第9話
リッチ率いるアンデッドの襲来から夜が明けた。
目を開けると陽の光で眩しい…………眩しい!?
「!? ……うわあああもう明るい!!」
慌ててベッドから飛び起きた。
窓の外を見るとやはり明るい。
いつもは夜行性の鳥が鳴いているのに、今はちゅんちゅんと可愛らしい鳴き声が聞こえる。
まずい、久しぶりに寝坊をしてしまった!
慌てて服を着がえ、雑に身支度を済ませて家を飛び出した。
ごめん、ハナコ!
本来ならもうとっくに世話を済ませている時間なのに……あ!
大変だ……もっと大事なことを忘れていた!!
「……牛舎のおじいさん!」
おじいさんには「誰か来るまで開けるな」と注意したのに、誰にもおじいさんが牛舎にいることを伝えていないし、僕も開けに行くのを忘れたまま帰って来てしまった!
誰かが行ってくれたかな?
魔物は結界に入れないが、人なら開けることが出来る。
この時間だと誰かが牛の世話をしに牛舎に入っているはずだが……。
まだに待っていたらどうしよう!
おじいさんを牛舎に閉じ込めて寝坊だなんて最低だ!
おじいさんの体調が悪くなっていないことを祈りながら、牛舎までの道のりを走った。
「おじいさん、ごめん!!」
バンッと牛舎の扉を開けると同時に叫んだ。
おじいさんの姿を探したが……あれ? いない。
返事もない。
やっぱり、もう誰かが牛の世話をしに来たのだろう。
良かった。
あとで念のためおじいさんの様子を見に行こう。
「あれ?」
おじいさんはいなかったが、代わりにあまりここには来ない珍しい人がいた。
「ロイ?」
アリア一家のハナコに近づくと、ロイがハナコに餌をやってくれていた。
「はよー。珍しいじゃん。ルークが遅いなんて」
「おはよう。ごめん、寝坊しちゃった。ハナコの世話をしてくれたのか。ありがとう。ロイが牛舎の来るのも珍しいね?」
「ルークいるかなーと思って。なんか餌、適当にやったけどこれでいいの?」
「うん、それでいい。あと少し寝坊のお詫びにトウモロコシも入れてやろうかな。で、僕に何か用があったのか?」
ハナコは割とグルメだ。
草だけだと食べるのが遅い。
トウモロコシを入れてやると倍の速度で食べ終わる。
「ルークさあ」
「ん?」
トウモロコシを用意しながらハナコを撫でているロイの声に耳を傾けた。
「なんで勇者なのに違うって言ってんの」
「……え?」
思わず手が止まった。
ロイ……?
振り返って顔を見ると、怒っているのか眉間に皺を寄せて僕を見た。
「おれ、昨日見てたから。あのきのこみたいな頭の人と話しているところ」
「……。……えっとー」
しまった……気配とか全く気にしていなかった。
ロイに気がつかなかったなんて……注意しておけばよかった。
きのこ君と利害が一致したのが嬉しくて浮かれてしまっていた。
うわあ、どうやって誤魔化そう?
ちょっと待って、まだ寝ぼけているのか全然頭が回らない。
「あの強いやつだってルークが倒したんだろ? なのになんであのニセモノが威張ってるんだよ!」
「それは……その……色々事情がありまして……」
納得して貰えるような理由が思い浮かばない、なんて言おう……。
いつも「姉ちゃんの尻に敷かれて情けねえ!」と怒ってくるロイに、「アリアが怖いから勇者はしない」なんて言えないし……。
ハッキリしない態度でごにょごにょと誤魔化していると、ロイが牛を撫でていた手を止めてこちらに来た。
ああ……その歩き方、怒っている時のアリアと一緒だ。
「悔しくないのかよ! 頑張ったのはルークなのに、手柄を横取りされてさ!」
「ロ、ロイ! 大きな声出すと牛達がびっくりするから!」
ロイは喉が心配になる様な大声で怒鳴りながら僕に詰め寄ってくる。
牛達がザワザワしているから落ち着こう?
「そんなことどうだっていい! なんでルークはいっつもそうなんだよ! 姉ちゃんの尻に敷かれてさ! 村の皆には笑われてんだぞ!」
「うん、まあ……そうなんだけど……」
なんの異論もないので頷くと、ロイがキッと僕を睨んだ。
スーッと大きく息を吸うと、また大きな声で僕に突っかかって来た。
「おれ、前から知ってるんだからな! 本当はルークが強いってこと! 隠れてこそこそやってるけど……いつも偶然だって言って馬鹿みたいに強い獲物を獲ってくるけど、そんな偶然続くわけないだろ! 馬鹿じゃねーの!」
「!!!!」
バ、バレてる!!
そ、そんな……全く気づかれていないと思っていた……。
「おれなんて魔物に襲われないように大人に守って貰いながら……それでもびくびくしながら兎一匹を獲るのがやっとで……。だからルークがどれだけ凄いのか分かるよ。全然敵わなくて悔しいけど……うぐっ……」
「……? え……ロイ!?」
声が震え出し、俯いたと思ったら……泣いてる!?
腕で顔を隠しているから涙は見えないが、やっぱり泣いているようだ。
小さい頃はよくアリアと喧嘩して泣いていたけど、最近は見ていなかったのに……どうしたんだ?
どうしたらいいのか分からずロイの前でオロオロしていると、顔から腕を放したロイがまたキッと僕を睨んだ。
その目からはやはり涙が流れていた。
「皆がルークのこと馬鹿にするのが一番悔しい! みんなもルークは一人で狩りが出来るし、頑張っていて偉いねって言うけど……全然分かってない! みんなが思ってるよりもっと、ルークはもっともっと凄いのにっ!!」
「ロイ……」
ぼろぼろと涙を零し、必死に腕で涙を拭うロイを呆然と見守ってしまった。
……そっか、ロイは僕のための悔し泣きしてくれているのか。
……どうしよう……僕も泣きそうだ。
こんなにもロイが僕のことを想ってくれていたなんて……。
勝手に本当の弟のように思っていたけれど、僕だけじゃなかった。
ロイも慕ってくれていたのだ。
「おれ……みんなに知って欲しいよ。ルークが……おれの兄ちゃんかっこいいって……」
……初めて「兄ちゃん」なんて言ってくれたな。
「ロイ……ありがとう」
思わずロイをギュッと抱きしめた。
どうしてアリアもアリアの家族も、僕をこんなに幸せにしてくれるのだろう。
やっぱり離れたくないなあ。
「……なんでおれ、泣いてんの」
「……さあ?」
照れを隠してるのか、ロイが誤魔化すように笑った。
可愛いな。
くすりと笑うと恥ずかしくなったのか突き飛ばされた。
顔が赤いよ? と指摘すると足を蹴られた。
あはは、照れてる照れてる。
「ありがとう」
もう一度お礼を言いながら頭を撫でた。
僕を家族に入れてくれてありがとう。
「……」
あれ、普段通りに手を叩き落とされるかなと思ったのだが……大人しく撫でられてくれている。
どうしたのだと顔を覗くと真面目な顔をしていた。
「ロイ?」
「おれがやる」
「え?」
「おれがルークを姉ちゃんの呪縛から解き放ってやるからな!」
「呪縛!? え? ちょっと、ロイー!?」
キリッとなにかを決意した顔でロイは駆け出し、牛舎を飛び出して行った。
顔つきも言葉も格好良かったけど、そこはかとなく嫌な予感がするのは何故だ。
「追いかけた方が良さそうだな」
ロイはアリアのところに行ったのだと思うが、喧嘩になるかもしれない。
あの二人はよく喧嘩をする。
アリアも歳が離れた弟相手に本気になるし、ロイも女の子のであるお姉ちゃんに本気でぶつかっていく。
熱が上がってくると取っ組み合いになって激しい。
怪我をしないうちに止めなきゃいけないと思いながらロイを追ったのだが――。
「口出してくるなクソガキ! お前が旅立て!!」
「姉ちゃんが旅立てよ! そしたらルークが自由になる!」
「ちょっとあんた達! やめな!!」
アリア家の前に着くとすでに戦闘が始まっていた。
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