第11話

「どうしてここに?」

『ふむ。在るべきところに在る。それだけだ』

「全然意味が分からない!」


 まさか、きのこ君が返しに来た?

 いや、そうだとしても玄関の鍵は掛けてあったから、家の中にあるのはおかしい。

 聖剣には勝手に移動する機能とかあるのだろうか。

 そういえば名前を呼んだら手に来たな?

 でも名前なんて呼んでないのに……。

 とにかく、こっそりトラヴィスのところに戻してこようと手に取った。


『おお! ついに我と共に旅立つのだな!』

「歯抜け勇者の聖剣がこんなところに。大変だ、届けて差し上げないと」

『!!!! ……うぅっ』


 聖剣に聞かせる独り言を零し、外に出た。

 一秒でも早くお届けしなければ。

 きのこ君がいたら、管理はちゃんとするように忠告しよう。

 聖剣に紐でもつけてトラヴィスに繋いでおいて貰おうか。


 空はまだ仄暗く、空気も澄んでいて気持ちが良い。

 いつもは自分が起きてからは家に鍵なんてかけないのだが今日は鍵をした。

 アリアが寝ているから誰かが入って来たら大変だ。

 こういう生活の些細な変化だけでも幸せを感じるなあ。

 思わず顔が緩む。

 不審者だと思われないように気をつけなければ。

 あ、手ぬぐいで顔は隠れているからニヤついていてもバレないか。


 気分が良くて足取りは軽くなる。

 この手に聖剣がなければ、文句一つ無い気持ちいい朝だったんだけどなあ。


「まったく、勝手に入ってくるなよ」


 宿屋に足を向けながら、右手に持った聖剣に抗議した。


『勝手とはなんだ! 聖剣が勇者に許可を求めるなどおかしいだろう! 本来はお前の方から我に力をかしてくださいと頭を下げるべきなのだぞ?』

「僕は勇者じゃないから知らないよ。……ん?」

『どうした?』

「何かあったのかな」


 まだ早朝なのに音が多い。

 ザワザワと落ち着かないような……。

 この時間にしては起きている人が多い。

 村中で人が動いている気配がする。

 昨日の魔物襲撃のなごりかと思ったけれど、そうではなさそうだ。


 周囲を見渡していると、正面から村の人が駆けてきた。

 近所に住んでいるおじさんだ。

 僕に用がある様子ではないが、とても慌てている。


「何かあったんですか?」


 すれ違う手前で、急いでいるのに申し訳ないと思いながらもおじさんに声を掛けた。

 僕に呼び止められたおじさんは、勢い余って転びそうになりながらも足を止めてくれた。


「ルーク! 大変だよ! 聖剣が盗まれたんだ!」

「えっ」


 聖剣?

 えっと……今、僕の手にあるコレですか?


『我か?』


 そうです。

 あなたは聖剣……。

 ……ってこれが盗まれた!?


「……」


 ……まずい、よね?


 サーッと血の気が引き、身体が固まった。


 わああどうしよう!

 絶対疑われる!

 僕が盗んだと思われる!

 咄嗟に聖剣を背中に隠したが……。


「ルーク? ……お前っ、それ!」


 やっぱりすぐに見つかってしまった。

 そうだよね、こんなに目を惹く物を隠せるわけがない。

 ああ失敗した……布にでも包んでくればよかった!


「お、落ちていました!」


 隠すのは諦め、聖剣を両手で差し出した。


『……勇者よ。子供の方がまだマシな嘘をつくぞ』


 聖剣、うるさい。

 本当は『起きたら家にあった』だけど、そう言っても信じてくれないだろう。

 『落ちていた』も苦しいかも知れないけど……。

 差し出された聖剣を見ながら、おじさんは顔を顰めた。


「落ちていた!? わし達は早くから探し回っていたんだぞ!? 落ちてりゃ気づく! そんなわけないだろう! お前、盗んだな!?」


 やっぱり『落ちていた』じゃ誤魔化せなかった。

 むしろ余計に疑われた気がする。

 普段は人のいいおじさんに怪訝な顔で詰め寄られると悲しくなってきた。


「違います! 盗んでいません!」

「そりゃあオレだってお前が盗んだなんて信じられないが、実際に持っているじゃないか! しかも『拾った』なんて言われたらなあ?」


 聖剣を受け取りながらも、おじさんは更に疑いの視線を投げてきた。


『とうとう小汚いおっさんにまで触られてしまった……』


 すんすんと聖剣のすすり泣きが聞こえる。

 別におじさんに使ってくださいと渡したわけではなく、ただ預けただけなのに。

 触られただけで泣かないでくれ。


 何がそんなに悲しいのだと問う視線を投げると『美しい者にしか触れられたくない! 我は美意識が高いと言っただろう!』と怒鳴られた。

 おじさんに失礼だな。

 というか、僕だってみすぼらしいんじゃなかったっけ?


 いや、今は聖剣に構っている余裕はない。

 今の状況は盗んだ犯人だと疑ってください、と言っているようなものだ。

 しかもその状況を自ら作り上げたといってもいい。

 あー……どうしたらいいのだろう。

 返したのだから許して貰えないだろうか。

 でもそれを口にすると、更に犯人だと思われそうだ。


「……」


 黙る僕をおじさんがジーっと見ている。

 もう……考えるのが面倒臭くなってきた。

 素直に言おう。


「信じて貰えないと思うけど、朝起きたら家の中にあったんです。だから勇者様のところに届けるところでした」

「……」


 おじさんの眉間にこれでもかというほど深い皺が入る。

 うん、信じて貰えませんよね。

 そんなに親しいわけじゃないけど、子供の頃から知っているおじさんにこんなに信用されていなかったとは……。

 ああ、もう帰ってアリアに癒やされたい。


「お前、勇者様にこっぴどく負けていたから……その腹いせに……」

「は? いや、まさか……腹いせだなんて、そんなことしません!」


 腹いせするほど悔しくない。

 むしろ忘れたいから蒸し返したくないんです!


 うわあ……僕の下手な演技が人の記憶に残っていると思うと自分を殴りたくなる。

 おじさんよ、僕の心の傷のかさぶたを剥ぐようなことを言わないでくれ。


「なるほど、お前が盗んだのか」

「!」


 僕の背後で声がした。

 振り返るとそこには真顔のトラヴィスとオロオロしたきのこ君が立っていた。


「おお、勇者様! ありましたよ!」


 おじさんはトラヴィスを見ると嬉しそうに聖剣を渡した。


『フッ……歯抜け勇者の聖剣に逆戻りか……』


 今は聖剣の達観したような悲哀に満ちた呟きは聞き流す。

 受け取ったトラヴィスも嬉しそうだったが、その表情をキッと鋭いものに変えると僕を見た。


「聖剣がなければ魔王を倒せない。ことの重大さが分かっているのか!」

「だから違うって……僕は盗んでなんかいない!」

「ト、トラヴィス様! きっと何か手違いがあったのです! こうやって戻って来たことですし、いいじゃないですか!」


 きのこ君が慌ててトラヴィスを宥め始めた。

 僕の方をちらちらと見ては、申し訳なさそうな、機嫌を伺うような視線を寄越してくる。


 きのこ君はトラヴィスに、僕から聖剣を受け取ったことを話していないのだな。

 トラヴィスは自分が本物の勇者だと思い込んでいるようだ。


 きのこ君は僕が「やっぱり聖剣を返して」と言い出さないかヒヤヒヤしているのだろう。

「断罪せねば!」と張り切っているトラヴィスを必死に抑えようとしている。


「これは……何事ですか!」


 きのこ君が騒いでいるうちに逃げようかと思い至ったところで、少女の凜々しい声が通った。

 その瞬間に逃げそびれたことと、これから事態がもっと面倒な方向に向かうことを悟った。


「ルーク様?」


 僕の隣で聖女の足が止まった。

 その後ろには騎士の姿もあった。

 大きな怪我だったのにもう動いているようだ。

 流石は騎士様。


 こんな早朝だが、聖女達も聖剣を探すために起きていたのだろうか。

 聖女は何があったのだと問うように僕を見上げてくるが、説明する気力がなくなってきたのでトラヴィスに聞いてください。


「この男が聖剣を盗んだのだ!」

「……ルーク様が?」

「……はあ。違います」


 聖女の「そんな馬鹿な」と言いたげな目から顔を逸らし、盗んではいないことをぽつりと伝えた。

 ハナコがお腹を空かせているはずなので、もう行ってもいいですか?


「もしや……考え直してくださったのですか!?」

「へ?」


 興奮した様子の聖女に両腕を掴まれた。

 何故かキラキラと目を輝かせているではないか。

 もしかして、僕がやっぱり勇者をやりたいから聖剣を回収したと思っていますか?


「違います! 朝起きたら家にあったんです! だから届けようと……」

「馬鹿なことを言うな! おい、こいつを捕まえろ!」


 トラヴィスは聖女の後ろにいる騎士に向かって命令をした。

 トラヴィスに命令するような権限ってあるのか?

 明らかに年上の騎士に向かって偉そうな態度もどうかと思うし、どうして僕が捕まらなければいけないのだ。


 ……まさか、こんなことで捕まったりしないよね?


 騎士を見ると顔を顰め、嫌そうにしたのだが……。


「ジュード?」


 動き出した騎士に、聖女が不思議そうに首を傾げた。

 聖女はジュードが動くとは思わなかったのだろう。

 僕も近づいてくるジュードに思わず顔を顰めてしまった。

 まさか、トラヴィスの言うことをきくつもりか?

 騎士はトラヴィスのことをポンコツだと言っていたのに。


「……大人しくしていて貰おうか」


 騎士はそう言って僕の腕を乱暴に掴むと、そのまま僕を連行しようとした。

 どこへ連れて行く気だ?

 慌てて足に力を入れ、その場に踏み留まった。

 僕はどこにも行かないぞ。


「来て貰う」


 動こうとしない僕を、さっきよりも強引に連れて行こうとする。

 掴まれた腕は痛いし、僕の動きを封じようとしてくる。

 なんだ? 僕のことは罪人扱いか?

 これには聖女やきのこ君だけではなく、命令をしたはずのトラヴィスも驚いている。


 なんなのだ。

 話を聞いてくれる様子もないし、問答無用で連れて行こうとしている……あ。


 そこでふと、騎士と二人で話した時のことを思い出した。


 ――あのポンコツを連れて行かなければいけない。君が来てくれ。


 もしかして……僕をとりあえず窃盗犯ということにしておいて、強制敵に王都に連れて行こうとしている!?


「ちょっと! ルークに何をするのよ!」


 これは絶対に逃げなければと焦っていると、聞き慣れた愛しい声が聞こえた。

 そちらに顔を向ける。

 起きたばかりなのか、まだ髪を整えていないアリアが駆け寄って来ていた。

 騒がしいのを察知したのか、誰かから話を聞いたのか分からないが、真っ直ぐにこちらまで来ると騎士の手を叩き落として僕を回収し、避難するように皆から一歩下がった。


「そいつは聖剣泥棒だ!」


 周囲を睨むアリアに向けてトラヴィスが叫んだ。


「はあ!? ルークがそんなことするわけないでしょ! あんたがどっかに置き忘れたんじゃないの! 歯抜け!」

「……なっ!」


 アリア、最後のは言わないであげてくれ。

 トラヴィスが真っ赤だ。


「と、とにかく! 聖剣を盗むなんて大罪だ! そいつを罰しなければ!」

「馬鹿なこと言わないでよ! ルークが聖剣を盗むなんて絶対にありえないわよ!」

「どうしてそう思うのですか?」

「!?」


 トラヴィスに向けて叫んだアリアの言葉に聖女が食いついた。

 二人の少女の視線がぶつかる。

 聖女は目を合わせたまま、静かに足を一歩前に出した。

 ゆっくり、ゆっくりとアリアに近づく――。


「『ルークは私のために勇者にはならないから聖剣を欲しがるわけがない』」

「!!」


 距離を詰められながら紡がれた言葉を聞いて、アリアの顔が強張った。


「な、なにを言って……」


 アリアの顔が一気に青くなった。

 なんだかアリアの様子がおかしい。

 見たことのない怯えた表情をするアリアを見て、僕は咄嗟に聖女の進路を塞いだ。


「聖女様、わけの分からないことを言ってアリアを威圧しないでください」


 アリアを傷つけることは誰だって許さない。

 不敬だと言われても言い訳できないような視線を聖女に向けた。


「ルーク様」


 僕は魔物を威圧する時と等しい視線を向けているのに、聖女は全く怯んでいなかった。

 僕の名を呼ぶと凜とした態度で口を開いた。


「濡れ衣を着せられたくないのであれば証明すればよいのです。その聖剣が自分のものであると」

「何を言って……」

「簡単なことです。貴方が……アリアさんがルーク様に「証明しろ」と、そう言えばよいだけのこと。違いますか?」


 聖女はそう言うと、僕の背中に隠れて小さくなっていたアリアへと声を掛けた。


「アリアさん」


 聖女がアリアに近づき、腕を掴んだ。

 アリアの身体がビクッと震えた。


「わたくしはルーク様こそが勇者だと確信しております。あなたも薄々感づいているのではないのですか?」

「……っ」


 俯くアリアの表情は僕からは見えない。

 だがアリアよりも背の低い聖女からは見えているようだ。

「逃げるな」と言っているような強い目をアリアに向けている。


「聖女殿! 勇者は聖剣を持って村に現れた俺だ! いい加減に……」

「トラヴィス殿! 貴方も本当はお分かりのはずです! ルーク様と手合わせをした時、手加減をされたことにさえ気づけなかったのですか!?」

「!!」


 横槍を入れるように話し始めたトラヴィスを聖女は怒鳴りつけた。

 今度はトラヴィスの身体がビクッと跳ねた。

 悔しそうに唇を噛むトラヴィスの後ろでは、きのこ君が戸惑った様子で杖をギュッと握りしめている。


「……許さないわ」

「アリア?」


 トラヴィスの方に向いていた皆の視線がアリアに戻る。

 アリアは胸元で手を握りしめ、聖女に向けて叫んだ。


「……そんなわけないじゃない。そんなわけない。ルークが勇者だなんて……私は知らないわよ! 許さない……私のルークが勇者だなんて絶対に許さない!!」

「そうやって貴方は、勇者であるルーク様を自分の近くに閉じ込めておくのですか!!」

「!!」


 力一杯の叫びに怒鳴り返され、またアリアの肩が跳ねた。


 僕は……混乱した。

 今、アリアが辛い思いをしているのが分かる。

 止めなければいけない、アリアを守らなければいけないと思うのに……止めることを迷ってしまう。


 本当にこのまま村にいていいのか?

 村にいるとしても、ちゃんと『村にいる覚悟』は出来ているのか。

 アリアと『僕が勇者であること』について話し合わなくて良いのか。

 もう決めていたはすなのに、色んな思いが湧き出てきて……。


「失礼」

「? ……!」


 混乱している僕に向けて聖女が手を伸ばして来た。

 何をするのだと思っているうちに、僕の顔に巻いていた手ぬぐいは聖女の手によって完全に降ろされた。

 ついでにとばかりに、視界を遮る長い前髪も背伸びをした聖女に掻き上げられた。


 人前で素顔を晒してしまった。


 瞬間にアリアに叱られる! と焦ったが……。


「アリア?」

「……」


 アリアは素顔を晒した僕から何故か顔を逸らしただけだった。

 だが、その変わり……なのか分からないが、周りの空気がおかしくなっていることに気がついた。

 明らかに皆、僕の顔を見ている。


 トラヴィスはあんぐりと口を開けているし、きのこ君は何故か顔を赤くしているし、近所のおじさんは目を見開いて固まっている。


 え……何……僕はそんなに凶悪な顔面をしていますか?

 それはどういう反応なのだ?

 誰か、何か言ってくれよ……。


 居たたまれなくなったところで、頭の中に煩い声が響いた。


『ゆ、ゆゆ勇者よ……おまっ、お前……お前ええええっ!! 我が今まで見て来た中で最も!! 勇者史上最も麗しいではないか!!』

「?」

『勇者っ!! はふあぁ勇者っ!! なんだ!! 何故もっと早く我に素顔を晒さなかった!! 分かっていれば我はもっとやる気を出しておったわ!! 我っ、我っ聖剣になってよかった!!』


「……?」


 興奮しすぎていて何を言っているか分からないが、とにかく気持ち悪いことだけは分かる。

 あと、聖剣の視覚ってどうなっているんだ?

 あ、いや、そんなことはどうでもいいから聖剣は黙っていてくれ。


 僕の素顔を晒した犯人の聖女はというと、目が合った瞬間は「はあ」と溜息をついて緩い顔をしていたが、キリッと顔を戻すと再びアリアに声を掛けた。


「あなたはルーク様を独り占めしたいがため、人の目に触れないように素顔を隠させました。……心配ですよね。これだけ見目麗しい方を他の女性が放っておくわけありませんもの。……なんて身勝手な」

「……」


 アリアが更に俯き、完全に顔は見えなくなってしまった。

 怒っているのか辛いのか分からない。

 ……というか、聖女は何を言っているんだ?


「勇者は全ての人々の宝です。勇者は……ルーク様は貴方が独り占めしていい方ではありません」

「ちょっと待ってくれ」


 顔を隠していた話はイマイチ分からないが、今の話は分かる。

 僕は全ての人々の宝なんかじゃない、全ての人々のものなんかじゃない。


「僕は勇者じゃない。絶対違う。僕はアリアのものだ」

「……」


 聖女が思いきり顔を顰めた。

 僕だって同じように顰めている。

 これ以上アリアを困らせるようなことを言わないで欲しい。


 すっかり小さくなって、昨日とは違うかたちで牙が抜けてしまったアリアの頬を両手で包み、顔を上げさせた。

 アリアは泣いてはいなかったけど……泣いてしまった方がマシなんじゃないかと思えるような酷い顔をしていた。

 僕がいなくなると思っているのだろうか。

 それでこんな顔をしているのなら嬉しいけれど、アリアには笑っていて欲しい。

 安心して貰えるように微笑みながら伝えた。


「アリア。昨日誓った通り、僕はアリアのそばにいるよ。この村でずっと一緒に暮らすから」


 さっきは一瞬迷ってしまったけど、やっぱり僕にとって一番大事なのはアリアだ。

 『勇者にはならない』と決めたのは間違いではない。


「ルーク……」


 アリアは泣くのを必死に我慢しているようで、両手をグッと握った。

 そんなことをするくらいなら僕の胸に飛び込んできてくれたらいいのにと思っていると、横から聖女の冷たい声が飛んできた。


「……ルーク様。申し訳ありませんが、あなたには聖剣窃盗の容疑がかかっているのでわたくし達と一緒に王都まで来てください」

「……は?」


 聖女は僕が盗むはずがないと分かっているはずなのに何を言っているんだ?

 俯いていたアリアも弾かれたように顔を上げ、聖女に向けて怒鳴った。


「ルークはそんなことしないって言ってるでしょ!」

「そうですね」


 アリアの怒声を鼻で笑うように返した聖女の表情は冷たいものだった。

 それを見てアリアが何かを悟ったようで、ハッと息を呑んだ。


「……そうやって私からルークを奪うつもりね!?」

「アリア!?」


 叫ぶと同時にアリアが聖女に掴みかかった。


「言ったはずです!!!!」


 聖女の声は、アリアを止めようと動いた僕も思わず止まってしまうほど覇気のあるものだった。

 聖女がアリアの耳に顔を寄せて何かを囁く。


「貴方にはルーク様を独り占めする権利はないのです。選ぶことが出来るのは『別れ方』だけです。無理矢理引き離されるか、綺麗な別れ方をするか。……それを選ぶ時間も、もうあまりありませんよ」

「……っ」


 聖女が耳元から離れると、アリアの唇は震えていた。

 顔も真っ青で、足下もおぼつかない。


「アリア?」

「!」


 アリアを呼ぶと、見開かれた目で僕を見た。

 アリアの目に手ぬぐいを外した自分の顔が映っているのが見える。


「……ルーク」


 僕を映すその瞳に涙が湧いているのが見えて手を伸ばした瞬間……アリアは僕の手から脱げるように走り去った。

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