第2話

 ハイデ村を囲う森――そのまんまな通称『ハイデの森』を進むと、森の毛色が少し変わる。

 草木が生い茂っているのは同じなのだが村から遠くなり更に人の気配がなくなるからか、暗さと静けさが増して少々危険な森に変わるのだ。

 『シュトロムの森』と名付けられたその一帯はどこまでも続く無限の森などとも言われ、たまに訪れる商人や旅人にとっては驚異とされているが僕にとって庭だ。

 思い切り剣を振っても好きに魔法を使っても見つからない、自由に遊び回れる広い庭。

 普通に狩りをするならハイデの森でするのだが、人目を気にせず狩りをしたい今日のような時はシュトロムの森に来ている。


 剣士だった父には剣を、魔法使いだった母には魔法を教わった僕はそれなりに強いと思う。

 ハイデの村人達しか比べる対象がいないから自惚れてしまっているかもしれないが、都会に出ても強者の部類になれるんじゃないかなあとは思っている。


「……剣も魔法も、もっと教わりたかったな」


 教えてくれる先生達、両親はもういない。

 僕が子供の頃に大きな山崩れに巻き込まれて呆気なく他界した。

 その時僕も一緒だったのだが、気づけば僕だけ家に帰っていた。

 多分父と母が僕だけ逃がしてくれたのだと思う。

 とても優しくて強い人達だった。

 父の日記や母の魔法書を読んで勉強しているが、もっとちゃんと教わりたかった。


「あ……ちょっと獲り過ぎたかも」


 アリアに喜んで欲しくて黙々と獲っていたら、いつの間に持って帰るのが難しい数になっていた。

 大人が一人入るぐらいの大きな袋がパンパンだ。

 重さ的には大丈夫なのだが、嵩張って持ちにくい。

 まあ、なんとか担いで持ち帰るか。

 今魔物に襲われたら面倒だなあなんて思っていると、それが前振りになったような気配を感じた。


「……うん?」


 まだ遠いところだが、顔を顰めてしまうほど嫌な気配を感じた。

 魔物じゃない、今まで感じたことのない気配の『何か』がいる。

 それと、あと二つ……『何か』と戦っているようだが人間の気配だ。


「うーん、厳しい状況かな」


 それなりに戦える二人のようだが、苦戦しているようで弱り始めている。

 一方の嫌な気配のモノは全く弱っていない。

 気の毒だが、負けるのは時間の問題だろう。

 逃げればいいのに、と思うが逃げる体力もないのだろうか。


「助けに行った方がいいのか?」


 正直に言うと兎肉を持っているからあまりウロウロしたくないし、あまり関わりたくもない。

 でも、放っておいたら厄介な感じのする『何か』が村に来る可能性もある。

 それは良くない。


「始末しておいた方がいいよね」


 気は重いし兎も重いし全く気は進まないが……。

 見知らぬ他人とはいえ、ピンチに気づいておきながら見捨てるのも嫌なので渋々向かうことにした。




「あー……もう限界だな」


 三つの気配の元に辿り着いた時には、決着が着きそうになっていた。

 男が二人、必死に戦っているが動きがかなり鈍っている。

 一方『嫌な気配のモノ』には疲労もダメージも感じられなかった。

 二人にいつでもトドメを刺すことが出来るはずだが、何故だかするつもりはないようで、攻撃をかわしては浅く斬りつけていたぶることを続けていた。

 悪趣味に遊んでいるのだろうか。


 僕はそれよりもまず、この場所が気になった。


「こんなところに洞窟なんてあったっけ?」


 見覚えがある岩壁に人一人通るのがやっとな小さな洞窟が出来ていた。

 洞窟の入り口や見える範囲の内部には苔が綺麗に生えているし、昨日今日出来たような感じではない。

 昔から存在していたかのようにそこに馴染んでいる。

 でもこんなもの、前に見た時は絶対になかった。

 奥深く続いているようで、正面に立って覗いたが暗闇が続くばかりだった。


「うん?」


 この洞窟の気配と二人が戦っている嫌なモノの気配が似ている。

 ここから出てきたのか?


「ぐああああ!?」


 洞窟に興味を引かれている間に一人が倒れてしまった。

 蒼い髪の良い身なりをした剣士だった。

 今は戦闘で汚れているがどことなく貴族っぽい。

 生きてはいるが、気を失った様で動かなくなった。


 以前助けた人に『その強さがあるなら町に出るべきだ!』としつこくされて困ったことがあったから、戦うところを人に見られるのは嫌だった。

 死なない程度に負けて気を失ってくれないかなと、割とひどいことを思っていたら願いが叶った。


 あと一人は立っているがかなり疲れている。

 こっちは貴族剣士の付き人なのだろうか?

 魔法使いのようだが貴族のような立派な身なりはしていない。

 茶色で丸い髪型をしていてきのこっぽい……。

 

 そして……二人の戦闘相手である『何か』を見た。

 それは生き物の様な動きを見せる黒い靄だった。

 密度の高い靄が機敏に動く様子は不気味だ。

 黒い靄がきのこ君が持っている杖にあたると、キンッと剣と交わった音がした。

 二人には切り傷があるし、靄の中には刃があるようだが目では見えない。


「はあ……はあ……このおおおお!!!!」


 倒れる寸前のきのこ君は自棄を起こしたらしい。

 僅かに残された体力で、魔法使いなのに杖を振り上げて黒い霧に向かって行くが……これじゃ自殺だ。

 嫌なモノが見えない刃を向けている気配を感じた。


「ごめん、助けるためだから許して」

「え? っがあ!?」


 普通に助けに行っては間に合わない。

 荒い手法だが、靄に向かって走り出しているきのこ君の身体に、横から蹴りを入れて吹っ飛ばした。

 彼の身体は衝撃でパキパキと落ちている枝を折りながら転がり、木の幹にぶつかって止まった。

 痛そうに身体を丸めて呻いている。

 ……。


「えっとー……ごめん」


 一瞬僕がトドメを刺してしまったかと焦った。

 思っていたより君が軽かったんだ。

 靄の攻撃があたった方が危ないから許して欲しい。


「うっ…………え?」


 呻きながら顔を上げた彼は、僕を見て呆然とした。

 こんなあまり人の立ち入らない森に現れた人間に戸惑っているのだろうか。

 敵か味方か分からない者の登場に困惑しているのが分かる。


「あのままだと危なかったから回避させるために蹴った。敵じゃないから、休んでいていいよ」

「あ……聖……け……」


 聞き取れなかったが、何かを呟くとその人は意識を失った。

 信用して任せてくれたとかではなく、単に限界だったのだろう。


 さて、じゃあこいつをなんとかするか。




『…… …… …… ……』

「……。ごめん、何言ってるか全然分かんない」


 彼が気を失った後、黒い靄の中に確かな実態を見つけた。

 それは靄よりも真っ黒な棒で……思わず掴んだ。


 掴んだ瞬間呪われそうになったから、光属性の魔法で包んだら靄は無くなった。

 そして『何だこれは』と高く上げて眺める僕に、こいつは何か話し掛けてきた。

 声ではなく、頭に直接響くような声だ。

 魔物なのだろうな。

 どうしようかな……。


「折っとくか」

『……! ……ッ ……!!』

「……凄い騒いでるな。でもごめん、やっぱりなに言ってるか分かんないや。それっ」


――バキッ


 魔物の話を聞いてもしかたがない。

 僕は早くアリアの元に帰りたいのだ。


『!!!!!! ……… …… ……』


 折った瞬間、悲鳴のようなものをあげていた棒だったが静かになった。

 死んだかな?

 変な魔物だったな。

 持って帰ったら高く売れるだろうか。

 でも変わった魔物って面倒を起こしそうだから嫌だ。

 これは戦った二人の敢闘賞ということで。

 完全に止まっていることを確認し、二人の間に転がした。

 倒れている二人には回復魔法をかけておいてやる。

 これで自力で移動できるだろう。


 さあ、帰ろう。

 兎肉を背負い直し、愛しいアリアの元へと急いだ。




「た、ただいま」

「……遅い!」


 僕がアリアの元に辿り着いたころには日が沈みかけていた。

 はあ……本当は早く帰ることが出来たのにな。


 黒い棒を始末するためのかかった移動時間が地味に痛手だった。

 あと、兎肉を沢山持っていることを目敏く見つけた村のお母さん達に、譲って欲しいと群がられているうちに時間が経ってしまった。

 兎も半分なくなったし、今日は散々だった。

 ……アリアも怒っているし。


「でも、いっぱい狩ってきたよ!」

「前より少ないねえ」

「村で半分譲ったから。……でもね! 代わりに色々貰って……ほら、お酒もあるよ!」

「酒!」


 アリアの声が高くなった。

 よし、あともう一押しだ。


「今日は食べられなかった兎肉は燻製にするよ! つまみ用で! いい木を拾ったんだ。きっと美味しいよ?」

「ん」


 アリアが納得したと頷いた。

 よかった……なんとかアリアの眉間の皺が取れて、ホッと胸を撫で下ろした。

 荷物が多い中、燻製するのにいい木を拾っておいた自分を褒めてやりたい。


――わあああああっ!


「ん? なんだ?」


 遠くから大きな歓声が聞こえてきた。


「もう! 今日はうるさいわねえ。ん? 勇者?」

「!」


 アリアの口から勇者という言葉が出てドキッとした。

 僕が勇者かもしれないということに気づいたのかと思ったが、どうやら外から聞こえた声に勇者という単語があったから、それを拾っただけのようだ。


「勇者って言っているわね? 手紙にあった通りに現れたのかな?」

「あ……そうかも!」


『僕じゃない』と言いながら自分だと思い込んでいたのか、勇者が現れたとは思わなかったが……そうかもしれない。

 少し残念な気がしないでもないが、それならそれで良かった……ん?


「な、何?」


 気づけばアリアがジーッと僕を見ていた。

 どうしたのだろう、何か機嫌悪いスイッチを押しただろうか。


「別に? なんでもないけど……。勇者のツラ、拝みに行こ」

「あ、うん」


 口が悪いな、と言おうとしたけど今更だった。


「はよ!」

「はい!」


 スタスタと突き進んで行くアリアの後ろを急いで追いかけた。




 賑やかな声が上がる場所を目指していると宿屋の前に辿り着いた。

 昼間に見かけたときと様子は変わることなく、馬車は止まったままだ。

 宿屋の入り口の周りに人集りが出来ている。

 あそこに勇者がいるのだと思うが、群がる村の人達に遮られていて勇者の姿は見えない。


「全然見えない。乗り込むよ!」

「え? アリア、ちょっと待って!」


 宿屋と馬車の間、人が少ない穴場をすり抜け、僕の手を引いたアリアはどんどん突き進む。

 半ば強引に割り込み、覗くことが出来た人の輪の内側。

 そこには昼間に見かけた使者達の姿があった。

 踊り子のようなあの少女もいたので何となくアリアの後ろに姿を隠し、会話を聞くことにした。


「聖剣を持って現れたということは勇者様なのでしょう。信託の通りですし、疑う余地はありませんな、聖女殿」

「……。……聖剣はお預かりしましょう」

「そうですね、では聖剣は一旦聖女殿に。さあ、勇者様。中でおくつろぎください」

「ああ、そうさせて貰おう」


 あ……あいつ!

 勇者と呼ばれたのはさっき見た二人組の一人、貴族剣士だった。

 聖職者の男性に案内されて宿屋の中に入って行く。


「し、失礼します」


 きのこ君の姿もあり、貴族剣士の後をついていった。

 え、この二人が勇者一行?


「しかし……。聖女様、何故聖剣は折れてしまっているのでしょう」


 ……!


 ……え?


 …………ええ?


 嫌な予感のする言葉が耳に入ってきたけど……気のせいかな?

 『聖剣』、『折れている』って言った?

 『聖女』と呼ばれたのは、踊り子のような格好のあの少女だったこともにも驚いたが、彼女の腕に抱えられている真っ二つに折れたものを見て固まった。


「……………………」

「ルーク? どしたの?」

「な、なんでもない……」


 …………やっぱり。


 ふらっと目眩がしそうになった。


 ああ……まずい……まずいぞ……絶対にあれ……さっき僕が折った黒い棒だ!!


 どうしよう……僕…………聖剣折っちゃった!!


 ……………………だ、黙っていたらバレないよね?

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