家族揃ってはじめての

 辺境の村の年越しは地味だ。

 年越しの夜は火を絶やさず燃やし続け、その周りで騒ぐくらい。

 この辺りは年中気候の変化はあまりないし、特別に支度をする苦労もない。

 だから旅に出て初めて村の外で年越しを体験した時は驚いた。

 服装も建物も綺麗、町も活気に満ちている。

 宿に泊まれば普段よりも一層豪華な食事が出され、華やかな芸や催し物が始まる。

 旅の仲間は普通に楽しんでいたが、僕はいつも呆気にとられて終わっていた。

 それでもボーッとしている間に終わるのはまだマシで去年は酷かった。


 去年の今頃――。

 旅の終盤で疲れがあった上に大型の魔物を倒しに行っていた。

 陽の光を浴びることなく、空気の薄い地中深くの坑道をひたすら歩く。

 十日程出られずにいたため服は汚れ、食事も味気ないものばかり。

 普段はそこまで文句を言わない新旧聖女も年越しとあってか、ぐだぐだと喋り続けていた。


『身を清め、綺麗な服を着たいです。聖女として神殿にいる時の年越しはお祈りばかりでしたから、一度はお洒落をして、美しい景色をみながら美味しいものを食べて素敵な方と過ごしてみたいものです……』

『それはいい。美味いもの、美しい景色に麗しき男は必須だのう。そして男は我に跪き、我の望むものを贈るのだ』

『まあ素敵! エルメンガルト様が望むものとは一体……?』

『それは……ふふ……形があるもの、ないもの……色々じゃ。心も体も満たして貰わねばならぬからな!』


 煩悩だらけか。

 というか、年越しってそういうのだったか?


 ジュードはジュードで父さんの話ばかりだった。

『団長……お前の父さんはな』という言葉が始まると長い。

 最初は自分の知らない父さんの話を聞けて嬉しかったが、一年と経たず飽きた。

 同じ話を何回もするし、父さんへの憧れが強すぎて引く。

 坑道を歩いている間も父さんの武勇伝が止まらない。

 騎士団長でかっこいいのにジュードが結婚できない理由ってこのあたりにある気がする。

 女の人といても父さんの話を延々してそうだ。


 結局僕は、雑音に心を閉ざしながら無言で歩く年越しをしたのだった。


 だが今年は……今年は違う!

 やっと帰ってくることが出来て、アリアと過ごせる!

 それに子供達もいる!


「張り切り過ぎないでよ?」


 浮かれすぎてアリアに苦笑されてしまったが、浮かれずにはいられない。

 本来は村の皆で協力して集める薪をほぼ一人で準備してしまった。

 村の人達には感謝されたけれど、やっぱりアリアには呆れられた。


 あとは宴会のご馳走となる肉を調達しなければならない。

 年越しの準備はアリアとそれを手伝うグレイスに任せ、僕とエミールは狩りに行くことにした。

 年越しの狩りは村の男衆総出ですることになっていたので、僕も子供の頃は父さんと狩りに出たものだ。

 親子三代で行けたら楽しかっただろうな。

 そう思い、今日だけはグレースが受け継ぐ予定の父さんの剣を借りていくことにした。


「お父さん、早く行こうよ」


 アリアのそばを中々離れない僕の手を引いてエミールが歩き出す。

 エミールから手を繋いでくることなんてないから、僕は嬉しくて思いきり顔が緩みそうになったが、でれでれしているとエミールに手を離されてしまうから必死に我慢をした。

 それでも途中でバレてしまったが。

 自分から手を繋いだことに気づいたエミールが顔を真っ赤にしていたのかとてつもなく可愛かった。

 お父さん、手を思いっきり振り放されたけど泣かないぞ!

 エミールのこういうところは凄くアリアに似ている。

 果てしなく癒やされる。


 もちろん狩りも頑張った。

 エミールに良いところも見せたかったしね!

 一度に持ちきれないほど狩ってしまい、結局狩りでもアリアに叱られた。

 仁王立ちで「限度があるでしょうが!」と言われ、懐かしくなった。


 地味な村の年越しだが、今年は村に駐在しているトラヴィス達がいるため、少しだけ都会の影響を受けた。

 年明け用の飾りをつけた宿舎の真似をしたのか、村の家にも飾りがついているし、村に来る人達のようにお洒落をしている人がいたり。

 アリアはいつも通りの恰好だけど、子供達にはお洒落をさせていた。

 僕は村でもお洒落をしているのを見て、王都でアリアや子供達の服などを買って来たのだが、アリアが服を作っているのを知って慌てて隠した。

 買ってきたものより絶対手作りの方がいいよね!

 アリアの分だけでも渡そうかと思ったが、三人一緒に渡したいからまた今度にすることにした。




 夕方になると年越しの宴会が始まった。

 夜通しつけられる火はバチバチと音を立ていて、その周りを酒盛りしている連中が取り囲んでいる。

 大人達の後ろでは子供達が走り回っているが、グレイスはその先頭をきっていた。

 エミールの姿がないと思ったら、騒ぎから少し離れていたところでこっそりとやって来ていた火竜の背中に寝転がって本を読んでいた。

 二人は各々で好きに過ごしているようだ。


 僕は勇者をしていたから色んな人に話し掛けられて捕まりそうになったが、強引に抜け出してアリアを探す。

 アリアはシェイラさんと一緒に忙しそうにしていた。

 皆が凄い勢いで食べているから、食事の用意をしているお母さん達は忙しなく動き回っている。


「アリア、僕も何か手伝うよ」

「え? あんたはいいから……」

「まあ!」


 アリアは僕を見た瞬間顔を顰めたが、周りにいたお母さん達が一斉に目を輝かせてこちらを見た。

 え、何!?


「アリア、いいわねえ! こんな手伝うなんて言ってくれる旦那がいて!」

「おまけに男前!」

「狩りでも馬鹿みたいに取ってくるし、勇者だから稼ぎも凄いんだろ?」

「ほら、ありがたく手伝って貰いましょう! 男前が近くにいるだけでも潤うしね!」

「そうだよ、アリア。あんたいっつも一人占めしてるんだからたまには私達にもわけとくれ!」


 戸惑っている間に凄い勢いで囲まれ、作業場の中心へと引きずり込まれた。

 お母さん達、力が強い!

 何が何だかわからないまま、言われた通りに切ったり焼いたりする。

 魔法を使ってやってみたら、「わあ!」と歓声が湧いてあれもこれもと作業を持ってこられた。

 僕は隙を見てアリアに目で助けを求めるのだが、可哀想な子を見る目を向けられるだけだった。

 くそっ、こうなったら早く終わるように頑張ってやる!




「……はあ、終わった」

「ご苦労様。ルークのおかげで早く解放されたわ」


 一時間ほどだったが、集中していると結構つかれた。

 細かい作業が苦手な僕には、加減して小さく切るのも魔法で燃やすのも精神力がいる。

 「粉砕しろ!」とか、「灰にして!」だったら楽勝なのだが。

 お母さんって大変だなあ。

 とにかく僕が参加したことでアリアに早く時間が出来たことはよかった。

 これでようやくアリアに提案できる。

 ずっと考えていたアリアに楽しんで貰える方法を。


「ねえアリア、あそこに参加してきたら?」


 そう言って指差したのはお酒片手に盛り上がっている集団だ。

 シェイラさんに聞いたのだが、僕が旅立ってからは子供達のことがあるからとアリアは一切参加しなかったそうだ。

 僕がいない間、いっぱい我慢をさせてしまったから今日はアリアの好きにして貰おうと思ったのだ。


「子供達のことも見ておくし、アリアの後処理も任せて!」

「後処理って……。あのね、もう吐くまでのんだりしないわよ」

「えっ!?」

「なによ」

「な、なんでもない」


 本気でびっくりしてしまったが、アリアの鋭い視線が突き刺さったので慌てて誤魔化した。


「ま、まあ、ゆっくりしておいでよ」

「馬鹿ね。行かないわよ」

「え?」


 アリアは僕の腕を引くと盛り上がっている方とは逆に進み始めた。

 そこは火の灯りは届くけれど、周りに人はいない静かな場所だった。

 アリアはちょうどいい腰掛けになる箱の上に座ると、ここに座れと隣をぺしぺし叩いた。

 大人しく従い腰を下ろしたがどうしたのだろう。


「もしかして疲れたの?」


 心配して顔を覗き込むと、心底呆れたと言いたげな表情を向けられた。


「違うわよ。別にのんで騒がなくていいのよ。ルークが帰ってきて久しぶりに一緒に過ごせる年越しなんだから」


 僕はさっきよりもびっくりして目を見開いてしまった。


「なんでびっくりしてるのよ」

「え、だって……いひゃ!」


 横から頬を引っ張られて間抜けな声が出たが、アリアがお酒をのむことよりも僕との時間を選んでくれたことが嬉しい。

 お酒に勝った!!


「なんか馬鹿なこと考えているでしょ?」

「そ、そんなことないよ? 嬉しいなって思ってただけ!」


 引っ張られていた頬を擦りながら笑うとジロリと睨まれたが、アリアは「ま、いっか」と呟くと、ぼうっと前を見ながら話し掛けてきた。


「ねえ、旅をしていた間の年越しってどうだったの?」

「え?」


 アリアが旅の間の話を聞いてくるなんて珍しい。

 あまり興味がないのか、話題になることは殆どなかったのだが……。

 そんなことを考えていると疑問が顔に出ていたのか、アリアが呟いた。


「たまには聞いてみようかなって思っただけよ。別に、破廉恥聖女や喋る剣とうろついてた話なんて興味ないけど……。うん、やっぱり聞かなくていいわ」

「そっか、分かった」


 笑いながら答えるとプイッと顔を逸らされてしまった。

 そういう態度を見て、僕から聖女様の話を聞きたくなかったのかなと思った。

 妬いてくれたのかな? なんて思うとまたニヤけてしまう。


「なによ、その顔……やっぱりのむ!」

「え!? ごめん、もうニヤけないから! ……あ」


 立ち上がって騒がしい方へ行こうとするアリアを止めていると、遠くから小さな影が近づいてくることに気がついた。


「エミール! あれ、グレイス?」


 歩いて来るのはエミールだが、その背中にはグレイスが乗っている。

 アリアと首を傾げていると目の前にきたエミールから一言。


「グレイス、走りすぎて力尽きた」


「ああ……」と二人で納得した。

 グレイスは他の子供達が休憩している間もずっと走り回ってはしゃいでいた。

 あれだけ動いていたら燃料切れを起こしても不思議じゃない。


「皆で帰ろうか」

「そうね」


 気づけば子供は寝る時間になっていたし、年越しの空気も少しは味わえたから帰ることにした。

 村で過ごす年越しはいいが、家族だけで過ごす年越しはもっといい。


「今日は皆で寝ようか」

「ええ……」


 エミールからグレイスを受け取りながら提案したが、思いきり顔を顰められてしまった。

 お父さんは悲しいです。


「まあまあ、たまにはいいじゃない」

「アリア!」

「……仕方ないなあ」


 エミールはアリアの言うことは聞いてくれるらしい。

 またちょっとせつなくなったけれど、結果的に願いが叶ったから大丈夫。


 家に戻りグレイスを二階のベッドに寝かせると、僕はアリアに促されて先に下の階へ戻った。

 皆で一緒に寝ることになったし、僕も寝る準備をしようかなと思っていると階段をドタドタと降りてくる音がした。

 あれ?

 この足音はグレイス?


「おとうさーん! 可愛い服ありがとー!」


 降りてきて僕に飛びついたのはやっぱりグレイスだった。

 起きてしまったのかと思ったが、それよりも着ている服に目がいった。


「あ、それって……」

「おとうさんがかってくれたんでしょ? おひめさまみたいですごい~」


 くるりと回って見せたグレイスが着ているのは確かに僕が王都から買って来た服だった。

 でも、それは隠していたはずだが……。


「……お父さん、ありがとう」


 グレイスの後から降りてきたのは同じく僕が買った服を着ていたエミールだった。


「ふふ、おにいちゃんてれてる! おとうさん、あのね。おにいちゃんさっきね、まほうつかいみたいでかっこいい! ってはしゃいでたよ!」

「グレイス! 適当なこと言うなよ!」

「てきとうじゃないもん、そのまんまだもん」


 エミールが着ているのは魔法使いのローブっぽいコートだ。

 王都での男の子用の服は貴族のお坊ちゃまみたいなものが多かったのだが、エミールは絶対こちらの方が気に入ると思った。

 読みは当たっていたようで嬉しい。


「あんたたち、騒いで汚すんじゃないわよ」

「アリア!」


 最後に降りてきたのは、二人に続いて僕が買って来た服を着たアリアだった。

 王都で流行っているという白のワンピースで、アリアが良い家柄のご令嬢に見える。


「おかあさんもおひめさまだね」

「そうだね」


 グレイスにうなずくと、アリアの顔が赤くなった気がした。

 子供達とアリアをジーッと見ていると、キッと睨まれたので僕とエミールは話を逸らす作戦に出た。


「お、お父さん! どうして服買ってくれたの?」

「あ、えーと、村でもお洒落が流行ってるみたいだったから!」

「そっか、ありがとう!」


 少しわざとらしい話し方になってしまったが仕方ないと思う。

 二人でちらりとアリアを見ると、まだ眼光は鋭かった。


「ねえ、おとうさんのは?」

「え?」


 緊張感漂う僕とエミールの間に、スカートをふわっとさせながらグレイスが割り込んできた。


「おとうさんのふくはないの?」

「ああ。そういえば買わなかった」

「ええー!? なんでー!?」


 なんでと言われても、自分のものを買うという発想がなかった。

 確かに皆の分を買うなら自分の分も買えばよかったなと思っていると、何かが顔に向けて飛んできた。


「何!?」


 とっさに掴むと、それは袋だった。


「あんたはそれ」

「え?」


 投げてきたのはアリアで、袋の中身は服だった。

 村の人達が着ているような服ではない。

 王都で売っているような綺麗な服だ。


「なんだ、おとうさんのはおかあさんがかってたんだね!」

「アリア、なんで……」

「何を遠慮して隠していたのか知らないけど、着ないと勿体ないでしょ! 中身みたらルークのだけないから買っておいたのよ」

「よかったね、おとうさん! これで皆でおめかしだね!」


 アリアには全部バレていた……?

 僕が年越しには渡す気がないのも分かったのだろう。

 最初から僕が買っておいた服を着ると、アリアが作った服を着なかったことを気にするということも察して、袖を通したのは今にしてくれたのかもしれない。


 じーんとしていると、外から「おめでとう」という賑やかな声が聞こえてきた。

 どうやら年を越したらしい。


「今年の年越しは幸せだなあ」


 しみじみと呟くとアリアが笑った。


「これからはずっとそうでしょ」

「そうだね」






 *遅刻しましたがあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします*

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