのに、僕は何も言えなかった。
ただアリアの後ろ姿を見続けた。
アリアの背中まであった髪は短くなり、肩に少しかかるくらいの長さになっていた。
旅の途中贈った髪留めはいらなかっただろうかと思ったが、耳の上辺りに留めているのが見えて嬉しくなった。
アリアの身長は変わっていない気がするし、着ている服も見たことのあるワンピースだったが、なんとなく落ち着きがあるというか……大人になっているような気がしてドキドキした。
早く正面を見たいな、と思っているとアリアの手が止まった。
どうやら食器洗いは終わったらしい。
つけていたエプロンで手を拭くと振り返った。
「おかえり」
アリアは驚いた顔はしていなかった。
見送ってくれた時のような笑顔だった。
どうやら僕が帰ってきていたことに気がついていたらしい。
「ただいまっ」
言葉にしながらアリアの元へ走った。
ほんの数歩だったけれど全力で走った。
「アリア!」
正面からアリアを思い切り抱きしめた。
アリア、本物のアリアだ……間違いなく僕のアリアだ。
「会いたかった……!」
腕の中のアリアが何かもごもご言っている気がするけど、僕は久しぶりのアリアを堪能したくて止まれなかった。
腕に閉じ込めながらも顔をすり寄せて泣いた。
すっぽり治まる小さい身体も、柔らかいこの髪も、全部間違いなく本物アリアだ。
あー……アリアだ……!
「苦しいって言ってるのよ!」
「ぐっ!?」
懐かしい痛みが顎を襲った。
舌を噛んでしまったので二重で痛いが、この痛みさえアリアがそばにいると実感出来て泣けてくる。
腕の力が緩んだ瞬間に逃げ出したアリアは、僕の正面に立つと顔を顰めた。
ああっ、その表情も懐かしくて好きだ。
駄目だ、今はアリアが何をやっても僕の頭が沸くだろう。
「相変わらず力の加減を知らないわね。……たく、一段と厄介な奴になって帰って来ちゃって」
「え? 厄介!?」
浮かれていた熱がサーッと引いていくのを感じた。
こんな奴帰って来なくていいと追い出されたらどうしよう!
焦ってあたふたしていると、そんな僕を見ていたアリアが笑った。
「馬鹿ね。もっと格好良くなったってことよ! 前みたいに、心配で隠しちゃいたいくらいにね」
「アリア!」
「ふふ、これだけ目立っちゃったら隠すのはもう無理ね! 本当に派手なんだから。勇者様?」
そう言って笑うアリアを、今度は力の加減を気にしながら抱きしめた。
今度は問題なかったようで叱られることはなく、アリアも抱きしめ返してくれた。
「いっぱい稼いできた?」
「うん」
「お疲れ様」
「うん」
「生きて帰って来られたわね」
「うん」
「泣き虫なのは変わらないのね」
「うん」
人よりも特別涙腺が弱いというわけではないと思うのだが、アリアが関連すると僕の涙腺は馬鹿になるのだ。
勇者をするのは大変だったが、やっぱり一番辛かったのはアリアに会えないことだった。
これからは一緒にいられると思うとまた泣けてくる。
「うん?」
アリアの背後、階段から視線を感じた。
アリアにすり寄せていた頭を上げてそちらを見ると、二つの視線とぶつかった。
「……」
「……」
子供?
二階から下りて来た様子の二人の子供が、ジーっと僕を見ていた。
赤い髪の男の子と、金の髪の女の子だ。
背格好は同じだし、瞳は二人とも紫で顔も似ている……双子?
歳は十はいかない……五、六歳くらいだろうか。
どちらも可愛らしい顔をしていて、どことなくアリアに似て……え?
僕はアリアの肩を掴んで身体を離し、顔を覗き込んだ。
「え? 何?」
ま、まさか……この子達は……だってここに住んでいるみたいだし……!
「……お母さん」
「あら、あんた達下りて来たの」
「!!」
お、お母さんって言った!
僕の頭は停止した。
何がなんだか分からなくなって来た。
あれ、僕はちゃんと家に帰ってきたよね?
聖獣が作った世界に入ったりしていないよね?
「ア、アリア?」
「何よ」
「お、お母さん?」
「そうよ。お父さん」
「やっぱりそうなのか……お父さ……え?」
あれ、今アリアがお母さんって話をしていたのにどうしてお父さんの話になったんだ……え? え?
「何よその顔。まさか……この子達の父親が分からないなんて言わないでしょうね!」
「え!? いや、その……」
「私の夫はあんたでしょ! 身に覚えはないとは言わせないわよ!」
「え、いや、それは……あり、ます……」
それの身に覚えはあるのだが……。
旅立つ前にアリアを覚えておきたくて、ずっとアリアに張り付いていたらそうなるわけで……。
「よーく見なさいよ」
「可愛い」
どこからどう見ても可愛い子達だ。
それは断言出来るので即答した。
「当たり前よ。あんたと私の子だもん」
「!」
僕達の子供だと言われて興奮するような歓喜のような……とにかく良い感情が湧き出てきたけど……。
戸惑いと驚きも大きくてどうしたらいいのか分からない。
そんな僕にアリアは苛立ったようで、子供のところに僕を引っ張っていくと、二人の子供の頭に手を置いた。
「ほら! 二人揃ってこの綺麗な顔は、誰の血を引いていると思う!?」
綺麗な顔をしていると思うけど、僕が思ったのはアリアに似て可愛いと思ったわけで……僕に似ているのかと言われると分からない。
ただこの子達は、僕が父さんから継いだ金の髪と、母さんから継いだ紫の瞳を持っている。
アリアを疑っているなんてことは全くなかったけれど、あまりにも急で実感がなかった。
でも、この髪と瞳を見て、父さんと母さんの血を感じて、すとんと納得出来た。
そうか……本当に僕の子供なんだ。
「おとう、さん?」
赤い髪の男の子が戸惑いながら僕を呼んだ。
僕は思わずアリアを見た。
「何よ?」
むず痒くて、でもまた泣きそうなくらい嬉しいのだが……。
「こ、この喜びをどう表現したらいいか分からない」
素直にそう口にするとアリアが笑った。
「馬鹿ね。私にしたみたいにすればいいのよ」
アリアは子供達を両手を広げて抱きしめながら、僕の胸に突進してきた。
抱きしめろ、ということらしい。
それが分かった僕は、子供達を僕に渡して下がろうとしたアリアごと捕まえ、三人をギュッと抱きしめた。
「……っ」
アリアを抱きしめた時はいつも幸せだったけれど、今までにはなかった新たな幸せだ。
子供達は戸惑っているようだったが、僕はまた泣いてしまった。
アリアの「あんた達のお父さんは泣き虫なのよ」という声が聞こえた。
その後少しして「……勇者なのに?」という女の子の声が聞こえて笑ってしまった。
「ほら、あんた達は言ってなかったでしょ? 一緒に言うわよ」
自分が勇者だと分かったときは、アリアと離れたくなくて、離れるのが怖くて黙っていようと思ったけれど――。
「「「おかえりなさい」」」
「ただいま」
怖い彼女は怖い妻になって、僕は失うのが怖い大切なものが増えた。
僕は自分が勇者だと黙っていなくて良かったです。
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