第13話
村の人達の「勇者! 勇者!」という歓声に包囲されて動けない。
トラヴィスときのこ君の姿は完全に見えなくなった。
必死に「勇者じゃない」と伝えても歓声に掻き消されてしまう。
誰か僕の話を聞いてくれ!
輪の中心が無視されるってどういうことだ!
村の女性陣はやたらと顔を覗きに来るし……対応に困るから止めてくれないかな。
「ルーク!」
僕を呼ぶ元気な声が、騒ぐ人の間をすり抜けて僕の所までやって来た。
アリアと同じ赤い髪の少年は、満面の笑みを見せると僕に飛びついた。
「ロイ?」
「ルーク! おれ、ルークが戦ってるの遠くからだけど見てたよ!! すげえ、すっげえすっげえ格好良かったっ!! 聖剣が光ってさ!! どこからどう見ても勇者様だったよ!!」
ロイからくっついて来たなんて初めてで戸惑う。
僕にしがみついたまま顔を上げ、ニカッと笑うロイの顔を見ていると良いところを見せることが出来たと嬉しい気持ちも湧いてくるが……ごめんね、僕は勇者にはならないんだよ。
「ほら見ろ! やっぱりルークが勇者だ!! おれの兄ちゃんが勇者だ!!」
僕の心の声が聞こえていないロイが、村の人達に向かって誇らしげに叫ぶ。
すると「うおおおっ!」と再び大きな歓声が上がった。
「この村から勇者が出るとはなあ!」
「見送りは盛大にやるぞっ!」
「いや、だから僕は勇者じゃ……」
勇者であることを否定出来ないままどんどん周りは盛り上がっていく。
反対に僕の顔は曇る一方だ。
「ルーク! 聖剣をお前んちに置いたの、おれなんだ!」
「は? ええ!?」
僕から離れたロイが腰に手をあてて得意げに話し始めた。
「おれ、騎士様に謝りに行ったときに相談したんだよ。ルークが本物の勇者だって皆に分かって欲しいって。そしたら騎士様が持つべき人のところへ持って行けって聖剣を渡してくれたんだ!」
「……」
僕を聖剣泥棒として強引に王都に連れて行こうとしていた騎士がロイに聖剣を渡していた?
どういうことだ?
まさか……ロイに渡して僕に濡れ衣を着せようとしたのか?
僕を慕ってくれているロイの気持ちを利用したのだとしたら許せない。
そんなことを考えていると、当人である騎士と聖女がこちらに近寄ってくるのが見えた。
その姿に気づいた村の人達は騒ぎを静め、二人に僕の前へと続く道をあけた。
「ルーク様……いえ、勇者様」
僕の目の前で聖女と騎士が恭しく膝を折り、跪いた。
僕はギョッとしながら思わず後退った。
「!? 何をして……」
「勇者様。わたくし達をどうか穢れなき世界へとお導きください」
「……」
ああ、そういうことか。
二人の意図が分かった。
わざと村の人達の前でやって見せ、僕を追い込もうとしているのだな?
でも思い通りにはさせない。
「僕は勇者じゃ……」
「勇者様」
静かになったことだし、村の皆の前できっぱりと勇者であることを否定しようと口を開いたのだが……最後まで言えなかった。
僕の一番大切な人の声が聞こえたからだ。
「……アリア?」
声の方に顔を向けると、髪が乱れたままのアリアが村人の輪の外側に立っていた。
ベンチで横になっていたアリアは目を覚ましていたようだ。
しっかりと自分の足で立っているのを見て身体は大丈夫そうだとホッとしたが……今、「勇者様」と言ったのは……アリア?
違うよね?
もし、僕を勇者と呼んだのがアリアだったら、それはどういうことか……。
「……っ」
すぐに考え至り、頭が真っ白になった。
嫌だ……違うよね?
僕が今思っていることは間違いだよね?
「アリアに見放された」だなんて、違うよね?
どうしてだ?
さっきは僕と一緒に勇者であることを否定してくれていたのに!
「勇者様の旅路に、女神様のご加護がありますように」
「え……」
女神の加護を祈る、それは旅立つ者に送る言葉だ。
どうして……アリアの口からそんな言葉は聞きたくない!
「!? アリア!」
僕が耳を塞ぎたい衝動に駆られているうちに、アリアは僕に背中を向けて歩き始めていた。
時折走りながら、早い足取りでどんどん離れて行く……。
「待って、アリアッ!!」
僕を呼ぶロイの声や村の人達のざわつく声が聞こえたが、全て無視をして慌ててアリアの後を追いかけた。
「アリア!」
アリアに追いついたのは狭い路地だった。
肩を掴んで正面を向かせ、目を覗き込んだが視線を合わせてはくれない。
僕を見たくないのか思いきり顔を逸らしてしまう。
その態度だけで崖から突き落とされたような気持ちになったが、なんとか気持ちを奮い立たせて精一杯の笑顔を作った。
「さっきのはどういうことだ? 僕は勇者にならないよ?」
「何を言っているの? 勇者様」
「……」
目はまだ合わせてくれない。
むしろ表情のなかった顔に冷たさが増した。
笑顔を取り繕えなくなるほど辛くなったが……何より名前を呼んでくれないことが悲しかった。
「勇者じゃない。僕はルークだよ?」
「……」
「僕は旅立たない。アリアと一緒にあの家で暮らしたい」
肩から手を離して抱きしめようとしたが、それを察知したアリアに拒否された。
後退り、距離をあけられ……「近寄るな」と鋭い視線を向けられる。
「無理よ」
「どうして?」
「あんたが勇者だから」
「……違うよ」
「違わないわ。もう皆分かってる。……分かっているのよ」
アリアの目が僕を拒絶している。
今まで喧嘩をしたことはあったけれど、『別れ』を考えることはなかった。
でも今は……このままだとアリアが離れてしまうと感じている。
「……勇者なんてやっかいな奴、私はいらないわ」
「そんな……アリアッ」
そう言い捨て、走り去ろうとするアリアの手を掴んだ。
すぐに諌めるような鋭い視線を向けられたが、離してあげることは出来ない。
だってこのままじゃ……本当にアリアと離れてしまう。
どうしよう……アリアを失いたくないのに、何を言えばいいか、どうすればいいか分からない。
「……」
「離してよ。勇者様」
「……っ」
アリアに勇者様と呼ばれる度に胸を抉られたような痛みが走る。
頭も全然働かない。
上手く引き留める言葉も、心を掴むような格好いい言葉も思い浮かばない。
けど……何か言わなければ、アリアを繋ぎ止める何かを……。
「アリアが僕を嫌っても、僕はアリアが好きだよ」
「!」
なんとか絞り出し、もう一度笑顔を取り繕いながら出てきた言葉は情けないものだった。
……こんなことしか言えない。
本当はなんでもするから嫌わないでとか、言うことを聞くからそばに置いて欲しいとか、もっと情けないことを口走りそうだったけど……。
それを言ってしまったら、決定的にアリアに見放されると思ったから飲み込んだ。
アリアを掴む手に力を入れてしまったから痛かったかもしれない。
アリアは見開かれた目で僕を見ていた。
「私は……」
何かを耐えているのか苦しそうな顔を見せたアリアだったが、それは一瞬だった。
すぐにキッと鋭い視線に戻り、僕の手を振り解いた。
「さっさと旅立って! 私の前から消えて! さよなら勇者様!」
「!? アリア!!」
追いかけてくるなと言う威圧を放ちながらアリアは去って行く。
ああ、またアリアの走り去る背中を見送ってしまう。
「アリア……」
嫌われた僕が追いかけていいのだろうか。
余計に嫌われてしまわないだろうか。
僕がいたらアリアは幸せになれないのだろうか。
そんなことが頭に浮かんで動くことが出来ない。
これで本当に最後かもしれないと思うと立っていられなくなった。
「……はあ」
その場にしゃがみ込み、項垂れた。
悲しみが許容値を超えると、涙も出ないらしい。
僕の中は空っぽになったようだった。
「ルーク様! ……ルーク様!?」
地面に目を落とす僕の上に声が降ってきた。
煩いなあ。
耳障りな声だ。
また追いかけて来たのか。
今はそっとしておいて欲しいし、聖女と騎士の声は特に聞きたくない。
「ど、どうされました?」
「アリアにフラれた」
「え……」
聖女の驚く声が聞こえた。
騎士は無言だが、同じく驚いているのが空気で分かる。
どうしてそんなに驚いているんだ?
二人は僕に勇者として旅立って欲しかったんだろう?
僕の留まる理由だったアリアが『旅立て』と言った。
これで満足ですか?
口に出すのも面倒臭いから、心の中で毒づく。
顔を上げると二人は顔を顰めていた。
「アリア、勇者はいらないって」
「「……」」
「僕、昨日アリアにプロポーズしたんだ」
「「……」」
「婚約翌日に『消えて』って言われたんですけど」
ああ、やっと涙が出てきそうになったなあ。
言われたことを口にしたことで漸く心も理解したようだ。
……辛いな。
僕が呟く度に、二人の顔は曇った。
憐れんでいるのか?
本当に嫌になる。
聖女も騎士も。
……人に八つ当たりして塞ぎ込む自分も。
世界の平和とか、どうでも良くなる。
「勇者が女一人失ったくらいで悄げるな! 女なんぞこれからいくらでも寄って来るぞ!」
「……はあ?」
無神経な言葉に腹が立ち、思わず低い声を出してしまった。
明るい声色にも神経を逆撫でされた。
アリア以外に寄って来られたって鬱陶しいだけ……って……今の声は……。
「……あれ? 聖剣?」
今の勘に障る話し方をする艶のある女性の声は間違いなく聖剣だった。
でも今までとは声の聞こえ方が違った。
直接耳に届く、普通に人と会話している時と同じように聞こえた。
そういえばさっきアリアを追いかけようとしたときに聖剣を放置してきてしまったのだが、今はどこにあるんだ?
姿を探すと、聖女が持っていた。
でも、声はそこから聞こえたようには思えなかった。
しゃがんだまま顔を上げると、驚いている聖女と騎士が見えた。
二人の視線は上の方、空中にある『何か』に向けられていた。
「やあ、勇者よ」
「え?」
二人の視線を追うと僕の隣、民家の窓の高さあたりに女性の素足が見えた。
え? 足?
更に視線を上げると全体が見えた。
それは聖女と似たような格好をした美女だった。
ふわふわと浮かんでいて、足首まである長い銀色の髪が空中で波打っている。
瞳も聖女に近い翡翠色だが……目の力が強い。
上に立つ者、女王のような目で僕を見下ろしていた。
目以外も恐ろしく整っているから、とても迫力がある。
この雰囲気は聖剣の声と一致する。
まさか……。
「エルメンガルト?」
問いかけるとニヤリと口角が上がり、赤く色づいた艶のある唇が動いた。
「ふふ。勇者、お前なら『エル』と呼んで良いぞ?」
「エルメンガルト様……!!」
聖剣であることを認めるような台詞が聞こえた途端、聖女と騎士が跪いた。
それを見てエルは満足そうに腕を組んだ。
え……本当に?
今までの聖剣の言動から察するに、敬われることは好きそうだ。
今も「もっと敬え!」と言っているような顔をしている。
……やっぱりこの『エル』が聖剣らしい。
「そう畏まらなくてよい。楽にしろ」
エルは機嫌よさげに、そして偉そうに聖女達に言葉を投げた後、スイッと泳ぐように降りてきた。
しゃがんでいる僕の背後に回ると、後ろから首に手を回して抱きついてきた。
「やめろよ」
重さは感じなかったがくっつかれたくない。
手で押し返そうとしたのだが、伸ばした手は空を切った。
「?」
はっきりと見えているのに実体はないらしい。
そういえば気配はあるが、触れられている感触もない。
だがエルの方はしっかりと僕の首に巻きついているように感じるのは何故だ。
「お前から我に触れることは出来ないが、我はお前の『存在』に触れることが出来る」
「どういうことだ? 存在?」
「お前の精神の方の姿、と言えばいいだろうか。身体と精神は重なっているものだからな。だからお前も直接の感覚ではなくても、なんとなく我に触れられていることが分かるだろう?」
「!」
エルがそう言い終わった途端、首にゾワッと悪寒が走った。
目を向けると、エルの白い手が僕の首を撫でていた。
慌てて立ち上がり、エルから離れた。
「……何をするんだ」
「ふふ……。その麗しさにそぐわぬ幼さはたまらんな……」
……なんか気持ち悪いな。
思わず距離をとったが、エルは妖しげな笑みを浮かべて楽しそうに笑っている。
変な聖剣だったけどもっと変になってしまった。
「今まで声だけだったのに、どうしてそんなことになっているんだ?」
「お前のおかげだ」
「僕?」
「ああ。お前が我を使ったからな。聖剣と勇者は力を共有する。お前の力を拝借して姿を具現化出来たというわよ」
「……」
力を使う前に確認して欲しかった。
聞いてくれたら断ったのに。
「しかし……美しさだけではなく、お前は歴代勇者の中で力も優れておるな。今までの勇者は我の声を外に届けるだけに留まっておったが、今回は姿を現すことも出来た。こうして再び人の姿をとれたこと……嬉しく思う。感謝するぞ、勇者よ」
「再び? 人の姿?」
「ルーク様。『聖剣』とは初代聖女様が聖なる剣に身を宿したものだと言われております」
「え!?」
初代って……どれくらい昔なのかは知らないけど、かつてエルは普通に生きていたってこと?
今の聖女のように?
「いかにも。我の人としての名が『エルメンガルト』なのだ」
そうだったのか。
女性のような名前だなとは思っていたが……。
「聖女か……。確かに格好も似ているね」
聖女と同じように、お腹の出ている踊り子のような服はそっくりだ。
ずっと昔から破廉恥だったんだな。
「格好だけではなく気質も似るはずだ。聖女は大体我のように美意識が高い。そして美しい者に弱い」
そうなのか?
聖女を見ると目が合ったが、バッと逸らされてしまった。
赤い顔を隠すような素振りを見せているが……。
村の人達も口々に言っていたけど……もしかして僕って整った顔なのか?
今まで隠さなければいけないほど駄目だと思っていたからよく分からない。
アリアに正解を教えて貰いたいが、そのアリアは……はあ、また泣けてきた。
「姿を具現化させる力を与えてくれたことに免じて、我を折ったことも許してやろう」
「!」
聖剣の言葉にギョッとした。
それはバラさないでくれ!
「!!? ル、ルーク様……お、折るとは!?」
「まさか君が!?」
「違うんです! あ、いや……違わなくはないんだけど……」
聖女と騎士の視線が痛い。
ごめんなさい。
「浄化前の我を魔物だと勘違いしたようでな。まあ、それは致し方ないとして、真っ二つに折られた後あの偽物勇者どものところに放置されたときは恨んだぞ」
「「……」」
折ってしまったのは申し訳なかったが、許してくれるならわざわざ言わなくていいじゃないか!
許すと言いながら本当は根に持っているな!?
「もう折らんでくれよ」
「折らないし。使わないし」
「まだそんなことを言っておるのか。我が勇者だと断言するのだ。言い逃れが出来ると思うか?」
「……」
確かに聖剣に勇者だと名指しされたら否定の仕様が無い、と黙ってしまった僕に聖女が話し掛けてきた。
「それに……アリアさんの許可も出ました。これで貴方を縛るものはありませんね」
「……」
許可?
あんなものは許可じゃなく、ただ捨てられただけだ。
「僕は縛られていたいです」
それはもう、グルグル巻きにして縛っていて欲しい。
「……。変態勇者よ」
「誰が変態だ」
今の言葉だけ取られると確かに際どい発言だったが、エルにだけは言われたくない。
「女が欲しいならこの幼き聖女がいるではないか。顔も身体も我ほどではないが、それなりよいとは思わんか?」
「エルメンガルト様!?」
エルがひらりと宙を舞って聖女の背後に回った。
エルの動きを目で追い、その後に聖女を見た。
僕と目が合った聖女は緊張したように身体を強ばらせたが……。
「……はあ」
僕は大きく溜息をついた。
僕は女の人が欲しいわけではない。
アリアじゃなければ駄目だ。
他には全く興味がない。
「せめて一言何か言って頂けませんか!」
聖女が顔を赤くして怒っているが、言うまでもなくて……。
「……ないな」
「!」
あ、ごめん。
今のは独り言だ。
女の子に対してひどい態度だと思うけれど、今の僕はとても余裕がない。
だから聖女よ、拗ねてこちらを睨むのはやめてくれ。
「ならば勇者、我はどうだ!」
「……」
エルが得意げに胸を張った。
確かに、エルの人の姿は女性としては魅力的だと思う。
迫力のある美人だし、聖女以上にスタイルも良い。
正直、目のやり場に困るが……。
「実体がないじゃないか。っていうか剣だし」
「抱ける実体がないと対象にはならぬというか! この俗物勇者め!」
「あのなあ……」
そういうことじゃないんだ……アリア以外はどうでもいいんだよ。
アリアの代わりなんていない。
アリアがいないなら誰もいなくていい。
そんなことを考えていたら、また悲しみが込み上げてきて……。
「アリアッ」
再びしゃがみ込んだのだった。
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