私の旦那は勇者様②

「はあ……気持ち悪い。人多過ぎっ!」


 王都に着いた私は今、恐ろしく広くて綺麗で真っ直ぐな道に立っている。


 きのこ達とは先ほど別れた。

 ここに来るまでに魔物と遭遇したり、困ったりすることはなかったけれど、きのこ達は疲れたようで宿をとって休むそうだ。

 私も疲れたけれど、王都に長居するつもりはないので早速動くわ。


 きのこに一人でも大丈夫かと聞かれて「余裕よ!」って答えたけど、何処を見ても人で溢れている光景を目にするとちょっと不安になってきた。


 線を引いたような歪みの無い道の先を見ると、そこには馬鹿でかい白い城がある。

 きのこが言うには、ルークはあそこに居るらしい。

 中に入ることが出来るのかどうか分からないが行くしかない。

 城までの道のりは分からないが、城は何処にいても見つけることが出来るので辿りつくことは出来ると思う。


 暫く歩く……というより、人の波に流された。

 結構な時間が経った気がするけれど、城は相変わらず大きく感じるだけで近づけたのかどうかはっきりしない。

 村なんて簡単に一周出来ちゃうのになあ。

 人に阻まれて思うように進めないのも疲れる。


「休憩しようかな……あ」


 クタクタになりながら進んだ先には大きな広場があった。

 村がすっぽり入ってしまいそうな規模で、あちらこちらに屋台がある。

 殆どが飲み食い出来るものを売っていて、それらを見ていると何か買いたくなってきた。

 持ってきたお金は少なく無駄遣いできないので、近くにあった飲み物を売っている屋台で一番安い果実水を買った。

 あまり冷えていなくて「村の水の方が美味しい」とがっかりしつつも、喉を潤しながら他の屋台も見て回る。

 飲み歩きなんて行儀悪いと思うが今は誰も咎める人はいないし、周りにも同じことをしている人が多く見られる。

 村とは違う自由な空気を感じ、少し楽しくなってきた。


「ん? なんだろ?」


 広場の中心辺りに一際人を集めている屋台があった。

 何か珍しい物でもあるのだろうか。

 小さな子供からお年寄りまで、興奮した様子で群がっている。

 何もかもが珍しい王都でも珍しいものだなんて気になる!

 人の隙間を縫いながらグイグイ進むと、気になる単語か聞こえてきた。


「勇者様? 記念品?」


 勇者というのだから、ルークに関係するものがあるのだろう。

 余計に気になる。

 最前列まで食い込んだ瞬間、一際大きな声が響いた。


「売り切れってどういうことよ!!」


 そちらへと顔を向けると、私と同い年くらいの綺麗な女の子達が店主に詰め寄っていた。


「どういうことも何も。全部売れちゃったんですよ! ほら、こちらの聖剣エルメンガルトの小型模造品ならまだありますよ! これもあと少し……」

「そんなのはいらないわよ! 私達は勇者様の絵姿が欲しいの! まだあそこに一枚あるじゃない!」

「これは見本です! 売ることは出来ません!」


 女の子達が指差す先を見ると――。


「……うわあ」


 ルークをそのまま映したような絵があった。

 恰好は勇者姿で胸から上が描かれている。

 確かにルークで、そっくりなのだけど……。


「誰よ……」


 勇者に相応しいキリッとした凜々しい表情のルークを見て、なんとも言えない気分になった。

 私の中のルークはふにゃっとした笑顔か、私に叱られて「真面目に聞いています!」をアピールしているえエセ真顔だ。

 大人しくあの顔をしていれば私の怒りが収まると思っているのがバレバレで面白く、結果的にはルークの狙い通り怒りが続かなくなってしまう。

 そんなことを思い出していると余計にルークに会いたくなってきた。


「あなたも勇者様の絵姿、欲しいわよね!?」

「え?」


 店主に詰め寄っていた女の子の一人に話し掛けられ、びっくりしてしまった。

 ルークの絵姿…………うん、欲しいかも。


「そうね」


 そう答えると女の子は「だよね!!」と鼻息を荒くし、また店主を責めることを再開した。

 どうやらこの店は勇者に関するものを売っていたようだが、屋台の中はほぼ空になっている。

 特にルークの絵姿は凄い人気のようで、周りの人達の殆どが売り切れを嘆いていた。

 ……ルーク、凄いな。


 ただの村人の私と勇者であるルークでは、天と地程立場が違うことは分かっていた。

 分かってはいたが……想像以上だった。

 私は勇者の嫁よ! だから頑張るの! と思っていたが、『勇者の嫁』だなんて口に出すのもおこがましく思える。

 というか、誰かに言っても信じて貰えないだろう。

 興奮が冷めない人集りからからスッと抜け出し、離れた。


 顔を上げると見えるのは、立派過ぎて幻なんじゃないかと思えてくるような巨城。

 あの中にルークがいる。

 ルークをの姿を一目みたいと思っていたが、見るのが怖くなってきた。

 このまま何も見ないで、何も知らないままで暢気に村で待っていた方がいいのかもしれない。


「はあ、売り切れだなんて、ひどいわよねえ」

「へ?」


 隣を見ると、さっき声を掛けてきた女の子がいた。

 不機嫌な顔で腕を組んでいる。

 私と一緒に屋台前から抜けてきたようだ。

 なんで?


「あなた冴えてるわね! あたしも同じ考えよ! やっぱり、絵より本物よね!」

「はい?」

「城を見ていたじゃない。行くんでしょ? 行きましょう!」

「へ? ええええ!?」


 何処の誰だか知らない女の子が私の手を掴み、城へ向かって走って行く。

 私以上に強引な人って初めて会ったかも!






 引っ張られて辿りついた、建ったばかりのような真っ白な城の正門前にも広場と同じように人が沢山いた。

 王都には人がいない場所はないのだろうか。

 王都は広いのに、どこに行っても窮屈だ。


「ちっ! やっぱり城の方にもいっぱい居るか」


 私を引っ張ってきた女の子――チェルシーが舌打ちをした。

 いつもは私がルークに注意されている舌打ち。

 なるほど、確かにガラが悪い。

 ルークが帰ってくるまでには治そうと思った。


「まあ、皆勇者様目当てで王都に来ているからね。仕方が無いか」

「え?」


 勇者が目当て? 王都に来ている?

 チェルシーに話を聞くと、今の王都は勇者を見るためにやって来た人で溢れているらしい。

 中には「勇者の近くが安全」と考えて集落ごと移ってきた、という話もあるらしい。

 流石王都と思っていたけれど、異常に人が多いのはルーク効果だったようだ。

 ここまで来ると凄いを通り越してもうなんとも思わない。


「あなたもそうなんでしょ? 王都の人っぽくないじゃない」

「どういうことよ」


 田舎くさいってこと?

 ムッとしながら尋ねると、ふふんと鼻を鳴らされた。

 馬鹿にしてるわね!

 ルークだって同じ田舎者なんだから!

 王都に住んでいるというチェルシーは確かにお洒落な服を着ているし、赤い髪は同じなのに私とは雰囲気が違う。

 確かに垢抜けているけれど、ルークが好きなのは私なんだからね!


「仕方ない。せっかく田舎から来たのに勇者様を見られなかったら可哀想だもの。とっておきの場所に連れて行ってあげるわ!」

「え? ちょっと!?」


 ぶっ飛ばしてやりたい衝動を我慢している私の手首を掴んで、またまたどこかへ移動するチェルシー。

 もう、本当になんなの!!

 やたら力が強いし、足も速い。

 転びそうになるのを必死で耐えている私に構うこと無くどんどん進み、右へ左へと道を折れたかと思うと階段まで上り始めた。


「ちょっと待ってよ!」

「うん。着いたわよ」

「え? ……わあ」


 辿りついたのは辺り一帯が見渡せる気持ちが良い場所だった。

 高い建物の外付き螺旋階段を上りきったところで狭いが、風を感じられて清々しい。

 大通りから離れているようで建物の周りにも人がいない。

 王都に来て始めて静かなところに来ることが出来た。

 人が多すぎてうんざりしていたから嬉しいけど……こんなところに何があるのだろう。


「あの辺りよ」

「……何もないけど?」


 チェルシーが指差したのは、高い生け垣の向こうに見える細い道。

 道と言っても舗装もされていない村の道のようだし、高い生け垣が視界を塞ぐように道を隠しているから、私が今いるような高い場所からじゃないと見ることが出来ない。

 隠し通路みたいなものなのかしら。


「あたし、見たのよ。勇者様があそこを通るのを!」

「え!?」


 この高い建物は今は使われていないため、人が来ない。

 人のいない静かな場所でのんびりしたかったチェルシーは、此処から城を眺めてボーッとするのを日課にしていたそうだ。

 そして数日前、偶然勇者様があの道を通ったのを目撃したと言う。


「本当にもう、すっごいかっこいいんだから! あんなに綺麗な髪を見たことはないし、宝石みたいな目も素敵で! キリッとした眼差しにドキッとしちゃうの!」

「へ、へえ……」


 キリッとした眼差し?

 あの絵姿といい……私の知っているルークと同じなのかと疑ってしまう。

 もしかして別人?


「でね? ジーっと勇者様を見ていたら気づかれちゃって! 失礼だったかな、怒られるかなって思ったんだけど……勇者様ったら目を見開いて……それはもう情熱的な目であたしを見てくださったの」

「…………は?」

「はっきり分かったわ! あたしのことを気に入ってくださったのよ! あたし達……運命かもしれない!!」

「…………」


 ……ほう?

 ルーク、どういうことかしら?

 勘違いだろうとは思うけど……とりあえず腹に一発あげようかしら。

 襟首絞めて問い質したい。


「あなたもファンなのに、自慢してごめんなさいね」

「……ファンじゃないわ。っていうか、気に入ったとか勘違いでしょ」


 こいつもまとめてぶっ飛ばしてやりたいっ!


「ふふっ、ひがまないの! まあ、見てれば良いわ。運がよければ会え……ああああっ!!!!」


 チェルシーの突然の絶叫に思わずビクッとしてしまった。

 急になんなの!?


「勇者様ああああ!!!!」

「……え? ……っ!」


 階段から身を乗り出したチェルシーの視線の先に…………いた。

 ルークだ。ルークだ!!

 まだ離れてからそれ程日が経ってはいないのにもう何年も会っていないように感じる。

 見慣れた金色が目に入った瞬間嬉しくなったが、それはすぐに止まってしまった。


「……ルーク?」


 ルークは見たことが無いくらい冷たい表情をしていた。

 というか、怒ってる?

 明らかに不機嫌というか、苛々しているのが分かる。

 ど、どうしたんだろう……。


「ほらね!? 勇者様に会えたでしょ!? 勇者様~~~~っ!!」


 普段とは違うルークに戸惑っている内にチェルシーは階段を駆け下りて行った。

 ルークの近くに行くつもりなのだろう。

 私も行って、本当にチェルシーを気に入っているのかどうか絞めて吐かせてやろうと思ったが……今のルークの様子が気になって、少し見守ることにした。

 階段に身を隠し、ルークを目で追う。

 ……やっぱり不機嫌で……なんだか怖い。


 チェルシーがドタドタと階段を降りている音がするが、それとは別に大勢の足音が城の方から聞こえてきた。


「勇者様! お待ちください!」


 ルークを呼び止める大きな声は足音の方から聞こえる。

 目を向けると十人くらいの騎士が駆けて来て、ルークの進路を塞いだ。

 騎士の一人がルークの正面に立ち何かを話しているが、呼び止めた時のような大声ではないのではっきり聞こえない。

 かなり焦っている様子なのは背中を見て分かる。


 対するルークはいつの間にか和やかな表情になっていた。

 上品な笑顔、勇者っぽい感じはするが……さっきより怖い?

 ……私は見たことが無い顔かも。

 笑ってるのに怖いって意味が分からな……あっ!

 見たことが無いと感じたのに、妙に懐かしい感じがすると思ったら……ルークのお父さん、ライネルさんに似てる!!


 子供の頃だったからはっきりしたことは覚えていないけれど、村の大人達の喧嘩が大きくなっちゃった時はライネルさんが出てきて、さっきのルークみたいな笑顔で仲裁するとすぐにシーンと収まっていた。

 やっぱり親子なんだなあ。

 ルークのお母さん、ミリアさんにこのことを話したくなった。

 帰ったらお墓に報告に行こう。


 それから止めたい騎士達と、無視して進もうとするルークの攻防が始まった。

 チェルシーは近くまで辿りついたようで、建物の影からルーク達の様子を見ている。


「『勇者』はするって言っているだろう!」


 暫く押し問答をしていたが、とうとうルークの我慢の限界を超えたようだ。

 ライネルさんそっくりの笑顔は消え――騎士達に向かって吠えた。


「着飾って飲み食いするのは勇者の務めじゃない! これ以上無駄なことに時間が必要なら僕は一人で先に旅立つからな! 僕は!! とにかく早く!! 村に帰りたいんだ!!!!」


 そう言うと騎士達を押しのけ、ずんずんと歩き出した。

 「お待ちください!」と縋り付こうとした騎士は倒され、放り投げられ……。

 ご無礼お許しください、と言いながら襲いかかった騎士達はルークに腹を殴られて気絶していた。

 争い事なんてあまり目にしないからドキドキしたけれど、ルークの動きは何というか……鮮やかだった。

 騎士達はバタバタ動いているのに、ルークの動きは乱れていない。

 素人目でも圧倒的な力の差が分かる。

 気がつくと騎士で立っている人は誰もいなくなっていた。


 か、かっこいい……!

 かっこいいのは分かっていたのに……どきどきしてしまう。

 改めてあの人が自分の夫だと思うと、舞い上がってしまいそうになる。

 ああもう……子供の頃からずっとかっこよすぎ! なんなのっ!


「勇者様っ! 強い! 素敵!」


 私と同じように興奮してしまった様子のチェルシーが飛び出した。

 存在には気がついていたのか、チェルシーが駆け寄ってもルークに驚く様子はなかった。

 けれどチェルシーの姿を見た瞬間――ルークがふわりと微笑んだ。


 チェルシーの「気に入られた」という言葉が蘇って来た。

 彼女の勘違いだと思っていたけれど……勘違いじゃないかもしれない?


 そう思った瞬間、血が沸騰したように熱くなったのに、頭は妙に冷静になった。

 これは締めなければいけない。


 絶対に許さないから!!!!


「っ!!!? この殺気は!!!!」


 ルークがハッと息を呑み、目を見開くとこちらを見た。


 制裁せねばとすでに拳を握っていたけれど、思わず身を隠した。

 咄嗟に隠れてしまったが……迷う。

 当初の目的通り姿を見るだけで会わずに帰るか、このまま腹に一発入れるか……。


「馬鹿者! 落ち着かんか!」


 とりあえず見つかっていないか確認しようと考えていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 艶のある女の声だ。


「だって! アリアがいた気がした!」

「それはお前の発作だ! 幻覚だ!」

「いや! 絶対にいた! 絶対いたね!! 僕がアリアのことで間違えるわけがない!!」

「手のつけられん重病者め! 先が思いやられるわ!」

「アリアァァァァ!!!!」


 チラリと覗くと、ルークが一人で騒いでいる。

 まるで不審者だ。

 腰にぶら下がっている綺麗な剣と喋っていると私は分かるが、チェルシーは戸惑っている。

 ふふ、ルークのことを不審者だと思って、そのまま帰ればいいわ!


「小娘、何をしておる」

「!?」


 すぐ隣でさっき聞こえた艶やかな声がして、息が止まった。

 顔を向けると、私と同じように身を隠して座っている銀髪の美女がいた。


「聖剣……」

「まさか、追ってきたのか? お前は連れて行けんぞ」

「わ、分かってるわよ! ちゃんと勇者してるか、確認しに来ただけよ!」

「ほう?」


 ルークの方を見ると周りをキョロキョロ見渡しているから、見つかったわけではなさそうだ。

 聖剣だけこっそりやって来て、私に忠告するつもりのようだ。


「あれはお前の姿を見たら最後、担いで村まで帰るぞ。村に戻ったらまた旅立つように説得のやり直しだ。時間の無駄だと思わんか? そんなことをやっている内に早く行って帰る方が利口だろう?」

「分かってるってば……。本当に会うつもりはないの」


 私、叱られて言い訳をする子供みたい……。

 恥ずかしさで膝を抱えて丸くなり、顔を隠した。


「?」


 頭に何か不思議な感じがした。

 風が当たったような、気配がするような――。

 思わず顔を上げると、聖剣の手が私の頭を撫でてくれていた。

 実体がないから感触はしないはずだけど、なんだか暖かく感じる。


「安心しろ。我が見張ってやる。必ずお前の元に返してやろう」

「え……?」


 お前の不安は分かっている、そう言っているようだった。


 聖剣に対しては、正直に言うとあまり良い感情はない。

 ルークを勇者として連れて行く諸悪の根源のように思えたし、ルークにベタベタしているのも嫌だ。

 人の時の姿を見たら思わず顔を顰めてしまう。


 でも、今は安心するような……お母さんのような優しさを感じる。

 私の戸惑いを感じたのか、聖剣はくすりと笑うと話し始めた。


「我はな、これまでの勇者の不貞も許しはしなかった。中にはちやほやされ、故郷に残した恋人を蔑ろにする奴もいた。そういう時は手を尽くして恋人に全てを報告してやったわ! 勇者の力量によっては、我は勇者以外に声を届けることが出来ぬこともあったが、聖職者の夢見に立って『聖剣の信託』として事細かに伝えたものよ。ふふ……」


 聖剣の信託で浮気を伝えたってこと?

 うわあ……託された聖職者の人は困っただろうなあ……。


「我は美しい者――特に男は愛でたいが、絆のある者達の仲を壊すことはせん。それに、我には実体が無いのだ。どうすることも出来んだろう?」

「……精神的な浮気だけでも嫌よ。むしろそっちの方が辛いわ」

「うむ。我も女心はまだ消えとらん。分かるぞ。分かるからこそ、線引きを心得ておる。お前の旦那は我がいくら絡もうとなんとも思っておらん。だからこそ絡むのだ」


 この聖剣は本当にそこまで考えているのだろうか。

 疑いの目を向けるとまたくすりと笑われた。


「愛情によって繋がる絆――。それは、剣となった今の我には手に入らない尊いものだ。羨ましく思った頃もあったが、今はただただ眩しい。中でもお前達は眩しすぎて鬱陶しいくらいだ!」


 そう言うと今度は豪快に笑い始めた。


 聖剣は初代聖女だと聞いたけれど、どれほどの刻を剣として過ごして来たのだろう。

 心はあるのに、身体がないのは辛いのだろうか。

 人の時に愛した人はいたのだろうか。


 私には聖剣の気持ちなんてさっぱり分からないけれど……。


「……大人しく帰るわ」


 聖剣の横顔を見ていると、何故か信用しようと思えた。


 きっとさっきの言葉を守ってくれる。

 ルークを私に返してくれる。

 そう思えた。


 私の言葉を聞くと聖剣は頷き、もう一度実体のない手で私の頭を撫でた。


「あれに愛されているという誇りを持って待っていろ。今のうちにあれのいない時間を楽しんでおいた方がよいぞ? 戻ったら一生解放されんだろうからな」


 綺麗な銀髪と優しい笑顔は女神のように見えた。


 ルークに目を向けると、まだ私を探しているのかキョロキョロしている。

 チェルシーが話し掛けているが完全に無視だ。

 ……ホッとした。

 安心すると余裕が出来て、笑いが込み上げて来た。


「あの子のこと気に入ったんじゃなかったっけ? 情熱的な目で見てたんじゃないの?」

「うん? 何の話だ?」


 聖剣にチェルシーの話をすると、「それは赤い髪を見てお前を思い出しただけだろう。良くあることだ」と言われた。

 嬉しいけれど……チェルシーみたいに勘違いする輩が出るから止めて欲しい。


「では、我はあの阿呆を引っ張っていくから、その内に帰れ」


 聖剣は立ち上がり、座っている私を見下ろすと「おや?」と目を見張った。


「ほう……どうやらはお前はこれから色々と忙しくなりそうだぞ? 身体を大事にすると良い。……まさか。あの変態、ここまで計算していたわけではあるまいな? いや、そこまで利口ではないか」

「?」


 何を言っているのかよく分からないが、とにかく身体を大事にしろと言われたので頷いておいた。


「ルークをよろしくお願いします」


 ふわっと浮かび上がり、去って行こうとする聖剣に頭を下げる。

 今まで聖剣に抱いていた嫌悪感はいつの間にか消えていた。

 あ! でも、ちょっと今までの憂さ晴らしをしちゃおう。


「ねえ! 広場で売っていた勇者関連商品、ほぼ完売だったけど……あなたの――聖剣の模造品は売れ残ってたわよ!」

「なんだと!!!?」


 我の美しさが理解出来ぬ愚か者共がー! という叫び声を残し、聖剣は姿を消した。


「ふふっ。ああ、すっきりした!」


 聖剣が何とか諭したのか、とぼとぼと歩き始めたルークの背中を見送る。


 村で家を守って待っているって約束したのに、こんなところまで追いかけて来てごめんね。

 ちゃんと待っているから。

 少しでも早く帰って来てね。

 あと、いくら私を思い出すからって、赤い髪に気を取られないように!


 念を送って目を閉じた――。






「おかあさん! おそらびゅーんっておとうさんと王都いってきたー!」

「母さん! 火竜が! 図鑑の火竜がっ火竜の図鑑がっ!」

「おかえり。はいはい、落ち着きなさい。手を洗っておいで」


 普段大人しいエミールまで興奮していて思わず笑ってしまった。

 余程王都に連れて行って貰ったのが楽しかったらしい。

 子供達が手を洗うために駆けて行った後、玄関の扉がパタンと閉まった。

 入って来たのは、子供に負けないくらい興奮した勇者様だ。


「アリア! ただいま! 二人と王都に行ってきたよ! 聞いてよ! 色々あってさ! エミールに嫌われたかと思って泣きそうになったんだけど大丈夫で話を聞いたら凄く良い子でとにかく僕らの子供可愛すぎでジュードとかもうグレイスにメロメロ……」

「ルーク、何言っているか分からないわ」

「二人とも可愛い!」

「はいはい」


 話したい気持ちばかりが先行して言葉が追いついていないみたいだから、子供達が寝てからゆっくり話を聞こう。

 最近のルークはよく喋る。

 とにかく私や子供達のことが知りたいようで、起きている間はずっと口が動いているような気がする。


 旅から帰ったら子供がいるなんて、ルークは受け入れてくれるか心配だったけれど杞憂だったようだ。

 多少対応に戸惑っているけれど、想像以上に可愛がってくれている。

 私のことも前以上に大事にしてくれるし、無理していないか心配になるくらい。

 それを言うと、「これでも鬱陶しいって叱られそうで我慢してるけど!?」と吃驚されたから大丈夫みたい。

 幸せ過ぎて怖いけれど、我慢した月日の分のご褒美だと思って満喫している。


「王都か……」


 そういえば、旅立ったばかりのルークを追いかけて行ったっけ。

 恥ずかしいのでルークには話していない。

 あの時の強引な子、チェルシーは元気にしているだろうか。


 ……チェルシーに、ルークを会わせたら驚くだろうな。

 どうやら私の心は狭いようで、チェルシーがルークに気に入られていると思っていたことが今でも許せないようで腹が立ってきた。

 ルークは私の旦那様だと思い知らせたくてしょうがない。


「……ねえ、ルーク。今度王都に行く時は私も連れて行って」

「もちろん!」


 後日――。


「アリアの夫です!」とニコニコ笑うルークと、私とルークの特徴を持つ子供達を見て、チェルシーが顎が外れそうなくらい口を開けて呆然としていたのは面白かった。

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