後日談

子供達が可愛くて辛いです

 魔王討伐を終えて家に帰ると、予想外の新しい家族が僕を待っていてくれた。

 愛しいアリアが生んでくれた僕達の子供、これ以上ない宝だ。


 二人は双子で、先に生まれたのは男の子で名前はエミール。

 少しだけ後から生まれたのは女の子でグレイス。

 二人の名前は僕達の結婚式で聖獣が贈ってくれた祝福からとったらしい。

 雪の様な光が『グレイスの雪』と言われていて、父さんが母さんに贈った花の名前が『エミール』なのだそうだ。

 勝手に決めてごめんと言っていたが、凄くいい名前をつけて貰ったと思う。


 突然父親になったから最初は戸惑いもあったけれど、時間が経つ程に子供達がたまらなく可愛く見えてきて辛い。

 まだ帰って来てから十日も経っていないけど、日に日に愛しさが増していく。


「ルーク、朝早くから何してるのよ……」

「え? あ、うん、ちょっと。ちょっとね」


 牛の世話はいらないようだがかつての起床時間に目が覚めた僕は、息を潜めながらまだ暗い二階の廊下を進み、子供達の部屋にやって来た。

 今はすやすやと眠っている姿を部屋の扉を少し開けて眺めている。

 仄暗い部屋の中では二人の姿をはっきり見ることは出来ないけど、呼吸をしているから僅かに上下している布団を見るだけでも愛しくてたまらない。

 顔の筋肉は使い物にならないようで、顔全体が緩んでしまう。

 そこを僕よりも早く起きていたアリアに見つかってしまった。


「はあ、全く。勇者のこんな締まりのない顔、世間様には見せられないわね」

「もう勇者じゃないから関係ないよ」


 城の人達は「これからも勇者として……」みたいな話を始める時があるが、そういう時は聞かずにすぐにその場を去り、聞く耳を持たないことにしている。

「これからも」なんて冗談じゃない。

 僕の「これから」は家族のためにしか使わない。


「ちょうどいいわ。二人を起こして」

「え!?」

「頼んだわよ」


 戸惑う僕を残し、アリアは一階に下りてしまった。

 どうしよう……子供達は可愛いけれど、正直に言うと接し方がまだ分かっていない。

 嫌われたくなくてビクビクしてしまう。

 こんな朝早くに起こしてしまって嫌われたらどうしよう!


 静かな廊下で呆然としてしまったが、このままだとアリアに叱られる。

 意を決し、子供達の部屋の中に進むと、左右の壁沿いに置かれたベッドの間に立った。


 グレイスは僕と同じ金髪に紫の瞳をしているが、性格はアリアに近い気がする。

 ハキハキと喋るし、元気いっぱいのお転婆で剣士になりたいと言って木刀で素振りをしている。

「おとうさん、剣を教えて!」と笑顔を向けられた時には泣いた。

 父さん! 僕も父さんのように子供に剣を教えるようになったよ!

 帰って来てからの僕の涙腺の故障具合は酷い。


 よし、グレイスから起こそう。

 拳を握りしめてグレイスの眠るベッドへと足を進めた。


 横向きで眠っているグレイスは、揃えた両手を頬の下に敷いて眠っていた。

 天使だ。

 これが天使じゃなかったらなんだというのだ。

 僕はこの天使をこれから守っていく!

 絶対僕より強い奴じゃないと嫁にはやらない!

 固い決意を胸に抱きながら、今はアリアに与えられた使命を全うしようとグレイスに声を掛けた。


「グレイス、起きて」


 揺り起こそうと思ったが、触って嫌がられたら確実に立ち直れなくなる。

 声を掛けただけで起きてくれるかなと顔を覗くと、長い金色の睫毛に縁取られた瞼がぱちっと音が聞こえそうな勢いで開いた。


「あ、おとうさんだ。おはよう!」

「!」


 ああっ、また涙腺が!

 天使の笑顔を向けられただけで涙腺が馬鹿になる。


「もう、おきなきゃだね! わたし、おかあさんのところにいくわ!」


 起きた直後だというのに元気いっぱいなお姫様はぱたぱたと走って一階へ下りていった。

 はあ……なんて尊いんだ……。

 天使に与えられた幸福の余韻に浸りながら、反対側のベッドへと足を向けた。


 エミールはアリアと同じ赤い髪の男の子で、瞳の色は僕と同じだ。

 剣が好きなグレイスとは違って魔法に興味があるらしい。

 母さんが残した魔法書をいつも読んでいる。

 割と難しいことを書いていたはずなのだが夢中で読んでいるように見える。

 文字が読めるだけでも偉いのに……凄いな。


 落ち着いていてどこか大人びているところがあるように見えるが、アリアが言うには僕に似ているそうだ。

「まあ、ちょっと違うけど? 根っこはあんたと一緒」と言っていた。

 それがまだ理解出来ないのが寂しい。

 これから分かっていけたらいいなと思っているのだが……エミールには少し警戒されているような気がしている。

 グレイスはよく話し掛けてきてくれるが、エミールからは話し掛けて貰ったことがない。

 だから今、とても緊張している。


 エミールは布団を頭で被っていて顔が出ていなかった。

 少しだけ赤い髪が見えていて可愛いが、潜っていて苦しくはないのだろうか。

 心配になって少しだけ布団を捲ると、眉間に皺を寄せて難しい顔で寝ているエミールが出てきた。

 この表情……アリアみたいだ!

 ここにも天使がいた!

 可愛い過ぎて思わず壁を殴りそうになったが、風穴を開けるわけにはいかない。

 グッと拳を握り、エミールを起こそうと声を掛けた。


「エミール、起きて。朝だよ」

「すぅー……」


 耳の近くで呼んだのだがエミールの様子は全く変わらなかった。

 どうしよう、全く起きる気配がない。

 揺り起こそうか迷うが、触ったら嫌がられないだろうか。

 男の子だし、気にしないよね?

 何度か呼んでも起きないのでエミールの肩を揺すった。


「起きてよ、エミール。グレイスはもう下に行ったよ」

「……?」


 暫く揺すっていると漸くエミールが薄らと目を開けた。

 焦点の合っていない目で僕を見ると、ゆっくり身体を起こして座った。

 上の服が大きいのかずれて肩が出ているし、髪が爆発している。

 これもアリアみたいだ! うわあ可愛いっ!!

 僕は思わず叫びそうになり、慌てて口を押さえた。


「……ねむ」


 エミールは立ち上がると、僕の横を通り過ぎて扉を目指して歩き出したのだが……ふらふらしている。

 ああっ、転ばないだろうか、ぶつかったりしないか心配だ!


「大丈夫!? 抱っこして行こうか!?」

「……いやだ。小さい子じゃないし」

「! そ、そうだよね。ごめん」

「……」


 エミールは焦る僕をジーっと見ると無言で部屋を出て行ってしまった。

 抱っこだなんて、男の子だし子供扱いされたと怒っただろうか。

 なんだか凄く拒絶された気がする……。


 嫌われた……!

 助けてアリアッ!






 息子と仲良くなる魔法を開発して貰えないだろうかと真剣に考えながら一階に下りると、着替え終わったグレイスがご機嫌な様子でテーブルに朝食を運んでいた。

 エミールはまだ着がえていないし、椅子に座って大きな船を漕いでいる。

 テーブルに顔をぶつけないかまた心配になったが、言ったら更に嫌われてしまうだろうか!


「ルークは何おろおろしてるのよ。ほら、あんたも座って。エミール! 起きなさい!」

「おにいちゃん、そのままだとテーブルにちゅーしちゃうよ!」

「テーブルがすきだからいい……」

「馬鹿なこと言ってないで早く目を覚ましなさい! もうグレイスも運ぶのはいいから、座りなさい」

「はーい」


 僕の奥さんと子供達がきゃっきゃと騒いでいる。

 何なのだ、この癒やしの光景は……!!

 聖剣と聖女のどうでもいい美意識話を聞きながら、特に美味いとも思わない朝食をとっていた間にこんな素晴らしい空間が存在していたのかと思うと、失われた六年間が心底悔やまれる。

 もう終わったことだけど、やっぱり勇者なんてやりたくなかったなあっ!!


 ……うん?

 くいくいと腕を引かれて下を見るとグレイスがいた。


「おとうさんはわたしのとなりね!」

「!! アリアッ!!」


 どうしよう、娘が死にそうなくらい可愛い!

 思わずアリアに助けて叫ぶと、エミールが眠たそうな目を無理矢理開けてジロリと僕を見た。

 う、煩かっただろうか……。


「はいはい、分かったから! 全員早くちゃんと座りなさいよ!!」

「はい!」


 アリアの雷が落ちたので、三人で大人しく席に座って姿勢を正した。

 まだ早朝だが、テーブルの上にはアリアの作った美味しそうな朝食が並んでいた。


『美味しそう』


 これは嘘でもお世辞でもない。

 驚くほど、アリアの料理の腕は上がっていたのだ。

 最初はシェイラさんがこっそり作りに来ているのでは? と疑ったくらいだ。

 なんでも『子供が食べられるものを作れ!』とシェイラさんに鍛えられたらしい。


 旅立つ前には食卓に置くことを規制させられたシチューもとても美味しくなっていて、夕べの残りが今も出されているがいくらでも食べられる。

 アリアが作ると岩石に仕上がっていたパンも柔らかくて最高だし、村長の家のパンに負けないくらいだ。

 お腹も心も満たされる食卓から、幸せな一日が始まった。




 魔王討伐の旅から帰って来てからの僕は無職だ。

 牛の世話や薪割りなど以前僕がやっていたことはロイがやっているし、畑の手伝いは子供達の仕事のようだ。

 家事を手伝おうとすると「それは全部私の仕事だ! 出しゃばるな!」とアリアに叱られてしまう。

 皆は勇者をしていた僕を休ませてくれようとしているようだが……暇だ。

 することがないのは悲しい。


「僕の奥様、仕事をください」

「仕方ないわねえ」


 アリアに泣きつき、朝食に使った食器を洗わせて貰うことになった。

 僕に仕事を奪われたアリアは近くの椅子に腰を下ろし、裁縫を始めた。

 昔は破れた穴を塞ぐくらいしかしなかったのに、今は一から服を作ることが出来るようになったらしい。

 アリアは凄く成長して立派なお母さんになっている。

 シェイラさん達も手伝ってくれたとは思うけど、双子を育てるのは本当に大変だったと思う。

 一番大変な時に手伝えなかったことが悔しい。

 でもこれからは僕がいるから、苦労した分楽をさせてあげるんだ!


 子供達の服もアリアの手作りのものがあるし、今僕が着ているズボンとシャツもそうだ。

 無地の茶色のズボンに白いシャツというシンプルなものだが、派手な勇者の格好よりも何倍も落ち着くし嬉しい。

 アリアは「派手なあんたには合わないわね」なんて折角くれた手作りの服をロイに回そうとしていたけど、僕は絶対に渡さないからな!


 そんな大事なシャツが汚れてしまわないように気をつけながら食器を洗う手を進める。

 アリアが針を動かすのをちらちらと盗み見て癒やされながら、さっきから心の中で引っかかっていることを相談することにした。


「ねえ、アリア」

「うん?」

「僕、エミールに嫌われたかも……」

「はあ?」


 手を止めたアリアが呆れた顔でこちらを見た。

 僕はそれに苦笑しながらエミールを起こしたときに余計なことを言ってしまったことを話した。


「馬鹿じゃないの。あの子は朝に弱いのよ。そんなやりとり、もう忘れてるわよ。それに怒るようなことでもないじゃない」

「でも……」


 グレイスは剣が好きということもあり、すぐに懐いてくれた……と思う。

 女の子だけれど教えないと何をするか分からないから、ちゃんと見てあげた方がいいとアリアに言われて教えている。

 でもエミールは剣には興味がないらしく、グレイスと剣の練習をしていても入ってこないし、あまり会話をする機会がない。


「まあ、グレイスは考えるより行動する子だけど、エミールはそうじゃないから。あの子なりに思うところはあるのかもしれないけど、そう難しく考えることはないわ」

「うん」

「今は一緒にいる時間を大事にすればいいわよ。そうだ。今日はあの子達を連れて出掛けて来たら?」

「アリアは?」

「留守番してるわ。まずはあんたが私抜きであの子達と話すことに慣れてあげて」

「……うん」


 そうだよなあ。

 僕だって慣れてないんだから、エミールだって慣れないよね。

 さすがアリアだと納得しながらも、どこに行こうかと考え始めた。


 ああ、子供達とだけで出掛けるなんて魔王戦の前より緊張する……。

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