第14話

「ルーク。アリアちゃんとも仲良くしなきゃ駄目よ?」

「えー、嫌だよ。アリア、すぐ怒るもん」


 遊びに行こうと玄関の扉をあけたところで母さんに捕まった。

 朝、友達と遊ぶときにアリアを誘わなかったことを注意したいようだ。

 でもなあ、アリアがいるとうるさいんだよなあ。


 アリアとは家が隣だ。

 僕が生まれる前、遠いところからこの村にやってきた父さんと母さんによくしてくれたのがアリアの両親だったそうで、親同士はとても仲良く、血の繋がりはないけれど親戚のような付き合いをしている。

 でもそれを子供の僕とアリアにも強制するのはやめて欲しい。

 口うるさいアリアに僕はうんざりしている。


 母さんには「分かったから」と返事をして家を出た。

 もちろん適当に言っただけで、改めるつもりはない。


 友達を怒らせないように、待ち合わせの場所を目指して駆け出した。


「……うわ」


 あと少しで着く、というところで問題のアリアと出くわしてしまった。

 無視しようとしたのに、アリアは偉そうに腰に手を当てて僕を待ち構えていた。


「ルーク! どこに行くの!」

「ジャックと遊ぶんだよ」

「だから、『どこ』って聞いてるの! 村の外じゃないでしょうね!」

「……どこでもいいだろ。ついてくるなよ」

「ちょっと!」


 また一緒に遊ばなかったって母さんに叱られるかな。

 でも今日はジャックと村の外に出ようと約束している。

 二人でこっそり立てていた計画を実行するのだ。

 アリアについて来られたら台無しになってしまう。


「ジャック!」


 待ち合わせの場所には既にジャックが来ていた。

 声を掛けると、シーッと人差し指を立てて注意をされた。

 あ、そっか。

 計画はこっそり実行しないといけないから、あまり人に見られない方がいいんだな。


「ルーク! アリアには黙って来たか?」

「もちろん!」

「よし!」


 ジャックと顔を見合わせ、ニシシと笑った。

 早速第一の試練がある村の出入り口へと走った。


 村には周囲全体を覆う塀があり、出入り口になる門を通らないと外には出られない。

 ここを抜けるのが第一の試練であり、最大の難関だ。


「よし、オークはいないぞ」


 オークというのは魔物だが、僕達の言う『オーク』は門の管理をしているおじさんのことだ。

 身体が大きくて怒ると怖い。

 当然子供の僕達が「村から出たい」と言っても出してはくれないから、勝手にこっそりと出なければならない。

 あの人にみつかったらその場で終了だ。

 でもこの時間、オークはいつも一旦家に帰っていることに僕とジャックは気づいたのだ。

 実行するなら今だ。


 もう一度念入りに周囲を確認する。

 うん、誰もいない。

 僕はジャックと顔を見合わせて頷き、全速力で駆け出した。

 成功する!

 外の景色が見え始め、走りながらも飛び跳ねたくなった僕らだったが……。


「こら、ちび共!!」

「わあ!?」

「うおおぉっ」


 大人の大きな声に僕とジャックは震えて飛び上がった。

 進んでいた足が止まった瞬間、腕を掴まれた。

 恐怖で思わず身が竦んだ。

 恐る恐る顔を上げるとそこにいたのは、今はいないはずの門番だった。


「オーク!? なんで!?」

「誰がオークだ! このやんちゃ坊主ども! 外に出たら危ないんだぞ!」

「「痛ー!」」


 村の中まで引っ張り戻された僕達の頭に、オークのゲンコツが落ちてきた。

 クソッ、どうして今日に限ってオークが……あ!


「アリア!」

「!」


 家の影からこっそり顔を出したアリアが、こちらを覗いていた。

 僕達と目が合うと、アリアは逃げるように姿を消した。


「アリア、あいつ……! ルーク! お前、アリアに言ったのか!?」

「言ってないよ!」

「喧嘩をするな馬鹿もん!!」

「「痛ー!」」


 くそ……アリアが僕達の計画に気がついて、大人に告げ口したに違いない!

 折角楽しみにしていたのに!

 ジャックとは喧嘩になるし!

 アリアなんて大嫌いだ!!




「ルーク、何を膨れているの」


 母さんにツンと指で頬を突かれ、イラッとした。

 アリアの顔を見たくないのに、今日に限ってアリア一家と一緒に夕ご飯を食べることになっていた。

 アリアの家のテーブルには美味しそうなご飯が並んでいるが、僕はむすっと口を膨らませたまま何も食べずに座っていた。


 アリアには楽しみにしていた計画を潰された。

 僕は絶対に許さない。


「何黙っているの? ほら、アリアちゃんとおしゃべりしてきなさいよ」

「アリアとは口きかない。内緒話も人にベラベラ喋られるからな!」

「ルーク!」


 母さんが怒っているけど、僕だって怒っているんだ。


「私はルークから話なんて何も聞いていないけど? 何のことかしら」

「!」


 アリアめ……!

 確かにアリアには言ってないけど!

 気がついて告げ口したんだから、とぼけるなんて卑怯だ!


「僕、帰る! ご飯いらない!」


 椅子を倒す勢いで立ち上がり、何も食べず自分の家に戻った。

 これからは隣の家と一緒にご飯を食べることになっても僕は行かない!


「ルーク」


 一人で家に戻り、暫くすると父さんと母さんが戻って来た。

 二人の顔を見ると僕の態度に怒っているのが分かった。

 ……怒られても知らないし。


「ルーク!」


 無視をしようとしたら母さんに両手で顔を挟まれ、無理矢理正面を向かされた。

 僕とお揃いの母さんの紫色の目は真剣だった。


「ルーク、聞きなさい。今日あなた達が子供だけで外に出てしまっても、楽しい冒険をして無事に帰って来ることが出来たかもしれない。でも、もしかしたら……魔物に遭遇して、命を落としていたかもしれない」

「……」

「あなたを失ってしまう可能性をゼロにしてくれたアリアちゃんに、お母さんはとっても感謝しているわ。……まさかルークは、アリアちゃんがいじわるをしたくて大人を呼んできたとは思っていないわよね?」

「……」

「そんなこと思っていたら、お母さん、ルークのことぶっ飛ばすわよ?」

「お、思ってないよ」


 母さんの据わった目を見て、慌てて答えた。

 間違いなく村で一番の魔法使いである母さんの魔法は怖い。

 ぶっ飛ばされるくらいではすまなくなりそうだ。


 アリアが意地悪をしたとは思っていないけど……でも許せない。

 だって、僕とジャックは本当に楽しみにしていたんだ。

 心配してくれたのかなとは思うけど……余計なお世話だし。


 納得出来ない僕の表情を見た母さんは溜息をついて下がると、今度は父さんが顔を覗き込んで来た。

 母さんよりも父さんの方が優しい。

 ぶっ飛ばされることはなくなったと安心したけど……。


「ルークがアリアちゃんに『冷たくしてごめんね、心配してくれてありがとう』って言える男前になっていたら父さんは嬉しいな~?」

「……」


 にっこりと笑う父さんを思わず睨んでしまった。


「ふんっ」


 そんなこと絶対言わない。

 それのどこが男前なんだ。

 男前っていうのは格好良いってことだろ?

 全然格好良くないし。

 僕は更に頬を膨らませて拗ねた。


「まったく、困ったお子様だこと」


 お子様と言われてカチンときた。

 からかってくる母さん思いきり睨んだ。

 なんだよ、二人して僕を馬鹿にしているな。


「村の外に出るのは、母さんを倒してからにしなさい!」

「そんなのいつになるんだよ」


 母さんに魔法を教わっているけど、勝てる気なんて全くしない。

 大人になるまで無理じゃないか。


 ……大人になるまで行くなってことか。


 そう分かった瞬間、もう一度二人を睨んで自分の部屋に戻った。




「ルーク! ジャック!」

「うわ……アリア」

「……なんだよ」


 僕達の計画が失敗してから何日か経ったあと、ジャックと二人で遊んでいるところにアリアがやってきた。

 僕とジャックは思わず顔を顰めた。


「あんたたち。これ、村長さまのところに持って行って!」


 そう言ってアリアはカゴに入った野菜を僕達に押しつけてきた。


「自分で行けよ」

「そうだそうだ」

「村から出ようとした罰よ! 行きなさいよ!」

「はあ!?」


 アリアは僕達の前にカゴを置くと、そのまま去って行った。

 どうしてアリアに罰を与えられなければいけないのかと抗議する間もなかった。


「なんなんだよ、あいつ!」

「さいあくだよ!」


 僕達の計画を潰した上におつかいまで押しつけてきた。

 きっとこれはアリアが任されたことだ。

 それを僕達にやらせるなんて!

 僕とジャックは腹が立って、アリアの姿は見えなくなったけれど石を投げてやった。

 大嫌いだ!


「なあルーク。これ、どうする? おれたちが放っておいたらアリアは怒られるかな?」

「そうだな……。でも、なんか後からめんどくさいの嫌だし。行くよ」


 アリアに持って行ったかと聞かれるのも嫌だった。

 出来る長け関わりたくない。

 さっさと済ませてしまおうと村長さんの家に行ったら――。


「あら、ありがとう。お礼にどうぞ。ちょうど今焼けたところなのよ」


 良いことが起こった。

 野菜を届けたお礼だと、焼きたてのパンをたくさん貰えたのだ。

 村長の家のパンは、果物の実が入っていて凄く美味しい。

 やった!!

 僕とジャックは大喜びだ。


「ラッキーだったな!」

「ああ。アリアには黙っておこうぜ」


 ニシシと二人で笑い、花壇に腰をかけてパンを食べることにした。

 焼きたてのパンはいい匂いで、とても美味しそうだった。

 いただきます! とジャックと声を揃えたところで、誰かが近づいてくるのが分かった。


「! おい、ルーク! アリアだ! 隠せ!」

「うん!」


 僕達は慌ててパンを自分の背中に隠した。

 その前をアリアが通っていく。

 僕達の方をちらりと見ると、アリアはそのまま何も言わず通り過ぎていった。


「へへっ、バレなかったな」

「うん! ……?」

「どうした?」

「あ、いや……」


 ジャックと顔を見合わせて喜んだのだが……。

 一瞬アリアがこちらを見て、微笑んだような気がした。


 ……そういえば。


「なあ、ジャック。前もアリアにお使い押しつけられた時、おやつ貰えたよなあ?」

「そうだっけ? うまー」

「……」


 それも一度や二度じゃなかったような……。

 ……まさかな。


「……うまいね」


 パンを口に入れるととても美味しかった。

 その時だけは、半分くらいアリアに分けてやってもいいかなと思った。






「ああ……ルーク!! 良かった……良かったよ!! 目を覚まして!!」


 それはよく晴れた日だった。

 雲一つない青い空だったことを良く覚えている。


 そんな気持ちの良い天気の日に両親が死んだ。


 大きな山崩れだった。

 運が悪かったとしか言いようがない。


 最後に見たのは、父さんと母さんの必死な顔だった。

 二人とも僕を見ていた。

 多分僕を助けるために何かしていたのだと思う。

 そして、そのおかげで僕は助かった。

 一緒にいたはずの僕だけが無傷で、山の麓で転がっていたのだから。


 突然訪れた両親との別れ。

 世界が終わったような気がした。

 時間は止まってしまったようだった。

 目に映る景色に色はなくなった。


 時間を巻き戻すことは出来ない。

 『二人は帰ってこない』ということを、突きつけられるだけの日々が始まった。


 子供の僕は一人で暮らすことが出来ないので、アリアの家で世話になることになった。

 僕達親子三人で済んでいた家は空になった。


 村の人達は優しい。


『ルークだけでも助かって良かったね』


 皆そう声をかけてくれる。

 でも……。


「……全然良くないよ」


 何がいいの?

 父さんと母さんが死んだのに。

 毎日こんなに寂しいのに。

 良いことなんて何もない。


「……帰ろう」


 アリアの家を出て自分の家に戻った。

 父さんと母さんのいない、僕だけの家。


『ルーク、おかえり!』


 扉を開けたら、母さんが料理をしている手を止めて僕を見るんだ。


『ルーク、いっぱい遊んで来たか?』


 椅子に座っている父さんは隣に座って話を聞かせろって、椅子を引いて僕を呼ぶ。


 母さんの作る料理の良い匂いもない。

 壁に並ぶ父さんの自慢の剣が磨かれることももうない。

 こんな空っぽな箱、『家』じゃない。


「うっ……」


 いっぱい泣いて、泣きすぎて、涙なんてもう枯れたと思っていたのに。

 涙はどうやら枯れないらしい。


 足を進め、階段を上がり、とぼとぼと自分の部屋に向かう。

 ベッドは少しほこり臭くなっているような気がしたけど、気にせずに転がった。

 ぼうっと天井を見ていると少し落ち着いた。

 泣いても仕方ない。

 時間が戻らないのは嫌というほど分かっている。


 だからこそ思う。

 もう『悲しい』『寂しい』『辛い』と考えていたくない。

 考えることをやめたい。

 ……二人と一緒にいたい。


「こっちに帰っていたのね」


 急に声がしたと思ったら、アリアが扉のところに立っていた。

 どうでもいいのですぐに視線を天井に戻す。


「ルーク、朝ご飯だよ。うちに戻って」

「いらない」

「ルーク」

「いらない」

「ルーク」


 アリアはしつこい。

 最近は特に。

 ……どうしてこいつは、こんなに僕を苛立たせることばかりするんだ。


「うるさいな! いらないって言ってるだろ! 放っておいてくれ!」

「!?」


 起き上がるとアリアに思い切り枕を投げつけた。

 顔に枕が当たったアリアは驚いていた。

 痛くはなかったようだが怒ったようで、怖い顔をすると部屋を出て行った。

 玄関の扉が閉まった音もしたから自分の家に帰ったのだろう。


 ひどいことをしたかもしれないけど、それもどうでもいいと思えた。

 皆僕を嫌って、誰も僕を構わなくなればいい。


 そう思っていたのだが……。


 アリアはすぐに戻って来た。

 手には村長さんのところで作っている、あの美味しそうなパンがあった。


「食べて」

「は? いらないって……」

「食べろ!!」

「なっ!」


 怒っている様子のアリアが、無理矢理口にパンを放り込んで来た。

 次々に放り込まれて苦しい。


「飲め!!」


 喉が詰まりそうだと思ったところに水筒を渡してきた。

 勢いよく胸にぶつけられ、口に入れているものを吐きそうになった。

 何がしたいんだ、こいつは!


 苦しいから大人しく水筒の水を飲み、口の中を空にした。

 するとまた口の中にパンを押しこまれて……。

 苦しくなって水を飲む。

 そんなことを繰り返して結局パンは食べきってしまった。


「いらないって言ったのに!」

「うるさい! 次は薪割りしなさい!」

「はあ!?」


 無理矢理腕を引かれ、連れていかれる。

 外に出ると斧を渡され、大量の薪を割るように強制された。


「なんでこんなことしなきゃいけないんだよ!」

「パン食べたでしょ! 食べた分働きなさい!」


 無理矢理食べさせておいて働けだなんて!

 アリアの横暴に心底腹が立った。

 こんなに腹が立ったのは初めてだ、と思うほどに。


 それでも隣でアリアがずっと見張っているから、言われるがままに動いた。

 時間もかかったし、疲れたけれど大量の薪を全部割った。


「これで文句ないだろ!」

「まだよ!」

「はあ!?」

「次は畑よ!」

「僕は行かないからな!」

「いいから来い!」


 また強引にアリアに連れて行かれる。

 クワを渡され、耕せと命令される。

 薪割りで疲れているのに、どうしてまたこんなことをさせるのだ。

 それでも従った。

 逆らうやりとりが疲れるから。


「次は牛舎の掃除よ!」

「次は村長の家の手伝い!」

「次は水汲み!」


 アリアは次々に僕に命令した。

 段々口答えも面倒になり、黙って言いなりになるが……。


 なんでこんなことをしなきゃいけないんだ。

 頭の中がアリアへの怒りでいっぱいになった。


 そうやって一日こき使われ、日が暮れ始めた。


「……もう嫌だ」


 フラフラになり、僕はとうとう我慢の限界になった。

 花壇の草引きをさせられていたけど、途中で放り投げて帰った。

 自分の家に。


 僕だけの家は当たり前だけれど、暗かった。

 まだ陽が落ちきっていないから、仄暗い中をぶつからずに歩くことは出来るけど……。

 自分の部屋に入り、ベッドに転がった。


「疲れた……」


 何をやっているんだ、僕は。

 何でこんなにアリアに命令されなきゃいけないんだ。


「今日やったこと、明日もやりなさいよ」

「!」


 暗い中、突然声がしたから驚いた。

 またアリアが部屋の扉のところに立っていた。

 勝手に入ってこないで欲しい。


 ……というか、今なんて言った?


「……嫌だ」

「やるのよ」

「……」


 偉そうなアリアの言い方にまた腹が立った。


「今からご飯よ。うちに来なさい」

「いらない」


 またこのやり取りか。

 うんざりだ。


「駄目よ。あんたは私の言うことをきくの」

「……」


 冷たく言い放たれたその言葉を聞いた瞬間、血が沸騰したような感覚になった。

 カッとなって……気がついたら、アリアに掛けよって胸倉を掴んでいた。


「いい加減にしろよ!! お前、何なんだよ! 僕は何もしたくないんだ!! 放って置いてくれ!!」


 喉が痛いくらい叫んだ。

 女の子に怒鳴るなんて、父さんに怒られそうだけど。

 母さんにはぶっ飛ばされるかもしれないけど。

 アリアを殴らなかっただけ、僕は自分を褒めてやりたいと思う。

 それぐらい僕は腹が立っていた。


 こんなことをして、アリアを泣かせてしまったかもしれない。

 そう思ったのだが……。


「うるさいわね!! 放っておくわけないでしょ!! 放って置いたら、あんたはいなくなっちゃうじゃない!! あんたは……あんたは忙しいの!! 馬鹿なこと考えてる時間なんてないんだから!!」


 アリアは僕の身体を思い切り突き飛ばすと、僕に負けないくらいの大声で怒鳴った。


「え……」


 まさかアリアに反撃されるとは思わなかった。

 驚きで呆然としてしまった。


 うん?

 放っておいたら……僕はいなくなる?


 アリアが怒鳴った台詞に首を傾げた。

 どういう意味かと聞こうとしたら……。


「……!?」


 アリアの顔を見ると……泣いていた。

 両目からぽろぽろと涙が溢れ続けている。

 ど、どうしたのだろう。


「え?」


 焦る僕の腕をアリアは掴んできた。

 まるでどこにも行かないように捕まえているようだ。

 僕は更に混乱して顔を上げると、すぐ目の前に涙が零れ続けるアリアの顔があった。


 目が合うと、アリアの顔がくしゃりと歪んだ。


「ルークは私の言うこと聞いて! ずっと動いて! 笑わなくていいから、普通で良いから! ずっと黙ったまま、動かないまま、『お父さんとお母さんのところにいきたい』って顔をするのはやめてよ!!」

「!!」


 心臓がドキリとした。

 思わず息を飲んだ。


 ……どうして分かったんだ?


 二人を亡くしてから、ずっと僕が考え続けていたことだ。


 『僕も一緒に死にたかった。死んで二人のところにいきたい』


 まさか……アリアに悟られていたなんて……。


「私のこと嫌っていいから!! 私のこと「ぶん殴りたい」でいいから!! 他のこと考えてよ!! 私っ、私っ、ルークが生きてて嬉しかったんだから!!」


 そう叫ぶと、アリアは僕の腕を掴んだまま大声でわんわん泣き出してしまった。


 僕は立ち尽くしたまま、何も言えないままアリアをただジーっと眺めた。


「……」


 ――ルークがアリアちゃんに「冷たくしてごめんね、心配してくれてありがとう」って言える男前になっていたら父さんは嬉しいな~?


 ふと父さんの言葉が浮かんだ。

 あの時の二人の笑顔も。


「……っ」


 漸く分かった。

 アリアが僕を連れ回したのは、僕のためだったのだと。


 『死にたい』なんて考えないように。


 そんなことを考える時間を……余裕を無くすために、僕を連れ回していたのだ。


 僕のための、とても乱暴な優しさだったのだ。


「アリア……ごめん。ありがとう……」


 父さんと母さんに叱られた時には素直になれなかったけど、今は自然と言葉が出た。

 言葉が出ると……涙が出てきた。


「アリア……ありがとっ……」


 素直に言えなかった、あの時の分もありがとう。

 僕のことを心配してくれて、「これからも生きてみようかな」と思わせてくれてありがとう。


 僕もアリアに負けないくらいわんわん泣いた。


 後から泣き声を聞きつけてやって来たシェイラさんも、僕とアリアを抱きしめながら声をあげて泣いて……。

 多分人生で一番涙を見た日になるんだろうなと思った。




 それから僕は、次々と命令をしてくるアリアに従うようになった。

 アリアは何故か僕が辛くなる瞬間が手に取るように分かるようだった。


 アリアは僕を守ってくれた。

 馬鹿なことを考えないように、生きていられるように。


 僕はアリアの暴力的な優しさに救われた。


 アリアがいたから、今の僕がいるのだ。


 僕のアリアへ対する気持ちの始まりは、母親へ求めるものと似ていたかもしれない。

 そこから成長するに連れ……一番大事な人へと変わった。

 今度は僕がアリアを守りたい。

 笑っていられるように……幸せにしたい。

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