第21話
アリアに妻として待っていて欲しいと二度目のプロポーズをして暫くすると、部屋に聖女とジュード、人の姿のエルが戻って来た。
ずっと勇者であることを否定し続けてきたこともあり、自分から言い出すのは少し気まずかったのだが、勇者として旅立つ決意をしたと伝えた。
僕の言葉にきっと驚くだろうなと思っていたのだが……。
「承知しております」
「は?」
聖女とジュードはにっこりと微笑んでいた。
何故だ?
「我が聞いておったからな! そこで!」
そう言ってエルが指差したのはテーブルの上の聖剣。
「……あ」
人の姿のエルは出て行ったが『本体』とも言える聖剣がここにあったから、この部屋にずっといたようなものだった。
すっかり失念していた。
人の姿でわざわざ出て行くところを見せたのは、部屋には誰にもいないと思わせてくれたのだと思うが……。
いないと思わせて聞こうとした、なんてことはないよね?
「勇者よ、我の胸も高鳴ったぞ! お前が小娘の手を取り、跪いたときは……」
「うわあ言うな!」
アリアとの大事な思い出だから自分達だけのものにしたかったのに、勝手に広めないで欲しい。
でも聖女とジュードのこの微笑みを見ると、既に話してしまっているのかもしれない。
大きな力を持った聖剣の使い方は注意しなければならないと意識を改めたばかりだったが、もう一度折ってやりたくなった。
聖女達とこれからの予定を話すことになり、アリアは家に帰って行った。
勿論、僕達の家に。
僕も話が終わったらすぐに帰ると伝えている。
アリアが待つに家に帰るんだ、と思うだけで頬が緩む。
話が始まる前から帰りたくなってしまった。
残った面子でテーブルを囲み、話を始める。
話し合いと言うより聖女がずっと話しているのを聞きながら、疑問が湧いたら質問するという形式で進んでいる。
勇者に対して説明する内容は予め決められてそうなので進み具合は順調だ。
僕の疑問にスラスラと答える聖女の姿は、聖女と呼ばれるには相応しい風格があった。
試練が良い影響を与えたのだろう。
僕も旅立つと腹を括ったせいか、聖女と話すことが前よりも気楽になった。
少しうち解けることが出来たかもしれない。
旅の仲間としてなら上手くやっていけそうだ。
エルの無駄話はあったが、話し合いは案外早く終わった。
ジュードが父さんの話を聞きたそうにしていたがそれはまた今度にして貰い、早々に宿屋を飛び出した。
一秒でも早く家に、アリアの元に帰りたい。
「た、ただいま!」
家に入る前、一旦深呼吸をしてから扉を開けた。
自分の家なのに緊張する。
ノックをした方がよかったかな、なんてことを考えながら中に入ると台所に立っているアリアを見つけた。
今は調理中のようだった。
「おかえり」
アリアは振り向いてこちらを見たが、すぐに視線を手元に戻した。
素っ気なかったが、やっぱりおかえりと言って迎えてくれる人がいるのはいい。
ここが僕の帰る場所なんだと思わせてくれる。
それに母さんを思い出させるアリアの後ろ姿に胸が一杯になっていた。
家族の温かさというものを感じさせてくれる後ろ姿が愛しくて、後ろから抱きつこうと思ったのだが……。
「うん? 何のにおい?」
部屋の中に異臭が充満している。
強烈な臭いではないが仄かに臭く、無視できない程度に不快だ。
臭いの元を辿ってみると……うん、間違いなくアリアの手元にあるものだ。
アリアは大きめの鍋の中でグツグツと音を立てているものをお玉でグルグルとかき混ぜている。
台所に立っているのだから、『料理』をしているのだと思うが……念のため確認してみる。
「アリア、何をしているのかな?」
「見れば分かるでしょ。ご飯を作っているのよ」
「新しい毒薬を開発しているじゃなくて?」と声に出して言わなかった自分を褒めてやりたい。
近づくと臭いの強くなった『それ』の正体を探るべく、恐る恐る鍋の中を覗いたが……赤い?
辛いのか?
「ちなみに……何を作っているのかな?」
「シチューよ?」
「え? 何?」
「一回で聞き取りなさいよ! シチュー!」
「シチュー……」
いや、聞こえていたんだよ? という言葉は飲み込んでおく。
僕が知っているシチューとは違うものなのかな。
こんな食べたら神経がおかしくなりそうな色はしていないはずなのだが……。
「そ、そっか。楽しみにしてるね」
「うむ」
これ以上追求するとアリアの機嫌が悪くなりそうなので、溢れる疑問にそっと蓋をした。
今までお腹を壊したことはないし、多分大丈夫だ。
過去最大の試練になりそうな気はするけど、愛を試されていると思えば乗り越えられる。
……多分。
真剣な顔で料理をしているアリアが可愛い。
横から覗き込んで眺めていると鬱陶しそうにされたので一歩後ろに下がり、邪魔にならないところで見守ることにした。
後ろから見てもとてもいい光景だ。
一日中見ていられる。
ジーっと見ているとアリアは視線を感じたのか振り向き、不思議そうな顔を見せた。
「僕のお嫁さんは後ろ姿も可愛いなと思って」
アリアの顔が訴えてくる疑問に回答すると、馬鹿にしたように「ふんっ」と鼻を鳴らし、鍋に視線を戻した。
「私の旦那様も格好いいわよ。……今まで人に見せたくなかったくらい」
「え?」
アリアの言葉はしっかりと耳に入ったが……幻聴か?
今、アリアにはっきりと『格好良い』と言われた気がする。
それに……『旦那様』って!
なんていい響きなんだ!!
「アリア、今のもう一回言って!」
「嫌よ。何なのさっきから。一回で聞いてって言ったでしょ? 難聴?」
言葉には隙間無く棘が出ているが、鍋をかき混ぜる手がやたら早くなっているのが照れ隠しの証拠だ。
シチューといわれている液体が遠心力で飛び散ってしまいそうになっているので、後ろからお玉を持つ手を止めた。
「なによ」
「折角作ってくれているのに飛び散って減っちゃいそうだよ。それに危ないから」
ついでにさり気なくアリアの背中に身体をくっつけ、頭に顎を乗せた。
熱いお玉を持っているから、アリアも暴れないだろう。
ここぞとばかりにアリアを満喫しておこうと思い、後ろから抱きしめようとアリアのお腹に手を回そうとしたところで――。
「調子に乗らないで」
「うぐっ」
アリアが思い切りその場でジャンプしたため、僕は顎に強烈な頭突きを貰ってしまった。
気が遠くなって一瞬両親が見えた気がしたけど!?
勇者として旅立つ前にこの世から旅立ってしまったらどうするんだ。
「……痛い」
「軟弱な勇者め」
僕がこんなにダメージを受けているのにアリアは平気そうで、鍋をかき混ぜる手を再開させている。
今まで何度も頭突きは食らっているけど、アリアが痛そうにしているのを見たことがない。
アリアの頭はどうなっているんだ。
「アリア、頭は大丈夫?」
「んー? どういう意味で言っているのかしら」
「も、もちろん、頭に怪我がないかという意味だよ!」
力の加減がおかしいという抗議を込めて、違う意味も含めて言ってみたら見透かされたようだ。
慌ててアリアの頭をさすって誤魔化した。
冷たい空気を感じ始めたので、ここは一旦逃げることにした。
今日アリアの機嫌を悪くするわけにはいかないのだ。
食卓の椅子に腰を下ろし、アリアの後ろ姿を眺めた。
父さんがやっていたように剣の手入れをしながら見守ろうかと思ったのだが、聖剣は二人きりになりたくて聖女に預けてきたし、アリアから視線を外すのが勿体ない。
それに父さんと母さんのようになりたいとは思っているが、僕は父さんそのものになりたいわけではないし、アリアに母さんと同じ行動を求めたいわけでもない。
二人のように想い合える関係になりたいだけで、再現したいわけじゃない。
もし僕達に子供が出来たら……家に帰って来て扉を開けたら異臭に出迎えられる、なんて思い出が出来てしまうかもしれないなあ。
「何笑ってるのよ」
鍋の火を止めたアリアがこちらにやって来た。
どうやら僕は笑ってしまっていたらしい。
「幸せだな、って思って」
異臭だなんて言うと怒られるので、感じていることだけを伝えた。
「そう」
座ったまま見上げると、呆れたように笑ったアリアが僕の頭に手を置いた。
撫でてくれるのかと思ったが違ったようで、僕の前髪を指で掬うと「長い」と呟いて引っ張った。
「ねえ、ルーク。髪を切ってあげる」
「え?」
「もう手ぬぐいはしてないけど、前髪も邪魔でしょ? ……もう隠さなくていいから」
アリアは僕に「椅子を持って先に外に出ていて」と言うと、ハサミとクシを取りに行った。
どうやら本当に切るらしい。
村では髪は外で切る。
切り落とした髪の大方は回収してゴミとして捨てるが、細かいものはそのまま放置している。
僕は指示された通りに外に出ると、家の横の人が通らない場所に椅子を置き、アリアを待った。
アリアはすぐに出てきて、僕を椅子に座らせると迷いなくジョキジョキと切り始めた。
子供の頃から長年「素顔を晒すな!」と言われてきたので、躊躇うことなく入れられるハサミに戸惑ってしまう。
本当に切ってもいいのだろうか。
「浮気したらミンチよ」
「へ?」
アリアがハサミを動かしながら呟いた。
ミンチ?
ロイにも言っていたけど、身内にミンチ宣告するのはどうかと……。
……というか。
「浮気なんかするわけないだろう? 頼まれてもしないし」
「この顔を晒しながら勇者なんてするんだから、女が死ぬほど寄ってくるでしょ? ルークはお人好しだから、優しさにつけ込まれて妙なのに引っかからないように! 聖なる乳女とかね」
「聖なる……その言い方やめようよ」
相変わらずアリアの中で聖女は乳女らしい。
一緒に試練を受けて、少しは馴染んだかもしれないと思っていたが違ったようだ。
聖女は聖獣を得て、僕とずっと旅をすることになるから心配なのだろうか。
「大丈夫だよ、全く心配いらないから。前髪がすっきりして視界は良くなっても、僕にはアリアしか見えていないからね」
「……上手いこと言ってんじゃないわよ」
呆れたようで大きく溜息をつかれたが、ちらりとアリアを盗み見ると少し顔が赤くなっていた。
可愛い、と笑うと叱られた。
それも照れ隠しだと分かるから、更にニヤけていたら「ジャキンッ」と一際大きなハサミの音がした。
髪もバサバサッといっぱい落ちたような……。
「ア、アリア? 今……」
「一カ所ちょっと切りすぎたわ」
「凄い音がしたけど……」
「細かいことは気にしないの」
「うん……」
髪型なんてどうでもいいから気にしないけど、ハサミの音にドキドキしてしまった。
ニヤけるにも勇気が必要ということか。
もしかすると僕はアリアといるから自然と鍛えられ、強くなったのかもしれない。
「出来たわ」
「ありがとう。すっきりした」
切り落とした髪がかからないように撒いていた布を取り、立ち上がった。
アリアは仕上がりに満足しているようで、僕を見て頷いている。
切りすぎたところもあまり目立ってない様子だ。
「格好良い?」
「腹が立つくらいにね!」
それは良いことなのか悪いことなのか……どっちだ?
アリアが笑っているから、良い方に取っておこう。
「ねえ、ちょっと散歩しましょう?」
「そうだね」
特に今やらなければいけないことはないし、僕もアリアに話したいことがあった。
すぐに頷き、散髪の後片付けを済ますと家を出た。
「アリア、手を繋いでいい?」
歩き出してすぐに、隣を歩くアリアにお伺いを立てた。
アリアは手を繋いで歩くのを嫌がることが多い。
「アリアだって僕の手を引いて行ったりするじゃないか」と抗議すると、「それは連行だからいい」と言われた。
理不尽だと思うが、理不尽を訴える権利は僕に与えられていないので従うしかない。
恐らく、自分からするのはいいけれど、僕からされると照れるのだと思う。
だから『嫌』というより『過剰反応』なのかな。
黙って手を繋いだときはすぐに解かれベシベシッと手を叩かれる制裁を受けたので、許可を取りつつもアリアが照れないように自然な態度を心がけて聞いてみたのだが……どうかな?
「……いいけど」
よしっ! っと心の中で交渉成功を喜んだ。
だが、それを外に出すと駄目になるので叫びたい衝動を必死に抑え、何でもないフリをしながら話を続けた。
「よかった。今日は村の中を歩きたいんだけど……いいかな?」
「いいわよ」
アリアの白くて小さな手の温かい感触が嬉しい。
手を離さなくていいように死ぬまで散歩してやろうかな、なんて思ってしまう。
そういうわけにもいかないので、出来るだけ長い時間こうしていられるようにゆっくりと足を進めた。
長閑な村の中を、アリアの手の温かさを感じながら歩く。
樽の上に座っているおじいさん、走り回っている子供達、塀の上で休む猫に何処からか脱走してきた山羊。
見慣れたものばかりで今日も平和だ。
面白いものは何もなくて……でも、良い村だ。
村の人と遭遇すると、皆が短くなった髪を褒めてくれるので嬉しくなった。
口を揃えて格好良いと言ってくれる。
「アリアの切り方が上手だからだね」
「……まあね」
「?」
隣を歩くアリアの足が遅くなっているし、今の返事も心此処にあらずといった感じだった。
どうしたのだろう。
「アリア?」
立ち止まり、アリアの顔を覗き込む。
目が合うとアリアは「はあ」と小さく溜息をついた。
「……なんで村の中なの? 『散歩』って言う時は、大体村の外だったじゃない。旅立つ前に見ておきたかった?」
「え? あー……」
「もしかして、出発する日が決まった? もうあまり時間はないの?」
それはまさしく僕が話そうと思っていた内容だった。
アリアはいつも勘が鋭い。
シェイラさんが言うには、アリアの勘が働くのは僕に関することだけだそうだが。
それを言われた時のことを思いだしてまたニヤけそうになったが、今は大事な話をしなければいけない。
「……明日」
「え?」
「明日の太陽が高い間に王都に向かう」
言い終わると、アリアの目が大きく見開かれた。
「そんな……急すぎるわよ!」
驚きの声を上げたアリアが繋いでいた手を離した。
僕も明日すぐに発つと言われ、驚いたし抗議した。
でも、急いだ方がいい理由を聞いて……仕方がないと了承した。
「聖剣を得たばかりの勇者は、力に自信がある魔物に狙われやすいそうなんだ。アンデッドの魔物やあの大きな獣みたいな魔物が現れたのは、僕がここにいるからなんだって」
「え?」
「王都みたいに気配が多いところだと僕の存在も紛れて関知されにくいらしいんだけど、ここみたいに周りも何もなくて人の数が少ないところだと見つかりやすいらしい。だから村に危険が及ばないようにするためには、早く離れた方がいいみたいなんだ」
「で、でも、また追い返せば……」
「うん。でも、今までみたいに誰一人傷つけられず守り切ることが出来るかどうかは分からないし、村に目をつけられる前に離れた方がいいんだ。僕が旅立った後に村が襲われてしまわないように」
「……」
そこまで言うとアリアは俯いてしまった。
多分アリアも早く旅立った方が良いと言うことは理解してくれたのだろう。
でも、気持ちは追いつかないのだと思う。
僕も同じだ。
寂しくて辛くて、離れがたいけれど……それをアリアも感じてくれていることが分かるから嬉しい。
「だから村も見ておきたくて……。それと、今日はアリアと離れずにいたい。駄目かな?」
俯いていたアリアが顔を上げて僕を見た。
何も言わなかったけれど、僕と手を繋ぎ直すとまた歩き始めた。
さっきよりも握る手の力が強いから怒っているのかもしれない。
「ねえ、アリア」
「……」
話し掛けても返事はない。
ちらりと顔を覗いたけど、視線は足下に向けられたままだ。
でも多分、僕の声は耳に入っていると思うから、そのまま話をすることにした。
「本当はもっと早く、自分で勇者になると決断しなきゃいけなかったと思うんだ。でも、僕は決められなくて……結局アリアに辛い思いをさせてしまった。アリアが背中を押してくれたことは嬉しいけど、そうさせてしまったのは……アリアを頑張らせてしまったのは僕だなと思って……ごめんね。今度は僕が頑張るから。早く帰って来られるように」
「……」
アリアは黙ったままだった。
でもいつの間にか手の握り方が柔らかくなっていたから、僕は沈黙も心地よく感じながら村の中を進んだ。
ずっといた村で広くも無いのに、いつもの行動範囲から外れているのか、久しぶりに目にした物や場所があった。
懐かしい。
魔王を倒して戻って来たら、よく行っていた場所もこんな風に感じるようになるのだろうか。
「ただ待っているのだって楽じゃないんだからね」
「え?」
「あんただけ頑張るみたいな言い方しないでよ」
「ご、ごめん」
急にアリアが口を開いたからびっくりしたが、どうやらさっきの話の続きらしい。
横を見ると、ジロリと睨まれた。
「私も頑張るから、あんたは死ぬ気で頑張れ。死んでも帰って来い。いいわね!」
「はい!」
手を繋いだままだったが、聞き慣れた覇気のある声に思わず背筋がピシッとしてしまった。
すぐに良い返事をすると、アリアは「よろしい」と頷いた。
笑顔を見せてくれ、僕を引き摺る勢いで歩き出す。
ゆっくり見たいんだけど……これじゃアリアお得意の連行だ。
「生きて帰ってきたいな……」
「何を言っているのよ。当たり前でしょ! でも……万が一、さっくり死んじゃってもアンデッドかなんかになって戻って来なさいよ。あんたなら出来るでしょ?」
「いや、それは無理じゃないかな……っていうか、死んだとしてもアンデッドにはなりたくないし……」
「勇者なんだから、死んじゃったら気合でアンデッドくらいなれるでしょ。なりたくないとかわがまま言わないの!」
アンデッドになりたくないってわがままなのかと呆然としてしまったけど、アリアが楽しそうにしているからいいか。
「本当にアンデッドになって帰って来ても、受け入れてくれるんだね?」
「当たり前よ。すぐ土に埋めてあげるわ」
「……」
それは受け入れてくれているのか?
深く考えるのはやめておこう。
生きて帰って来られるように頑張ろう。
「やっぱり皆で食べよ!」
夕飯はいつも通りアリアの実家で食べることになった。
二人で食べるつもりだったのだが、僕の旅立ちは明日ということで「賑やかな方がいい!」と言うアリアの希望で結局お邪魔させて貰った。
アリアお手製のシチューという名の液体は持ってきて、シェイラさんの手に渡ったのだが今食卓の上には乗っていない。
テーブルにはシェイラさんとアリアが作った、いつもよりも豪勢な料理が並んでいる。
狩りにいく僕がいなくなるから肉はとっておいて欲しかったのだが、目の前には何種類も肉料理が並んでいる。凄いな。
アリアはシェイラさんに細かく注意されながら作ったようで、今日は『素材の味だけ』なんてものはない。
凝ったものばかりだ。
「……ルーク、あんた『アレ』を食べるつもりだったのかい?」
「はい」
「あのねえ、受け入れるだけが優しさじゃないんだよ? 駄目なものは駄目ってちゃんと言わなきゃ」
「分かってますよ」
シェイラさんが言っていることは理解しているが、それはアリアの家族に任せて僕は受け入れる方を担当することに決めている。
大体、アリアに注意する勇気なんて子供の頃に消滅した。
僕の隣に座るアリアが満足げな表情を浮かべているのを見て、シェイラさんは呆れている。
「全く、どうしようもない夫婦だよ。ほらアリア、旦那の皿が空いてるだろ。大仕事をしてきてくれるんだからしっかり食わせてやりな!」
「分かってるわよ」
僕の皿が空いているのを見てアリアが叱られている。
自分で取りますと言おうと思ったけれど、シェイラさんに『旦那』と言われたのが嬉しかったので大人しくアリアが取ってくれるのを待った。
料理を詰め込んだ皿を置いてくれたアリアに、頬を緩ませながらありがとうとお礼を言うと舌打ちされた。
「アリア。お前、ルークが帰ってくるまでに人間が食える飯を作れるようになっておけよ」
「……父よ、口を開けて待っていろ。娘のお手製シチューを流し込んであげる」
「は? シチューって『アレ』のことか!? あんなもん食ったらぽっくり逝っちまうぞ!?」
鍋がある台所に向かおうとしたアリアをクレイさんが慌てて止めている。
シェイラさんと思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
「おれも勇者の旅について行きたいなあ」
「ロイは僕の代わりにアリアを守ってくれるんだろう?」
「おれが姉ちゃんから守って欲しいくらいなんだけどなあ。ルークがいない間、姉ちゃんは檻にでも放り込んでおいてくれよ」
「ロイー? シチュー、あんたの分も持って行くわね」
「ええ!? おれ、まだ死にたくないよ!」
クレイさんに続いてロイまでアリアを止めにかかった。
アリアの料理がひどい扱いだな。
「ったく、静かに食えないのかい? はいはい、座って。食事中にうろうろしない!」
収拾がつかないので、とうとうシェイラさんが皆を止めに席を立った。
想像しいアリア一家を眺めながら思う。
……楽しいなあ。
暖かいこの場所にも戻って来たい。
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