王都へ行こう②

「えっへへー! みんなでおそろいうれしいねー!」


 家族四人で同じ色合いの服を着たグレイスが嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる。

 全員少しずつ造りや装飾が違うが、お揃いにしていると一目で分かる。


 準備をすると言って戻ったアリアは、自分だけじゃなくみんなの着替えを持ってきた。

 この村ではみんなでお下がりの服を回すし、手作りばかりだ。

 でも、アリアが持ってきたのはどう見ても王都で売っているような服だった。


「皆で出掛けることもあるかな、と思って買っておいたの!」


 喜ぶグレイスを見てアリアは満足気そうに胸を張った。

 え、僕の奥さん可愛い。

 得意げになっているアリアも、はしゃいでいるグレイスも、お揃いの服が恥ずかしいからと出来るだけ距離を取っているエミールも可愛い!

 家族皆が可愛い。

 今日も可愛いが渋滞している。


「で、あんたは何で泣いてるの?」

「幸せを噛みしめてる」

「そ。ご自由に噛みしめてくれていいけど、行くなら早く行きましょう!」


 アリアに腕を引かれ、家を出発する。

 エミールは火竜に運んで貰おう! と粘ったが、転移で行くことになった。

 僕も転移だと周りに「勇者様、王都にお越しですか!?」と騒がれるから火竜で行きたかったけど、アリアとグレイスに断固拒否されてしまった。

 そうなると僕とエミールは大人しく二人に従うしかないのだ。


 案の定、王都に着いた途端に城から迎えが来ていたけれど、今回は城に用事があったし丁度良かったかも。


「あ、ジュードおじいちゃんだー!」


 僕が来ていると連絡が入ったのか城に着くと聖女様とジュードが出迎えてくれた。

 探す手間も省けてよかった。

 前回の訪問でジュードに懐いたグレイスが駆けて行って飛びついた。

 ジュードは嬉しそうにグレイスの頭を撫でているが……ちょっとイラッとする。

 グレイス、お父さんとお兄ちゃん以外の男に飛びつくんじゃありません!


「グレイス、今日も元気いっぱいだな。あと、せめておじさんにしてくれ」

「うん! おじいさん! きょうはいっぱいあそんでー!」

「おじさん、な。遊ぶ? 城に遊びにきたのか?」

「そうなの! わたしはおじいさんとあそぶ! おにいちゃんはおねえさんとほんをよむの! おとうさんとおかあさんはデートなの!」


 ジュードは僕達に問いかけてきたがグレイスが元気に答えた。

 完璧な説明だ。

 さすが僕とアリアの娘!


「二人のこと、頼んでいい?」


 アリアとのデートがかかっているし、グレイスとエミールも楽しみにしているから拒否権は与えないけどね。


「ああ。団長のお孫さんを預かれるなんて光栄だ」

「もちろんわたくしも。エミールさん、今日はみなさんでお揃いの素敵なお洋服ですね」


 聖女様が一生懸命笑顔を作ってエミールに話しかける。

 初めて聖女様とエミールが会った時、聖女様がアリアが作ったものだと知らず僕が着ていた服を悪く言ってしまったことでエミールが傷ついてしまった。

 それを後日聖女様に話したら、「わたくしはなんということを……!」と号泣した。

 思い出しては泣くぐらい反省をしてくれたようなので、今回はそんなことがないように気を配って褒めてくれたのだと思うが……。


「…………」


 エミールはプイッと顔をそらしてしまった。

 聖女様……エミールはお揃いが恥ずかしいクールな男の子なのです……。

 そんな涙目で僕を見ないでください。


「ほ、本はたくさんあります。前回お渡ししたものは読み終わりましたか?」


 頑張って仲良くしようとしてくれている聖女様の言葉に、少し間をおいてだがエミールは頷いた。


「! そうですか! では、今日はもう少し難易度を上げた本をお渡ししましょう」

「……うん」

「!」


 エミールが声を出して返事をすると、聖女様がとても嬉しそうに僕を見た。

 聖女様、やったね!


 聖女様とエミールも仲良くなれそうだとホッとしてしていると、全速力で駆けよって来るローブ姿の女性が見えた。

 不審者か? と身構えたが、あのローブは魔法研究所のものだ。

 それにどう見ても研究職の女性が全速力で駆けてくるこの変な感じに覚えがあるというか……。

 その女性は僕達の前で止まると、肩で息をしながら叫んだ。


「色んな意味で将来有望な子が来ていると聞いたのですがー!!」


 将来有望な子と聞いて、慌ててエミールとグレイスを僕の背中に隠した。

 ほぼ不審者の研究者が僕の子に何の用だ?


「あ! お子様発見! 大丈夫、お姉さんは怖くないよ~……って勇者じゃん!!」

「?」

「え……待って……どうして誰だこいつって顔しているの? 嘘でしょ? あたしとあなたの仲じゃない!!」

「はあ?」


 見覚えはあるんだけど……誰だっけ?

 王都には早く旅立ちたくて苛々した記憶しかあまり残っていない。

 こんな知り合いいたかなあ? と考えていると、背骨にグサッと何かが刺さった。


「ルーク? こちらの知的な美人はどちら様~?」


 アリアの低い声が聞こえてゾッとした。

 刺さったと思ったのはアリアの肘打ちだった。

 言葉と共に背中からシャツの襟首を引かれて首が締まる。


「ア、アリア、お揃いのシャツが皺になるから引っ張っちゃだめだよ。この人は魔法研究所の人だよ……多分」

「おい、悪魔! ほんとにあたしを覚えていないとかふざけんな! 誰のおかげで転移出来るようになったと思っているの!」

「あ。ああ……」

「ああ、じゃないわよ! まったく。……というか、あの悪魔が尻に敷かれまくりじゃない! お嫁ちゃん、可愛い上に最高よ~!」


 この女性はあの目つきの悪い魔法使いと一緒に転移の魔法を研究してくれた人だ。

 転移の魔法を早く作って、と圧をかけていたら僕のことを悪魔と呼ぶようになったんだっけ。

 ……まだ名前は思い出せないことは黙っておこう。

 女性はアリアの手を掴んで無理矢理握手をしている。

 アリアは戸惑っているが妙な誤解は解けたようで、さっきの全身の毛穴が開くような殺気は消えていた。

 あんな誤解を生む悪意のある言い回しをするなんて、この女性の方がよほど悪魔だ。


「勇者のお嫁ちゃん、素敵な髪色ね! あたし赤髪って好きなの。特に赤髪美少ね……ああああっ!!」

「!」


 突然奇声を上げられて吃驚した。

 子供達もビクリと肩が跳ねていた。

 そして、この女性……物凄くエミールを見ている。


「やだー! 赤髪美少年じゃん! それも極上の! ああっシリルよりもちっさーい! やだー、癒やしが凄い~!」

「おい、エミールから離れてくれ!」


 凄い勢いで話しかけてくる女性にエミールはどん引きだ。


「君、エミールっていうんだ? 美少年ですね~! お顔が勇者にそっく……うん? 勇者にそっくり……うん?」


 女性は僕とエミールの顔を指差しながら何度も首を傾げている。


「はて? どうしてこの美少年は勇者顔なの?」

「僕の息子だから。あっちは娘」

「!! 勇者が!! 二児の父!!」


 どうやら女性は僕に子供がいることを知らなかったらしい。

 おでこに手をあて、ふらりとよろめいた。


「はあ……もうやってられない。シリルは結婚するし、勇者は親になっているし。あ、そうだ。エミール君。おねえさんと一緒にあそばなーい?」

「断る」

「はい、即答。保護者の拒否が早ーい。でもね、あたしはエミール君に聞いているの。エミール君、お姉さんね魔法研究所の副所長なのよ? ほら、見て」


 そう言って女性はローブから取り出したカードをエミールに渡した。

 あのカードは魔法研究所の身分証明だ。

 え、副所長?

 そんなに偉い人だったんだ……。


「本物だ……」


 カードの表裏をしっかりと確かめながら、エミールは目を輝かせた。

 騎士団長の剣のことも知っていたから、魔法研究所関連のことも知っていたのかもしれない。

 魔法研究所の研究員は、剣のことよりも魔法に興味があるエミールには憧れの職業だろう。

 エミール、勇者だって魔法も使えるんだからね!


「研究所、見てみたくない? 行きたくない?」

「行きたい!」

「お、お待ちください!」


 女性に誘われ、もう走り出しそうだったエミールを止めたのは聖女様だった。


「エミールさんはわたくしと本を読むのです!」

「聖女様、この子ですよね? あなたより光属性の魔力が強い子って。火竜と話まで出来るとか! この子は色んな可能性を持っています。聖女様とお話も素敵ですが、研究所の方が幅広くこの子に刺激を与えられるのではないでしょうか! だから研究所に行こう! そうしよう!」


 上手く説き伏せてするっとエミールを連れて行こうとする手腕が凄い。

 アリアに「どうする?」と聞いたら、「エミールの好きにさせましょう」という返事があったので大人しく見守る。

 聖女様は悔しそうにしていたが、女性の言うことに納得したのかスッと身を引いた。

 エミールは研究所に行くと決まりでいいんだなと思ったら、エミールが聖女様に近づいた。

 遠慮がちに聖女様の指先をちょこんと握ると――。


「……一緒に行こ」


 研究所に向かおうとする女性の元へと聖女様を引っ張った。


「「!!!!」」


 女性と聖女様が同時に口を押さえた。

 可愛い!!!! と叫ぶ心の声がダダ漏れだ。

 というか、僕も凄くきゅんとした。


「エミールよくやったわ! どちらか迷うなら両方とればいいのよ!」


 隣のアリアが誇らしげにしている。

 結局エミールは二人の綺麗なお姉さんに両手を繋がれて研究所に向かった。

 エミールは計算してやったわけではないだろうが、自然に出来ているところが末恐ろしい。


「あれ、グレイスは?」

「あそこよ」


 アリアが指差す方向を見ると、グレイスとジュードが木刀で打ち合いをしていた。

 僕が見ていることに気がついたグレイスが、ジュードの攻撃をかわしながら叫んだ。


「おはなしおわったー? おとうさんたち、おはなしながい! わたし、もうおじいさんとあそんでるから、デートいってきてねー!」

「ははっ」


 グレイスはこちらの話が終わるのを待ちきれなかったようだ。

 というか、グレイスの女児とは思えない動きに人集りが出来ている。

 何故かジュードが誇らしげにしているが……あまり目立たせないでくれ。

 強くて可愛いグレイスに変な男が言い寄るようになったら困る。


「じゃあ、行こうか。デート。どっちがいい?」


 手を繋ぐか、腕を組むか。

 アリアに手を出して尋ねる。


「もちろん、迷ったら両方よ! 最初はこっちね」


 そう言うとアリアが僕の腕に手をまわした。


「グレイスがお菓子を食べたいらしいから、お菓子を買いに行きましょう」

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多分僕が勇者だけど彼女が怖いから黙っていようと思う 花果唯 @ohana

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