お片づけの依頼はエルムバンクまで

赤坂 パトリシア

マキカの最初の依頼

 2001年確定申告。

 毛衛 真木香けえい まきかは初めて、本格的に「Professional Organizerプロフェッショナル オーガナイザー」としてイギリス政府に開業の届け出を出した。


 プロフェッショナル・オーガナイザーとは、依頼されて個人の家やオフィスを片付けるをする仕事である。クリーナーが依頼者の家の片づけを一人でするのとは異なり、オーガナイザーは「依頼者と共に」家を片付ける。その主眼が「依頼者本人の整理整頓に至るまでの道のりの手伝い」、あるいは「依頼者の状況に特化した片づけの解決策の提示」にあるからだ。平たく言えば「自分で片付けられるようにしましょうね。お手伝いはしますから」ということだ。 


 だから、たとえ一時的にその空間が片づいたとしても、すぐに環境が元に戻ってしまうのであれば、オーガナイザーとしての仕事は中途半端だと判断される。理想的にはその後の生涯、少なくとも次に大きな人生の変化があるまでは、クライアントが整理された環境に住むことができるように、依頼者の感情と思考によりそって仕事をする。もっとも、理想は理想で現実は──あくまでも、現実なのだが。


 まあ、でも仕事というのは常にそういうものだ。

 人間は決して理想に達することができない。


 依頼者の中には、定期的にプロフェッショナル・オーガナイザーに自分の片付けを見てもらうことで、片付いた状態を維持する人もいる。それはそれでプロフェッショナル・オーガナイザーの技能の使われ方でもある。片付けのシステムの中にオーガナイザーそのものが組み込まれてしまう形だ。どうしても運動の習慣がつけられない人が、ジムのトレーナーを雇うように。


 2000年の時点ではまだイギリスでは珍しかったオーガナイザーの看板を真木香が掲げたのは、ある一人のクライアントの依頼のせいだった。



 後に真木香は幾度も、この最初の依頼を思い出した。


 時には、あれが最良だったのだ、と思えたが、他の時には、もっと別のやりようがあったのではないか、と思えて胸が苦しくなった。


 他人との出会いは時にして想像もしなかったような形で、人生を変えてしまうものだ。真木香にとっては、まさに、この最初の依頼人との出会いが、「それ」だったのだ。

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