金曜日の夕ご飯はキッチンで食べるということ。
「ぶ……ぶ……ぶりりあんとおおおおおおお!」 (*1)
と、思わずマキカは叫んでいた。べったべたの日本語発音だが、それが自分でも全く気にならないくらい興奮していた。
「
ぶつぶつ独り言を言うマキカに、ちょうど玄関のドアを開けて入ってきたサンディが
「どうしたの、マキカ?」
「……地下室と、トイレが、手付かずでした」
「え?」
「地下室と一階のトイレの中には、物がないんです。ちょっと埃っぽいですけど、通常の環境です」
マキカの目には涙が浮かんでいた。あたかもゴールドラッシュ時代にアメリカ西部で金脈を見つけた男のように、ギラギラとした目をサンディに向け、マキカは右手を振り回した。
「サンディ、頼りになりそうな配管工、知ってますか? ボイラーの点検ができます。お湯が、でるようになるかもしれませんよ!」
ユーティリティルームは、古い衣類でいっぱいだったが、地下室と一階のトイレが全く普通の状態だったのは、おそらく、ミルドレッドがかなり早い時点で何かをドアの前においたからだろう、とマキカは結論付けた。
この二つの部屋を汚す前に、ホールウェイに物が吹き溜まったのだ。不幸中の幸いとはこのことだ。普通だったら地下室や物置部屋が真っ先に手のつけられないような状態になる。混沌状態の地下室がさらなる難関として立ちはだかるのを覚悟していたのに、ドアを開けたマキカを待っていたのは、コンクリートの壁と床こそ寒々しいけれど、驚くほど整頓された部屋だった。錆びついた自転車。蜘蛛の巣。そして壁面の棚に丁寧に並べてある工具類。足踏みのミシンの横には、様々な色の糸が、綺麗なグラデーションをなしている。そして、隅の壁にボイラー。薄暗く、蜘蛛の巣が張っており、裸電球は寒々していたけれど、部屋の中にあるものは全て、気持ちが良いくらいに正しい場所に収められている。
「これは、ブリリアントだ……」
マキカは思わず日本語で呟く。ほぼ手つかずの収納スペースがここにあった。
「入ってもいいかしら?」
サンディの声が階段の上からする。
「はい。ここはミルドレッドも嫌がらないと思います。だって……」
マキカは泣き笑いのような顔で、一寸の乱れもなく整頓された工具棚を指差した。
「あー。グレイ先生の机はいつもこんな感じだったわね」
大きな体をゆっさゆっさと揺すって、注意深く手すりを握りしめて階段を降りてきたサンディが目を細めた。
「本当に几帳面な人だったから」
教師だった頃のミルドレッドのことは、あまり聞いていない。どんな教師だったのかなど考えたこともなかった。
「トリシャに電話をします。ここの埃をある程度払っておいてもらえれば、台所内の私には捨てるかどうか判断がつかないものをここに移動させることができます。——サンディ!」
マキカはがしっと、サンディの両手を握りしめた。
「今日の夕飯は、絶対に、この家のキッチンで食べてもらいましょう。なんとしてでも、そこまで持って行きます。この週末は、綺麗なトイレと、台所と、居間があるところで、ミルドレッドに過ごしてもらいます!」
あ、さっき、ボイラーの点検の話しましたね?電気機器関係の点検ができる人と、配線工もいるといいんですけど。それから中古でいいので、きれいめの電気ケトルとティーバッグをどこかから調達してきてください!
興奮状態で話しかけるマキカの肩を抱いて、サンディは「任せなさい」と笑った。
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(*1)「ぶ……ぶ……ぶりりあんとおおおおおおお!」
"Brilliant!"と言いたかったのです。主にイギリス英語で「素晴らしい」「素敵だ」などの意味。
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