第8話

 現れた魔物は、ハイデ村近辺に生息していない強い力を持った魔物のようだ。

 騎士が一瞬こちらを見たが、アリアを抱き上げて走り出した僕を見ると、魔物の気配の方向へと走り出した。

 僕を連れて魔物の対処をしようと思ったが、諦めて一人で向かったのだろう。

 すみません、今は任せます。


「ルーク!? なんなの!?」

「強い魔物が村に来る」

「ええ!?」


 急いでアリアの家に飛び込むと皆は部屋の中で寛いでいた。


「ルーク? どうしたんだい? そんなに慌ててどうし……」

「魔物が村に来るから避難します!」

「え……」


 ――信託があったという勇者とやらはどこだ?


「!?」


 突如村全体に不気味な声が響いた。

 大声を出しているようではないのだが、村の端々まで声が届いている。

 闇の魔法を使っているようだ。


「な、何?」


 静かに響く声の不気味さにアリアは怯え、僕にしがみついてきた。

 クレイさんとシェイラさんも身体を寄せ合った。

 ロイも我慢はしているようだが顔が強ばっている。

 大丈夫、皆は僕が守るから。


 闇の魔法を使った時点で大体察しはついていたが、この気配はやはりリッチだ。

 魔法を使うアンデッドで、魔法使いのなれの果てだと言われている。

 一度下位のリッチと戦ったことがあるのだが、あの時のリッチよりも上位のようだ。

 それと下位の魔物の気配がたくさんある。

 数は変動しているが今は五十体程。

 まだ村から離れているがここを目指していることは明かで、村に侵入してくるのは時間の問題だろう。

 全てアンデッド……ゾンビやスケルトンのようだ。

 こちらはシュトロムの森で息絶えた人達のなれの果てかな。

 アンデッドが相手なら、光の魔法を使える聖女の近くが一番安全だ。


 僕が今すぐにアンデッドの大群のところに行って殲滅してくることも考えたが、数が今も増え続けているから始末するまでどれだけ時間がかかるか分からないし、離れている間に村の中に魔物が現れたら瞬時には対応出来ない。

 だからまずは皆の安全の確保だ。

 今ならまだ充分避難出来る。


「アリア、皆をつれて聖女のところに行く!」

「は? なんで?」

「いいから!」

「ちょっと!?」


 アリアとロイを担ぎ、クレイさんとシェイラさんについてくるように叫んだ。


「アンデッドの魔物が来る! 聖女の近くへ! 宿屋へ逃げろ!」


 村の中を叫びながら宿屋までを突っ切った。

 家の中にいれば凌げるかもしれないが、脆い家が多いから聖女の近くがより安全だ。

 騎士がリッチと戦闘を始めたようなので、リッチがこちらには来ることもなさそうだ。

 今の内だな。


「ルーク様!」


 宿屋に着くと、入り口に聖女が立っていた。

 聖女を頼って既に宿屋に避難をしている村人達の姿もある。

 僕の声を聞いた人達も続々と駆けつけてきている。


「ここに避難を促した。あなたならアンデッドが近づけない聖なる結界を張れるだろう?」

「はい! もちろんです!」

「範囲はどれくらいだ?」

「薄いものであれば広範囲に張ることが出来るのですが……。この宿屋の周囲くらいなら、魔物は絶対に立ち入ることの出来ない強固な結界を張ることが出来ます!」


 なるべく広範囲がよかったのだが……何が起こるか分からないから、結界は強固な方がいい。


「それで頼む。僕は村の人が残っていないか見てくる」

「ルーク様! トラヴィス殿が魔物の元へと……!」

「そっか。騎士様もいるし大丈夫だな!」


 聖女は恐らく手助けしてあげて、という意味で言ったのだろう。

 でもすまないがトラヴィスの面倒を見るのは後回し。


「ルーク! どこに行くの!? そばにいてよ!」


 駆け出そうとするとアリアに腕を掴まれた。

 一緒に宿屋の中に入ろうと引かれたが……スッとアリアの手を解いた。


「ルーク?」

「アリア、ここにいれば何も心配いらないから」

「だったらあんたもここにいるの!」


 僕も出来れば一緒にいたいが……。

 村にはまだ残っている人がいるし、騎士とトラヴィスで魔物を全て倒せるかといえば無理だ。

 必ず被害が出る。

 ……僕が何もしなければ。

 アリアの安全が守られているなら、アリアと過ごしたこの村も守りたい。


「危なくなったらすぐに戻ってくるから!」

「ルーク!」

「聖女様、アリアを頼む!」

「お任せを!」


 僕の名前を叫ぶアリアの声を聞きながら、暗闇に包まれた村を駆け出した。

 目は暗さに慣れ、大体を把握することは出来るが気配の方に集中する。

 ああ、アンデッドの集団が結構近づいて来たな。

 急ごう。

 殆ど避難は済んだみたいだがが……まだ残っている人がいるな。

 人の気配がする牛舎に向かった。




「……おじいさん、何をやってんだよ」


 牛舎に着くと、いつも熱心に牛の世話をしているおじいさんが牛にべったりとくっついていた。


「魔物が来たらわしのタロウが食われる! わしはタロウを守る!」

「……まあ、気持ちは分かるけどさあ」


 細いおじいさんよりも、多分身体の大きなタロウの方が強いんじゃないかな。


「こいつは明日結婚する予定じゃったんじゃ……」

「結婚? ああ、マルタさんとこのハナコを嫁に貰うんだっけ?」


 言い伝えではそういうことを言う人は生き残れないらしいよ?


「そうじゃ、夜が明けたら同じ場所に移す予定じゃった!」

「そっか……まあ、なんとかするから。とりあえずおじいさんは安全なところに行こう?」

「嫌じゃ! わしがタロウを守るんじゃ!」


 そう言うと更にガシッとタロウにしがみついた。

 獣の勘で魔物を察知しているのか落ち着かない様子のタロウにくっつくと危ないよ。


「はあ……」


 これは……無理矢理連れて行かないと駄目だな。

 でも連れて行っても戻って来そうだし、もうあまり時間は無い。

 ……仕方ない。

 このままここで隠れていて貰おう。


「じゃあ、僕は行くけど、誰かが迎えに来るまで牛舎の扉を開けちゃ駄目だよ? 魔物が入れないように結界をしておくから」


 この牛舎を守るくらいの結界なら僕にも出来る。


「ほう。ルーク、そんなことが出来るのか?」

「聖女様にそういうことが出来る道具を借りてきたんだよ」


 ……なんていうのは適当な嘘だけど、出来るだけ僕の能力のことは隠しておきたい。


「そうか。流石聖女殿。ルークもありがとよ」

「まったく、困ったおじいさんだよ」


 こんな状況なのに『ガハハ』と楽しそうに笑うおじいさんを残し、次へ向かった。


 家の中に閉じこもっていた一家に声を掛け、宿屋に向かうように促した。

 走ることが出来ないおばあさん二人を担ぎ、僕も宿に向かう。


「あ」


 走っている途中で、とうとうアンデッドが村に入り始めてしまった。

 宿屋の手前でちらほらと足の早いスケルトンの姿が見え始めた。

 ボロボロの剣を振り上げてこちらに向かってくる。

 手がふさがっているから殴ったりは出来ないが魔法なら使える。

 光の魔法でスケルトンを蹴散らしながらあと少しの距離を走った。


「ルーク、凄いのお」

「聖女様が道具を貸してくれたんだよ」

「さすが聖女様」


 聖女って便利だな。

 これからもどんどん使わせて貰います。


「ルーク様!」


 宿屋に辿り着くと、聖女はまだ入り口に立っていた。

 結界はすでにしっかりと張られているようだ。


「これで全員避難した! 聖女様も中に入って! 僕は勇者の様子を見てくる」

「聖剣はトラヴィス殿が持っています!」

「……」


 使えということか?

 時間が惜しいから何も言わない。

 返事をせず、そのまま駆け出した。


 あとはあの不気味な声のリッチをなんとかすればいい。

 リッチが下位のアンデッドを操っているはずだ。

 リッチを倒せばアンデッドは引き上げるかもしれないし、引き上げなくても統率者がいなくなったら倒しやすくなるし、増えることもないだろう。


 一々倒すのが面倒なので、スケルトンやゾンビの間を駆け抜けながら気配を探る。

 勇者と騎士がリッチと戦っている場所は村の入り口辺りか……。


「……え?」


 リッチとトラヴィス、きのこ君、騎士の他に小さな気配が一つ。

 それの正体が分かると思わず足が止まりそうになった。


「なんでロイがいるんだ!?」


 アリアと一緒に避難させたはずのロイが、リッチの近くに確かにいる。

 サーッと嫌な汗が流れた。

 今は無事のようだが、危険であることは間違いない。

 足を更に速めた。


 村はそう広くはない。

 全速力で向かうとすぐに入り口に辿り着くことは出来たが、状況はあまりよくなかった。


 主力である騎士が倒れていて、その傍らではロイが泣いていた。

 ロイが無事で安心したが……何かあったようだ。


「ロイ!」

「ルーク! 騎士様が! おれを庇って!」


 駆け寄るとジュードは正面から切られたようで騎士服は裂け、腹から血が流れて地面に血だまりを作っていた。

 危ない状態であることは一目瞭然だったが息はあった。

 良かった……気は失っているが、生きてさえいれば大丈夫だ。

 急いで回復の魔法をかけた。

 完全に治す程の回復魔法は使えないが、出血を止めて最悪の事態を防ぐことは出来る。


「騎士様の傷が治っていく……。ルーク、こんなことも出来たのか?」

「聖女様がそういう力を貸してくれているんだよ。それより、なんでお前がここにいるんだ?」

「勇者様の戦いを見たくって……ごめんっ……なさい……」

「謝るなら騎士様にしたらいい。あと、アリア達にも。きっと心配している」

「うん……」


 トラヴィスを見ると、折れて剣先のない聖剣を手にリッチと戦っていた。

 トラヴィスが持っていた高そうな剣も無残な形で地面に転がっている。

 折れているなら強い方を使うという判断をしたのだろう。


 リッチは派手な赤のローブを纏った骸骨で、暗闇の中で妖しく浮かんでいた。

 手には大きな金色の斧と大きな水晶を持っている。

 楽しそうにカタカタと歯を鳴らし、トラヴィスの周りを飛び回っている。


「……遊ばれているな」


 トラヴィスが斬り、当たったように見えてもリッチの身体がふわりと揺れるだけ。

 まるで幻影と戦っているようだが、リッチからの攻撃は確かなもので、当たったトラヴィス、木々や民家は傷ついていく。


「ははは! 摘んでおく程の芽ではなかったなあ?」

「クソッー!」


 トラヴィスは明らかに自棄になっていた。


『勇”者あぁ~~~~!!』

「!?」


 鼻水が出ていそうな程の涙声で聖剣が叫んでいる。


『幾度も魔王を貫いてきたこの我が! こんなリッチ一匹のために折れた無様な姿でブンブン振り回されておる……情けない……うぅ』

「……」


 聖剣なんだから泣かないでくれ……。

 声だけ聞くと美女を泣かしているようで辛い。


「うっ……」


 トラヴィスの体力がとうとう切れてしまったようだ。

 立っていられなくなったようで膝をついた。

 握っていた聖剣もカランと地面に落ちた。


「そんな、勇者様がやられちゃった……」


 ロイが絶望したように呟いた。

 余程ショックなのか流れていた涙は止まり、呆然とトラヴィスを見つめている。


『おお、我から歯抜けの手が離れた! さあ、勇者!! 拾え!! 今こそ我を手に!!』


 一方では希望が見えたような嬉々とした叫びが上がったが……。


「嫌」

『なん……だと……』


 絶対に使わないという意思を込めて、無残に転がる聖剣から目を逸らした。

 そして再開する聖剣の嗚咽。

 緊張感がなくなるから早く泣き止んで!


「これは……! トラヴィス様!」


 あ、きのこ君だ。

 姿がないと思ったら、周囲の魔物を始末していたようだ。

 近くいたはずのアンデッドの気配が完全に消えているので、きのこ君は光魔法が使えるようだ。

 光魔法は僕や聖女は簡単に使ってしまっているけど、中々使い手が少なくて貴重だ。

 よし、魔法使いとしては優秀なきのこ君に皆は任せよう。


「きのこ君! そいつら頼む!」


 膝をついているトラヴィスを掴み、思い切りきのこ君の方に放り投げた。


「ぐあっ」


 地面に転がったトラヴィスが呻いた。

 あ、ごめん。歯は無事?

 ……なんてことを考えている場合ではなかった。


「三人を連れて避難してくれ!」

「え? きのこ? くん? え?」

「ルーク!? 危ないよ! ルークも逃げるぞ! 弱いんだから無理するなよ!」

「僕は大丈夫だ。なんとかするから! ……っておっと」

「ほう? 避けたか」


 話している間にリッチの斧が襲いかかってきた。

 それをかわしリッチと対峙する。

 眼球のない空洞に不気味な紫の光が揺らめいていた。


「ルーク!」

「ロイ、いいから早く行け!」

「俺は……残るぞ」


 ふらふらとトラヴィスがこちらに戻って来ようとしている。

 いやいやいや……足取りがおぼつかない奴にいて貰っても邪魔です!


「あんたはロイを守ってやってくれ! 未来ある少年を守るのは勇者の役目だろ!」

「! ……確かに。だが……」

「余裕があったら戻って来てくれ! 今は人命救護が一番だ!」

「トラヴィス様、ここは一旦引きましょう!」

「……分かった」


 トラヴィスが扱いやすくて良かった……!

 きのこ君に説得され、ロイと騎士を連れて避難して行った。


 ――これで誰もいない。


 何も気にしないで自由に動ける。


「どこに移動しようが一緒。朝には皆死人になり、我々の同胞となっているだろう」


 僕達のやり取りを見ていたリッチがニヤリと笑った。


「それはお断りだな」


 やけにすんなり行かせてくれたと思ったら、そういうことか。

 随分と自信があるようだ。

 こうやって面と向かってみると……案外思ったよりも弱そうだけどね?

 ……そうだ、宿屋で聖女の結界を見たときに思いついたことをやってみよう。


「遠慮はいらん。お前から迎え入れてやろう!」

「わっ」


 言い切るより前にリッチの骨の手が動いた。

 重い斧を持つことさえ困難なように見えるその手から、恐ろしいスピードで金の斧が飛んでくる。

 それは正確に僕の頭を目指していた。


 ……投げるのも有りなのか。

 あんなモノが頭に当たったら、頭部は砕け散って残らないだろう。

 当たったら、の話だが。


 そんなことより――試してみようと思っていたことが邪魔されてしまった。

 上手くいかなかったことにムッとしてしまう。

 次は失敗しないように大人しくしていて貰おう。


「ジッとしてろ」

「カッカッ、そんな拳など……ッガハッ!?」


 僕が拳を振り上げたのを見てリッチは歯を鳴らして笑っていたが――。

 トラヴィスの時のように当たらないと踏み、避けずにいたリッチの固い頬に拳をねじ込んだ。

 防御を一切していなかったリッチの身体が、僕が殴った方向に吹っ飛んで行く。


「残念。当たるんだなあ、これが」


 光属性を纏わせて殴れば当たるというのは下位のリッチで検証済みだ。

 上位だと効かなかったりするのかな、と思ったが問題なかったようだ。

 やっぱりいいよね、素手。

 野蛮らしいけど僕は好きです。


『ゆ、勇者よ、素手で戦うくらいなら我を使ってくれ!』

「嫌」

『何故だああああ!!!!』


 足下に転がっている聖剣を見ると可哀想になるが……。

 でも、聖剣を使ってしまったら勇者として認めてしまったみたいじゃないか。

 申し訳ないが、もう少しそこで大人しく転がっていてくれ。


 吹っ飛んだリッチだったが、地面に着くことはなく空中で立て直した。

 流石に下位のアンデットと同じというわけにはいかないようで、すぐに体勢を整えようとしている。

 本当は気を失うくらいはして欲しかったんだが。

 だが試したいことを実行するだけの時間は作れた。


「聖女の真似事だけど……どうだっ」

「!?」


 再び闇に浮かんだリッチを白い光が覆った。

 こういうのは苦手なのだが上手くいったようだ。


「これは……結界か!」

「ちょっと違うね。檻?」

「檻だと!?」


 聖女様の場合は入れないようにした結界、僕のは出られないようにした檻。

 リッチが腕を伸ばせば両端に手が届くような小さな規模で箱型をしている。


 これはおじいさんを助けるために、さっき牛舎にかけてきた結界とは違う。

 牛舎の方は単純に入れないようにするためだけの結界だが、この檻には浄化の力と光の攻撃魔法が混じっている。

 聖女の結界に浄化がかかっていたのを見て真似してみたくなったのだ。

 光の攻撃魔法を足したので、ダメージを与えられる檻になったはず。

 さっそく試してみたのだが……試すには丁度良いお誂え向きの相手だったな。


「ぐっ……出せ!」


 リッチが檻の中で暴れ始めた。

 斧を振り回しているが、狭いから自分に当たるだけだぞ?

 斧が当たらなくても檻に触れたらダメージになるのに……馬鹿だな。

 まあ、このまま自滅してくれてもいいか。


『そんなまどろっこしいことをするより、我で一刺しすれば済む話ではないか』

「そんなことしなくても始末出来るし。もう終わらせる」

「!」


 僕の言葉に反応したのは聖剣ではなくリッチだった。


「だ、出してくれ! 大人しくここを去ろう! アンデッド共も引き上げさせる!」


 さっきまでの態度は一変した。

 檻から自力で出ることは諦めたのか、焦った様子で話し掛けてきた。

 骨の顔にはないはずの表情が、情けないものになっているように見える。

 リッチの上位だと思ったのだが……案外小物だったのかな?

 配下のアンデッド達には見せられないような醜態だぞ。


「ふうん? じゃあ、とりあえずアンデッドの集団を引き上げさせて。それが確認出来たらここから出してやるから」

「これは契約だぞ! 必ず履行しろ!」

「分かったから早くやって」


 どうして偉そうに出来るのだと思いながらジーッと見ていると、リッチがカタカタと歯を鳴らした。

 暗闇に響く骨がぶつかる音は不気味なはずなのだが……この醜態を晒しているリッチが出していると思うと間抜けな音に聞こえてくる。


「……。……うん?」


 この『カタカタ』は指示を出しているのだと思うが、特に何も起こらない。

 ……ちゃんとやってる?

 何か企んでいるのかと怪しんだが……暫くするとスーッとアンデッドの気配が消えていった。


「引き上げたはずだ」

「みたいだね」


 大人しく引き上げたが、本当に何も企んでいないのだろうか。

 ただ逃げたいだけなのかもしれないが、気を抜くことはしないようにしよう。

 とりあえず、約束通りに檻から出してやることにした。

 檻を消すと、リッチは飛びかかって来た――なんてことはなく、そのまま撤退の様相を見せた。


「ふはは、次はかならず――ギャアアアア!!!?」


 拾っておいたトラヴィスの折れた高級そうな剣に光属性を纏わせ、リッチの急所である頭部を砕いた。

 リッチの悲鳴が止むと、赤いローブや水晶、骨などの『リッチだったもの』はボトボトと地面に落ち……闇夜に消えていった。


 一撃で済んで良かった。

 やっぱり折れていても素手よりは威力はある。


「ふう、終わった」


 思っていたよりもすんなりカタがついた。

 トラヴィスに負けた時の方が辛かったな。


『……』

「?」


 聖剣に目があるのかどうかは分からないが、なんだか冷たい視線を感じた。


「なに?」

『勇者……貴様……魔物を謀るとは中々恐ろしいな……』

「なんでだよ。出すって約束は守っただろ?」


 出してあげるとはいったけれど「逃がしてやる」とは約束していない。

 また来て村を襲われては困るから倒しておいた方がいい。

 今『次』とか言っていた気がするし、正解だったな。


「じゃあ、僕はアリアのところに戻るから」

『な!? 勇者! まさか我を放置していくつもりか! それはあんまりではないか!』

「うるさいよ、声大きすぎ!」


 聖剣はよく叫ぶなあ。

 うるさいのに僕にしか聞こえないとか、とても質が悪い。

 でもまあ、意思があるのに地面に転がったまま放置されるのは可哀想か。


「放置はしないけど、トラヴィスに渡すからね」

『放置よりはましか……。あ、勇者よ、わざわざ拾わずとも我の名を呼べばよい』

「名前?」

『そうだ。我の名はエルメンガルトという』

「『エルメンガルト』? ……えっ!?」


 聖剣の言う通りに復唱すると、目の前に光が現れた。

 無意識にそれを掴んでしまったのだが……。


 握っていたのは剣の柄。

 その白銀の剣は月の光を浴びて見事な刀身を光らせた。

 どこからどう見ても『聖剣』だった。


「直っ……てる?」


 折れていた形跡など全くない。

 完璧な姿で、汚れ一つ見当たらない。

 神聖な空気を纏う凜とした美しさに思わず見惚れてしまった。


「綺麗だ……」

『! 勇者、今……我を綺麗と言ったかっ』

「え? あ、うん」


 いつもの覇気のある女王様のような声ではなく、乙女の様な声に戸惑った。

 聖剣は褒められると弱いのか?

 なんだろう……乙女な感じは調子が狂うからやめて欲しい。


『それにしても……我の名を呼ぶだけで元に戻したか! 貴様、みすぼらしいのに勇者としては中々ではないか!』


 折角綺麗になったのに、やっぱり喋ると威厳が減る。

 あと僕ってそんなにみすぼらしいですか?

 何度か言われた気がするが、僕はそれなりに傷ついています。


「ねえ、力を込めたら直るって言っていたよね? 何もしていないのに直しちゃったけど!」


『うむ、嬉しい誤算だった。漸く元通りだ。良い良い。だがまだ本調子ではない。貴様が使ってこその我だからな!』

「直しちゃったからどこかに置いておこうかな」

『おい……勇者よ……。我の今の気合いの入った言葉を聞いていたか!?』


 聞いていたけど、使わないよ?

 そういう意味を込めて首を傾げるとまたすすり泣きが聞こえた。


『……どうして勇者様は我を手に取らぬのだ? 魔王を倒したくはないのか!?』

「ない」

『何故だ!』


 聖剣に身体があったら胸倉を掴まれていそうだな。

 そのぐらいの剣幕で怒鳴られた。

 このやり取りは騎士ともしたばかりだからうんざりなんだけどなあ。


「勇者なんかやったら……彼女が怒る」

『……。……なっ、そんなこと!?』

「そんなこと、だと!? アリアはなあ、魔王より怖いんだぞ!」

『そんな奴がいるのか……!?』

「うん、凄く怖い」


 一度僕になってみるといい。

 反省して座っている僕を見下ろしているときのアリアは鬼神のようだから。

 アリアの望んでいる返事をしないと怒られるし、よかれと思ってやったことも駄目出しされるし、余計なことはするなと言われて大人しくしていたら何かしろと怒られるし。

 それはもう……怖いんだぞ……。


 そして何より怖いのは……アリアと離れるのが怖い。

 嫌われるのが怖い。


「はあ。……早く戻ろう」


 アリアのことを考えていたら、凄く会いたくなってきた。

 聖剣とずっと一緒にいるのも嫌だし、ここに置いていこうとしたところで足音が聞こえた。


「うん?」


 振り返ると全力で走ってきたのか息は乱れ、髪はボサボサできのこ度が下がったきのこ君が杖を握りしめて立っていた。

 助けに来てくれたのかな?

 きのこ君一人で、一緒に逃げた残り三人の姿はない。


「他の人はどうしたんですか?」


 僕の周りをぐるりと見渡し呆然としていた乱れきのこ君だったが、声を掛けるとこちらを見た。


「三人には近くの家に潜んで休んで貰っています。まだ動けるので支援にきたのですが……さすが本物の勇者様。必要なかったようですね。それに聖剣も元に戻っているとは……」

「……! えっと……」


 本物の勇者といいましたか?

 バレていましたか?

 どう返事をしていいのか分からず、顔を逸らした。


「助けて頂いた時のお礼がまだでした。その節はありがとうございました」

「あ、いえ……」


 助けた時、きのこ君はまだ意識があった。

 やっぱり僕だと気がついていたようだ。


「あの……どうして、本物だと名乗り出ないのですか?」


 杖を握りしめたまま、きのこ君が小さな声で尋ねてきた。

 僕も周りに聞かれたくない話だし、きのこ君に一歩近づいて小さい声で答えた。


「色々事情があって……勇者なんて困るので……」

「……そうでしたか。それでトラヴィス様に譲ってくださったのですね」


 なんとなくアリアが怖いということは伏せて、ぼんやりと事情ということにしておいた。

 聖剣にも『そんなこと』なんて言われたし、黙っておこう。


「あの……でしたら……。凄く図々しいお願いなのですが、このままトラヴィス様を勇者にして頂くことは出来ませんか!? お願いします!」


 そう言うと、きのこ君は深々と頭を下げた。


「……え?」


 なんだって……勇者であることを譲れ、だって?

 そんな……そんな……!


「こちらこそお願いします! どうぞ、お納めください」


 僕も同じように深々と頭を下げ、聖剣を両手に乗せて差し出した。


『勇者ああああああ!!!!』


 僕の両手の上で聖剣が絶叫している。

 耳……というか頭が痛いけど今は気分がいい。

 許せ、聖剣。

 きのこ君に引き取られて幸せになれ!


 ははっ……やった!

 凄く僕に都合がいい展開だ!


「本当にいいんですか?」


 叫び声が止まらない聖剣を受け取ったきのこ君だったが、申し訳なさそうに再度確認をしてきた。


「はい! 利害が一致していますので、お気になさらず!」

『何を言っている! あのポンコツでは魔王を倒せぬぞ!?』


 聖剣までポンコツと言い出した。

 トラヴィスもトラヴィスなりに頑張っているだろうに、可哀想だな……。


「そうですか。そう言って頂けると気が楽になります。ありがとうございます」


 きのこ君は杖を乱暴に腰にぶら下げると、聖剣を大事そうに抱えた。


「この聖剣があればトラヴィス様は勇者になれます。よかった……」


 そう呟いたきのこ君の顔には、安堵の笑みが零れていた。

 何か聖剣が欲しい事情でもあったのかな。

 トラヴィスときのこ君は浄化前の聖剣と一戦交えていたくらいだし、普通に勇者に憧れているというのとは違うのかな。


「勇者にならないと困ることでもあるんですか?」

「え?」

「あ、すみません。立ち入るような聞き方をして」

「あ、いえ……貴族の中ではよくあることなのですが……」


 きのこ君の顔が曇ったから、あまり聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと思ったが話してくれるらしい。


「トラヴィス様は領主をされているお方のご子息なのですが、次男で……。お兄様に比べ、必要とされていない自分に価値を見出したいのです。今はお兄様にご子息が生まれ、トラヴィス様の立場は更に弱くなりました。そんな折に、領主様に『勇者になると期待している』と言われ、送り出されましたので……。勇者になるまで帰れない状況なのです」


 聖職者につてがあったのは父親なのか。

 領主の息子だなんていい暮らしが出来そうなのに大変なんだな……。

 きのこ君はトラヴィスの専属侍従らしい。

 孤児だったが、子供の頃に偶然出会ったトラヴィスが屋敷においてくれるようになったそうだ。

 へえ、いいところもあるんだなあ。


「僕に出来ることがあったら協力しますよ」

「ありがとうございます……あ、きのこ君ってなんですか?」

「え? あ……」


 それは……。

 言い辛くて口には出せなかったが、つい丸い頭をみてしまった。


「……私はマッシュといいます」


 きのこ君は僕がそう呼ぶ由縁を悟ったようだった。

 僕を真っ直ぐに見る目はどことなく冷たかった。


「……すみません」


 でも名前もきのこっぽかった。

 もうきのこ君でいいかな?




 三人が休んでいるという民家に行くと、ロイは膝を抱えて座っていた。

 騎士はまだ意識が戻っていないようだ。

 トラヴィスは意識はあるようだが、ぐったりしていて動く気配がない。


 ロイは僕が名前を呼んでも反応はなく……何かを考え込んでいるようだ。

 自分のせいで騎士が傷を負ったことでショックを受け、まだ立ち直っていないのかもしれない。

 そっとしておいてやりたいがアリア一家が心配しているはずだ。


「ロイ、皆のところに行こう。歩ける? 運んでやろうか?」

「! い、いいよっ!」


 抱き上げて連れて行こうと手を伸ばすと叩かれてしまった。

 歩く元気はある様で、スッと立ち上がると民家を出た。

 僕もすぐにその後を追う。


「……ルーク」

「ん?」


 追いついて横に並ぶと、小さな声でロイが話し掛けてきた。


「……」

「?」


 何か言いたいようだが、次の言葉が待っても出て来ない。

 横を歩きながら顔を覗いたが、こちらを見てくれる気配もない。


「見たんだ……」

「うん?」

「……なんで……ルークが……そうなのに」

「ん?」


 何かを言ってくれたのだが、風に掻き消されるような小さな声で聞き取ることが出来なかった。

 聞き返したが口を開いてはくれず、唇を噛んで俯いてしまった。


 こんな怖い目に遭って、ロイも色々思うことがあるだろう。

 帰ったらゆっくり休ませてやりたい。




 宿屋に着くとわらわらと人が出てきていた。

 聖女は魔物の気配が分かるはずだから、もう大丈夫だということを村人達に伝えたのだろう。

 村の人達はまだ心細そうな様子だったが、それぞれの家に戻って休むようだ。


 アリアの姿を探すと、入り口から少し離れた所で聖女と話をしていた。

 心配になる組み合わせだな、大丈夫か?

 また喧嘩をしていたら大変だ。

 心配になり、駆け寄ったのだが――。


「アリア! ……ぐっ」


 出会い頭の腹パンはやめてください。


「馬鹿ルーク! なんで私のいうこと聞かないのよ!」

「ご、ごめん」


 そうだ、アリアの言うことを聞かなかったのを忘れていた。

 あー……朝まで怒られたらどうしよう。


「あなた……また! ルーク様は勇敢に立ち向かわれたのです!」

「それが馬鹿だって言ってるの!」

「あなたという人は!」

「二人とも落ち着いて」


「あ、勇者様!!」


 周りにいた村の人達の声でトラヴィスが戻って来たことに気がついた。

 さっきは動けずにいたが、今は無事に歩いている。

 回復したようで良かった。


「勇者様! 村を救ってくださってありがとうございました!」

「ありがとう勇者様!!」


 歓声に迎えられ、トラヴィスは嬉しそうだった。

 その後ろを恥ずかしそうに歩いているきのこ君ことマッシュと目が合ったら、こっそりと申し訳なさそうに頭を下げられた。

 気にしなくても良いのに。

 苦笑しながら軽く頭を下げ返した。


「聖女殿、見てください!」


 そう言ってトラヴィスが得意げに突き出したのは、本来の姿を取り戻した聖剣だった。


「聖剣が……!」

「俺が勇者です」


 周りからも「おおっ」という歓声が上がった。

 皆聖剣に見惚れている様だ。


 これでトラヴィスは勇者として認められただろう。

 聖女が僕に付き纏うこともなくなるはずだ。

 そう安心したのだが……。


「……どうやって聖剣は元に戻ったのですか?」


 聖女の凜とした声が静かに響いた。


「そ、それは」

「……」


 聖女の疑いの目がトラヴィスを捉えている。

 周囲からすると聖女が勇者を睨んでいる様に見えて……異様な雰囲気になった。

 これはまずい……!


「リッチとの戦闘の最中に聖剣は目覚めたのでは? 勇者様は勇敢に立ち向かわれていたので!」

「そ、そうだ!」


 僕が慌てて口を挟むと、トラヴィスが乗ってきた。

 きのこ君は戸惑っているが、聖剣を受け取ったならきのこ君がフォローも引き受けてくださいよ!


「……」


 聖女の疑いの目は僕に移った。

 ジーっと見られると、知らず知らずのうちに視線を反対側に逸らしてしまう。


「……違う。……こんなの……おかしいっ」

「ロイ?」


 近くにいたロイが何かボソッと呟くと走り去って行った。

 家に戻ったのだと思うのだが、どうしたのだろう。

 一緒に歩いているときもずっと無口で様子がおかしかった。


「あの子どうしたの?」


 首を傾げるアリアに、僕も同じように首を傾げた。


「あんな弟だけど心配だし、私達も帰ろうか」

「そうだね」

「! お待ちください!」


 聖女が僕達を止めようとしたが、アリアが僕の手を引いてスタスタと歩き出したので僕はそれに従った。

 トラヴィスはまだ疑われているみたいだけど、聖剣があったらなんとかなるだろう。


 というかなんとかしてください。

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