第3話

 聖剣を折ってしまったことがバレたらどうしよう。

 きのこ君は僕のことを覚えているかもしれない。

 折ったところは見られていないが、あの状況で犯人だと考えられるのは僕だけだろう。

 使者達に話される前に名乗り出た方がいいのか。

 悪いことをしたら謝らなければいけない、ということは子供でも知っていることだ。

 ああ、でも勇者関係の人やものに近づきたくない……。


 冷や汗をダラダラと流す僕の前で、聖女と使者の会話は続く。


「どうして浄化前の聖剣が現れたのでしょう。しかも折れているなんて……。すぐに浄化はいたしますが、わたくしの力では修復は出来ません」

「ふむ……。聖剣は勇者に応えるものです。勇者様がいれば本来の姿に戻ることでしょう」

「……本当に勇者であればよいのですが」

「聖女殿?」

「いえ、とりあえず先程の方々にお話しを伺いましょう」


 聖女はあの貴族剣士を勇者かどうか疑っている様子だ。

 自己申告しているなら勇者なのでは?


 それより気になったのは……彼が勇者だと聖剣は直る?

 お願いします、どうかあいつが勇者であれ!


 祈りを捧げる僕の前を通り、使者達は話をしながら宿の中に消えていこうとしたが……。


「あ! 貴方は!」

「!」


 やばい、聖女と目が合ってしまった。

 何か言い出しそうな素振りを見せ、こちらに一歩踏み出して来た。


「アリア! 帰ろう!」

「え? なんで? ええー?」

「待ってください! ああっ!」


 きょとんとするアリアの手を引っ張り、人集りから急いで離れた。




「はあ……」


 宿屋から離れた所で立ち止まり、振り向いた。

 良かった、聖女は追いかけては来なかったようだ。

 アリアの前で勇者の話なんかされたらどうしようかと……。


「おい」

「ん? ……あ」


 聖女からは離れられたが、次のピンチが待っていた。

 むしろこちらの方が危険度は高い。

 アリアが両手を腰に当てて仁王立ちという、怒っている時のお決まりのポーズを取っていた。


「乳女となにがあった」

「ちちおんな?」

「あの乳を強調した服を着た腹出し破廉恥女のことよ!」

「えっと……聖女って呼ばれていた人のことだよね」

「あれのどこが聖なる女よ」


 確かにあの格好は僕も聖女っぽいとは思わないけど、流石に乳女とは呼べない。


「別になにもないよ?」

「じゃあ、なんであっちはルークを見て話し掛けようとしてきたのよ!」


 やっぱりアリアにも気づかれていたようだ。

 あれだけ不自然に去ったのだから当たり前か。


 こうなったら僕に出来ることはひとつだ。


「さ、さあ?」


 とぼけるしかない。

 目を見るなんて恐ろしいことは出来ないので顔は思い切り背けた。


「さあ!? さあってなによ!」

「本当に分からないんだって! うっ」


 ガッと顔を片手で掴まれ、正面を向かされた。

 痛い、アリア痛いって、顔に爪が刺さっているから!

 僕らの横を村のおじさん達が通っていくが、僕がアリアに説教されている光景は珍しくないので全く気にされない。

 助けてくださいよ! 誰かっ!


 暫く緩い拷問を受けたが、誰も助けてくれなかった……。


「ふんっ」


 この荒い鼻息が言っている。

 嘘だったら殺す、と。

 怖い……。


「まあいいわ。帰ってご飯にしましょう」

「うん!」

「チッ」

「……」


 助かったと喜んだら舌打ちをされました。

 少しの気の緩みも許されない。

 戦闘での教訓にしたいと思います……。




 僕は今も両親と暮らしていた家に一人で住んでいる。

 アリアの家とは隣で、夕食はいつもアリアの家にお邪魔して一緒に食べさせて貰っている。

 今夜の食卓には僕が獲ってきた兎肉が並んでいた。

 色んな手法で料理されているが、その中でも僕はほぼ焼いただけの兎肉を黙々と食べている。

『食べて』とういうか『食べさせられて』というか……。

 だってそれ以外を口に運ぼうとするとアリアの顔が険しくなるから。


「ルーク、美味しい?」

「うん。美味しいよ、アリア」


 あ、ちょっと生のところがあった。

 まあ、僕はお腹を壊したことがないから大丈夫だと思う。


 この焼いただけの肉がアリアの手料理で、それ以外はアリアのお母であるシェイラさんが作ったものだ。


「ルーク、お前本気か? そんなクッソまずいのよく食えるな」

「姉ちゃんの作る素材を殺した塵が美味しいなんて、ルークの味覚は死んでいるんだよ」


 アリアの父であるクレイさんと、弟のロイが顔を顰めながら僕を見ている。

 アリアの料理は散々な言われ方をしているな。

 僕はいいけど、そろそろアリアがキレるよ?


「父、弟、黙れ」

「もうちょっと手をかければ美味しくなるのにねえ。やっぱりルークの分もわたしが……」

「私が作るの!」

「僕はアリアのご飯が食べたいです」

「まあ! そんなこと言ってくれるのはルークだけよ。アリア、もっとルークを大事にしなさい」

「してるわよ?」


『どこが?』

 アリア以外の心の声が揃った気がした。

 ぼ、僕は大事にされていると思うよ?


「おれならこんなメシ出されたらぶっ飛ばす! ルークはほんと弱っちいんだから」


 十歳でまだまだ子供のロイに、僕はアリアの言いなりになっている弱い奴だと思われている。

 最近は特に弱い弱いと叱られるのだが……ロイはもしかして反抗期なのかな?


「何を言ってるのよ。あんたみたいな乳臭いお子様が偉そうに。あんたなんか、ルークが本気だしたらミンチよ、ミンチ」

「おれは乳臭くない!」

「アリア、口が悪いわよ。弟にミンチはやめなさい!」

「はーい」


 アリアの適当な返事を聞いてくすりと笑った。

 多分明日もミンチと言うんだろうな。


 仲のいい家族のやり取りを見ていると楽しくなる。

 賑やかなアリア一家の食卓の中にいられるのは幸せだ。


「ほらルーク、今のうちに塩ふっとけ!」


 クレイさんが僕の皿に塩をかけてくれた。

 わあ、素材の味に塩味が加わりました。


「あはは、ありがとうございます」

「あ! こら-! 余計なことをするな-!」


 一人で食べるとこんなに美味しいご飯は食べられない。

 アリア一家には本当に感謝している。

 うん、凄く美味しい。




「じゃあ、僕は戻るよ」


 腹一杯にご飯を食べ、食器洗いを手伝った後自分の家に戻る。

 いつものこの繰り返しだ。

 アリアの家の扉を開けると夜の冷たい風が入ってきた。

 楽しかった時間も冷えてしまうようで、いつもこの時間は寂しくなってしまう。


「ねえ、毎日見送りするの面倒臭い」


 アリアはいつも玄関まで見送りに来てくれる。

 今まで殆ど欠かしたことがない。

 熱を出したときだって見送りはしてくれるのだ。


「面倒臭かったらしなくてもいいよ?」

「そっちの台所で作りたいんだけど。お母さんと一緒に作ると狭い」

「でも、こっちで食べないとアリアが帰らないといけなくなるし、それは危ないだろう? 一カ所で作った方が材料の消費が少ないってシェイラさんが……」

「……。もういい! 早く帰れ!」

「ええっ」


 あー……何がいけなかったのか分からないが、機嫌悪くなるスイッチを押してしまったようだ。

 何が悪かったのか聞きたいけど、こういう時は大人しく帰った方がいいと僕は学習している。


「アリア、おやすみ」

「……私がそっちに住めばいいだけの話なのに。いつになったら来いって言ってくれるのよ」

「ん?」

「早く帰れ!」

「うっ!」


 食後に腹パンは止めてくれ。

 出る……。

 アリアの家の扉がバンッと閉まるのを見守った後、歩いて一分もかからない我が家に帰った。


「ただいま」


 誰もいない真っ暗な我が家だが、帰りの挨拶は必ずする。

 なんとなく両親がいつもこの家にいる気がしているからだ。


「ふう、疲れたな」


 静かな家は寂しい。

 いつかアリアがこの家に来てくれたら……。

 そんなことを夢見てしまうけど、こんなボロ屋じゃなくて新しい家に住みたいと言われてしまいそうだ。

 この村で新しい家を建てるのは容易じゃないけど、頑張ってみようかな。

 そうだ、お金を貯めるんじゃなくて、自分で木を切ってきて建ててみるといいかもしれない。


 ――コンコン


「? こんな夜に誰だろう」


 誰かが控えめに玄関の扉を叩いた。

 未来計画を考えていたのに、思考を止められてしまった。

 少し不快に思いながらもゆっくりと扉を開けた。


「夜分失礼します」

「……」


 ……どうして?


 扉の向こうに立っていたのは例の踊り子のような聖女だった。

 こんな夜遅くに物騒な……と思ったら後ろに護衛らしき人がいた。

 こちらも見たことがあるな。

 昼間見た面子の中にいた黒髪の美丈夫騎士だ。


「あの……なにか?」

「あなたについて少し質問してよろしいでしょうか」

「よろしくないです。じゃあ、失礼します」


 僕について質問したいなんて冗談じゃない。

 話す気はないと扉を閉めようとしたのだが――。


「痛っ!」

「ん? あ、すいません!」


 閉めている途中に聖女が手を差し込んで来たため、挟んでしまった。

 慌てて扉を開けて手を掴んでみると白い手が赤くなっていた。

 でも魔法で治すほどないし、聖女の前で魔法は使わない方が良い気がするし……ん?

 聖女の手は白くて綺麗だけど、マメや傷があって意外と苦労しているようだった。


「あの……」

「? あっ、すみません!」


 気づけば聖女の手を長い時間掴んでしまっていた。

 聖女の顔を見ると赤くなっていた。

 ごめんなさい!

 パッと手を離し、急いで謝ったが……扉を閉めるなら今のうちか?

 よし、閉めよう。

 思い切り扉を引いたら――。


「お待ちください!」

「え……! あ、ちょ、ちょっと!」


 なんと今度は足を扉の間に差し込んで来た。

 そんなことをするとは思わなかったので、また挟んでしまった。

 ガンッと凄い音がしたけれど大丈夫!?


「危ないじゃないですか! 怪我していませんか!?」

「あぅ、中々痛いですわ……」


 そりゃそうだと思う。

 思い切り挟んだからね!

 僕の不注意もあるけれど、無茶なことはしないで欲しい。


「……わたくし、足が痛いです! 怪我をしたので手当をして頂けませんか?」

「……」


 ……強引というか……図々しいというか。

 聖女様にはそういう気質も必要なのだろうか。


 この広い世界には、国や地域、種族、それぞれに崇める神や思想があり、宗教も違う。

 だが、この世界の創造主である『女神』だけは、それらの枠を越え、共通して至上の神として存在している。

 そして聖女もまた『女神の使者』として世界中に認められている存在だ。

 

 『聖女』は勇者と同じく女神の神託によって決まるが、光属性の大きな力を持った者が選ばれると聞く。

 こんな小さな身体には、見えない力や強かさがいっぱい詰まっているのだろうか。


「少しでいいのです。一瞬座って休ませて貰えれば治ります」

「はあ、仕方ないですね」


 怪我というほどでもないが、挟んでしまっているので断りにくい。

 王都から来た使者ということはそれなりに立場のある人だろうし、無碍に扱うわけにもいかない。


「……どうぞ」


 仕方なく大きく扉を開けると、にっこりと微笑んで足を進めてきた。

 痛いって言っているけど、普通に歩いているね?

 ……なんだか負けた気がする。


 騎士の人にも「どうぞ」と声を掛けたが、彼は外で見張りをするのか手で遠慮する仕草をして動かなかった。

 家に女の子と二人きりだなんてアリアにバレたらどんな目に遭うか分からないから、入って欲しかったんだけどなあ。


「お邪魔します。お一人で住んでいらっしゃるのですか?」

「あ、はい。両親は子供の頃に……」

「……そうでしたか。申し訳ありません」


 最後まで言わなかったが察してくれたようだ。

 椅子にかけてくださいと促し、塗り薬を探す。

 大した怪我はしていないと思うが、一応手当をするという名目で入って貰ったので薬を用意をしよう。

 普段薬なんて使わないから、どこに入れたか忘れたなあ。


 薬を探しながら、ちらりと聖女に目を向けた。

 やっぱり可愛らしい顔をしているし、スタイルもいい。

 村にいてくれると村の男衆が喜ぶな。


「あの、もしかして薬を探しています?」

「え? あ、はい」

「それならご心配なく。自分で治せますので」


 そう言うと聖女は、挟んで痛めた手と足に自身でさっと魔法をかけた。


「……治せるんですか」


 そう呟くとニコリと聖女の微笑みを見せてくれた。

 可愛い笑顔だなとは思うけど……胡散臭い。

 可愛さもアリアには敵わないしね。

 分かってはいたが、手当てをして欲しいというのは話を聞くための口実なのだろう。

 はあ、どうやって帰って貰おうかなあ。


「貴方のお名前は?」

「タダノムラビトです」

「わたくしにはそうは見えません」


 いい加減に応えると真面目な顔で返された。

 ふざけないで答えろ、という圧を感じる。

 僕は大真面目に言っているんだけどなあ。


「じゃあ……あなたにはどう見えているんですか?」

「綺麗です」

「へ?」

「貴方はとても綺麗です」

「ん? ん?」


『綺麗』というのは昼間にも言っていたけど……よく分からない……。

 僕に綺麗要素ってありますか?


「貴方は、あの勇者だと名乗り出た方よりも輝いてみえます。この辺りが!」


 僕の身体の周囲が輝いて見えると手の動きで伝えてきた。

 オーラが出ている、みたいな感じなのか?

 僕の中で聖女の胡散臭さがぐぐっと増した。


「すみません、僕にはよく分かりません……。あの、もう帰って頂けないでしょうか。疲れていて休みたいので」

「そうでしたか、それは失礼しました。また改めます」


 改めなくていいです。

 口に出しては言いませんが、もう来ないで頂けると有り難いです。


「私はセラフィーナと申します。あなたは?」

「……」


 無視をしたいが……。

 こういう聞き方をされてしまうと無視をするのは心苦しい。


「……ルークです」

「ルーク様、ではまた……」


 だから来なくてもいいって。

 扉まで見送ると聖女は笑顔で去って行った。


 勇者を連れて早く王都に帰ってくれないかなあ。

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