あの時出来なかった冒険③
奥にある気配の正体は分からない。
浄化前の聖剣に似ているが……同じではない。
聖剣に何がいるのか聞いても「知らん」の一言で済まされた。
村の近くに正体不明のものがいるのは物騒だ、ということで確認することになった。
「俺から行く。俺は一度入っているしな」
何故か気合を入れて張り切りだしたトラヴィスが先頭を切って入っていった。
その後をジャックがそわそわしながらついて行く。
怖いけどワクワクしている、そんな様子だ。
洞窟の中は月明かりがないせいで完全に真っ暗だ。
カンテラの光では心許ないため、光の魔法で辺りを照らした。
二人に「そんなことが出来るなら何故もっと早くやらなかった!」と怒鳴られたが、カンテラの方が雰囲気が出るからと答えると、ジャックからは同意を得られた。
トラヴィスは舌打ちをして先に行ってしまった。
僕の可愛いお嫁さんを彷彿とさせる態度だ。
あ、帰りたくなってきた。
「カンテラ持たなくてもよくなったのはいいけどさあ、やっぱり狭いなあ。なんか出てきたらすぐに逃げられるかなあ」
「足場はそれ程悪くないから大丈夫だと思うよ」
人が一人通るのがやっとだが、思っていたよりは歩きやすかった。
中もコケに被われていて、何かの虫の鳴き声が響いている。
何かがここを通っているのか、蜘蛛の巣に引っ掛かるようなことはなかった。
それに奥に進むに連れて洞窟の幅は増えていき、五分も歩かない内に三人並べる程の広さになった。
「これは……?」
更に進みやすくなったが、次第に靄のようなものが出てきた。
普通の靄ではなく色が黒い。
ものが燃えて出る煙とは違いムラのない黒。
これも浄化前の聖剣が纏っていたものに似ていた。
段々濃くなって視界が悪くなる。
「風で吹き飛ばせるかな」
「俺がやる」
ぽつりと呟くとトラヴィスが風の魔法をさらっと使った。
「おお」
ただの靄じゃなさそうだから効くかどうか分からなかったが、見事視界は良くなった。
「トラヴィス、魔法も使えるようになったんだ? 凄いじゃないか!」
「……マッシュに習った」
「流石きのこちゃん」
「きのこじゃない! きのこきのこと言うな! 大体お前は前からマッシュに馴れ馴れしい!」
トラヴィスのことじゃないのに叱られてしまった。
「マッシュってあの魔法使いのお姉さんのことだろ? あの人可愛いよなあ」
「!?」
「村の独身連中がお近づきになりたがってんだよ。紹介してやってくんない?」
「するわけないだろう!!」
今度はジャックが叱られてしまった。
だが色々と察した僕とジャックはニヤニヤしながらトラヴィスを見た。
「なんで? なんで紹介してくれないんだ? なあなあ、なんでだよ」
「僕からきのこちゃんに言ってみようかなあ」
『ふふ。良いのう。青臭くて良いのう。だが、グズグズしておる間にかっ攫われないと良いがのう?』
「……貴様ら! ぶっ飛ばされたいか!」
「あれ? 殴るのは野蛮なんじゃなかったっけ?」
「喧嘩に野蛮もクソもあるか!」
そういうのは僕の台詞だった気がするんだけどな。
プリプリ怒りながら進んで行くトラヴィスに続いて再び足を進めると、がらりと様子が変わった。
壁、床天井、全て平らだ。
殺風景な白の廊下が続いていて、神殿と似ている。
更に進むと広さも天井もかなりある大きな空間に辿りついた。
「おわー! 広い!」
ジャックの声が響いている。
城の謁見の間より広いかもしれない。
天井から光が差している場所があった。
外に通じているのかと思ったが天井は塞がっている。
月明かりかと思ったが違うようだ。
何の光りだろう。
「あれは?」
光が差したところには石で出来た建造物があった。
祭壇、かな?
『あれは我が眠る場所だ』
聖剣が呟いた。
その声が妙に寂しげに聞こえて、つい目を反らすように周囲を見た。
ここは何もない。
真っ白で殺風景で……息が詰まりそうだ。
聖剣はここでどれだけの時を過ごしているのだろう。
「……退屈しそうだね」
『寝ておるからのう。退屈することはない。だが、誰かの添い寝は欲しくなるのう。一緒にどうだ?』
「遠慮します」
『それは残念だ』
聖剣の口調はいつも通りだが、今日はとても重く聞こえた。
その時――。
「何だ?」
さっきトラヴィスか風で散らした靄が周囲に発生した。
光りが差している祭壇の元に集まり、何かを形作っていく。
あれは……。
「な、なんだ? 人?」
すかさず僕の後ろに隠れたジャックが戸惑っている。
確かにそれは人の形をしている。
しかも見覚えのある……。
「エル?」
『……』
靄の黒いシルエットしか分からないが、あれは聖剣が人の姿をしている時と同じに見えた。
『……力が強すぎるのも問題だのう』
「え?」
『お前のせいで、余計なものも強くなってしまったようだ。まあ、不必要なものだ。サクッと消してやって……』
――人でいたい
聖剣の声を遮るような声が聞こえた。
その声は聖剣とは別のところから聞こえるのに、同じ声だった。
――どうして私が……
「……これって、もしかして」
『…………』
聖剣を軽く握ったが反応は無かった。
――あの人は止めてはくれな……
『消えろ!!!!』
「……っ!」
聖剣が叫んだ瞬間、身体の力が抜けた。
それと同時に白い光の刃が走り、エルの姿形をした黒い靄を拡散させた。
どうやら聖剣が僕の力を使ったようだ。
勇者である僕が聖剣の力を使うのは通常のことだ。
だが、逆はそうではない。
僕と聖剣は力を共有するような関係だから、聖剣が僕の影響を受けて姿を現したり声を届けたりすることは自然に出来るが、今のように強引に力を引っ張り出されることは僕に負担がかかる。
「……くっ」
「ルーク! 大丈夫か」
思わずよろけてしまったところをジャックが支えてくれた。
トラヴィスも周囲を警戒しながら駆けよってきた。
「あー……大丈夫……。……っ!?」
すーっと意識が遠くなったと思った瞬間、頭の中に光景が浮かんだ。
銀の長い髪に踊り子のような恰好――エルだ。
間違いなくエルだが、地に足がついている。
これは人間の……聖女のエルだ。
エルの向かいには背の高い男の人がいる。
黒髪で逞しい体つきをしている。
彼の顔は見えないが、彼と向かい合って話しているエルは笑顔だ。
見たことのない、花の咲いたような笑顔。
こんな笑顔を向けるのは――彼はきっとエルの恋人だろう。
二人を見守っていると景色が変わった。
白の衣装を纏った神官達がずらりと並び、何か儀式をしている。
神官達の先頭にはエルがいる。
そして、祭壇に奉られた聖剣。
そうか……この儀式はエルが聖剣に身を宿すためのものだ。
ここでエルの人としての生が終わる。
あ、あれは……。
エルの後方で騎士の恰好をした彼が見守っている。
二人はこっそり目を合わせると微笑んだ。
エルが聖剣の元へと一歩踏み出す――。
また景色は変わった。
場所は同じだが、今回の主役はエルではなく彼だった。
以前は騎士の恰好をした彼だが、今日は勇者時代の僕のようないでたちだ。
そんな彼の手にあったのは聖剣だった。
どうやら彼は勇者だったらしい。
聖剣が出来たばかりの勇者――初代勇者はエルの恋人だったのか。
それからも幾つか場面が変わった。
彼は聖剣を手に旅立ち、魔物を倒して行く。
魔王を倒した彼は王都を離れたが、聖剣を預けることなくそばにおいていた。
年をとり、その生涯を終えるまで……。
「おい! しっかりしろ!」
ハッと意識が戻る。
トラヴィスに両肩を掴まれ、揺さぶられていたようだ。
『……すまない』
今見たことを頭の中で整理していると、聖剣が呟いた。
僕の力を使ったことに対する謝罪のようだ。
そんなことは気にしなくて良い。
それより……。
「初代勇者って、恋人だった?」
『……見えたか』
僕の質問ひとつで聖剣は状況を悟ったようで説明を始めた。
この場所は負のものを集める場所。
魔王が現れるまでは聖剣が世界を歪めるものを集めるらしい。
そのため、聖剣は浄化が必要なのだそうだ。
さっきの靄は、この場所に残っていた『聖剣が人であった頃の未練』が僕の力に影響されて現れてしまったそうだ。
「未練?」
年をとっても聖剣と共にあった彼のあの穏やかそうな表情を見ていたため、その言葉は不思議に思えた。
聖剣も……エルもそうではなかったのか?
『聖女をしていた我に、聖なる剣に身を宿せと神託が下った。神託を拒むことは出来ない。彼は名誉なことだと、聖剣となった我と共にあると誓ってくれた。そしてその通りにしてくれた』
「だったら……」
『だが、我は……悲しかった。悲しいと思ってしまった。共にいても、剣と人では……。彼は心は繋がっていると言ってくれた。言葉を交わすことも出来た。だが、身体と身体で触れることは出来ない』
見えた光景の中では幸せそうに見えたが、聖剣へ宿る儀式の中で一瞬エルが目を伏せていたことを思い出した。
目を合わせ、微笑み合っていたその後に。
あの時は、本当の気持ちを押し殺していたのかもしれない。
『我はありふれた幸せが欲しかった。家庭が欲しかった。剣になっては飯も作れない。抱きしめることも出来ない。子を持つことも出来ない。それに……我は残される。一緒に老いることが出来ない。本当は神託を拒んで欲しかった。一緒に逃げよう、と言って欲しかった。だから、勇者であることを拒んだお前には……なんとも言えない思いを抱いた。彼もお前のようであれば良かったと。そんなことを思っていたから、あんなものが出てきたのかもな』
人として生きてきたのに剣になる。
最愛の人とは一緒にいることは出来るけど、人として触れあうことは出来なくなる。
その気持ちを考えると何も言えなくて、僕達は黙ってしまった。
『ああ、勘違いをするなよ? 我はありふれた幸せは得られなかったが、それでも幸せだった。共に老いることは出来なかったが……見送ることが出来た。誰よりも長く――今でも彼が生きていたことを我の中に持っていることが出来る。これはとても幸福なことだ。先程乱してしまったのは、遙か昔の未熟なところを見られて恥ずかしくなった…………ってそこの並小僧は何を泣いておる』
「え?」
「だってよおおおおっ」
横を見るとジャックが号泣していた。
トラヴィスがハンカチを渡している。
ハンカチを持っているなんて、さすが育ちが良い。
「おれ、嫁さん大事にするわあ」
『当たり前のことを言うな。やはりお前は並だな』
「並々言うな!」
ジャックの涙声が響く。
黒い靄はなくなり、気配は何もしなくなった。
「帰ろうか。アリアに会いたくなってきたし」
「そうだな。隊長さんもそろそろ……明日バシッと決めて来たら?」
「そうだね!」
「…………」
トラヴィスは返事はしなかったけれどキリッとした顔をしていたから、本当に明日きのこちゃんとの関係に変化があるかもしれない。
……なんて考えている間に、自分の嫁の名前を叫びながら走って帰ろうとするジャックを慌てて追った。
こら、ちゃんと家に帰るまでが冒険なんだぞ!
「おかえり。遅かったわね」
家に着いたのは日付も変わってからで、皆寝ているかと思ったけれど灯りがついていた。
子供達の姿はないけれどアリアが起きていた。
いつもは寝ている時間だと思うのだが……。
「ただいま。もしかして、待っててくれた?」
「別に! グレイスが破いたスカート縫ってただけよ」
そういうアリアの手には確かにグレイスのスカートがあるし、テーブルには裁縫道具が広がっている。
アリアの隣に座り、アリアが動かす針を眺める。
「ジャックと、あとトラヴィスも一緒に冒険して来たんだ」
「冒険? こんな時間に?」
「うん。楽しかったよ」
「全く……。あんた達はいつまでお子様してるのよ」
「危ないことはしないから大丈夫だよ」
報告したらそう言われるだろうな、と思っていた。
思わず笑ってしまうとキッと睨まれてしまった。
条件反射で背筋がピンとなった僕を見て、アリアは溜息をついた。
「大人になったからって、心配する人がいることは変わらないんだからね」
それは……心配した、と言ってくれているのと同じだよね。
やっぱり起きて待ってくれていたようだ。
「ごめん。気をつける」
嬉しくてニコニコしながら素直に謝ると、アリアはまた針を動かし始めた。
黙ってその様子を静かに見守る。
……上手だな。
グレイスがどこかに引っかけて破れていた裾が綺麗に修復されていく。
僕が旅に出ていた間、アリアはこうやって僕の服も縫ってくれていたんだな。
今はこうやって側で見ていられるのが嬉しい。
「アリア、ずっと一緒にいようね」
「当たり前よ。今度旅立つとか言っても親子でくっついて行くから!」
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