王都へ行こう①

 牛の世話や朝の畑仕事を終えて家に戻ると、いつも走り回っているグレイスがおとなしくお絵かきしていた。

 天気もいいのにどうしたのだろう。

 気になって声をかけてみたら……。


「おとうさん、とかいにいきたい」

「えっ……」


 僕は思わず持っていた手ぬぐいを落とした。

 と、都会に行きたい?

 それは村を出て行きたいってこと!?

 もう親離れ!?


「グレイス! 駄目だよ! まだまだお父さんとお母さんとお兄ちゃんと一緒に暮らそう! 都会に出て行くなんて早いよ! お父さん……お父さん泣いちゃうぞ!」

「もう泣いてるよ」


 面倒臭そうな冷めた声だが、さっと手ぬぐいを差し出してくれたのはエミールだ。

 ちゃんと綺麗な手ぬぐいで、僕が落とした方は早々に汚れ物のかごへ放り込んでくれた。

 いい子……。


「グレイスは王都に遊びに行きたいんだよ。昨日転移で王都から来ていた人に貰ったお菓子がおいしかったから」

「そうなんだ! 教えてくれてありがとう!」


 確かにグレイスが描いていた絵はお菓子ばかりだ!

 エミールはこうしていつもグレースの解説をしてくれたり、アリアのご機嫌取りのアシストをしてくれたりする。

 素っ気ない反応が続いて僕って嫌われているのかな、と凹んでいたら絶妙に歩み寄ってくれるし……将来凄くモテそうだな。

 今でも村の女の子達に追いかけられているけど、自己肯定感が低めのエミールは好かれているのではなくからかわれていると思っている。

 自己肯定感が低いのは、どうも僕のせいみたいで……。

 僕が魔王討伐の旅に出ている間に心ないことを色々言われたそうだ。

 勇者の子じゃない、とか。

 いや、僕の倒すべき敵は魔王じゃなくて、そう言うことを言った奴らじゃない?

 滅するべき真の敵はまだ野放しにされている……!

 アリアは頼んでも犯人を教えてくれないけれど、怪しいと思ったヤツはそれとなく威圧している。

 僕に威圧される心あたりのあるヤツはもう近寄らなくなるからそれで我慢しているけど、アリアの許しが出たら確実に僕達家族の視界に入らない僻地に飛ばしたい。


「ねえ、おとうさん! いまからとかい、つれていって!」

「ええ? 今?」


 まだ朝だし、今日は特に用事もないけれど……急だなあ。


「またおしろいきたいよー! おねえさんにおかしもらう!」

「お城かあ」


 どうしようかなあと迷っていると、グレイスは本を読み始めていたエミールを引っ張り始めた。


「おにいちゃん! もう、まえにもらったほん、ぜんぶよんだんでしょ? おねえさん、またほんくれるかもよ?」

「行く」


 一人では弱いと思ったのか、見事に味方を増やしたグレイスが詰め寄ってくる。


「ねえ、おとうさん! おうとにいきたああああい!!!!」

「うーん。でも……アリアはあまり行きたがらないんだよ」

「それはおとうさんのいいかたがわるいの! おかあさんにデートしよ! っていったらばっちりよ!」

「!」


 デ、デート……!

 村での暮らしの中では、デートらしいデートなんてしたことがない。

 村の中を歩いても誰かに声をかけられて頼まれごとをしたり、お裾分けを貰ったり……。

 お裾分けは有り難いけれど、二人で大根を抱えて歩いているのをデートとは言いたくない。

 村を出て森を歩いても、見慣れた自然をわざわざ眺めたりしないし……。

 猪を見つけて「夕飯だ! 捕まえるぞ!」という展開は結構あったな。

 うん、全然デートらしいことをしていない!

 王都で見かけるカップルを見かけては、いつか僕もアリアとしてみたいと思っていた。

 その「いつか」を今日にしてもいいのだろうか!

 子供達も一緒だから家族デートだな!


「あっ! わたしとおにいちゃんはおしろであそぶから、おとうさんとおかあさんはおふたりでどうぞ〜」

「そ、そんな……いいのかな!?」

「いいよー!!」


 家族皆でいるのももちろん楽しいけれど、アリアと二人で……というのも凄く魅力的だ。

 でも、子供達を置いていくようなことはいいのだろうかと迷ったが、グレイスが手で大きな○を作ってくれたから……お言葉に甘えようかな。

 エミールも「好きにすれば? グレイスはおれが見ておくし」なんて言ってくれているし。

 じゃあ、あとはアリアを説得するだけだ。

 ここが難問!!

 よし、子供達がこんなに協力してくれると言っているし、絶対にデートをするぞ!

 気合を入れていると、玄関の扉が開いた。

 ちょうどアリアが帰ってきたようだ。


「ただいま。ルークも戻っていたのね。あら、グレイスは外で遊んでいないの?」

「うん! ちょっとね~?」


 僕達に話しかけながらアリアは台所に向かった。

 機嫌は良さそうだけれど……なんだか緊張するな。


「ほら、おとうさんがんばって!」


 グレイスが背中をグイグイ押してくる。

 分かってる、分かっているから僕のタイミングで行かせて!

 このままだとグレイスから話してしまいそうだったので、腹を括ってアリアの背後に立った。


「ア、アリア……!」

「ん?」


 手を洗っているアリアは、こちらも見ずに軽く応えた。


「デ」

「デ?」

「デートしよう!」

「はあ?」


 手を洗い終えたアリアがごちらを見た。

 顔には「何言ってんの?」と書いてある。

 あの……その眉間の皺、やめて貰っていいですか……?


「だ、駄目かな? 今から王都に行かない?」

「え、本気で言っているの?」


 突然の誘いだから、冗談だと思ったのかな。


「もちろん! グレイスとエミールには城で遊んで貰って、僕とアリアは王都でデート出来ないかな……って」

「城で遊ぶって……そんなこといいの? 二人の世話は誰かに頼んでいるの?」

「城では自由にしていいって言って貰っているし、聖女様とかジュードに頼む」

「話は通してあるの?」

「今から頼む」

「……あのねえ、田舎と違うの。立場がある人達は忙しいでしょ!」

「大丈夫。魔王を倒したんだからこれぐらい融通して貰う!」


 早く魔王を倒して帰りたいのに、王都で無駄に拘束されたこともあったから、一日くらい無理を言わせて貰ってもバチは当たらないだろう。


「はあ……」


 迷ってはいる様子だが……もう一押しかな。

 ここは素直な気持ちをぶつけた方がよさそうだ。


「僕は王都でアリアとデートがしたい!!!!」


 アリアの手を握り、目を合わせてお願いした。

 僕は物凄ーくアリアと! デートが! したいです!

 視線にも念を込めたが……。


「……忙しいの」


 アリアは僕の手を解くと、二階へ続く階段へ向かった。

 駄目だったか……。


「あー、もう。お母さんはこれだから」


 床に崩れ落ちそうになっている僕の横を、本を読んでいたはずのエミールが歩いていった。

 アリアを追いかけたようだ。

 エミールは階段を登ろうとしていたアリアの手を掴むと、そのまま誘導するように引っ張り、僕の前まで連れて来た。

「はい」とエミールが掴んでいたアリアの手を渡されたので受け取る。


「エミール?」

「お母さん、恥ずかしいとすぐ隠れるから。話が終わるまで離しちゃだめだよ」

「あ、おかあさん、おかおあかーい」

「!」


 エミールとグレイスの言葉でハッとした。

 もしかして、僕にデートしたいと言われて照れていたのか?

 確かに握っている手も熱い気が……。

 アリアを見ると、目が合った途端に足を踏まれた。

 え、痛い!

 これは完全に逆ギレというやつでは!?

 でも……デートはこのまま押せばいけるかも!?


「家のこととか、まだやらなきゃいけないことがあるなら僕がするから! 駄目かな!?」

「おうといこー! わたしおかしたべたーい!」

「おれは本を読みたい」


 三人から「行きたい!」という圧を受けたアリアは、しばらく悩んでいたが……とうとう頷いた。


「……たまにはいいか。準備してくるわ」

「やったー! おにいちゃん、おとうさんやったね!」

「本が読める!」

「ありがとう! 二人のおかげだよ!」


 思わず頭をわしゃわしゃ撫でると、エミールには手で払われてしまった。

 ごめん、お父さん浮かれました。


「ねえ、おとうさん! デートだから、おかあさんきっとおしゃれしてくるね!」


 グレイスが内緒話をするように、ヒソヒソと僕に話しかけてきた。

 そうかな?

 そうだと嬉しいな。


「ちゃんとかわいいね! っていわなきゃ、おかあさんおこるよ。おこったら、よるのごはんのおにくのあじ、なくなっちゃうよ!」

「アリアはいつでも可愛いし、お肉に味付けして貰えなくても懐かしくて美味しいからどっちも大丈夫!」








※多分僕が勇者の外伝『高嶺の女騎士様にフラれて去った僕は何故か騎士団に捜索されています』にこちらからリンクする話になっているので、外伝のアフター要素があります。(次話から外伝キャラが出てきます)

もちろん外伝をご存じなくても、王都デートの話がメインですので楽しんで頂けるかと思います!

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