第5話

 遅れて朝食をとった後、早速いつも魚を獲っているハイデの森の中にある湖に来た。

 近くに川もあるのだが、そこはあまり水深が深くないので大物がいない。

 大きさが必要なときはこの湖だ。


 ここはさっきトラヴィスの話に出た聖なる湖と呼ばれているところでもある。

 本当はなんてことない、ただの湖なのだが……。

 魔物がいないのは聖なる力がはたらいているのではなく、僕がこっそり根こそぎ駆除しているからだ。

 村の人、なによりアリアがここの水を生活に使っている。

 魔物に襲われたりしたら大変だからね。


「さて、潜るか」


 魚は槍で突いて獲る。

 槍といっても僕仕様で、ボロい槍に魔法をかけたものだ。

 刃を硬化させて頑丈にし、刺さると痺れるように雷を込めた。

 刺さった対象の体内に留まるようにしているから、水を伝って感電することはない。


 服はあらかじめ潜る用の短いズボンを穿いて来た。

 上の服は脱いで畳み、ほとりに荷物と一緒に置いた。

 この時は顔を隠す手ぬぐいもとっておく。

 水に濡れたら重くて邪魔だし、息がし辛くて危険だ。


「今日は水が冷たいな」


 足を入れると感じた水の冷たさに思わず身体がぶるりと震えた。

 だが、すぐに慣れる程度のもので気持ちが良いくらいだ。

 槍を持って一気に潜り、魚を探した。


「……?」


 あれ、様子がおかしい。

 いつもなら沢山いる小魚がいない。

 魚以外の生き物もいない。

 あー……これはいるな。

 魔物が。

 どれだけ倒しでも、魔物はどこからか湧いてくるのだ。


 お、出てきた……レッドヴェルスか。

 僕より一回り大きい赤い巨体。

 口ひげがある扁平な頭部に曲がりくねった長い胴。

 鯰に似ているが魚類ではなく、歴とした魔物だ。


 だが、以前食べてみると美味かった。

 魔物と動物の違いなんて、害があるかないかくらいだろう。

 こいつは襲ってくるが身体に毒があるわけでもないし、食べても害がない。

 よし、これを持って帰ろう!


 こいつには槍が効かない。

 前回戦ったときに学習した。

 滑る身体には槍が上手く刺さらないし、刺さっても雷撃が効かなかった。

 というかこいつが雷撃を使ってきた。

 面倒な相手だが……原始的な戦いですぐに片が付く……はずだ。


 身体をくねりながら猛スピードで突進してくるレッドヴェルスをかわす。

 捕まると長い胴に絞め殺されるから、あまり近寄ることは出来ない。

 ……勝負は一瞬なのだ。


 ――よし、来た!


 真っ直ぐ突っ込んできたレッドヴェルスを再びかわすその瞬間、思い切り扁平な頭部を殴りつけた。

 手には殴った瞬間に凍らせるように氷を纏わせている。


「――! ――……」


 ……上手くいった。

 思った通り、氷漬けレッドヴェルスが出来た。


 前回は殴っただけだったのだが、その瞬間に放電されて危なかった。

 触ると放電することが分かったので、触れずに凍らそうとした時には動きに邪魔されて上手くいかず、自分が凍りそうになった。

 以上を踏まえた結果――殴った瞬間に凍らせたのだが、無事放電より先に凍らすことが出来て成功した。

 すぐに浮上し、レッドヴェルスも陸に上げた。

 氷を溶かしてみると生きていたのでトドメを刺し、再び凍らせた。


「ははっ、本当にアリアを丸呑み出来そうだな」


 今まで獲った中では今までで一番の大物だ。

 これならきっとアリアも喜ぶ。


「ちょっと休憩」


 時間はそんなに経ってはいないが、身体が思いの外冷えたのか疲れた。

 短い草が生えそろった上に寝転がり、日光浴だ。

 陽の光が身体を温めてくれるし気持ちが良い。

 ちょっと張り切りすぎたかな。


 眠く……なってきた。


「ルー! ……ク……様?」

「……?」


 眠気でうとうとしていると、空が急に暗くなったと思ったら……。

 聖女が日差しを遮るように立ち、僕を見下ろしていた。


 どうしてこんなところに聖女が?

 村を出てきたのは何故だ?

 ああ、『聖なる湖』が気になったのかな。


「ルーク様、ですね?」

「え? はい。……あ!」


 何故名前を疑問系で呼ぶのだ? と思った瞬間に思いだした。

 顔を隠す手ぬぐいを取っていたことを。


 やばい、素顔を見られた。

 ……アリアに怒られるやつだ。

 名前と同じように事前申請しろと叱られるパターンだ!!

 サーッと血の気が引いていくのを感じる。


「っぽい!!!!」

「?」


 急に聖女が僕の顔を指差してはしゃぎ出した。

 顔は紅潮しているし、とても楽しそうだけど……人を指刺すのはよくないよ?

 それに今の言葉はどういう意味だ?


「ぽい?」

「ぽい!」

「……ぽい?」

「ぽい!」


 何で僕達はぽいぽい言い合っているんだ?

 なんとか素顔を見たことを黙っていて貰えないか交渉したいのに話が出来ない。


「纏う力は輝いていて、隠された素顔も美しく凜々しい……それに澄んだ紫水晶の瞳! やっぱり勇者様はとびきり美形でないと!!」

「あの……何か用ですか? ……って無視しないで……」


 こちらに背中を向けてなにやら興奮しているが、出来ればあまり関わりたくないので交渉出来ないなら早く帰って欲しい。


 少し離れたところに今日も護衛をしているのか、あの騎士が立っていた。

 今日も佇まいが美しく、格好いい。

 目が合ったので軽く会釈をすると、凄く丁寧な礼をしてくれて恐縮したのだが……。


「?」


 騎士がやたら僕の顔をジーっと見ていた。

 なんだ?


「……以前、お会いしたことがあったでしょうか?」

「僕が騎士様とですか? ないですけど……」

「そうですか。失礼しました」


 え? ないよね?

 僕は殆ど村を出ていないから騎士の知り合うことはないし、この騎士の顔にも見覚えはない。

 男前だから、見たら覚えていそうなんだけどな。


 そうだ、今のうちに顔を隠しておこう……と手ぬぐいを手にしたところで聖女と目が合った。

 何故か諌めるような視線を寄越してきたが、気にせず手ぬぐいで元通り顔を隠した。


「その布は何のために?」

「えっと……こうすると落ち着くんです」


 アリアに言われて、と答えない方が良い気がして適当に返事をした。


「おやめになった方がいいわ。勿体ないもの」

「いえ、やめる気は……ん? 勿体ない?」

「ええ、折角お美しいのに」

「?」

「?」


 言われたことに意味が分からず首を傾げる僕をみて、聖女も首を傾げている。

 どうしよう、僕はこの人と合わない。

 意思疎通が難しい!


「僕、質の悪い顔しているでしょう?」

「?? どういう意味でしょう?」

「どういうって……悪人顔っていうか……」

「はい? 意味が分かりませんわ。誰かに言われたのですか?」

「あ、いや……そういうわけじゃないですけど」

「その人はあなたの美しさに妬んだのです!」


 絶対違う。

 喋りに力が入り始めた聖女の相手をするのは更に疲れそうだ。

 そろそろ退散しようと腰を上げた。


「あの、もう帰るので。用があるなら早く伺いたいんですけど……」

「この魔物はどうしました?」

「え? あ、はい?」


 話に参加する気配を見せていなかった騎士が急に声を掛けてきた。

 ここに来て話に参加者が増えるのは嫌だなあ。

 早くアリアに会いたい。


「まあ! これは……レッドヴェルス? 凍っているけど……ルーク様、魔法をお使いになるのね!? そうでしょう、そうでしょう。やはり」


 聖女が興奮気味に氷をツンツンしながら頷いている。

 騎士は顔を顰めながら氷漬けレッドヴェルスを見ている。

 ……なにか勘ぐられていそうで嫌だなあ。

 帰りたい……凄く帰りたい!

 今日も遅いと言われたらどうするんだ!

 折角褒めて貰えそうな獲物があるのに!


「魔法といっても使えるのは凍らせる程度のものですよ。そいつは湖にいたんで駆除しました。夕飯に丁度いいので持って帰ります。では……」

「駆除? この湖に魔物はいないのでは?」


 僕が帰る気満々なことを察してください。

 立ち去ろうとしているのに、進路を塞ぐように立つ二人に苛立った。


「全部始末したのに、たまに湧くんですよ。湧いたらすぐに駆除しますけど。……早く帰りたいのですが」

「……。この湖に魔物がいないのは聖なる力があるというわけではなく、貴方が守っていらっしゃると?」

「え? あ! ……ええっと」


 しまった……早く帰ることにばかり意識が向いてしまい、余計なことを言ってしまった!

 騎士の眉間の皺はさらに深くなっていた。


「ずっとお一人で魔物を退治されていらっしゃるようですね? この魔物もお一人で倒されたようですし。随分腕が立つようだ」

「こ、これは弱っていたので。運が良かっただけですよ」


 全然っ元気だったけど!

 あまり詮索されたくないから、なにを言われても適当に嘘をつくつもりだ。

 ……と、いうことでお互い時間の無駄なので帰ります。


「もう、いいですか?」

「「……」」


 ……なんだ?

 聖女と騎士様が顔を見合わせ、なにやらこそこそと話をしている。

 こちらを見ているから僕の話をしていることは分かる。

 本人の前で陰口とかやめてください!

 黙って帰ろうと思い、身支度をするために動き出したところで聖女に腕を掴まれた。


「お願いがあります」

「お断りします」

「彼と――騎士のジュードと手合わせして頂けませんか?」

「聞いて」


 ジュードさん? 騎士様と手合わだなんて力の加減が難しそうだし、何もいいことがない。


「手合わせといっても身体を動かす程度の軽いものでよいのです」

「嫌です。絶対に嫌です。他当たってください」


 掴まれている腕も解き、何度も無視されないように断固拒否という姿勢をみせた。

 騎士の方は険しい顔をしているが黙って僕を見ている。

 聖女はまだ諦めていないのか、横を通り過ぎようとした僕の進路を再び塞いだ。

 翡翠色の瞳が真っ直ぐ僕をみつめてくる。


「わたくしの……『聖女』のお願いを無碍にするのですか」

「はい。罪になりますか」

「……いえ、わたくしが悲しいだけです」

「なら良かった」

「割と酷いのね!」

「とにかく、本当にそろそろ帰らないとまずいので」

「ちょっと待ってください!」


 遅いと怒られるし、鮮度が落ちて不味くなっても怒られる。

 これ以上の長居はなにも得しない。

 なにか沢山喋っている聖女を無視するのは申し訳ないけれど、今日は許してください。

 聖女を押し避け、急いで村を目指した。


 今日はアリアが喜んでくれますように……!

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