あの時出来なかった冒険②

 村の中は家から漏れる光で辺りを確認することが出来たが、森の中ではそうはいかない。

 家まで戻るのは面倒だからと、ジャックが近くの親戚の家からカンテラを二つ持ってきた。

 カンテラの光は弱く足下くらいしか照らすことは出来ないが、雰囲気があっていい。


 昼間はトラヴィスや彼の部下達が門の辺りに立ってくれているが、今は誰もいない。静かだ。

 子供の頃は突破することの出来なかった門を難なく通過する。

 要塞の壁の様に見えていた古びた塀も、今は小さくて頼りない。

 夜の物悲しさと相まって、時の流れが寂しく感じる。

 あの頃に戻りたいとは思わないけれど、失ってしまったものを思い出すとせつない。

 いや、今はジャックと楽しい冒険に出掛けるんだった。

 感傷的になるのはよそう。

 気持ちを切り替え、隣のジャックに声を掛けた。


「目的地ってどこだっけ?」

「覚えてない。っていうか、決めてたっけ?」

「……え?」


 ジャックの言葉に思わず足が止まった。


「じゃあ、今どこに向かっているんだよ!」


 スタスタと歩いて行くから、てっきり目的地を把握していると思っていた。


「んー、適当」

「……」


 ああ、思い出したよ。

 子供の頃からジャックはこうだった。

 僕もきっちりとした性格ではないが、ジャックは僕以上に行き当たりばったりな奴だった。

 目的地が分からないのに、『あの時の計画を実行』なんて出来ないじゃないか。


「なあ、計画書を作っただろう? 『おれたちのかんぺきなけいかく!』ってジャックの汚い字で書いたあれだよ」

「そんなのあったっけ?」

「あったよ! 残しておいたらバレるからって燃やしたけど。その時に『火を使うな!』って叱られただろう?」

「ああ! あれはお前が家の中なのに魔法で燃やすから! お前が悪いんだよ!」

「はあ!?」


 僕はジャックの言い草にカチンと来た。

 あの時はジャックのお母さんに物凄く叱られ、家に帰ってからは母さんにも泣くまで叱られ、散々な目にあった。


「燃やせって言ったのはジャックだっただろう!?」

「言ったけど、まさかその場ですぐにやるとは思わないだろう!」

「早く証拠隠滅! って急かしたじゃないか!」

「急かしてない!」

「急かした! すぐにやれって言った! じゃないと僕が家の中で魔法を使うことは絶対ない!」


 僕は絶対引かない!

 昔の事だからって流しはしないぞ!

 ムキになって言い返すと、ジャックも同じようにムキになって言い返してきた。

 腹立つっ!


「言ってない! お前が勝手にやったんだよ! おれは知らないね」

「はあ!? 言った! 絶対に言ったからね!」

「おい! 貴様ら、何事だ! ……って勇者?」


 村の方から声をかけられた。

 振り向くとそこにいたのはトラヴィスだった。

 防具を着けていない軽装だが、しっかりと剣は握りしめている。


「トラヴィス? どうしたんだ? あ、見回り?」

「違う! 騒々しいから何事かと確認に来たんだ!」

「あー……ごめん」


 トラヴィス達は門から近い民家を借り上げて宿舎にしている。

 言い合っている声が届いてしまったようだ。

 意地になって言い返してしまってかなり時間も経ってしまっていた。

 ……僕達は何をやっていたんだろう。

 ジャックも我に返ったようで溜息をついていた。

 お互い成長したのか、していないのか分からなくなってしまった。


「ルーク、とりあえず進もう」

「どこに?」

「そりゃあもちろん……真っ直ぐだ!」


 そう言うとジャックは人差し指でビシッと暗闇を指した。

 風で木々が揺れる音はしているが何も見えない。

 思いっきり適当だ。

 戻ってくる時の事とか絶対考えていない。

 まあ、なんとかなるとは思うけれど。


「僕、ジャックのそういうところ好きだよ」

「照れるぜ」


 褒めてないんだけどな。


「おい、どこに行くんだ?」


 漸く冒険へと一歩踏み出したところでトラヴィスに止められた。

 僕が魔王討伐に旅立つ前には見なかったキリッとした顔つきをしている。

 部下に指示をしている時の『隊長』の顔だ。

 感心している僕の隣でジャックが得意げに言った。


「冒険!」

「は? こんな時間にか? 危険だ、やめろ」

「隊長さん、勇者様がいるから大丈夫だって!」


 ジャックが得意げに僕の肩を叩いた。

 やっぱり僕に全部丸投げか。

 それを見て顔を顰めていたトラヴィスだが、「はあ」と溜息をつくと僕達の隣に並んだ。


「俺も行く」

「なんだ。トラヴィスも冒険したいのか」

「ああ、隊長さん。子供の頃とか友達いなさそうだもんなあ」

「ジャック、それは言わないであげてくれよ」

「お前達と一緒にするな! それと人のことを可哀想な子のように言うな! 俺は村の治安を預かっている責任者としてついて行くだけだ」

「おお、偉いね」

「……勇者。お前、馬鹿にしてるだろう」

「え? してないよ?」


 立派になって、と改めて感心したんだ。

 きのこちゃんも喜んでいるだろう。


「行くならさっさと行くぞ」

「隊長さん、凄いやる気じゃん! あんまりはしゃぐなよ!」


 ジャックはトラヴィスの肩をバシンと叩くと、先頭をきって歩き始めた。


「……」


 トラヴィスは僕に文句を言いたげな目を向けてから、ジャックの後を追った。

 うん、なんかごめん。





 三人で適当に纏まりながら夜の森を進む。

 木の生えている間隔が狭いため、真っ直ぐ進むことが出来ない。

 もっと歩きやすいところがあるのだが、ジャックの言う『真っ直ぐ』を進むとこんな有り様だ。

 やはりカンテラが照らし出す範囲は狭い。

 ジャックは足下を照らすと横から伸びてきた蔦や枝に引っ掛かり、灯りを持ち上げると木の根や石に躓くため、悪戦苦闘しながら歩いている。

 「鬱陶しい! 歩きづらい!」と文句を言っているが、案外楽しそうだ。

 静かな森にジャックの声が響いている。


「ああ疲れる! ルーク、涼しい顔してるけどお前だけ楽な道通ってない?」

「何言ってるんだよ。隣にいるだろ」

「そうだな。さっすが勇者様だな。おれ達はしんどいよなあ、隊長さん」

「俺はお前側なのか!?」


 歩き始めて少しの時間でジャックとトラヴィスはかなりうち解けている。

 まあ、ジャックが一方的に構っているだけの気もするが。


「っていうかさ、おれ達武器とか何もないよな」

「え、今更それ言う?」

「……」


 それ、出発してから言うこと?

 何かあったら僕に任せようと考えているから装備については言わないかなと思っていたが、単純に何も考えていなかったのか?

 トラヴィスが目を見開いてどん引きしてる。

 そうだよね、普通は無防備で夜の森に出るなんて自殺行為だよね。

 この辺りにいる魔物なら素手でなんとかなるが、何もなくて心細くなるならあった方がいいか。


「なくても大丈夫だと思うけど、欲しいなら出すよ。エルメンガルト」


 名前を口にした瞬間、手に馴染んだ感覚が表れた。

 カンテラの弱い光の中でキラリと輝く、黙っていれば美しい剣。

 戻って来て聖女に託してからは聖剣を見ていなかった。

 久しぶりに呼び出した聖剣はなんだか機嫌が悪かった。


『なんじゃ、勇者よ。魔王は倒したというのに突然呼ぶとはけしからん。我は眠い。再び長き眠りに入ると言うたであろう』

「僕が生きている間は寝ないんだろう? 別に寝ててもいいし。ちょっと付き合ってよ」

『お前は……。はあ、全く』

「え……それって、聖剣!? 喋ってる!!」


 ジャックが足を止め、目を輝かせながら叫んだ。

 僕とトラヴィスも足を止めた。


「すげー……」


 ジャックの目は聖剣に釘付けだ。

 ジャックの絵に描いたような羨望の眼差しを受けて、聖剣の機嫌が回復していくのを感じた。

 いいぞ、ジャック!

 もっと崇め奉ってやってくれ!


「はい、ジャック」

「ええ!? おれが触ってもいいのか」


 ジャックに聖剣を差し出してやると、服で手をゴシゴシと擦って汚れを取ってから恐る恐る受け取った。


「わあ……」

『ふむ……』


 ゆっくりと月明かりを浴びせるよう聖剣を空に掲げたジャックはうっとりとしているが……。

 そのジャックを見て聖剣が考えていることが僕には分かる。

 いつもの失礼なあれ。

『審査』と銘打った値踏みだ。


『並』

「え!? 何が!? 分かんねえけどなんか腹立つ!」


 ジャックはさっきまでとは打って変わり、聖剣をガチャガチャさせながら僕に渡してきた。

 ジャックと聖剣って馬が合いそうだけどな。


『お? 歯抜け勇者ではないか!』

「歯抜け勇者!?」


 あ、そうか。

 本人が聞いたのは初めてなのか。

 目の前で何度も歯抜け歯抜けと言っていたのに驚かれるなんて変な感じだ。


『ほう。以前よりマシな面構えをするようになったではないか』

「え? あ、そう、か?」


 トラヴィスは歯抜けと言われたり褒められたりであたふたしている。


「もう、早く行こうぜ!」


 そしてジャックはまだちょっとご立腹だ。

 ジャック、聖剣の言う『並』はかなりいいからね?

 大体『論外』だから。


 結局聖剣は僕が持つことになった。


 再び進みにくい森の中を歩く。

 聖剣は光っているわけではないのだが、妙に周りが明るくなったように思える。

 性質というか人柄というか、そういうものが醸し出しているのか、はたまた聖なる剣として放っている空気がそうさせているのかは分からないが、少し皆の足は軽くなった。

 歩きながら聖剣に今は冒険中だと言うと『子供か』と笑われた。


 特に目的地もないため、どこまで進むか話し合っていたその時――。


「ジャック、止まって」

「うえっ!?」


 音もなく飛びだして来た影があった。

 それはラッシュボアという猪に似た魔物だった。

 身体は猪より一回り大きいのだが俊敏で、その存在に気がついた時には間合いを詰められていることが多いので注意が必要な相手だ。

 ただ、対処は簡単だ。

 猪は直進しか出来ない言われたりするが、本当は立ち止まることも向きを変えることも出来る。

 けれどこのラッシュボアの場合は、標的を目指して突進している間は本当に真っ直ぐにしか進めない。

 だから直線上から回避することさえ出来れば、勢いを失って戻ってくるまでの間、余裕が出来るのだ。

 ラッシュボアはジャックを目指して突進して来ていた。

 ただ、木々の間が狭く真っ直ぐ走ることの出来る空間が少なかった為か大した突進ではなかった。

 ジャックを呼び止め、後ろから身体を引っ張る。

 ジャックの身体が後ろにずれた瞬間、そのまえをラッシュボアが駆け抜けて行った。

 すぐにその姿は見えなくなったが、弱い突進だったためすぐに止まることが出来たようで気配は近い。


 さて、どうしようか。

 ラッシュボアは残念ながら美味しくない。いらない。

 村の驚異になるなら駆除をしておくが、ラッシュボアはこの辺りではよくいる魔物なので村の人達も対処の仕方を知っているし、腕試しや修行のために狩っていたりする。

 だったら無闇に始末することもないかと、引き返して突進してきたラッシュボアに聖剣を向け、剣身の腹で一叩きして気絶させた。


『全く、我は棒ではないぞ。獣臭くなるではないか。こういう時こそお前の常套手段を使わんか!』

「殴れって? でも、ちょうどいいのを持っていたから」

『だから我を棒のように言うでない!』

「はいはい」


 まだ何やら喚いている聖剣を無視しながらジャックへと足を向ける。

 ジャックはボーッと突っ立っていた。

 よく目にするラッシュボアとはいえ、カンテラの光しかない暗い森の中で襲われたからびっくりしたのかもしれない。


「大丈夫?」


 目の前まで行って顔を覗き込むと目が合った。

 その瞬間ボーッとしていた顔がぱあっと明るくなって――。


「かっけぇ……勇者様抱いて!」

「……」


 僕は飛びついてきたジャックを無言で引き剥がした。

 ああ、鳥肌がっ!


『勇者よ。友人は選ぶべきだぞ』

「……僕は今日親友を失ったよ」

「ちょ、冗談だって! いや、なんかさ、おれが何がなんだか分からないうちに倒しちゃって凄えなって! 分かってたけど、お前ほんとに勇者なんだな!」


 凄いと言ってくれるのは嬉しいが、笑えない冗談はやめて欲しい。

 顔を顰めているとぽんとトラヴィスに肩を叩かれた。


「ラッシュボア程度なら俺でも対処出来たからな」

「なんの自己主張だよ」


 ラッシュボアも出たことだし、引き返すことにした。

 暫くは目を覚まさないだろうし、目が覚めても襲ってくることはもうないとは思うが、そろそろ時間的にも戻った方がいいだろう。


「うん?」


 村の気配を目指そうと周囲を探ったところで気がついた。

 微かに不思議な気配がある。

 この感じは……。


「勇者?」


 それはすぐ近くにある。

 足を進めるとたちまち木が並ぶ間隔は広くなり、僅かに拓けた場所に出た。


「あれ、あそこって……」


 目の前に表れたのは見覚えのある洞窟だった。


「ルーク? おわ、洞窟だ! 知っているところ?」


 僕に追いついてきたジャックがカンテラを洞窟へと向けた。

 だがあまり見える範囲は変わらない。

 よく見えるように僕は魔法で周囲を明るくした。


「おい、そういうことが出来るなら何故今までやらなかった!」

「明る過ぎたら雰囲気が出ないじゃないか」


 ジャックの後ろから現れたトラヴィスが文句を言っているが、それを流しながら洞窟を見ろと指差した。


「ここって聖剣が眠っていたところじゃない?」


 僕の言葉を聞いて、一瞬驚いた表情をしたトラヴィスが辺りを見渡し、頷いた。

 続いて聖剣からも『うむ』という声が聞こえた。

 この場所はもう少し遠くにあると思っていたのだが……真っ直ぐ進んだことで最短距離で来たのかな。


「そういえばトラヴィスの歯はここで抜けたんだろう? その変に転がってない?」

「そうなんだ? じゃあ、おれ探してやろうか?」

「必要ない! あったとしてもどうにならないだろう!」

『元の場所に戻せば良いではないか。お前は顔は悪くない』

「……聖剣ってこんな感じだったのか」


 何やらショックを受けているトラヴィスを置いて洞窟の中を覗く。

 そこは最初に見た時と変わらない様子だった。

 相変わらず綺麗に苔が生えている。

 荒れた様子はない。

 だが……。


「奥に何かいる?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る