わたしがまもるの③

 暫く空の旅が続いた。

 遠くまで来てしまった気がするけど大丈夫かなあ?

 おかあさんに叱られることになっても、おにいちゃんと一緒だからいいかな。

 別に一人で叱られることになってもかまわない。

 今は何もかもがどうでもいい、そんな気分だった。


 火竜の背中は居心地がよく、膝を抱えて景色を眺めていると眠くなってきた。

 寝ると落ちてしまうかもしれない。

 おにいちゃんに頼めば落ちないように見ていてくれるかもしれないけれど、話しかけるのが嫌で必死に寝るのを我慢していたところで突然景色の色が変わった。


「うん? ……あ。うわあ!!」


 眠気が一気に吹っ飛ぶ光景が目の前に広がった。

 空とよく似た青が広がる、あれは――。


「グレイス、海だ!!」

「うみー!!」


 おにいちゃんも嬉しくなったのか身を乗り出して叫んだ。

 海が見えてくると風のにおいも変わった。

 今まで嗅いだことのない不思議な……気持ちの良い香り。


「凄いなグレイス! 降りられる場所が全然ない! 一面海だよ! 全部青だ!」

「うん!」


 話をしたくなかった気持ちなんて忘れて、大きな声で頷いた。


 空と海の青の間を進むと、おうちぐらい大きな岩が見えた。

 海の水は動いていて湖にはない『波』というものが岩にぶつかり、沢山の水飛沫が上がっていた。

 迫力があって少し怖いなと思っていたら、火竜はゆっくり下がり始めた。


「あそこに降りるって」


 おにいちゃんが指差しているのは今見ていた岩だ。

 えー……大丈夫かなあ。

 不安になったけれど嫌だと言う暇はなく……。

 火竜は羽ばたきを抑え、すいーっと岩場に降り立った。


 火竜が乗っても崩れることはないしっかりとした岩場だったけれど、自分の足で降り立つのは怖くて、火竜の背中から海を見た。

 波飛沫が飛んでくるし、ざぱーんと波のぶつかる音もちょっと怖い。


「おにいちゃん、海って湖と違って怖いね」

「そうか? 楽しいけど? で、どこにいるんだ?」


 本当かなあとおにいちゃんの顔を覗き込むと、確かに目をキラキラさせていた。

 何かを探しているようでキョロキョロと辺りを見回している。


「あ! あれか!」

「ほえ?」


 おにいちゃんの目が更に輝いた。

 火竜から身を乗り出して落ちそうになっている。

 何かいるの?

 おにいちゃんを見ながら首を傾げていると、急に影が差した。

 お日様の光を何かが遮ったようだ。

 何もない海なのに?

 そう思いながらおにいちゃんの視線の先を見ると、そこには大きな塔が出来ていた。

 いや、塔じゃない……海からにょきっと伸びた細長い巨体、これは……。


「へび!!?」

「こらグレイス、失礼だぞ。海竜だよ!」

「かいりゅう?」


「はじめまして」とおじぎをしているおにいちゃんを横目に見ながら、ぽかーんと口をあけて海竜を見た。


 大きな蛇の魔物に見えるけど……綺麗な銀色の鱗に覆われたからだは、海の蒼を映して輝いていた。

 綺麗、とっても眩しい。

 同じ竜でも力強い迫力の火竜とは違って、鋭い感じ……研いだ剣みたい。


 それに……とても素敵なものを見つけた。


「目が宝石みたい」


 おかあさんと、ロイおにいちゃんと同じ色。

 ジーっと見つめていると目が外せなくなってしまった。

 吸い込まれてしまいそう。


「火竜がさ、海竜とも友達になったらいいって!」


 おにいちゃんの声でハッとして、海竜から視線を外した。

 おにいちゃんを見るととても嬉しそうに笑っていた。

 そういえばおにいちゃんが大事にしているおばあちゃんの魔法書に海竜も載っているんだっけ。


「あの、父がお世話になりました。おれ、勇者の、ルークの息子です!」


 早速おにいちゃんは海竜に話しかけ始めた。

 村で人に話しかける時には見せないニコニコ顔だ。

 いつもこうだともっとお友達が出来るのに。


 そんなことを考えていると「シャー!」という大きな鳴き声が響いてびっくりした。

 声の主は海竜で、細長いからだを左右に振って波をばしゃばしゃさせていた。

 ……なんだかはしゃいでいる?

 それに、またわたしを見ているような気がする。


「グレイス! 海竜が『君の髪はルークと一緒で綺麗!』って言ってる! ……おれより、グレイスと友達になりたいみたいだ……」


 おにいちゃんは海竜の声も聞こえるようだ。

 わたしには聞こえなかった。

 おにいちゃんが悔しそうに顔を顰めているけど、竜とお話しできる方が羨ましい。


「わあ!?」


 火竜が尻尾をおにいちゃんに巻き付けて慰めているのを見ていると、からだがふわりと宙に浮かんだ。

 波が顔にかかって冷たい。

 海に落ちた――と思って息を止めたけれど、違った。

 湿ったものがからだに触れているけど、水中ではない。

 触っているのは鱗だ。


 気づけばわたしは海竜のからだの上に乗っていた。

 火竜の背中は逞しい筋肉があって凸凹しているが、海竜の背中は凹凸がなく鱗が艶々していて気持ちがいい。


「ふえ!!?」

「グレイス!?」


 海竜の鱗の感触を楽しんでいると、突如視界が動いた。

 おにいちゃんに呼ばれた気がしたけど、その声も姿も、一瞬で遠くなった。

 ええええ!?

 わたし、海竜に連れ去られちゃった!?


 海竜の大きなからだが軽快に水面を跳ねて進む。

 水飛沫がたくさん飛んできて目を瞑ったけれど、不思議なことに濡れない。

 なにこれ……楽しい!

 空を飛ぶときよりもドキドキワクワクする!


「はやい-! すごいー!」


 大声で叫ぶと、海竜も嬉しそうにシャー! と遠くまで鳴き声を響かせた。

 何を言っているか分からないけど、海竜もとっても楽しそう!


「おもしろいよう!」


 大笑いしながらしっとりとしたからだにしがみつくと、海竜はまた楽しそうに声を上げ、大きくジャンプしながら進み始めた。


「うわあ!」


 からだが上に下にと動いて頭がグラグラする。

 楽しいけど、ちょっとあぶないかも……!


「あ」


 海竜が何度目かのジャンプをしたその時、綺麗な鱗から手が離れ、からだがフワリと浮いた。

 海に落ちちゃう!

 そんなことを考えながら、離れて行く海竜を見送る。

 手を伸ばそうとしたけれど、バシャン! という大きな水音と同時にわたしは海の中に落ちてしまった。


 今自分が海の中にいるということは分かるけれど、何がなんだか分からない。

 おかしいな。

 わたし、泳ぐのは得意なのに!

 足が届く川でしか泳いだことはないけど……。

 上と下が分からない……空はどっち!?

 息も出来な……あれ?


「息、出来る」


 海の中なのに、何故か話すことも出来た。

 バタバタするのをやめて落ち着くと、海の中をはっきりと見ることも出来た。

 明るい方が空、暗い方は……どこまで続いているのか分からなくて怖い。

 急に不安になって、ギュッと手を握りしめた。


 そうだ、海竜。

 海竜を追いかけなきゃ……。


「シャアアアア!!」

「わああああ!?」


 突然目の前に牙が見えた。

 食べられる!? ……と思ったら、大きなからだと綺麗な鱗が見えて……海竜だった。

 よかった、落ちたことに気がついてくれていたみたい。

 海の中でも息が出来たり話すことが出来るのは海竜のおかげなのかな?


「ん?」


 海竜はわたしのまわりをぐるぐる回って、何か言いたそうにしている。

 何ー?

 暫くするとわたしの目の前でとまり、長い首をだらりと下げた。

 もしかして、わたしが落ちたことを気にしているのかな?

 何だかとってもしょんぼりしているように見える。


「ふふ、大丈夫だよ?」


 大きなからだをよしよしと撫でた。

 海竜の銀の鱗は海の中だと更に綺麗に輝いていた。

 火竜はかっこいいけど、海竜は本当に綺麗。

 海竜がいると、さっきはあんなにも恐ろしいと思った暗い海の底も穏やかで優しいものに見えてくるから不思議。


「お?」


 自然とからだが動き、海竜の背中へと戻された。

 また移動するんだね。

 今度は落ちないように気をつけようとしっかり捕まると、海竜はゆっくりと海の中を進み始めた……って、え?

 海から出ないの!?

 息は出来ているから困らないけど大丈夫かなあ?


 苦しくなったりしないか心配だったけど、海の中を進むのは気持ちよかった。

 初めて見るもので溢れていてドキドキする。

 色んなお魚、図鑑で見た海に住む大亀。

 紙のようにぺったんこでヒラヒラと泳ぐあれは魚?

 まるくて透き通っていて、ふよふよ動いて……たくさんいるこれは魔物?


「海ってきれいだねえ」


 棒のように細長い魚がすれ違う。

 凄い早さだった。

 刺さったら大変だろうなあ。

 でも銀色のからだがキラリと輝いていて、光が駆け抜けていったみたいだった。

 ニョロニョロと動くのは……蛇!?

 鮮やかな黄色で、海の中でリボンが泳いでいるよう。


 楽しくて鼻歌を歌っていると、海竜も応えるように鳴き声をあげた。

 海竜の鱗を撫でながら一緒に歌う。


「海の中ってきれい。海がきれいだからあなたもきれいなのかな? それとも、あなたがきれいだから海もきれいなの?」


 私の言葉が嬉しかったのか、海竜がクネクネと動いた。

 ふふ、照れてる。

 こんなに綺麗で凄いのに、海竜はなんだか可愛い。

 わたしは火竜よりも海竜が好きだな。


「うん? どうしたの?」


 暫く進んだところで、海竜の動きがピタッと止まった。

 背中から海竜の頭に目を向けると、上の方をジーっと見ているのが分かった。

 その視線の先を追うと、お日様の光を浴びて揺らめく海面のなかに茶色い塊をみつけた。

 その茶色は木で……あれは船、かな?

 船を下から見たことがないから分からないけれど、お父さんに連れて行って貰った王都で見た、見物用の船の底がこんな感じだったと思う。

 おにいちゃんは火竜に乗っているだろうし、誰か知らない人が船に乗っているのだろう。

 そんなに大きな船ではないから、乗っているのは多くても五人くらいだと思う。

 お魚釣りでもしているのだろうか。

 近くに村でもあるのかな?


「うん?」


 下を通り過ぎるのかと思いきや、海竜は段々と船に近づいて行く。

 バタバタと動きが大きくなっているから、とてもワクワクしていることが分かる。

 大丈夫かな、船にいる人達はびっくりしないかなあ?

 でも村の人は火竜を見て喜んだし……船にいる人達も海竜を見たら喜ぶに違いない。

 嬉しそうに笑う誰がの姿を想像して、わたしもワクワクしてきた!

 海竜も同じなのか、勢いよくザパーンと海から飛び出した。


 船を見ると、三人のおじさんがこちらを見ていた。

 とても驚いているようで目を見開いて固まっている。

 やっぱり、突然びっくりするよね。


「なんだこのデカいのは。サーペントか? ……って子供!?」


 おじさん達は海から出てきたわたしにも驚いていた。

 そっか、海の中から子供が出てくるのもおかしいよね!

 なんだかいたずらが成功したような気持ちになって、くすっと笑った。

 それに、そろそろ海竜だと気づいて喜んでくれるかな?

 期待をしながらおじさん達に目を向ける。


 でも――。

 おじさん達はわたしが望んだ反応をしていなかった。


「こんなところに子供がいるわけないだろう! 魔物に決まっている!」

「珍しいサーベントだな。高く売れそうだ」


 向けられたのは怖い顔、悪いことを考えている顔。

 その表情と『魔物』という言葉に、今度はわたしが固まった。

 サーペント?

 売る?

 どういうことか考えていると、おじさん達は船から槍を取り出した。

 その先端が狙っているのはわたしと海竜。

 考えなくても、今悪いことが起こっているということがすぐに分かった。


「逃げよう!」


 声を上げたその瞬間……海竜の綺麗な鱗に何かが当たった。

 それは氷だった。

 おじさん達が持っている槍には魔法の効果がつけられているようだ。

 先の尖った石のような氷がいくつも飛んできては、僅かだが海竜の鱗を傷つけ、海の中へと落ちていく。

 大きな怪我にはならずホッとしたが、傷がついたことで輝きを減らした鱗を見て胸が痛んだ。


「おじさんたち、やめて! サーペントじゃないよ! 海竜だよ!」

「へえ! そりゃあもっと高く売れそうだ! しっかし、固いな」

「どこか弱いところがあるはずだ。鱗のないところを探せ! 腹の方はどうだ!?」


 海竜だと言っているのに、おじさん達は信じていない。

 船を動かして、海竜を傷つけようと躍起になっている。


「ねえ、海竜! 逃げよう!?」


 鱗をぺしぺしと叩いて「行って!」とお願いするのに、何故か海竜は動いてくれない。

 小さく鳴いて、すっかりしょげてしまっていた。

 攻撃されていることが凄く悲しいみたい。

 おじさん達を見る目がとても寂しそう。


 海竜はきっと、おじさん達と友達になりたかったんだ。

 だからあんなにワクワクしながら船に近づいた。

 でも……おじさん達には槍を向けられた。


「……あんまりだよ」


 海竜の気持ちを思うと泣きたいくらい悲しくなった。


 ……わたしがなんとかしなきゃ。


 そう思った瞬間、からだが動いた。


 海竜のからだから、近づいて来た船に飛び乗る。

 自分でも驚くほど高く飛ぶことが出来、波で揺れる船の中に綺麗に着地した。

 おじさん達があんぐりと大きく口をあけて呆けている間に目的を果たしたい。

 まずは一番近くにいたおじさんの槍を蹴り飛ばし、海の中に落とした。


 わたしの目的は三人の槍をなくすこと。

 槍がなければ海竜が傷つけられることはない。

 まずは一人!


「このガキ!」

「おい、この子供も魔物かもしれないぞ!」

「きっとそうだ! 今の跳躍といい、普通の子供の動きじゃねえ!」


 わたしが魔物!?

 この人達もわたしが『ちちおんな』だっていうの!?

 腹が立って、魔物だと言い出した奥にいたおじさんの槍を持つ手に思いきり跳び蹴りを入れた。

 わたしの迫る勢いに怯んだおじさんの手からあっさりと槍が落ちた。

 足が当たったところが痛かったのか、手を擦っている間に槍を海に放り込む。

 これで二人……残った槍はあと一本!


「クソガキが!」

「!?」


 槍を持った残りの一人が、背後からわたしを捕らえた。

 担ぎ上げられ、からだが宙に浮く。

 足をバタバタしてもがくけど逃げられない。


「槍で突かれたくなかったら大人しくしていろ!!!!」


 恐ろしい剣幕で怒鳴られ、からだがビクッと跳ねた。

 おかあさんは怒るけど、こんなに大きな声は出さない。

 お父さんは優しくて「だめだよ」とは言うけど「こら!」って怒らない。

 大人にこんな言い方をされるのは初めてで……怖くてじわっと涙がこみ上げてきた。


「うー」

「お、おい、泣くな! ……ってこのガキ、恐ろしく可愛いツラしてるな」

「あ、ああ。やっぱり魔物だろう」

「! わたし、ちちおんなじゃないもん!」

「ちちおんな?」


 船がぐらりと揺れた。

 わたしを担いでいたおじさんの足もぐらつき、倒れそうになったその時、船の下の方から水柱が上がった。


 おじさんと一緒に倒れなが水柱の正体――海竜が見えたその瞬間に、視界が急激に動き始めた。

 茶色の塊、船らしきものが遠ざかっていくのが見えて何が起こったか分かった。

 海竜がわたしを連れて逃げ出していたのだ。


 気づけば海竜の背中に乗せられていて、手に大好きになった鱗の感触がした。

 でも、ほんの少し前にはなかった感触に気づいて……胸が痛くなった。

 手にあたる引っかかり。

 それは沢山出来てしまった傷。

 海竜に痛みはないようだけれど、わたしはとても悲しくなった。


「ねえ……どうしてやり返さなかったの?」


 海竜だったらあのおじさん達をやっつけることも出来たはずだ。

 なのに海竜は何もしないでただ傷つけられることに耐えていた。


 わたしの質問に海竜は何故か優しげな声で鳴いた。

 何を言っているかは分からないけど、そこには悪い感情はなかった。

 傷つけられたのに怒っていないようだ。

 不思議だ。


 わたしは……怖かった。

 捕まって逃れられず、何も出来なかったのが悔しかった。

 わたしがなんとかしなきゃって思ったのに……!

 悔しくて、悔しくて悔しくてたまらない。


 もうこんな思いはしたくない。

 後悔したくない。


 だからわたしは、やっぱり――。


「……強くなりたい」


 強くないと、守りたいときに守れない。

 大切なのはロイおにいちゃんだけじゃない。

 分かっていたはずなのに……それを忘れていた。


 おかあさんのことはおとうさんに任せようって思っていたけど、大事なものは人に任せちゃだめなんだ。

 今までの私に、おじいちゃんの剣を継ぐ資格はなかった。


「さっきは守れなくてごめんね。わたしのだいじなおともだち。あなたがわたしをまもってくれたみたいに、こんどはわたしがまもるね」


 海竜の首にギュッと抱きつくと、さっきよりも嬉しそうに鳴いてくれた。

 可愛くて綺麗なおともだち、大好きだよ。

 わたしに大事なことを教えてくれてありがとう。




「たのしかった~」

「ったく、どこまで行っていただんだよ」


 元の岩場に戻るとおにいちゃんに「待ちくたびれた」と叱られた。

 思っていた以上に時間が経っていたようで、気づけばお日様が低いところまで来ていて、空がうっすらと赤くなっていた。

 暗くなったらおかあさんに怒られる!

 海竜とお別れするのは寂しいけど、早くおうちに帰らないと!


「海竜、また遊ぼうね。さよな……うわっ!」


 海竜の頭を撫でながらさよならを言おうとしたのだが、海竜が私のお腹にグリグリと頭をねじ込んで来た。

 やめて~海に落ちちゃう!


「海竜、まだグレイスと遊びたいって」


 おにいちゃんが海竜が言っていることを教えてくれた。

 わたしも遊びたいけど帰らなきゃいけないの!


「わたし、おうちに帰らなきゃいけないから。またね?」

「海竜、『一緒に行く!』って言ってる。うーん、でも海竜って海にいなくちゃいけないんだろう? 一緒にはいけない……え? 行けるのか?」

「いけるの!?」


 わたしには何を言っているかさっぱりだけれど、口を挟んできたのは火竜だ。

 『行ける』と言っているようで、何やらおにいちゃんと話を始めた。

 海竜も一緒にいけるなら……行きたい!!

 今もお腹にくっついている頭を見ると、海竜も期待に目を輝かせていた。


 途中から海竜も話に加わり、相談を始めた。

 わたしだけのけ者で寂しいけれど、話終わるのをじっと待つ。

 まだかなあ。

 海竜を見ていると、おにいちゃんと火竜に言われて何かを試していた。

 力を込めているのか唸り声をあげているけど……どうしたんだろう。


「……すぐには無理みたいだね」


 暫く唸っている海竜を見ていたおにいちゃんが、火竜と目を合わせて苦笑いをしている。

 どうなったの? と首を傾げていると、わたしに気がついたおにいちゃんが話してくれた。


「火竜が海竜に海から離れても大丈夫になる方法――おれ達と同じ姿になる変化の魔法を教えてくれたんだけど……今は出来ないみたい」

「同じ姿? そんなことが出来るの!?」

「練習すれば出来るって」

「火竜は出来るの?」

「出来るけどやりたくないって言ってる。『人化』っていうらしいんだけど、聖獣や力のある魔物も出来るんだって。でも、海竜みたいな人間好きじゃないとあまりやりたがらないらしいよ。人の姿になれば、グレイスとも言葉が通じるようになるみたい」

「ええ!? 凄い!! やった-!!」


 おにいちゃんが「海竜が練習すれば、だよ?」と念を押すように言ってくるけど、そんなの気にしない!

 今すぐお話しできないのは寂しいけど、いつか出来るなら……!


「ねえ、海竜! おねがい、練習して! わたし、海竜と海以外でも遊びたいし、お話したい!」


 魔法がすぐに使えなかったことにしょげている様子の海竜だったけど、わたしがおねがいするとシャー!! と気合の入った声を上げてくれた。


「『任せて! 同じ姿になって遊びに行くから!』、だって」

「うん! なるべく早くね!」


 より一層張り切った鳴き声が響いて、思わずおにいちゃんと笑ってしまった。

 火竜はなんだか少し呆れているようだけど、目は優しかった。


 そんなことをしている間にお日様は更に低くなっていて、慌てておうちに帰った。

「絶対叱られる-!」と叫びながら火竜を急かすおにいちゃんの隣で、わたしは海竜のことを考えていた。

 自分がちちおんなだと分かって悲しかったけれど、それが全部吹き飛んじゃうくらい楽しくてドキドキした。

 海竜のおかげだ。

 素敵なお友達が出来て最高の日だ。

 また会える日が待ち遠しい。


「海竜、どんな姿かなあ」


 そういえば歳も男の子か女の子かさえ知らない。

 でも、きっと美人に違いない。

 楽しみ!






 火竜に送って貰い、村に着くと、オロオロしているおとうさんが迎えてくれた。

 腕を組んでオークみたいになったおかあさんが待ち受けていると思っていたわたしとおにいちゃんはホッとしたけど……どうしたんだろう?

 おとうさんはこちらに近づくのを躊躇っているみたいで、踏み出したり下がったりしている。

 あ、そっか!

 わたし、おとうさんに「ばかー!」って言ってから逃げちゃったんだ。

 おとうさんは何も悪くないのに……!


「おとうさん、ごめんなさい!」

「グレイス?」


 走って飛びついてぎゅーっとしたらおとうさんもぎゅっとしてくれた。

 嬉しくてえへへと照れながらおとうさんを見たら、おとうさんの目がうるうるしてた。

 あ、おとうさんまた泣きそう。

 おかあさんに「そのすぐに水が出る壊れた目を治せ!」って叱られてたけど、いつ治るんだろう。

 おかあさんも前はちょっと壊れてたけど、最近は治ったみたい。

 おとうさんが帰って来て治してくれたのかな。

 おとうさん、自分では治せないのかなあ。


「グレイス、エミール。おかえり! 火竜がいるから大丈夫だとは思ったけど、心配したよ? お腹空いてない?」


 おにいちゃんとごめんなさいをしてから「すいた!」と頷くと、おとうさんはおにいちゃんとわたしを抱き上げて歩き始めた。

 左腕にわたし、右腕におにいちゃん。

 おとうさんはにこにこしながら歩いているけど、重くないのかな?

 すごいな-!

 落ちないようにおとうさんにくっついたら嬉しそうに笑ってくれた。

 おとうさんはおにいちゃんの方をチラチラ見て、おにいちゃんにもやって欲しそうにしているけど……無視されてる。

 もう、おにいちゃんってば、本当は自分もやりたいくせに!


 手を伸ばして、くすぐったがりのおにいちゃんが特に弱い脇を突いた。

 飛び跳ねて落ちそうになったおにいちゃんが慌てておとうさんにしがみついて、わたしは思わずニヤリと笑った。

 作戦成功!

 おにいちゃんがキッと睨んできたけど、照れて真っ赤な顔で睨まれても怖くないもん。


「二人とも! そうやってちゃんと捕まっててね!」


 おとうさんがもっとニコニコになったからよかった。


 ごはんだからお家に入るのかと思ったら、おとうさんはお家は通り過ぎて広場の方へと歩き始めた。

 そういえば夕ご飯の時間が近づいてきたら、お外にはあまり人がいなくなるはずなのに今日は賑やかだ。

 暗くなってきたらお外に出ちゃだめって言われるはずの子供の姿もある。


「いい匂いがするなあ」

「あ、本当だ!」


 鼻をくんくんさせるとおにいちゃんが呟いたとおり、お魚の焼けたにおいがした。


「湖で魚を獲ってきたんだ。凄く大きいから、村の皆で食べようね」

「おとうさんが獲ってきたお魚を皆で食べるの?」

「そうだよ」

「凄いね! ね、おにいちゃん!」


 おにいちゃんはまだわたしには怒っているようで、ぷいっと顔をそらした。

 なによ、おにいちゃんてばかわいくない!


 広場に着くと、ちょうどお魚が焼けたところだった。

 焼いているのはシェイラおばあちゃんとおかあさんで、その周りには子供がたくさんいた。


「わあ、おっきい!! なんてお魚?」

「レッドヴェルスっていうんだよ。正確には魚ではないんだけど……まあ、美味しいから!」


 わたしに説明してくれるおとうさんに、周りの子供達はキラキラした目を向けている。

 その中にはわたしがあまり好きじゃないセルジュもいた。

 セルジュはおにいちゃんともあまり仲良くないはずだけど、おにいちゃんに「おまえの親父凄いな!」と興奮した様子で話しかけていた。

 おにいちゃんは無視してるけど……わあ、すごーく嬉しそう~。

 我慢してなんでもない顔しているのを見ていると笑っちゃう。

 おにいちゃんをニヤニヤしながら見ていると目が合って、また睨まれちゃった。


「グレイス! こっちにおいでー!」


 おかあさんに呼ばれ、怒っていないみたいでよかったと思いながら慌てて向かった。


「ほれ、あんたが一番よ」

「え?」


 お皿を渡され受け取ると、そこにドンと大きなお魚の身を乗せられた。


「ルーク、あんたに食べさせてくて張り切ったみたいだから。……昔、私が頼んだ時よりデカいのがちょっと癪ね……」


 おかあさんがお魚を取り分ける作業をしながら、クイッと顎でおとうさんの方を差した。

 おいしそうなにおいにつられ、早速口に入れてもぐもぐしならそちらを向くとおとうさんと目が合った。


「おとうさん、おいしいよ~! おっきなおさかなありがとう!」


 ホッペに手を添えてとってもおいしいことを伝えると、おとうさんはパッと嬉しそうな顔になったけど……すぐに顔を押さえて俯いた。

 あれ、どうしたの?

 おかあさんも不思議そうに見ている。


「ルーク、どうしたのよ」

「嬉しすぎて……『大き過ぎ!』って叱られないこの幸せを噛みしめて……ごめんなさい!」

「?」


 おかあさんの表情がスッと消えた瞬間におとうさんが叫んだ。

 わたしにはおとうさんがどうして謝ったのか分からないけど、なにかまずいことがあったみたい。

 「グレイスはエミールと一緒に座って食べていて」とおかあさんに送り出され、少し離れたところに座った。

 おにいちゃんを呼びつつ、おとうさんとおかあさんをちらりと見ると、何も言わずじーっと立っているおかあさんに向けて、おとうさんが一生懸命なにか話しているのが見えた。


「わあ、美味そう。……って、お父さんはまた何か怒られているのか?」


 おにいちゃんがわたしからお皿を受け取りながら、おとうさんを見た。


「そうみたい。でもだいじょうぶだよ。シェイラおばあちゃんがいってたもん。おかあさんがおとうさんにおこってばかりいるのはあまえてるんだ、って」

「ええ? 意味が分かんない」

「ふふーん、それはおにいちゃんは『おんなごころ』がわからないからよ!」

「はあ? じゃあ、グレイスは分かるのかよ」

「も、もちろんだよ!」

「説明して」

「……ひみつ」

「……絶対分かってないだろう」


 うん、わかってない!

 『甘える』ってなでなでして欲しいとか、ぎゅってしたいってことだよね?

 だから怒ってるのが甘えるっていうのがよく分からない。

 おばあちゃんに詳しく聞くと『あんた達のお父さんが優しいってことよ。許して貰ってるのはアリアの方なの』と更に分からないことを言われた。

 いつもごめんなさいをしてるのはおとうさんの方なのに?

 よく分からないことだらけだけど、おとうさんがやさしいのは分かるからいいか!


 もう一度二人の方を見ると、おかあさんの機嫌は直ったみたいでニコニコしていてホッとした。

 前にもみんなでおとうさんが獲ってきた大きな魚を食べたことがあったそうで、「なつかしいね」とお話ししていた。

 前にもあったのなら、また次もあるかな?

 お魚はおいしいし、お外でごはんを食べるのは楽しい!


 お魚だけじゃなくて、村の人達が持ち寄ってくれたごはんもたくさんあって、どれを食べようか迷うのも楽しかった。


「うー……たべすぎたあ」

「食い意地をはるからだよ」

「ずかんをみながらたべる、ぎょうぎわるいおにいちゃんにいわれたくないー」


 木に凭れながらパンパンになったお腹を撫でて休む。

 足を伸ばして座っていたおにいちゃんを枕にしたら、「重い!」と怒って家の中に入って行ってしまった。

 おこりんぼだ。


 わたしも帰ろうかなあと思うけど……動くのがめんどうくさいよお。

 眠くなってきたし……このまま寝たらおとうさんが運んでくれるかな?


 ウトウトするわたしの耳に、おとうさんとおかあさんの会話が入ってきた。


「グレイスはねえ、なんだかしらないけどロイが大好きなのよ。でも、初恋は実らなかったみたいねえ」

「は……はっ、初恋!!?」

「何をそんなに驚いているのよ」

「だって、そういう好きだとは思わなくて! 初恋だなんて早くないか!?」

「そんなことないわよ。私だって五歳の頃にはあんたのこと……って、お、お酒が空だわっ」

「!! アリアッ!!」


 おとうさんとおかあさん、元気だなあ。

 大きな声で大騒ぎしている。

 仲がいいのはいいことだけど、うるさいよう。


「グレイスは僕より強い奴にしか嫁にはやらない!」

「ふふ。じゃあ、どこにも嫁げないわね? 今回は失恋ってことになっちゃったみたいだけど」

「失恋……それはそれで腹が立つな。僕とアリアの可愛い娘を悲しませるとは……ちょっとロイと語り合ってこよう」

「それで?」

「これで」


 『それ』ってなんだろう?

 少し目を開けるとおとうさんが拳を握っていて、おかあさんがそれを指差していた。

 手でお話出来るの?

 おとうさんは色んなことが出来るんだなあと思っていると、足音が近づいて来た。

 誰か来たようだ。

 おとうさんとおかあさんの近くで足音が止まると、聞いたことがある声が聞こえた。

 これは……『歯抜けの隊長さん』だ。


「おい! なつかしい状況じゃないか? 観衆の中で、俺がお前を倒した時を思い出す。さあ、今度は手加減なしで再戦といこうじゃないか!」

「トラヴィスは後で。ロイー!!」

「え? ちょ、おま……おい…………」

「ぶふっ、後回しにされてるし! お酒噴いちゃったじゃない! 笑わせないでよ、歯抜け隊長」

「は、歯抜け隊長!?」


 わあ……なんだか更に賑やかになってきたなあ。


 村の人達の歓声とおかあさんの明るい声。

 あと、ロイおにいちゃんの叫び声も聞こえる。


「ルーク! ま、待ってくれよ! 当たったら死ぬから! わ、わああああ!」


 レナさんの「がんばれ~!」という明るい声も聞こえた。

 村の人達の「ロイ、死ぬ気で逃げろ~!」なんて笑い声もするけれど……皆でなにをしてるんだろう。

 追いかけっこ?

 気になるけど……もう……寝ちゃう……我慢の限界……。


「……ロイおにいちゃん、がんばれ~」


 そしておやすみなさい。


 なんだかとてもいい夢が見られそうです。

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